『深川ワイナリー東京』ワインに特別な体験が加わると、どれだけ楽しくなるかを体感できるワイナリー

生産者と醸造家のこだわりが絞り出されてワインになる。つまり、日本酒の杜氏のように、頑固一徹な職人が己を注ぎ込むのがワインの現場だ。

しかし「深川ワイナリー東京」のワイン造りはもっと軽やかだ。
「コト創りワイン醸造所」をかかげるだけあって、発想が柔軟で固定観念から解き放たれているように感じられる。

従来型のワイナリーのように名産地で醸造するのではなく、人が集まるところでワインを造るという発想は、必ずしも珍しくはない。
だが、深川ワイナリー東京は、なにかがすこし異なるようだ。

醸造を担当する上野浩輔さんにお話を伺った。

『業界入りのきっかけは子供時代の「お預け」』

ワイン生産を志した理由を訊かれたら「女の子にモテるから」と答えるのが業界のお約束、と冗談めかす上野さん。実際は「下火になりつつある日本酒より、これからはワインだ」という大学時代の恩師からの助言が決め手になったという。

学び舎は山梨大学で、学科は当時の発酵生産学科。実家は京都のサラリーマン家庭だった。子供時代、お盆の帰省で大人たちが杯を交わす姿を見ていたが、じつにおいしそうに飲んでいる叔父さんがいた。
上野さんの父親はほとんどお酒を飲まない人だったので、叔父さんの飲みっぷりに興味津々だった。

しかし子供には舐める程度のこともさせてくれない。「中学生になったら」「高校生になったら」「大学生になったら」と延々先送りされるうちに、お酒に対する関心は高まるばかり。ついには造る側にまわったのだという。

大学を出てからは滋賀県のワイナリーで17年間、新潟にあるワイナリーでもしばらく働き、2015年に深川ワイナリー東京の運営会社の社長である中本徹さんと出会った。
下町出身の中本さんは、隣近所と家族ぐるみで付き合いのある下町のよさを誰よりもよく知る人物。

繊維や材木、ガラスなどの産業が息づく深川界隈で、ひと味違った産業をやってみたい。そんな中本さんの思いと「産地へ街の人が足を運ぶのではなく、名産地のぶどうに来てもらいたい」という上野さんの思いが合致した。2016年の8月には醸造免許を交付され、晴れてワイナリーがスタートした。

『ワインになるぶどうたち』

深川ワイナリー東京で中心となるぶどうは以下の通りである。

  • デラウエア
  • ナイアガラ
  • マスカット・ベーリーA

そのほかに、以下のぶどうでも醸造が行われる。

  • 甲州
  • シャルドネ
  • カベルネ・ソーヴィニヨン
  • メルロー

デラウエアやナイアガラを選んだのは、子どもの頃から誰もが食べなれている品種だからだ。食べておいしいぶどうで造ったワインが、おいしくないわけがない。そんな理由から生食用の人気品種をワインにしている。

逆にシャルドネ、カベルネ、メルローという世界的な定番品種もおさえているので、本格志向のワインファンを失望させる心配もない。現在はコロナの影響で控えているものの、南半球からシラーズとカベルネ・ソーヴィニヨンも仕入れてオフシーズンの穴埋めとし、通年対応の態勢を取っていた時期も。過去にはスチューベンを試したこともあるという。

『ぶどう農家との付き合い』

原料となるぶどうは、契約農家から買い入れている。産地は北海道・余市、山形、長野、山梨、滋賀などが仕入元だ。
1品種につき1か所からが原則だが、この1か所というのは1軒の農家のこともあれば、組合であったり、間に農協が入る場合もある。生産者との出会いや関わりにはドラマがあり面白い。いくつか実例を挙げてみたい。

