皆様、こんにちは!
今回はスペシャルインタビューとして、映画監督の柿崎ゆうじ氏を取材しました。
映画監督、脚本家、作詞家、会社経営者として多方面で活躍する柿崎氏。日本ワイン愛好家である柿崎氏はワイン好きが高じて、東京都世田谷区にて日本ワインを多く取り揃えたレストラン、「世田谷ワインレストランSeta」をオープン。
また、日本ワインを題材にした映画の監督も務めています。主な映画監督作品には、『ウスケボーイズ』(2018年公開)、『シグナチャー~日本を世界の銘醸地に~』(2022年公開)があり、海外の映画祭でも数々の賞を受賞しました。
2023年2月にスコットランドで開催された「エディンバラ映画祭」にて、映画『シグナチャー~日本を世界の銘醸地に~』が最優秀監督賞と最優秀編集賞を受賞しました。
映画祭から帰国したばかりの柿崎氏に、今のお気持ちや日本ワインに対する思い、これからの日本ワインについてなど、たっぷりとお聞きしました。
【映画『シグナチャー〜日本を世界の銘醸地に〜』の公式サイトはこちら】
「シグナチャー」とは、特別なワインに醸造責任者が署名することを指す言葉です。
「日本を世界の銘醸地に」を実現するために奮闘する醸造家、シャトーメルシャンエグゼクティブ・ワインメーカー安蔵光弘氏の半生が描かれています。
安蔵さんを取材した記事はこちらからご覧いただけます。
スペシャルインタビュー:「日本を世界の銘醸地に」を実現するために、我々がすべきこと『シャトー・メルシャン』ゼネラル・マネージャー 安蔵光弘氏
来る5月13日(土)、4年ぶりに「勝沼ワイン映画祭」が山梨県勝沼市にて開催されます!ワインを飲みながら『シグナチャー~日本を世界の銘醸地に~』を鑑賞できる勝沼ワイン映画祭。
当日は柿崎氏も出席されます。このようなイベント上映会は今後、山梨や長野などワイン生産地で開催される予定。ワインを飲みながら映画を鑑賞できるなんて素敵ですね。
まだ映画をご覧になっていない方はこの機会にぜひご覧ください!
*勝沼ワイン映画祭2023 チケット前売り券は売り切れとなったそうです。当日券は僅少のため、必ず事務局にお問い合わせくださるようお願いいたします。
【勝沼ワイン映画祭の情報はこちら】
【映画『シグナチャー~日本を世界の銘醸地に~』受賞歴】
★ニース国際映画祭2022 最優秀作品賞受賞
★パリ国際映画祭2022 最優秀女優賞受賞
★マドリード国際映画祭2022 最優秀助演男優賞受賞
★ローマ国際フィルムメーカー映画祭2022 外国語部門 最優秀監督賞
★ロンドン国際フィルムメーカー映画祭2023 外国語部門 最優秀編集賞
【柿崎ゆうじ氏プロフィール】
舞台、映画、TV番組など数多くの作品の製作総指揮を手掛ける。大戦中の特攻隊員達と鳥濱トメとの交流を描いた、演出・脚本舞台『帰って来た蛍』は定期的に公演を行っている。監督作品はモントリオール世界映画祭やマドリード国際映画祭など数多くの国際映画祭にノミネートされ、最優秀作品賞はじめ最優秀監督賞など受賞。芸術文化への多大な功績を認められ、東久邇宮文化褒賞を受賞。2018年には映画『第二警備隊』(出演:筧利夫、野村宏伸、麿赤兒、赤座美代子ほか)が劇場公開され、2019年には『ウスケボーイズ』(出演:渡辺 大、安達祐実、橋爪功ほか)で国際映画祭9冠を受賞するなど世界的評価を得ている。
それでは、さっそく柿崎氏のインタビューに入りたいと思います!
