『Sail the Ship Vineyard』土壌環境を大切にし、ナチュラルな造りのワイン造りに挑戦する

長野県上田市は県東部に位置する。晴天率が高く、年間降水量は約900mmと低いのが特徴だ。そんな上田市にあるのが、今回紹介する「Sail the Ship Vineyard」である。

代表の田口航さんが、独自のワイン哲学にもとづいてぶどう栽培とワイン醸造をおこなっているSail the Ship Vineyard。ストイックなまでにこだわり抜いて、ワインを造る。

お酒やワインが大好きだという情熱を、そのまま真っ直ぐぶどう栽培とワイン造りに注いでいるSail the Ship Vineyard。創業までの経緯とこれまでの歩み、これからの展望について田口さんにお話を伺った。

『Sail the Ship Vineyard設立まで』

まずは、田口さんとワインの出会いにさかのぼって、Sail the Ship Vineyard設立のきっかけとなったエピソードから紹介したい。

もともと食に興味があり、お酒全般も好きだったという田口さんは、千葉出身。ワインと出会ったのは、東京の大学に進学した頃のことだ。

▶︎ワインとの出会い

「学生時代、東京のスペインレストランでアルバイトをしていました。このとき、ビールやワインなどのお酒を、食事と合わせる楽しさを知ったのです」。

大学4年のときにはワーキングホリデーを取得して、1年間休学。ビールの本場であるアイルランドに渡った。

「アイルランドのパブは、地域に密着した居酒屋のような存在です。アイルランド音楽が流れるアイリッシュパブの文化にも惹かれました」。

アイルランド滞在中には、ヨーロッパのほかの国にも足を伸ばし、ワインをはじめとしたお酒に親しんだ。そしてさらに、お酒に関わる文化にも興味を持つことになる。

▶︎ワイン造りを仕事にしたい

だが、お酒への興味はあくまでも憧れであり、仕事にすることは考えなかったそうだ。就職活動を経て、鉄鋼関係の商社に就職を決めた。2年間がむしゃらに働いたが、仕事にどこかのめり込めない自分がいた。次第に、本当に好きなことを仕事にしたいという気持ちが高まってくるのを感じたのだ。

自分の気持ちとしっかり向き合って考えてみたところ、やりたいと感じたのはやはり、お酒関係の仕事。ウイスキーのブレンダーや、日本酒の杜氏も魅力的だった。

だが、もっとも興味があったのはワイン造りだ。原材料であるぶどうから自分の手で栽培できるところに惹かれ、ワインを自分で作りたいと思うようになった。そこで、ワイン関連の仕事にしぼって探し、転職。ちょうどそのときスタッフを募集していた京都のワイナリーと縁があって入社して、4年間勤務した。

「当初は、自分でワイナリーを開業することは視野に入れていませんでした。しかし、自分が100%希望するワインを造るためには、独立するしかないと思い始めたのです。ぶどう栽培やワイン醸造にはさまざまな考え方があるので、正解はひとつではありません。だからこそ、自分なりのスタイルで挑戦してみたいと考えました」。

▶︎独立に向け、上田市に移住

田口さんが希望していたのは、シャルドネやソーヴィニヨン・ブランなど、王道のヨーロッパ系品種のワインで勝負することだった。

独立を前提に、どの地域でヨーロッパ品種を栽培するべきなのかを調べたところ、長野県の東信地方の気候条件が優れていることがわかった。そこで2014年の秋、長野県に下見に出かけた。

長野県では、東御市にある「ヴィラデストワイナリー」の代表で、醸造責任者でもある小西氏に出会い、さまざまなアドバイスを受けた。そして、ちょうど2015年春からスタートする予定だった、「信州うえだファーム」での「果樹・野菜・ワイン用ブドウ研修生」について知った。

JAの出資農業法人である信州うえだファームでは、JA信州うえだ管轄地域で新規就農を目ざす人を対象に、就農支援研修をおこなっている。研修生は野菜や果樹、米などさまざまな作物のなかからいずれかを選ぶ。サポートを受けながらスキルを身につけ、独立を目指せるという仕組みだ。

