「ハイディワイナリー」は、神奈川横浜市出身の高作正樹さんが、2011年に創業したワイナリー。石川県輪島市の海が見える丘の上に、ワイナリーとぶどう畑が広がっている。ハイディワイナリーの自慢は、自然栽培のぶどうと、温度管理を徹底して醸造したワインだ。
ミネラル豊富な能登半島の土壌の栄養価を、たっぷりと吸収したぶどうを栽培する。草生栽培や微生物農法を利用し、自然環境と共存した栽培方法でぶどうの魅力を最大限に引き出しているのが特徴だ。また、手作業で朝方に行う収穫作業も、大きなこだわりのひとつ。朝方に作業することで、ぶどうの香りが維持されるのだ。
厳しい温度管理が生み出すワインは、海の幸に合うピュアな味わい。スパークリングワインや白ワインは海産物との相性が抜群で、特に寿司とのペアリングは感動の一言だ。一方の赤ワインは、能登半島で収穫される「山菜」との組み合わせが絶妙。
地域の魅力を存分に映し出したワインを醸造する、ハイディワイナリー。今回は2021年シーズンにスポットを当ててお話を伺った。2021年ならではのエピソードやワイン醸造の進捗など、興味深い話題をぜひ最後までご覧いただきたい。
『樹齢7年の節目 ぶどうが安定してきた2021年』
まずは、ハイディワイナリーの2021年のぶどう栽培について紹介したい。2021年ならではの天候や、ぶどうの状態は?苦しかったことや、反対にうまく行ったこととは?2021年シーズンを振り返ってみよう。
▶ぶどうが順調に育った2021年 6月の雨を乗り越えて
まずは2021年の天候や畑の様子について。
「6月の断続的な雨には悩まされましたが、それ以外には、特段悪い変化はありませんでした。幼木が順調に成長しているので、収量が伸びてきています」。
輪島市の6月の降水量は、例年に比べて非常に多かったそうだ。降ったり止んだりの雨が、断続的に続いた。
「一気に降って、あとはさっと晴れてくれたほうがよいですが、コントロールできないのが難しいところです」。
思いどおりにいかないのが、自然相手のぶどう栽培の難しさだ。
徹底した栽培管理をおこなったため大きな問題は発生しなかったが、ソーヴィニヨン・ブランとプティ・ヴェルドの畑では、灰色かび病が発生した。灰色かび病が発生すると、結実が難しくなり、被害は甚大だ。被害が畑の一部だけにとどまったことが幸いだった。
「病気が出たものの、想定の範囲内でした。近年は天候が安定しないのが悩みです。発生した問題に応じて、柔軟に対策をしています」。
また今年は、イノシシ、ハクビシン、タヌキによる獣害もほとんどなかった。設置済みの電気柵や防鳥ネットは、2021年も絶大な効果を発揮した。
▶2021年収穫のぶどうの出来は?樹齢が上がり安定した味に
「畑の樹は、2012年から2014年にかけて植栽したものがほとんどです。多くの樹が、今年ようやく樹齢7年を超えました。収穫前のぶどうの分析値も樹ごとのバラつきがほとんどなく、安定して高品質のブドウを収穫できるようになってきたのを実感しています」。
ぶどうにとっての樹齢7年とは、人間に例えると、ちょうど社会人になったくらいの年齢だ。ぶどうが「働き盛り」となる目安なのだ。樹の根は地中に扇状に広がり、長さや太さもじゅうぶん。土地のミネラルや栄養素をしっかりと吸い取ることが可能となる。複雑味のある濃い味のぶどうができることは、ワイン造りにとって重要なポイントだ。
ぶどうの樹には、成長するにしたがって、さらに変化があらわれるという。
「老木になると、収量は最盛期の半分や3分の1に減少します。しかし養分を吸い上げる力は維持したままなので、味が濃厚になるのです。なんだか人間との共通点がある気もしますね」。
7年目以降の栽培では、気をつけなくてはならないことがある。樹のポテンシャルを伸ばすための「剪定」に工夫が必要なのだ。樹の栄養バランスを保つための剪定技術が求められる。
また、樹齢7年以降のぶどうは、天候や日照時間の違いが味に直結しやすくなる。そのため、いかに樹のポテンシャルを高く維持するかが重要になるのだ。
▶新たな機器の導入で作業負担を軽減
2021年のぶどう栽培作業において特筆すべきことがある。ぶどうの摘芯(てきしん)のための「ヘッジトリマー(電動の苗切りバリカン)」と、剪定に使用する「電動剪定バサミ」を導入したことだ。
摘心とは、7〜8月に不要な枝を切っていく作業のこと。実をつける数と、品質をコントロールするためにおこなう。高品質なぶどう栽培において必要不可欠な作業だが、ハイディワイナリーでは今までこの作業を手動のハサミで行っていた。
