『ドメーヌ・ジン』第二の人生で自分好みのワインを造る、チャレンジ精神あふれるワイナリー

品質管理の仕事にずっと携わってきた渡邉隆仁さんが、57歳でワインエキスパートの資格を取り、定年後に設立したのが「ドメーヌ・ジン」だ。

ワイン造りが盛んな、山梨県甲州市勝沼町。この地に、2019年に設立された「ドメーヌ・ジン」がある。長年もの造りの仕事に携わり、退職後にワイナリー設立の夢を叶えたのは、代表の渡邉隆仁さん。

第二の人生でワインに関わる活動がしたいと、57歳でワインエキスパートの資格を取得。さらに、興味の赴くままにワイナリーまで立ち上げてしまった、チャレンジ精神あふれる人物だ。

今回は、そんな渡邊さんが経営するドメーヌ・ジンを紹介しよう。渡邊さんが抱くワインへの想いから、今後の展望までを幅広くお話いただいた。ぜひ最後までお読みいただきたい。

『ワイナリー設立までの道のり』

ドメーヌ・ジン代表の渡邉さんは、20代のころからワインをたしなむお酒好きだった。ワイン以外にも、ビールと日本酒をよく飲むそうだ。

また、子どものころから植物が好きで園芸に興味を持ち、かつて自宅の庭でぶどうを育てた経験もあるという。

▶︎ワインエキスパート資格を取得

「定年近くになって、これから先の人生、なにをしようかと考えたとき、ワインに関わる仕事をしたいと思ったんです」。

当初は、ワインを自分で造ることまでは考えていなかったという渡邉さん。ワインエキスパートの資格を取得したのちは、アルバイトとしてワイナリーで働いたり、ワインの販売スタッフをしたりすることをイメージしていた。

ワインエキスパートの資格取得は、とても難しかったそうだ。しかし、勉強をすすめてさまざまな知識と情報を得るうちに、次第に自分でぶどう栽培とワイン醸造をすることに興味を持ちはじめた。

▶︎畑を開墾とワイナリー設立まで

渡邉さんは学生時代から、もの造りにも興味を持っていた。進学先を選ぶ際には、もの造りができる工学系と、植物に関わる農学系とで選択を迷ったそうだ。結局、農業や園芸は趣味として楽しむことにして、もの造りが学べる工学系に進学。社会に出てからは、鉄鋼関連業界での製造技術や品質管理を仕事とした。

そして退職後に迎える第二の人生について考えたとき、以前は選択しなかった、ワインや農業に関わりたいとの想いがつのってくるのを感じた。

「ぶどう栽培とワイン醸造をはじめたいと考えてからは、畑を借りてぶどうを作り、委託醸造をすることをまず検討しました。委託先をいろいろと探して、甲州市勝沼にある東夢ワイナリーに行きついたんです」。

2009年、渡邉さんは勝沼町の畑を借り受け、ぶどうの植樹に向けて開墾をはじめた。

「当時はまだ退職前でしたので、土日に泊まりがけで勝沼にやってきて開墾作業をすすめました。整備には1年ほどかかりましたね。2010年の春に、50本ほどの甲州を植えました。しかし最初の年は、せっかくの新芽をほとんど鹿に食べられてしまうという苦い経験をしました」。

2011年3月末に定年退職を迎えてからは、ぶどう栽培に専念。2013年ごろからは、徐々にぶどうの収穫ができはじめた。その後は、東夢ワイナリーで醸造について研修を受けながら、委託醸造を6年間続けた。

そして2019年、ようやく自身のワイナリー、ドメーヌ・ジンを設立したのだ。

▶︎急斜面の畑に適したシラー

退職後には甲州ぶどうの苗木を植えて栽培に取り組んだが、当時はあいにくぶどうの苗木が手に入りにくい時期だった。そのため、開墾した畑の3分の1はあいたまま。

2012年、ようやく手に入ったシラーの苗木を植えることにした。だがこれが、後に功を奏すこととなる。

渡邉さんが甲州とシラーを植えたのは、勝沼の鳥居平地区にある南西向きの急斜面。山の畑は水はけがよいため、平地にある別の畑に少量植えたシラーよりも、品質のよいシラーが収穫できたのだ。

はじめに鳥居平の畑に植えた甲州は、水はけが悪くても比較的影響を受けにくい品種だ。そのため、平地の畑でも十分に育つ。

だが、たまたま植えたシラーを栽培してわかったのは、シラーが水はけのよい畑を好むという品種特性。現在、鳥居平の畑の甲州は、徐々にシラーへの植え替えをおこなっている。