2年間の研修制度で、研修生は月給を受け取りながら技術を学び、独立後に借りる農地の紹介も受けられる。新規就農者にとって、非常に頼りになる教育制度だろう。

「『ワイン用ブドウ研修生』の研修は、東御市の『千曲川ワインアカデミー』の講座とセットになっていました。私は未経験者ではありませんでしたが、東信地方に畑を借りるあてもなかったので、渡りに船でした」。

上田市に移住した田口さんは、2年間の研修で、ワイン用ぶどうの栽培とともに野菜の栽培法も学んだ。研修は順調にすすみ、2年目には自分の畑を準備してぶどうを植栽。自社畑のぶどうが収穫できるまでの期間は、ブロッコリーを販売して収入を得ることができたそうだ。

ワイナリーを始めたいと思い立って上田市に移住したのは、2015年のこと。そして、2016年には畑を手に入れ、Sail the Ship Vineyardとして独立した。非常に早い展開だが、真摯に夢を追い求める田口さんに、天が味方していたに違いない。

『Sail the Ship Vineyardのぶどう品種』

続いて、Sail the Ship Vineyardで栽培しているぶどう品種を紹介しよう。

自社畑のぶどうは、すべて垣根仕立てで栽培されている。

白ワイン用品種

  • シャルドネ
  • ソーヴィニヨン・ブラン
  • シュナン・ブラン
  • ロモランタン
  • プティ・マンサン
  • ルーサンヌ
  • サヴァニャン

赤ワイン用

  • メルロー
  • カベルネ・フラン
  • カベルネ・ソーヴィニヨン
  • シラー
  • ムールヴェードル

▶︎次の世代までを見据えた挑戦

収穫量が安定してから数年しか経っていないため、品種と土地の相性については未知数だ。現段階で適性があると感じられるのは、プティ・マンサン。酸が残り、ハチミツのような香りが豊かだという。

品種選択の決め手となったのは、まず、自分が好きな品種かどうかだ。

「自分が作ってみたいと感じる品種を栽培するのがいちばんです。さらに、ワインの産地形成をするには、新しいことに積極的にトライしていく必要があります。植えている人が周りにいない珍しい品種は適性があるかどうかがわからないので、テストのために挑戦しています。情報を蓄積して、次の世代に伝えていくためです。何ごとも、最初に取り組む人はそういう役割ですよね。ワイン文化とワイン産地を引き継いでいきたいです」。

珍しい品種の苗木は、山梨でぶどう栽培をしている先輩から穂木を譲り受け、自分で接ぎ木をした。田口さんは次の世代までを見据えて、日々さまざまな挑戦を続けているのだ。

▶︎Sail the Ship Vineyardの自社畑

次に、Sail the Ship Vineyardの自社畑のようすを紹介しよう。広さは3.4haほどで、ふだんは田口さんがほぼひとりで栽培管理を手がける。

「2022年からは、週に1〜2日はアルバイトの方に来てもらっています。そのほか、植え付けや収穫で人手が必要なときはSNSでボランティアを募集して協力いただけるので助かっています」。

畑は3か所に分かれており、もっとも条件のよい畑があるのは東山地区だ。砂混じりの強粘土質で、水はけもよい。あとの2か所は、砂礫混じりの土壌だ

「東山に関しては、期待通りのぶどうが採れていますよ。ほかの2か所は、虫の被害が多くて苦戦しているところです」。

Sail the Ship Vineyardでは、化学合成農薬は不使用だ。防除には、オーガニック栽培でも使用が許可されているボルドー液だけを使う。

できるだけナチュラルな状態で栽培するため、草生栽培も実施。昆虫や微生物が生息しやすい環境を作ることで、より健全なぶどうが育つ畑にしようと取り組んでいる。だが、雑草が伸び過ぎると、害虫が集まる原因にもなる。そのため、ぶどうの樹の周りはできるだけ雑草を刈り、できるだけきれいに保つことで害虫から守っているのだ。

「雑草を伸ばしたままで栽培していたときには、山や藪が近い畑では、半分もの樹が虫にやられて枯れてしまいました。しかし、化学合成農薬を使うとぶどうの持っている本来の力強さが失われ、私が造りたいワインではなくなる気がするので使いたくなかったのです」。