『海外で日本ワインを題材にした映画が認められる意義』
先日開催された「エディンバラ映画祭」では、映画『シグナチャー~日本を世界の銘醸地に~』が、外国語部門にて最優秀監督賞と最優秀編集賞を受賞しました。
監督賞というのは監督個人に贈られる賞なのですが、前回の「ニース国際映画祭」にて最優秀作品賞を受賞し、作品全体を評価していただけたからこその監督賞だと思っています。改めて、キャスト、スタッフ、安蔵さんご夫妻はじめ、日本ワイン関係者の皆様に心から感謝申し上げます。
私は日本ワインを題材にした作品を世に送り、それが国境を越えてより多くの方の共感を得られることが最大の評価だと考えています。
ワイン造りの歴史は何千年ともいわれ、古くからフランスやイタリアで多くの人の手で造られてきました。一方、日本ワインの歴史は明治に入ってから。たった百数十年で海外のワインにここまで追いついたのです。
同じ日本人として「どうだ!」と誇り高く、日本ワインの素晴らしさを海外の方にも伝えたい。たとえば、日本のウィスキーは誕生してまだ100年足らずですが、すでに世界5大ウィスキーに名を連ねています。ゆくゆくは、日本ワインもそうなる日がくるのではないかという可能性を大いに感じますね。
海外の映画祭に出席する際、私は必ず日本ワインを持参します。映画『ウスケボーイズ』の授賞式には「シャトー・メルシャン桔梗ヶ原メルロー」を、映画『シグナチャー』の受賞式には「シャトー・メルシャン桔梗ヶ原メルローシグナチャー」を持参。
40から50ほどの国から参加した方々にサーブして回りました。ヨーロッパの方々は「俺はワインにうるさいぞ」などと口々に言うのです。「まあとりあえず飲んでみて」とグラスを渡すと、みなさん目を丸くする。「これは日本のワインなのか?」「これはナパバレーのワインではないか?」と。
面白いことに、ボルドーでもローヌでもスペインイタリアでもなく、口々に「ナパ」というのですよね。私はナパのワインとはだいぶかけ離れているように思うのですが、多くの外国の方が、「日本ワインがこんなに素晴らしいとは思わなかった」と唸っていました。
日本のワイン醸造家の方たちにぜひ、海外と匹敵するワインを造っているのだと自信をもって素晴らしいワインを造っていただきたいと願っています。
「日本ワインは本当に素晴らしいです。フランスワインにも全く引けをとりません」と日本の醸造家の方たちに伝えると、「いえ、まだまだです。フランスワインはすごいですから」とおっしゃいます。しかし私は、日本で造られるワインの一部は本当に、フランスのグラン・ヴァンに匹敵するポテンシャルを持つと確信しているのです。
『「ウスケボーイズ」と出会い、日本ワイン愛好家に』
私が日本ワインと衝撃的な出会いを果たしたのは2016年11月、ボジョレー・ヌーヴォー解禁の頃でした。山梨県北杜市にある「ロイヤルホテル八ヶ岳」というホテルで、フレンチを食べた時のことです。
「地元のワインが飲みたい」とソムリエの方に伝えると、その時用意してくれたワインが「シャトーメルシャン」の「 桔梗ヶ原メルロー2009」「城戸ワイナリー」のメルロー、そして「BEAU PAYSAGE(ボー・ペイサージュ)」のワインだったのです。
その数年前からワインに非常に凝りはじめていた私は、世界中のワインを飲んでみたくてさまざまなワインを購入していました。はじめは力強いニューワールドのワインに魅かれ、アメリカのナパワインを飲むうちに、南アフリカやチリもいいなと。フランスワインについても、本を買って勉強するうちに歴史背景にひかれるようになりました。ボルドーの右岸と左岸ではワインにこんな違いがあるのかと理解できると面白かったですね。ボルドーとブルゴーニュのワインにのめり込みました。