『ドメーヌ・ジンで栽培するぶどう』

2022年、ドメーヌ・ジンでは4か所の畑でぶどうを栽培している。2021年に収穫できたぶどうは、以下のとおりだ。

  • 甲州
  • シラー
  • メルロー
  • タナ
  • 甲斐ノワール
  • アルバリーニョ
  • ヴィオニエ

また、近いうちに収穫を迎える品種は以下。

  • ソーヴィニヨン・ブラン
  • セミヨン
  • アルモノワール

さらに、2021年には新たに6品種を植え付けた。

  • サンジョヴェーゼ
  • シャルドネ
  • ヤマ・ソーヴィニヨン
  • ネッビオーロ
  • スチューベン
  • カベルネ・ソーヴィニヨン

新しい畑にはヤマ・ソーヴィニヨンなどを植えはじめたので、数年後には収穫できるまでに育つだろう。

▶︎栽培品種の選定

ドメーヌ・ジンが多くの品種を栽培するのは、安定して収穫できるぶどうを見極めることが目的だ。土地にあう品種がわかってくれば、適種の接ぎ木をして更新していくつもりだという。

品種選定には、渡邉さんの好みも大きく関わる。ワイン好きの渡邉さんが特に好むのは、セミヨンやソーヴィニヨン・ブラン。自分が飲みたいワインを自ら造ることができるのは、醸造家ならではの特権だ。

また、サンジョヴェーゼやネッビオーロなど、ブレンド用としての使用を前提に栽培している品種もある。サンジョヴェーゼは勝沼の地ではしっかりとした色づきが難しいことがわかっているそうだが、独特のフルーティさが捨て難い。ロゼワインにしたり、カベルネ・ソーヴィニョンとのブレンドにしたりと、目指す味わいのワインを造る際のアクセントとして使う夢がふくらむ。

▶︎畑ごとの特徴

立地的に近い場所にある畑でも、ちょっとした条件の違いで適した品種が異なるのが、ぶどう栽培の難しい点だ。

ドメーヌ・ジンの自社畑のうち、甲州市塩山の大藤地区にある畑は、標高が550mほど。鳥居平の畑ほどではないものの、急な斜面で水はけもよく、冷涼な気候が特徴だ。

近年、勝沼町の標高が低い地域は、毎年のように気温の上昇がみられるという。そのためドメーヌ・ジンでは、今後は大藤地区の畑でのぶどう栽培をメインにしていくことも視野に入れている。

また、勝沼町菱山の日休地区にあるドメーヌ・ジンの自社畑では、甲斐ノワールが栽培されている。畑を借り受けたときにはすでに成長した樹が植樹されていた甲斐ノワールだが、晩腐病になりやすいため、はじめは栽培に非常に苦労した。

経験を積んだ今では、栽培のコツがわかり、甲斐ノワールはドメーヌ・ジンのワイン醸造に欠かせない品種となった。

『ぶどう栽培におけるこだわり』

ぶどう栽培をするうえでの渡邉さんのこだわりは、あまり手をかけないことだ。肥料は与えず、除草剤も使わない。草を刈って地面にまく、草生栽培を採用している。

また、肥料や水を与えると凍害に弱くなるため、あえて自然任せの状態での栽培をおこなっているのだ。

▶︎適切な防除を心がける

樹への消毒を必要最小限にすることを心がけているドメーヌ・ジン。おもに使用するのは、ボルドー液だ。2019年と2020年には、ベト病により大きな被害を受けたため、ベト病に持続的な効果が期待できるボルドー液を中心とした消毒に切り替え、幸いにも効果があらわれた。

また、結実後に房に雨があたると病気が発生しやすくなるため、早めの傘かけは欠かせない。かつてはドメーヌ・ジンでは甲州への傘かけをおこなっていなかったが、気候変動によりぶどうの生育期の長雨が増えたため、甲州も傘かけの必要性を感じている。

手間がかかる傘かけの作業は、これまでボランティアのメンバーに頼ってきたが、甲州にも笠かを拡大するにあたり、近隣のワイナリー「ケアフィットファームワイナリー」のスタッフに応援を要請することも検討中。傘かけの効果が出て、品質のよい甲州ぶどうが収穫できることを期待したい。

▶︎2022年はレインカットも導入

レインカットの導入も予定しているドメーヌ・ジン。レインカットとは、ぶどうの房に直接雨が当たらないように、房の上部にビニールをかける方法だ。2022年はヴィオニエにレインカットを施す。