合成化学農薬や殺虫剤などを使わない農法であれば、土の中に多くの微生物が生存する状態を作り出せる。微生物とぶどうの根の間で物質のやり取りや、助け合いがおこなわれ、両者がお互いにバランスを保って自然本来の共生関係が築かれるのだ。

「ぶどう本来の生命力に満ちた味わいと、ワインにしたときの力強さをキープするため、微生物がいる土壌でぶどうを育てています。見た目には変わりはないかもしれませんが、ワインの仕上がりは確実に別物です」。

今まで田口さん自身が好んで飲んできたフランスのナチュラルワインを飲んだときに感じた力強さや旨味、あふれる美味しさの秘密を解き明かしたいと思って行き着いたのが、土壌内における微生物の存在を大切にする方法だったのだ。

微生物と昆虫、ぶどうが共生して最適なバランスで育つ環境を整えることこそが、栽培家がやるべきことだと話してくれた。

▶︎観察を大切に

畑の土壌環境のほかにぶどう栽培で重視するのは、畑の様子をしっかりと観察することだ。

同じ種類のぶどうであっても、1本ずつ違う樹である以上、それぞれに状態が異なる。樹が弱っているときには、必ず原因があるはず。くまなく畑をまわり、樹の状態を細かく観察することで原因を見極めて、必要な対策をとっていくのだ。

当たり前のようで、継続するのがなにより難しいことでもある。時期によっては、毎日12時間近くを畑で過ごすこともあるという田口さんの生活は、常にぶどうとともにある。

『Sail the Ship Vineyardのワイン』

2023年に自社醸造所を建設予定のSail the Ship Vineyardでは、これまで委託醸造でワインを造ってきた。委託醸造ではあるが、醸造は田口さんが自ら手がけている。醸造量は2021年が5500kℓで、年々増加傾向にある。

ナチュラルな造りが特徴のSail the Ship Vineyardのワインのこだわりについて探っていこう。

▶︎野生酵母で発酵、余計なものは足さない

田口さんが目指すのは、優しい味わいのワインだ。イメージとしては、尖った部分がなく、まろやかでマイルド。つるんとした「球体」のような味わいで、旨味も感じられる仕上がりが理想なのだとか。

醸造には、乾燥酵母ではなく野生酵母を使う。酸化防止剤である亜硫酸塩はほとんど使わず、補糖・補酸もおこなわない。さらに無濾過で仕上げた、非常にナチュラルなつくりだ。

「2018年は赤ワインだけ瓶詰めの前に亜硫酸塩を少し入れましたが、2019年以降のワインにはまったく使っていません」。

ぶどうが自らの力で発酵してワインになるのを根気よく見守るが、もちろんただ放置すればよいわけではない。問題が発生したときに、どのタイミングでジャッジするかが醸造家の腕の見せどころだ。

こだわり抜いたワイン造りをおこなう中では、当然のことながらハプニングもあった。2019年、ソーヴィニヨン・ブランの熟成中にオフフレーバーが出てしまったのである。

亜硫酸塩を使うという選択肢もあったが、さまざまな人からアドバイスを参考にした結果、田口さんはそのまま瓶詰めして見守る方針を取った。オフフレーバーはその後無事に消え、結果は吉と出たそうだ。

「醸造は、経験がものをいう工程です。仕込みをするたびに、新たに学ぶことがありますね。現在の自分は、すべての場面で正しい判断ができるわけではないので、新しい知識を常に吸収していく必要があります」。

ナチュラルなワイン造りは、ときに大きなリスクをともなう。だが、理想のワインを造るために覚悟を決め、挑戦を続けていくのだ。

▶︎こだわりのエチケット

Sail the Ship Vineyardのワインを、どんな場で飲んで欲しいかと尋ねてみた。

「明るい食事の席で楽しく飲んでいただきたいですね。鮮やかな黄色の、ちょっとふざけた感じのエチケットを採用しているのは、そういうシーンを想像しているからです。また、エチケットにはあえて品種名を記載していません」。

エチケットに品種名を書かない意図とは、一体なにかお分かりだろうか?

