山梨県甲州市勝沼町に、甲府盆地を一望できる素晴らしいロケーションのワイナリーがある。甲府盆地南東部、一帯に広がるぶどう畑の中腹にある、レンガ造りの「フジッコワイナリー」だ。
フジッコワイナリーは、フジッコ株式会社が1963年1月創業の栗原葡萄醸造株式会社をM&Aして、1990年に設立したワイナリー。契約農家との強い信頼関係を軸に、山梨を中心とした日本の風土で生まれたぶどうの可能性を、最大限に引き出すワイン造りをしてきた。
日本ワインコンクールにおいて、数々の賞を獲得した実績があり、ラインナップが非常に豊富で、ワイン初心者から愛好家まで幅広い層が楽しめる多種多様なワインをリリースしているのもフジッコワイナリーの特徴だ。
長年、日本の食に携わってきたプライム市場上場の食品会社が原点だからこそ、日常の食卓に合うワインを追求してきたフジッコワイナリー。
これまでの歩みと現在の取り組み、これからの展開を紹介していこう。今回は、総務の高野さんと、醸造グループの加賀美さんにお話を伺った。
『フジッコワイナリーの歴史とぶどう栽培』
まずは、フジッコワイナリー創業の歴史からみていこう。
「フジッコワイナリーは、フジッコ㈱が 1986年5月に前身の栗原葡萄酒醸造株式会社(1963年1月創業)をM&Aして、1990年4月から操業開始しました。フジッコワイナリー㈱の設立からは30年、栗原葡萄酒醸造から数えると60年の歴史があります。」と、総務担当の高野さん。
ワイナリー立ち上げから、フジッコワイナリーは「おまめさん(煮豆)」「ふじっ子煮(佃煮昆布)」などでお馴染みのフジッコ株式会社のグループ企業だった。その後、2021年4月にフジッコ㈱の代表取締役社長である福井正一氏の資産管理会社に株式譲渡されている。
▶︎勝沼と明野の自社畑
フジッコワイナリーの勝沼の自社畑は、勝沼町のなかでも、数々の有名ワイナリーが集まるエリアの最も高台にある。フジッコ株式会社の先代会長であり、創業者である山岸氏が、甲府盆地が一望できるロケーションの素晴らしさを気に入り選定した場所だ。
勝沼周辺の自社畑では、フジッコワイナリーのメイン品種となる甲州を中心とした品種を栽培する。
フジッコワイナリーの自社畑は全部で6haほど。勝沼町周辺に小規模の畑が点在しているのに加え、現在は北杜市明野町にも自社畑がある。
「明野は勝沼とは畑の特徴が異なります。明野のほうが勝沼に比べて標高が高いので、朝晩の寒暖差や日中の日差しの強さが違います。明野の自社畑のほうが、よりぶどう栽培に適した地域かもしれません」と、高野さん。
明野の畑では、垣根栽培でぶどうを作っている。明野の赤ワイン用品種はカベルネ・ソーヴィニヨンとメルロー、白ワイン品種は欧州系品種をメインに栽培している。
「明野の畑には、アッパークラスのワイン向け品種を栽培しています。我が社の圃場責任者の久保田さんに畑の管理を一任し、大事に育ててもらっています」と、高野さん。
▶︎契約農家と二人三脚でのぶどう栽培
フジッコワイナリーでは自社畑で収穫されるぶどう以外に、契約農家から購入したぶどうをワイン原料として使用している。
質のよいぶどうを作る農家との長年にわたる信頼関係は、フジッコワイナリーのワインに欠かせない存在だ。
「圃場責任者の久保田さんは、山梨県の北東部にある隼山(はやぶさやま)という丘陵地でもぶどう栽培をしています。私たちは、隼山の久保田さんの畑で栽培されたぶどうも原料として仕入れているのですよ。強い信頼関係で繋がっている栽培家さんであるからこそ、久保田さんの裁量にお任せしています」と語る高野さん。話しぶりからは、有能な栽培家に対する尊敬の念が感じられる。