もともと100kg程度の収穫ができていたヴィオニエだが、2019年ごろからは雨の影響で病気が発生するようになり、収量が大幅に減った。傘かけをしても病気の予防効果があらわれなかったため、レインカットの試験実施に踏み切ったのだ。

「ヴィオニエは、華やかな香りと濃厚な味わいが特徴のワインに醸造できるため、引き続き栽培していければと考えています。試行錯誤しつつ、品種ごとに適切な対応をすすめていきたいですね」。

『自分好みのワインを目指す』

続いて、ドメーヌ・ジンが目指すワインについて伺った。ワイン好きの渡邉さんならではの目標と哲学を紹介していこう。

「私自身もともとワインが好きなので、まずは、自分が飲みたいと感じるワインを造りたいですね。自分が感動できるワインを造れば、少なくとも、私と同じワインを好む人には感動していただけると思っています」。

▶︎体に染みわたる1杯を造りたい

実は、渡邉さんが最も好むお酒は日本酒。なかでも、「純米の生」が好みだ。

「体を動かした1日の終わりを想像してください。夕食の前に、しっかりと冷やしたフルーティーな『純米の生』を飲むんです。ほのかな甘みが体に染み渡り、疲れがすっと癒やされるのを感じますよ」。

日本酒の「純米の生」のように、体にやさしくしみこむワインを造りたいのだという。

また、喉がかわいているときには、微発泡のワインが最適だと考える渡邊さん。ドメーヌ・ジンの商品ラインナップに微発泡の「ペティアン」のワインが多いのも、渡邉さんのお酒の好みによるものだ。

「ワインは、ドライな味わいのタイプが好きですね。食事しながら飲むワインは、甘みがおさえてある仕上がりがよいでしょう。ほんの少しだけ甘みが感じられる、ドライな甲州を造りたいと思っています。好みの味わいに近づけるため、甲州とシャルドネのブレンドを検討しています。食事とともに味わえて、しかも最初の1杯にぴったりな飲み心地のワインを目指しています」。

▶︎食事と合わせて飲みたくなるワイン

ドメーヌ・ジンのワインは、すっきりとした味わいと酸味が特徴だ。

「うちのワインについて、酸味が強いと感じる人もいるようです。食事と合わせるには、酸味は重要な要素なので、しっかりと酸味が残るように醸造しています」。

食事とあわせてワインを味わってほしいと考える、ドメーヌ・ジンならではのこだわりだ。キリッとした酸味を、ぜひ食事とともに味わってみてほしい。

もちろん、ドメーヌ・ジンでは、ワインだけで楽しめる銘柄もラインナップされている。特におすすめなのは、2021年の「牡蠣甲州」。ボージョレ・ヌーヴォの醸造に用いられる「マセラシオン・カルボニック」の技法を使って造られたワインだ。マセラシオン・カルボニック法は、無破砕のぶどうをタンク内に充満させた二酸化炭素の中に2週間ほど閉じ込めた後、発酵させることで、酸味がやわらかく独特のフレッシュな香りが出やすいのが特徴だ。

マセラシオン・カルボニックは、渡邉さんが東夢ワイナリーで委託醸造をしていたころから採用している醸造方法。「牡蠣甲州」はおだやかな酸味で、ワインをじっくりと味わって飲みたいシーンにうってつけの銘柄なのだ。

『ワイン醸造のこだわりと苦労』

続いて、ドメーヌ・ジンのワイン醸造におけるこだわりや苦労を紹介したい。

▶︎白ワインは独自の工夫で低温発酵

「醸造に関しては、白ワインの低温発酵に特に工夫をしています。白ワインの仕上がりを左右するのは、発酵温度だと考えているためです」。

納得できる品質を目指し、空調による温度管理だけでなく、独自開発した冷却装置を採用。渡邉さんの、もの造りの経験と技術が遺憾無く発揮されている。タンク内を安定した低温に保つことで、目指す品質を実現した。

また、醸造工程では、できるだけ酸化させない対策をとりながら搾汁することにも注力する。醸造家の細かな心配りが、味わいに直結するワイン醸造。ドメーヌ・ジンの醸造家のこだわりを、ぜひワインを実際に味わって感じてみたいものだ。

▶︎無理なく続けられるよう設備投資も検討

前職を定年退職後に、ぶどう栽培とワイン醸造をスタートさせた渡邉さん。目下の懸念は、あとどのくらい体力が続くのかということだ。

「年齢とともに体力が落ちてきているので、今後どのくらい肉体労働が続けられるのか心配しています。あるワイナリーさんでは、もっと若い年代の方も、シーズンオフには筋力トレーニングをおこなっているのだとか。体力が続くよう、体調管理もしっかりとしていきたいですね」。