「摘心は特に、作業するのが夏の暑い時期ということもあり、負担が大きな作業でした。スタッフの体調管理のために、導入を決めました」。
導入の効果は大きく、作業時間は大幅に短縮。防除などの作業にじゅうぶんな時間を確保することが可能になった。
▶アルバリーニョ新苗の植樹
毎年新たなぶどうの苗木を植えている、ハイディワイナリー。2021年は、白ぶどう品種のアルバリーニョを植樹した。本数はおよそ1,000本だ。
アルバリーニョは、スペインやポルトガルの海沿いを原産地とする白ぶどう。魚介料理との相性が抜群で、ハイディワイナリーにおいても人気が高い品種だ。
高作さんは「ワインになったときの未来の需要」を考えた結果、アルバリーニョを植樹することに決めたという。販売量の推移やぶどうの量との関係を見ると、アルバリーニョが足りなくなると予測したからだ。
「ワインにするには植えてから最低4年はかかります。難しいことですが、4年後のことを考えて求められるぶどうを育てていく必要があるのです」。
『新たなチャレンジが続く2021年の醸造』
続いて紹介するのは、2021年のワインについて。2021年ヴィンテージならではのおすすめワインや、醸造における新たな取り組みはあるのだろうか?気になる情報がいくつも飛び出したので、順に紹介していこう。
▶2021年醸造のシャルドネに期待
「2020年から、シャルドネの特別ワインを製造しています。2021年も同様の製造方法で醸造中なので、期待してほしいですね」。シャルドネの特別ワインとはどんなワインなのだろうか?具体的に伺った。
使用するぶどうは、シャルドネ100%。搾汁した果汁を3種類に分けて樽に詰め、異なる酵母菌で発酵させるのが特別ワインの最大の特徴だ。
3種類の果汁とは、以下の3種類。
- フリーラン(破砕時に自然に流れ出る果汁)のみ
- フリーランとプレスラン(潰して絞る果汁)の混合
- プレスランのみ
あえてフリーランとプレスランで果汁を分けるのは、実はあまり一般的な方法ではない。通常は1度で済むところを3つに分けるため、醸造のコストと手間も3倍かかる。
「試したかった醸造方法を、突き詰めてやってみたらどうなるか興味が湧いたのです。出来が楽しみですね」。
発酵後にシュールリー(澱とともに熟成させること)をして、約10か月後に樽出しの予定。その後、瓶内熟成させれば完成だ。発売は2022年の4月以降を予定している。リリースは醸造し始めてから約1年半後。なんとも待ち遠しい。
特別ワインの色調は、深みのあるレモンイエロー。洋梨、熟したリンゴやモモなどのフルーツの香りが立ちのぼる。ハチミツや白い花、ナッツの香ばしい香りも調和し、複雑にからみあう深みのある芳香が魅力だ。シャルドネ100%の個性が色濃く出た、厚みと飲みごたえのある白ワインに仕上がった。
「ソムリエの方に依頼した官能評価テストでも、自社で最高得点をマークしました。若い状態でもポテンシャルが高いので、熟成後もよい変化がみられそうです」。
時間をかけて熟成のときを待つのも、特別ワインの楽しみかたのひとつ。熟成に絶えうるポテンシャルの高さを秘めた特別ワインを、ぜひ味わってほしい。販売本数は、リリース時に300本ほどを予定している。
特別ワインのエチケットデザインや名称は、これから検討するところ。
「現時点では『シャルドネ2020樽熟成』と仮の名前で呼んでいます。発売を楽しみにお待ちください」。白ワイン好きには要チェックの銘柄となりそうだ。
▶ 2021年ヴィンテージの新アイテム「ロゼスウィート メルカベ」
2021年ヴィンテージには、新アイテムが登場した。新アイテムとは、甘口のロゼワインの「ロゼスウィート メルカベ」。黒ぶどうのメルローと、カベルネソーヴィニョンを中心に使った甘口ワインだ。
「セニエ法」と呼ばれる、ロゼワインの醸造方法で、自然酵母菌を使用。アルコール度数は2%と低く設定されているので、お酒に弱い人や女性にもおすすめだ。甘みはすべてぶどう由来の糖分を残す方法で、糖分添加は一切おこなっていない。
甘口にするために採用したのは、「火入れ」の手法。醸造の途中で熱を加え、酵母の働きをあえてストップさせる。するとアルコールの上昇が抑えられ、糖分だけが残ることで、低アルコールかつ甘口のワインができ上がるのだ。余計な添加物が含まれていないため、地元産の果実そのままの優しい味が特徴。ナチュラル志向な方にも大いにおすすめできる。
ハイディワイナリー・ワインラインナップとしては、初のロゼワイン。なぜ今までにないスタイルのワインを造ったのだろうか?