しかし八ヶ岳で出会うまで、日本ワインをほとんど飲んだことがなかったのです。
その時飲んだワインからは、言葉にできないほどの衝撃を受けました。
「どこで買えるんですか?」とソムリエに尋ねましたが、「なかなか簡単には購入できないのですよ」というのです。すぐにスマホで検索しても、本当にどこにも売っていない。
「ウスケボーイズのワインは人気がありますからね」とソムリエが言いました。「え?ウスケボーイズ?」その言葉の意味が私にはさっぱり分からず、ウスケボーイズのなんたるかも知らなかった私の頭の中は、ハテナマークでいっぱいでした。
それまでフランスワインの虜だった私は、それからというもの、日本ワインが気になって仕方なくなりました。
機会を見つけては山梨に足を運び、各ワイナリーのトップキュヴェといわれるワインの飲み比べをはじめたのです。こんなに美味しいものなのかと驚きを隠せませんでしたね。
さらに調べてみると、長野にも素晴らしいワイナリーがたくさんある。私の出身地である山形でも、こんなにたくさんワインを造っているんだ!日本全国にワイナリーがあり、素晴らしいワインを造っていることを知りました。
八ヶ岳のホテルで衝撃の出会いがあってから1か月ほど経ち、渋谷の書店でワインの本を探していると「ウスケボーイズ」と書かれた本に出会いました。「あれ、これはあの時のソムリエがいっていた言葉だ」。その本を購入して帰宅後、ひと晩で一気に読みあげました。この話を映画にして多くの人に感動を伝えよう。そう決心したのは2016年の暮れのことでした。
『安蔵氏と巡り会い、半生を映画化』
映画『ウスケボーイズ』を撮影するにあたり、まずは登場人物から当時の話を聞こうと、2017年5月から取材を開始しました。作品を撮る上で、事実と異なる内容は極力避けるというのが私の信条です。
そのとき、最初に取材依頼をしたのがシャトー・メルシャンの安蔵光弘さんでした。安蔵さんは『ウスケボーイズ』ではメインの登場人物ではありませんが、私は安蔵さんに、最初に取材依頼の電話をかけたのです。理由は分かりませんが、今思えばそれも運命だったのかもしれません。
2017年7月に、映画『ウスケボーイズ』の撮影が始まりました。安蔵さんとは年齢も近く共感することも多かったので、撮影中も一緒に食事や飲みに行きました。撮影が終わり映画が公開になると、安蔵さんの奥様、醸造家の安蔵正子さんが手がける畑に、役者たちと手伝いに行くようになりました。
安蔵さんとさらに深く話をするうちに、「安蔵さんが麻井宇介さんと最後の別れをするシーンをクライマックスにした映画を撮ろう」とインスピレーションが湧いたのです。思い立ったら即行動、その場で安蔵さんに映画化の依頼をしたことを覚えています。
安蔵さんはすごい方で、ご自身の半生の映画化を承諾してくれたあと、「実は書き溜めておいた日記のような手記があるんです」とおっしゃるんです。
それがのちの2022年10月に出版された『5本のワインの物語』という本です。出版前に拝読し、脚本に反映させてもらいました。『5本のワインの物語』は、シグナチャーにとって原作といって差し支えありません。
今回の映画、『シグナチャー~日本を世界の銘醸地に~』の撮影でワインを飲むシーンでは、現実の世界で、実際にその場面で飲んでいたという銘柄を役者に飲んでもらいながら撮影に挑みました。
顔に出たりアルコールが苦手な役者にはジュースでお願いしましたが、飲んでも影響のない方は、基本ワインを飲みながらの撮影です。何テイクも撮りますし、NGもあれば1つのシーンを何カットも撮り構成しているので、役者たちはおそらく皆様が想像する以上のワインを飲んでいます。
撮影だけでなく、テイスティング勉強会や、ワイングラスを回すスワリングの練習もしているので、おそらく1000本ほどのワインを開けたのではないかと思います。