渡邉さん自身、体力の低下を痛感した出来事があったという。

「河口湖のあたりで畑仕事をしている仲間の作業を手伝ったときのことです。無理してしまったようで、翌日はずっと横になって過ごしました。少し若い頃なら、大したことはなかった作業のはずなのですがね」。

できるだけ体に負荷をかけずに作業ができるよう、新たな機械の導入など、設備投資についても検討していきたいそうだ。

『週末の1日の終わりに飲んでほしいワイン』

ドメーヌ・ジンのワインを、どんなシーンで飲んでほしいかと尋ねてみた。

「日常のさまざまなシーンで飲んでほしいですね。毎日とまではいかなくても、週末の充実した1日の終わりに、疲れた体を労わる1杯になれたら最高です」。

ドメーヌ・ジンのワインのラインナップと、強みも紹介していこう。

▶︎ドメーヌ・ジンのワインの強み

ドメーヌ・ジンが目指すのは、日常に溶け込むワイン。「偉大な」ワインよりも、いつもの食卓で楽しめて、美味しいと感じてもらえるワインが理想だ。

「もう少し価格をアップしてもよいのではないか?と言ってくださる人もいます。ですが、気軽に飲んでいただきたいので、できるだけ手に取りやすい価格で提供したいと考えているのです」。

また、渡邉さん自身がこれまでお酒を味わってきた経験と味覚は、ワインを醸造するうえでの大きな指標のひとつだ。

「自分が醸造して、美味しいと感じて合格点を出したワインのみを販売しています。発泡酒が好きなので、うちのラインナップには微発泡のペティアンが多めですね。泡が強すぎるとぶどう本来の味わいを感じにくくなるので、ワインの味わいを損なわずに楽しめるペティアンがおすすめです」。

▶︎ブレンド技術を磨き、新たな味わいのワインを造りたい

ドメーヌ・ジンでは、数多くの品種のぶどうを栽培している。この特徴を生かし、渡邉さんが今後取り組みたいのはブレンドワインだ。

「ブレンドのよさを実感したのは、2021年ヴィンテージのタナを醸造していたときのことです。タナは少量なので以前よりメルローと混醸で発酵させていましたが、タナの量が増えたため、別に発酵させてメルローにブレンドしてみたところ、その効果に気が付きました。タナ単体ではパワフルすぎて食事に合わせにくいと感じていたので、ブレンドの可能性を発見できたよいきっかけになりましたね」。

鋭い味覚を武器に、これまでにない美味しさのワインを造ることに意欲的な渡邊さん。新しい味わいのブレンドワインが誕生する日も近そうだ。今後ドメーヌ・ジンからリリースされる新たなブレンドワインを楽しみに待ちたい。

『まとめ』

渡邉さんが思い描く将来的なチャレンジは、「千葉県にワイナリーをつくること」。実は、渡邉さんの自宅は現在でも、千葉県木更津市にある。自宅に近い千葉県内でワイナリーを開きたいと、広い土地が確保できそうな千葉県冨津市に狙いを定めている。

「自宅から近い場所にワイナリーを持ちたいという夢がありますし、冨津市の周辺には、ワイナリーがまだありません。首都圏には私のように、退職後にぶどう栽培やワイン造りをしたい人も多いはずです。気軽に出入りできるワイナリーがあると、第二の人生を過ごせる居場所にもなりますよね。みんなで協力してワインを造れる環境を構築したいのです」。

参加者がそれぞれの畑でぶどうを栽培し、収穫したぶどうをワイナリーに持ち込んでワインを醸造する。首都圏からのアクセスがよいというメリットを生かし、千葉県内はもちろん、東京や神奈川からでも楽に通える拠点をつくりたいのだという。

「千葉県は昼夜の寒暖差が少ない気候なので、ぶどうの糖度は上がらないかもしれません。それでも、工夫を凝らせば、毎日飲みたくなるようなワインを造ることができると考えています」。

年を重ねてなお、新たな取り組みに意欲的な渡邊さんのポジティブな姿勢は、多くの人を惹きつける魅力たっぷりだ。多くの人の憩いの場となる、新たなワイナリーの設立を、心から楽しみにしたい。

基本情報

名称ドメーヌ・ジン
所在地〒409-1316
甲州市勝沼町勝沼2561-7
アクセス勝沼ぶどう郷駅よりタクシーで10分、徒歩30分
HPhttps://domainejin.com/

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