「試験的にさまざまな手法に挑戦したなかでできた1本なのです。1,800本製造しましたが、試験醸造ということもあり、来年も同様の銘柄を造るかどうかは、現在のところ未定です」。
レギュラー化しなかった場合、2021年ヴィンテージ限定の銘柄となる。「ワインをこれから飲んでみたい人」にもぜひ飲んでほしい1本だ。
『2022年も新ワインや企画を続けるハイディワイナリー』
最後に紹介するのは、ハイディワイナリーの2022年以降の目標について。直近で計画していることや、達成したいことについてお話を伺った。
▶2022年以降に目指すワイン造り 自然酵母を使って
目指しているのは「自然酵母」を活用したワイン造り。「自生している自然酵母の活用をしていきたいと考えています。ハイディワイナリーのワインを、土地の名産品『輪島市門前町産のワイン』として確立したうえで、海外の品評会にも挑戦したいですね」。
自然酵母を使ったワイン醸造には、難しさもある。
「自然酵母は温度管理が難しいのです。できる限り低温に管理して、リスクを避けながら醸造する必要があります」。
ハイディワイナリーが既存のラインナップのワイン醸造で使用してきたのは、粉末の培養酵母だ。粉末酵母は決まった酵母株を使用するため、適正な管理温度が明確に分かる。だが、自然酵母には多様な酵母株が含まれているため、温度管理が困難なのだ。低温で発酵させたほうがリスクを防げるが、低温にしすぎると酵母の活動が止まってしまう。そのため、ギリギリのポイントの見極めが重要だ。
では、どのように発酵の管理をしているのだろうか?なんと、使うのは自分の「嗅覚」。発酵中のワインの香りを確認することで、発酵が正常に進んでいるかを判断するのだ。
「発酵が不健全にすすむと、イヤな匂いになるためすぐに分かります。常にタンクに鼻を近づけて香りを確認することが、シンプルながらも最適な方法なのです」。
繊細な温度管理が必要な自然酵母での醸造は、非常に手間がかかる。しかし、自生している酵母でワインを造るのは、土地の個性を表現するための有効な手段。今後の挑戦に期待したい。
▶少しずつイベントが開催できたら
新型コロナウイルスの影響で、数々のイベントが中止となった2021年。東京でパエリア専門店と協力して開催する予定だった「パエリアとワインの会」も、残念ながら開催を見送った。
「ハイディワイナリーは、ワイン会を通じて宣伝活動をしてきた歴史があります。今後は感染対策を徹底したうえで、何かしらのイベントができたらと考えているところです」。
高作さんが考案中なのは、あらかじめお客様の手元にワインを届けて開催する、オンラインワイン会だ。また、レストランで実施するリアルな場でのイベントも検討している。
「食事とワインを提供するイベントを開くのが、今一番やりたいことです。マイナスなイメージがつくのは避けるべきなので、開催のタイミングや方法が難しいのが悩みどころですね」。
情勢を考慮しながら、慎重に決めていきたいと話してくれた。
ワインがつなぐ人との縁は、心を暖かくさせる力を持つ。人々が心置きなくワインを飲んで語りあえる場が実現されることを、ただ願うばかりだ。
『まとめ』
6月の雨には悩まされつつも、安定した収穫と醸造ができた2021年。ハイディワイナリーの自社畑で育てている多くのぶどうが樹齢7年に達したことで、今後のワインの味もより複雑で厚みあるものになっていくだろう。
ハイディワイナリーの2021年は、新銘柄や新しいワインの醸造が目白押しだった。2022年も、新たなことに挑戦しつつ、高品質なぶどうでのワイン造りを続けていく。次はどんなワインが生まれるのかが、楽しみでならない。まずは2022年4月に発売が予定されているシャルドネのワインを待ちつつ、今後の展開にもさらに注目していきたい。
基本情報
名称 | ハイディワイナリー |
所在地 | 〒927-2351 石川県輪島市門前町千代31-21-1 |
アクセス | 車 金沢から車で90分 電車 金沢から電車で約2時間30分 *https://heidee-winery.jp/access/ |
HP | https://heidee-winery.jp/ |