役者の方からも、「安蔵さんたちが飲んだワインを飲みながらの撮影は感慨深く、よい経験をさせてもらいました」と感想をいただきました。より臨場感の出る演出になったのではないでしょうか。
『「シグナチャー」が起こした奇跡。ワインは時空を越えて人と人を繋ぐお酒』
私が体験した、「ワインが繋いだ不思議なエピソード」を紹介しますね。
まだ安蔵さんと出会う前のことでした。日本ワインに興味を持ちはじめてワインを探している時に、あるオークションで「シャトー・メルシャン 桔梗ヶ原メルロー シグナチャー 1998」に出会いました。当時はあまり知識もなく、それが安蔵さんの手によってほんの少量だけ仕込まれたファーストヴィンテージであることなどもちろん知りませんでした。それでも購入したのですが、けっこういいお値段でしたね。
そのワインを大事にセラーにしまい、すっかり忘れていました。数年経って『ウスケボーイズ』を撮影し、さらに数年後『シグナチャー~日本を世界の銘醸地に~』の脚本を書いている時にふと思い出したのです。あれ、そういえば1998年のワインを購入したなと。
私はそれまで「シャトー・メルシャン 桔梗ヶ原メルロー シグナチャー」の2009年ヴィンテージからずっと飲んでいたので、「シャトー・メルシャン桔梗ヶ原メルローシグナチャー」の特徴は熟知していました。しかし、自分で1998年ヴィンテージを購入したことをすっかり忘れていたのです。
そこで探してみると、1998年ヴィンテージは私のセラーに存在し、そこには手書きで「023」というシリアルナンバーが記されていました。
安蔵さんに、「このシリアルナンバーは安蔵さんご自身で書かれたのですか?」と聞くと、「はい。この番号は、私がボルドー駐在中に日本からラベルが送られてきて、現地で私が書いたものです」と。
まさにそのワインの誕生秘話を私が映画化し、私がその「シグナチャー」を保有していた、ということだけでもすごくドラマチックな出来事ですよね。
1998年ヴィンテージのシグナチャーは、映画『シグナチャー~日本を世界の銘醸地に~』の撮影が終わったら、安蔵さんご夫妻とキャストと一緒に飲もうと決めました。撮影終了後、実際に飲んでみると感無量でしたね。
今まで味わったことのない、ぶどうの果汁の中にある美味しさ以上に、歴史や人生を繋いでくれるような美味しさというか。えもいわれぬ、感動的な味わいでした。
しかし、奇跡のストーリーは終わりません。後日、安蔵さんからご連絡をいただいたのです。
「私がフランスに赴任している時の写真を整理していると、パリの『FAUCHON』に自分が造ったシグナチャーの1998年ヴィンテージがたまたまあったので、写真を撮っていました。その写真を拡大してみたところ、なんと、シリアルナンバーが『023』だったのです」。
安蔵さんが手がけたファーストヴィンテージである「桔梗ヶ原メルローシグナチャー1998」は数量限定で200本ほどしか販売されず、かつ日本未発売、海外のみの販売でした。
「シャトー・メルシャン桔梗ヶ原メルローシグナチャー1998」のシリアルナンバー「023」のワインを安蔵さんが写真に納め、時を経て「023」が日本にいる私のもとにやってきた。そして数年後、「023」の造り手と、造り手の半生を映画化した監督によってそのワインの杯が交わされたのです。
人間の世界には、時になんとも不思議なことが起こるものなのだとつくづく思いましたね。
なかなか科学では計り知れない話なのですが、人は現実世界を生きていますから、現実の中で選ぶことが可能な情報に基づいて判断しますよね。
ただ、なかには人の知識や経験では判断できない、奇跡としかいいようのない出来事が稀に起きるのです。シリアルナンバー「023」の「桔梗ヶ原メルロー シグナチャー 1998」が私の手元にやって来たということから、計り知れない世界というものがこの世には存在するんだと確信しました。