▶北海道・余市

2016年8月にワイナリーがオープンしたとき、あるお客様から「毎月北海道の余市に出張に出ている。ぶどう農家に伝手があるから、ここのことを話しておいてあげるよ」と切り出された。数ヶ月後、北海道から連絡があり「では買わせて頂きます」という具合に、お客様主導であれよあれよと話がまとまったというケースだ。品種はナイアガラ。「北海道のナイアガラは本州産より一段おいしい」そうだ。

▶山梨

甲府で活動する一般社団法人「葡萄酒技術研究会」のイベントに上野さんが参加したときのことだ。

70代半ばの男性が、ドローンを使った活動の成果発表していた。ぶどうの剪定法を撮影して、後進に伝えたいのだという。上野さんは大いに刺激を受け、男性に話しかけた。そして「ぶどう要るか?」「今すぐ欲しいです」というやりとりに繋がり、2016年から続くぶどう狩りツアーの受け入れ先になってもらっているという。

▶山形

地元の青果会社に間に入ってもらい、20軒ほどの生産者と取引している。大半は年配者。まだ生産地訪問は実現していないが、生産者たちがワイナリーに来てくれたことがあるという。

深川ワイナリー東京では上質なぶどうを提供してくれるの生産者の名前をエチケット(ラベル)に入れて販売している。値段も高めの設定だ。このときシャルドネの生産者である我孫子悦郎さんの名前が入ったワインをご本人が見つけて感激し、1ケース買って帰るというエピソードが生まれた。

この青果会社はぶどう生産者が運営しているため、農家の気持ちも痛いほどよく分かっている。「よそのワイナリーではブレンドされてしまって、誰のどのぶどうなのか分からなくなってしまう。しかし生産者の名前が入ることで誇らしく感じた。来てよかった」と言って帰られたそうだ。

▶滋賀

マスカット・ベーリーAの契約農家は、栽培の名人である。圃場の斜面を見るや「この列は何キロ採れる」と収穫量を言い当ててしまう。秋に収穫する予定のぶどうが、6〜7月の時点で、もう見えているのだ。

この名人の名前を冠したワインもあるのだが、一方で名前を入れてもらえない生産者さんも存在している。不興を買うこともあるが、そこは厳しくしなければならない。ランクを設定することで、生産者の奮起を促すことに繋がるからだ。こうした付き合いができていることで、都市型ワイナリーの宿命とも言うべき「狭い敷地と入荷のタイミング問題」に解決の糸口が見つかることがある。

『狭い敷地と入荷のタイミング問題』

都市型ワイナリーのスペースは限られている。ぶどうがみずみずしいうちに、与えられた条件で仕込みを終えなければならない。人員も限られているので、入荷のタイミングがかぶると作業が難しくなるのだ。

収穫の時期はだいたい安定しており、毎年同じ時期に入荷してくる。ところが4〜5年に1回くらいの間隔でタイミングがずれるときがあるのだそうだ。そうなるとパニックである。

こうした場合は量を減らしてしのぐか、収穫を待ってもらうのだという。農家の側にも理屈があり、収穫のベストタイミングで摘み取りたいと考えているわけだが、日頃の付き合いの深さから、無理を聞いてもらう。
収穫日の予想は大事だが、同じように農家との関係性も重要なのだ。

『発酵熟成は待つのが仕事』

ワインの製造はむずかしくない。良質なぶどうを確保したら、あとは絞って寝かせておけばよい。表層に産膜酵母(好気性の酵母菌の一種)が発生して泡立つのを見守りながら、香りや味わいの変化を待つ。やがてタンクの底部に澱がたまって、ワインが澄んでくる。
この状態を保っておくと、底にある澱から旨味が出てくる。

澱は、1度取り除いたらそれきりだ。やり直しがきかない。澱引きの最適なタイミングを見極めるには、経験を重ねるしかない。漬け物を漬けるのと似ている。タイミングが全てなのは、ワインも同じなのだ。