フジッコワイナリーのワインのおいしさを支えている、優れた契約農家たち。フジッコワイナリーは契約農家との二人三脚で、私たちのもとに上質なワインを届けてくれるのだ。
▶︎傘かけで2021年の雨を乗り切る
2020年、2021年は日本各地で雨が多く、数多くの農家やワイナリーが多大な苦労を被った年だった。もちろん、山梨県も例外ではない。フジッコワイナリーのある勝沼エリアでは、ベト病などに悩まされるぶどう農家も多かった。
そのため、フジッコワイナリーでは、2021年にはぶどうへの傘かけを徹底。結果、悪天候だったにもかかわらず、ぶどうの品質を保つことができた。
ぶどうの房すべてにおこなう傘かけは、非常に手間暇のかかる作業である。栽培家たちの苦労の甲斐があって出来上がったのがフジッコワイナリー2021年ヴィンテージのワインなのだ。
『日本の食卓をさらに豊かに フジッコワイナリーの強み』
フジッコワイナリーは、「日本の食卓をさらに豊かにする」という観点から、和食に合うワインを造ることをビジョンとして、ワイナリーの歩みをスタートさせた。
フジッコワイナリーの、ワイン醸造についてのこだわりを紹介しよう。
▶︎日本の食事に合うワイン
「日本の食事の繊細な味わいと合うように、酸味を強調しすぎないのが醸造のポイントです。また、樽を使う場合でも、樽の香りが強く出過ぎないよう気を付けています」と、醸造担当の加賀美さん。
また、フジッコワイナリーの赤ワインは酸味が控えめで、和食と親和性の高いうま味があるのが特徴だ。目指す味わいを醸すために、フジッコワイナリーでは、酸が残る早摘みのぶどうを仕込むなどの工夫をおこなう。
ある程度酸が残った状態のぶどうを使うのは、長期熟成に耐えうるワインを仕込むことができるからでもある。長期熟成を経たワインは、味わいにいっそうの深みが出る。
「長期熟成ワインに、完熟したぶどうで仕込んだワインをブレンドすることにより、酸とうま味のバランスを調整する手法も採用しています。ぶどうの収穫時期の工夫や醸造過程の試行錯誤があってこそはじめて、日本の食卓に自然に馴染むワインが生まれるのです」と、加賀美さん。
フジッコワイナリーのワインを、日常の食事とともに味わってみたい。何気ない食卓の味わいを引き立たせてくれ、いつものメニューがワンランクアップするのではないだろうか。
▶︎幅広いラインナップ
フジッコワイナリーの魅力のひとつとして、幅広い商品ラインナップが挙げられる。玄人好みの本格派ワインから、辛口が苦手な方でも楽しめる甘口ワインまで揃う。
フジッコワイナリーは、ワイン初心者の方だけではなく、多くのワインを飲んできたワイン愛好家にまで、広く門戸を開いているワイナリーなのだ。
▶︎フジッコワイナリーの強み
加賀美さんにフジッコワイナリーの強みを尋ねると、次のような答えが返ってきた。
「もともとが食品会社のグループ会社ということもあり、会社の醸造設備のサニテーションに非常に気を使っています」。
消費者が安心して口にできるワインを醸造するには、殺菌作業や洗浄作業などのサニテーションは非常に重要だ。さまざまな醸造上のテクニックも大切なことではあるが、すべては衛生的な醸造環境があってからのこと。サニテーションの徹底は、食品会社のグループ会社としてスタートしたフジッコワイナリーだからこその強みだといえるだろう。
『フジッコワイナリーのワイン醸造』
▶︎香りが長持ちする、低温発酵の甲州
フジッコワイナリーでは甲州ぶどうなどを使った白ワインを醸造する際、低温発酵をおこなっている。設定温度は18度ほどで、ぶどう本来の香りを、極力生かすことを心がけている。