偶然といえば偶然なのかもしれませんが、私は、これこそが必然なんだと考えています。
そして、ワインというお酒は、時空を越えて人と人、縁と縁を繋ぐお酒なんだとしみじみと感じました。
『日本ワインの魅力』
同じ「ワイン」とひとことでいっても、ニューワールドのタフなワインと日本ワインとでは、全く違う方向をいくものではないかと感じています。同じレールに載せて比べるのではなく、日本ワインには日本ワインの独自のステージがある。
一方で、そのステージの先にはフランスのワインがあるのではないかとも思っています。日本の多くの醸造家が目指すものがフランスワインなのではないかと感じるのです。
私の店「世田谷ワインレストランSeta」にいらっしゃるお客様のなかには、「日本ワインなんて本当に美味しいのか?」とおっしゃる方もいます。
そんな時、私はあえて、ブラインド・テイスティングをしていただきます。その方たちがお好きなボルドーのメドック格付けワインの中に、日本ワインを入れるのです。
「1〜10まで順番に美味しいワインをあげてください」とお願いすると、1番、2番に日本ワインが入ってくる。もちろんその方は言葉を失います。ご自身が美味しいと思うワインよりも上位に、日本ワインが来てしまったのですから。
私はいたずら心のあるブラインド・テイスティングをするのが大好きなんですよね。
また今回、スコットランドの映画祭に行って、あらためて思いました。スコットランドの料理はとても美味しいのですが、やはり一日、二日経つと、お寿司が食べたいねとか、白ごはんと納豆もいいねなどと考え始めるのです。このように我々日本人は独特な食文化を持っていて、とりわけ素材を大切にするお刺身やお寿司、煮物などと合うワインが日本ワインなんじゃないかなとつくづく思うのです。
甲州という品種は、単体で飲むと、複雑さや果実感はシャルドネやソービニオン・ブランより劣ります。しかし、筍の煮物と合わせるなら、甲州以外にありえないと思うくらいに素晴らしい組み合わせになるのです。
お寿司やお刺身、特に柑橘系の香りともよく合う。私は白身のお刺身には醤油は使わずほんの少量の本わさびとスダチ、塩でいただきますが、そこに甲州を合わせて飲むともう止まらない。お刺身もワインも進みます。
お料理にもワインにも、気づくと箸が伸びてしまう。それが、日本ワインの魅力だと思うのです。
たとえば天ぷら屋では、50歳を過ぎてからカウンターでコースを食べると、次々と揚がる天ぷらを胃に運ぶうちに胸焼けしてきてしまう。しかし天ぷらに甲州ワインを合わせると、不思議と天ぷらが進むのです。まるで揚げ物にレモンを絞るように、天ぷらを甲州ワインが美味しく引き立ててくれます。我々日本人の食文化に根付いたお酒が日本ワインで、さらには日本人の体にもあうのでしょうね。
『日本ワインのこれから ブームで終わらせないためにもすべきこと』
現在、日本のワイナリーの数は400以上といわれ、さまざまな業界の方が参入して切磋琢磨しています。とてもいい傾向だと思いますね。日本国内のワイン市場そのものが伸びることを期待しています。
しかし、アメリカのワインをお手本にしている方やフランスのワインをお手本にしている方、イタリアワインを目指す方。あるいは自然派という方向を向いている方もいる。あまりに色々な方向を向き過ぎて、日本ワインという市場そのものが混乱することも懸念しています。
亜硫酸の使用を例にあげると、健康志向が強い私は、亜硫酸無添加のワインと聞くとすぐに飲んでみたくなります。可能ならばワインは亜硫酸を使わず造った方がいい。ただ本来の目的は亜硫酸無添加ということではなく、品質の高い美味しいワインを造ることです。