「例えば、シャルドネと品種名が書いてあると、飲む前になんとなくシャルドネのイメージをしてから飲みますよね。先入観なしに楽しみながら美味しく飲んで欲しいと思い、書かないことにしたのです」。

黄色いエチケットの銘柄は、赤、白それぞれのブレンドワイン「Mr.Feelgood(ミスター・フィールグッド)」。田口さんの好きなイギリスのロックバンド「Dr.Feelgood」にちなんで名付けられた。

エチケットにはキュートな表情の顔のイラストが描かれ、ポップな印象に仕上がっている。

ワインについてのちょっと難しいあれこれは置いておき、家族や仲間と一緒に食事とともに気軽に楽しんでもらいたい。そんな願いが込められたワインなのだ。

▶︎新たなワインをリリース予定

2020年と2021年は単一品種のワインを仕込んだが、2022年の醸造では新たな取り組みをおこなう。

「2022年は畑ごとに分けて仕込もうと思っています。東山のメルローと・カベルネ・ソーヴィニヨンのワインを造るので、リリースを楽しみにお待ちいただきたいですね」。

Sail the Ship Vineyardの3つの畑のテロワールが、それぞれどのように表現されるのか。どんな味わいなのかを想像しながらリリースを待ちたい。

『Sail the Ship Vineyardの強みと、今後の取り組み』

最後に、Sail the Ship Vineyardの強みと、今後予定している新たな取り組みについて触れておこう。

Sail the Ship Vineyardの魅力を深く知ると、ワインを飲んだときに、さらに広がる物語があるはずだ。

▶︎こだわり抜くのが強み

Sail the Ship Vineyardの強みは、栽培から醸造まで田口さん自身の考えを100%反映させ、一貫性のあるワイン造りをしていることだ。

「自社畑の植栽からすべて、自分でおこないました。醸造に使用しているのは自社畑のぶどうのみです。また、認証は取っていないため有機栽培を謳うことはできませんが、同等の栽培方法でぶどうを育てています。醸造も、いわゆるナチュラルワインの造りです。堂々と胸を張れるレベルで取り組めていると自信を持っています」。

ぶどう栽培やワイン造りの方法は千差万別で、正解はない。栽培家や醸造家の生き様を反映するため、奥深く興味が尽きない世界だ。

あえて困難な道を進み、より自然な方法で造ることを選択したSail the Ship Vineyardの取り組みと熱い思いを応援したい。

▶︎自社醸造所も建設予定

2023年以降、自社醸造所も新たに建設予定だ。念願の自社醸造が始まると、完全に自分の思い通りにワインを造ることが可能となる。ワインのラインナップの構想もすでにあるそうだ。

「今後さらに収量が増えてきたら、8アイテムくらいに増やしたいと考えています。それぞれのワインを、思い描いている方向性に近づけることに取り組んでいきたいですね。今から楽しみです」。

お酒好きの田口さんは、やはり自分で飲みたいワインを造りたいと考えている。造り手の求める味がしっかりと表現されたワインを飲むなら、ワイナリーを直接訪れて、造り手が込めた思いを直接聞いてみるのもよいだろう。

『まとめ』

可能な限り自然な土壌環境を造り、ぶどうそのものの持つ味わいをしっかりと引き出す栽培をしているSail the Ship Vineyard。自社畑の樹がしっかりと生育してきたことで、年々収量がアップし、さらに醸造の自由度が増してきた。ナチュラルな造りが特徴のワインは、銘柄が増えると自分好みの1本を選ぶ楽しみも出てくることだろう。

上田市や東御市などでワインを造っている仲間たちと、それぞれのワインを持ち寄ってメーカーズディナーを開催する計画を立てているという田口さん。実現すれば、東信地方の若手醸造家による、さまざまなスタイルのワインが食事とともに楽しめる、かけがえのない体験ができる場になるはずだ。Sail the Ship Vineyardの公式サイトやSNSで、最新情報をチェックして欲しい。

Sail the Ship Vineyardの新たな取り組みに、これからも注目していこう。

基本情報

名称Sail the Ship Vineyard
所在地〒386-1212
長野県上田市富士山上居守沢1960-13
アクセスしなの鉄道「下之郷駅」よりタクシーで7分程度(畑のみ)
HPhttps://sailtheship.rocks/

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