タイミングを見極めるために、小まめに観察する必要がある。もちろん、トラブルの芽を早めに摘み取る意味合いも含まれる。

深川ワイナリー東京が備えているのは、密封型タンク6つと、開放型タンク7つだ。まだ全てのタンクが埋まったことはなく、現在管理しているのは7つだけ。目が行き届くので、滋賀時代に比べてずっと安心だ。とはいえ、毎日観察を続けながらあれこれ思いを巡らし、1時間くらい試飲しているときもあるという。

深川ワイナリー東京では、無濾過のワインを造っている。ぶどうには野生の酵母が付着しているため、搾汁するとぶくぶくと泡を立てて発酵を始める。発酵が収まった段階で瓶詰めしたのが、無濾過ワインだ。搾りたての果汁が原料なので、果肉も皮もそのままである。
色の成分が出てにごってもいる。果実味たっぷりに仕上がっているので、ぶどうを丸かじりしているような感覚を楽しめる。深川ワイナリー東京が大事にしている商品だ。

にごりを取り除いてすっきりさせた方がよい場合は、フィルターを通して仕上げていく。同じ銘柄でも無濾過版と濾過処理したバージョンが用意されているので、飲み比べるのも楽しい。

『ソムリエの資格が食とのマリアージュを意識させる』

深川ワイナリー東京の運営会社は数軒のレストランを経営している。そのうちの1軒は、ワイナリーに併設している「ワインマンズテーブル」だ。

「ワイン業界の人間は、ソムリエの資格を取ることが多いんです。資格を持つことで自分たちのワインと食との取り合わせが自然に思い浮かんできます。ペアリングのことを毎日考えていた時期もありました」と上野さん。

レストランが併設されていることで、日常的にシェフとコミュニケーションが取れるのは、恵まれた環境だ。上野さんのInstagramやFacebookの個人アカウントでは、自社ワインのテイスティング・コメントを公開しているという。

『東京湾でワインを熟成するとまろやかになるのか』

深川ワイナリー東京は東京湾まで徒歩10分足らずと、海を間近に感じられるワイナリーだ。「ワインと海」といえば、しばしば持ち出される話題がある。そう、沈没船から引き揚げられたワインだ。
オークションで高額取引されるという逸品だが、深川ワイナリー東京の隠し玉は、この「海中熟成ワイン」に他ならない。

地の利を活かしたワインは、海までの道すがら東京海洋大学の越中島キャンパスの大学の学生たちが、ワイナリーでアルバイトしているという縁がもたらしたプロジェクトだ。

学生の発案で大学側が海中熟成実験を打診したところ、中本社長も同じことを考えていたそうで、ごく自然にプロジェクトが動き出したという。

2018年4月に、海中での保管方法や海水浸透の防止策の模索を開始。6月に1ヶ月間のテスト熟成を行った。

せっかく大学と組んでいるのだから、海中熟成を科学的に分析しないともったいない。引き揚げ後に分析したところ、数値にはなんら変化は見られなかった。しかし、試飲した誰もが「味がまろやかになった」と口を揃えたという。

どうやら人間の味覚センサーにだけ反応する未知の要素があるらしい。上野さんは「海中で波に揺られることが関係しているのでしょうか。ワインは振動に弱いので、なにか関係あるのかもしれません」と自説を口にした。

この興味深いプロジェクトはメディアに取り上げられる機会も多い。高田純次さんの「じゅん散歩」(テレビ朝日)では、ブラインドの状態で海中熟成ワインを当てるという企画が行われた。ヒントを「まろやかな方です」と伝えたところ、あっさり正解となった。やはり明確な差が生じているようだ。

海中熟成では綿密な温度管理が行えない。そのため、海温が下がりきる12月に沈めゴールデンウイーク明けに引き揚げるというスケジュールが取られている。使用される品種はデラウエアにコンコードとマスカット・ベーリーAをブレンドしたものだ。

非常に渋みが強いはずだが、引き揚げるとタンニン分が削ぎ落とされ、角の丸くなった味わいに変化している。蝋キャップで密閉しているのもポイントで、市販のワインとはひと味もふた味も違う。