美味しいワインを造る過程で亜硫酸を入れないという選択は素晴らしいですが、亜硫酸無添加こそが目的になり、品質を横に置いてしまうのは違うと思うのです。麻井宇介さんがお亡くなりになるときに、その点を懸念しておられたとも聞いています。
ネガティブ要素を排除することに躍起になるのではなく、自然環境を大切にしながら、飲む側も造る側も楽しめる文化が形成されていることが望ましいのではないでしょうか。
「日本ワインをブームで終わらせない」という課題は、我々消費者の課題であり、小売店の課題でもあると考えています。
日本ワインを単なるブームで終わらせないためにも、どのワインショップにも安定的に日本ワインが陳列していることがまず必要です。都内のワインショップでは大半が世界のワインが棚をしめ、日本ワインはごく一部、あるいは日本ワインが全くないところもまだまだあります。
我々はフランス料理をお店に食べにいくとフランスワインを飲み、イタリア料理を食べに行くとイタリアワインを飲みます。
お正月、お節料理を食べながら日本酒を飲む家庭は多いかもしれませんが、日本ワインを飲む家庭はあまり多くありません。もしワインをお節料理に合わせるとしても、日本のお節料理にフランスやアメリカのワインを合わせる必要はないですよね。お節は塩分が高く味が濃いものが多いので、そこに日本ワインの甲州やマスカット・ベーリーAを合わせるととても合うと思うのです。
つまり、日本人の心の中に、お節料理と日本ワイン、日本料理と日本ワイン、という組み合わせが文化として定着することが重要なのではないでしょうか。日本文化の中に日本ワインが根ざす、という意味です。
天ぷら屋で日本ワインを出してくれるお店はまだまだ少ない。日本全国の料亭の方たちにもぜひ、日本ワインと日本料理の組み合わせをお客さんに提案していただきたいですね。
『まとめ』
最後に、柿崎氏おすすめの日本ワインの楽しみ方を教えてくださいとお聞きしました。
「たとえば山梨に行くと、パーッと広がるぶどう畑が目に入る。青々とした春や夏でもいいですし、葉っぱが落ちた秋でも翌年に向けて力を蓄える冬の畑でもいい。その光景を眺めながら、そこで造られたワインを飲むということが、何よりも格別な日本ワインの楽しみ方なのではないかと思います。ボトルの中に込められた味そのものはもちろん、造った方々の思いも一緒に味わうものなのではないでしょうか。日本中を旅して、ぶどう畑を眺めながら、ワインを飲んで地元の食材を堪能する。それが、我々日本人の日本ワインの楽しみ方だと思います」。
映画『シグナチャー~日本を世界の銘醸地に~』を観た時から感じていましたが、柿崎氏は情緒を大切にする方だと、取材を通じて改めて実感しました。「ワイン」というボトルに詰められたお酒が好きなだけでなく、日本人として、日本の文化と風土の中で日本ワインを楽しむことの素晴らしさを知っている方です。だからこそ、日本の自然をあれほど美しくとらえる映画を作り、それが世界で認められるのでしょう。
「オレンジを例にあげると、アメリカのオレンジは果実感たっぷりで甘くて味も濃い。それに比べると、日本のみかんは甘さも香りも控え目ですよね。それでも、新鮮だからこそのやさしい香りがある。みかんの皮を剥くたびに、子どもの頃、みかんの垣根の横を歩きながら匂いを嗅いだことを思い出します。日本の甲州も、我々日本人にとってそんな懐かしさを思い出させてくれる品種なのではないでしょうか」。
柿崎監督が監督・脚本を手がけた映画『シグナチャー~日本を世界の銘醸地に~』は今後ワイン生産地でイベント上映が行われるほか、DVDや動画配信を予定しています。
まだご覧になっていない方は、お近くで開催されるイベントで上映される機会があればぜひご参加いただき、日本ワインの素晴らしさを感じてみてくださいね!