「私たちは『コト創りワイン醸造所』を目指しているんです」と上野さん。真面目に醸造することは大前提だが、そこに留まらないものとは、ユニークな体験かもしれないし、出会いかもしれない。
そんな演出を積極的に仕掛けている深川ワイナリー東京らしさが、海中熟成ワインにはあふれている。

『下町の屋上にぶどう園を造りたい』

ぶどうの方から都会に来てもらう。そんなコンセプトで運営しているのが都市型ワイナリーだが、その実、圃場を持つケースも多い。「自社でぶどうを育ててこそのワイン醸造」という意識が芽生えてくるのかもしれない。深川ワイナリー東京は、圃場をビルの屋上に求めることで、この問題にアプローチした。

きっかけとなったのは、東京都東村山市で行われている根域制限栽培である。根の張り具合を制限することで樹勢のコントロールを図ると栽培管理が楽になる。また、糖度や実の色づきが濃くなり果実品質が向上するという。
さらに樹が小ぶりになることでプランターでの栽培も視野に入ってくる。 

そんなことを考えていたところ、インターネットで屋上ぶどう栽培を実践しているワイナリーが目に留まった。ニューヨークにある「ルーフトップ・レッズ(Rooftop Reds)」だ。さっそく現地に飛んで教えを乞うた。社長夫人が和歌山出身の日本人、中本社長のご先祖も元は和歌山ということもあり、同社が使用している超大型プランターの手配をお願いすることができた。

深川ワイナリー東京では、駅直結の「赤札堂深川店」の3階テラスにこのプランターを設置。広いスペースなので、生産や緑化に留まらず、屋上をワインガーデンとして活用している。ぶどうの樹に囲まれながら、クラフトワインが楽しめるという寸法だ。

「赤札堂深川店」は食料品や衣料品を販売するスーパーだ。毎日買い物しているビルの屋上で実ったぶどうを収穫して自家製ワイン造りを体験してもらったら、最高の「コト消費」になるのではないか。

「今年で4年目の樹です。まだ収穫量が少ないですが、プランターを大きくしたので、生き生きしてくれるはずです」と上野さん。屋上で育てているのは、無農薬栽培が可能なナイアガラ。人にも環境にも優しくするため、農薬を散布せずに世話している。まだまだ「屋上のぶどうで造ったワインです」といえるほどの量ではないが、すこしずつブレンドに使っている。

ぶどうの屋上栽培に協賛してくれる企業も現れた。同じ江東区内に本社を構える竹中工務店が、資金の一部を負担してくれることになったのだ。ブルックリンからのプランターの輸送費などをお願いしている。

屋上緑化はひとつのトレンドである。例えば「銀座ミツバチプロジェクト」が結果を出しているという実績がある。ぶどうの屋上栽培はもっと拡がっていく公算が強い。
地産地消など生産者の顔が見える農業がクローズアップされる昨今、身近なビルの屋上で造られる嗜好品は「コト消費」の枠を超えて歓迎されるにちがいない。

『まとめ』

深川ワイナリー東京は、東京の下町・門前仲町で意欲的な取り組みを続ける都市型ワイナリーだ。「地下鉄で行けるワイナリー」という立地を活かし、ワイン醸造を身近に感じてもらう工夫をしている。

「海中熟成と地上熟成でワインの味わいに差は生じるのか?」と問うてみたり、駅直結のビル屋上でぶどうに囲まれながらワインを楽しめる場を提供したりもする。収穫シーズンには、ぶどうの搾汁体験やワイン産地へのツアー参加も可能だ。

最後に上野さんの言葉で締めくくりたい。「果実味があるワインを造っています。アルコールがちょっと苦手な方やワイン初心者の方に、特に飲んでほしいですね」。

基本情報

名称深川ワイナリー東京
所在地〒135-0045 
東京都江東区古石場1-4-10高畠ビル1F
アクセス門前仲町駅より歩いて8分
HPhttps://www.fukagawine.tokyo/

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