「甲州を使って低温発酵したワインと、20度以上で発酵したワインを、実際に比べてみました。すると、最終的に製品に仕上がって抜栓した際に、時間が経った後の香りにかなり差が出てくることがわかったのです。低温で発酵すると、長い間香りの余韻が楽しめるワインができあがるんですよ」と、加賀美さん。
白ワインのなかでも、とくに甲州は、抜栓した翌日には果実感が薄れてしまうワインが多い。そんななか、抜栓しても数日は香りを楽しむことができるフジッコワイナリーの甲州は、非常に画期的なのだ。
▶︎ブレンドで品種特性を生かす
世界的な気候変動の影響で、山梨県でも近年、気温の上昇が問題となっている。気温はぶどうの品質にダイレクトに影響を与えるためだ。フジッコワイナリーがワイン醸造に使用するマスカット・ベーリーAの場合、果皮に色が付きにくくなる問題が起きている。
「標高500mくらいの畑で作ると、マスカット・ベーリーAの色づきが十分ではないのが現状です。そのため、より標高の高い、隼山のマスカット・ベーリーAを主に使っています。寒暖差がある畑のぶどうの方が、しっかりと色づくのです」と、加賀美さん。
フジッコワイナリーの商品ラインナップには、マスカット・ベーリーAを主体に、明野の自社畑で収穫したカベルネ・ソーヴィニヨンをブレンドした銘柄がある。
「マスカット・ベーリーAの渋みが足りない部分をカベルネ・ソーヴィニヨンで補うことで、飲みやすくかつ深みのある味わいを表現しました」。
ぶどう品種ごとのよいところを生かし合う、日本ワインらしい味わいが楽しめるのが、フジッコワイナリーのブレンドワインの特徴だと加賀美さんは話してくれた。
▶︎醸造過程のワインが味わえる『クラノオト』シリーズ
フジッコワイナリーの創業当初、ラインナップの軸になるワインがないことが課題だった。その問題に、当時の社長であった堀氏とともに取り組んだのが加賀美さんだ。
加賀美さんたち醸造担当者の努力の結果、シュール・リー製法で醸造された甲州ワインが、フジッコワイナリーを代表するワインとして定着した。シュール・リーとは、主に白ワインを造る際に採用される醸造法だ。澱(おり)にしっかりと接触させることで、ワインにうま味や香り、コクを与える効果がある。
はじめは小ロットで醸造していた甲州のシュール・リーは、次第に認知度がアップ。徐々に醸造量を増やし、ラインナップの定番ワインとなったのだ。
そして2022年現在、フジッコワイナリーのラインナップのなかで、最も認知度が高く人気があるのは、『クラノオト』シリーズだ。『クラノオト』シリーズは、なんと、醸造家たちが醸造過程でテイスティングをしている酒質が再現されているというのだから驚きだ。
「営業担当者といろいろ話すうえで、需要があるのではということが分かり、開発することになりました。最初は、大変苦労しましたね」と、加賀美さんは開発秘話を打ち明ける。
「クラノオト」シリーズは、軽く澱引きをしてはいるものの、無濾過仕上げのワインだ。そのため、安定した品質を保つことが非常に難しい。果実を搾汁する段階から、菌の混入や酸化などに対して、細心の注意を払わなければならない。
安心して飲める無濾過ワインに仕上げるため、フジッコワイナリーでは、搾汁した果汁を濾過するという独自製法を採用した。
通常の醸造では、発酵前に搾汁後の果汁をしばらく静置して固形物を沈殿させ、いわゆる「デブルバージュ」をおこなう。だが、「クラノオト」を醸造する際には、デブルバージュの代わりに、搾汁後の果汁全体を濾過することにより、不純物を一挙に取り除くのだ。
濾過した果汁を発酵させたあとには、いったん発酵を止める。これにより、甘味と酸味、さらにシュワシュワとした泡のテイストが残った発酵途中の味わいを楽しむことができるのだ。
「クラノオト」シリーズのなかでも、加賀美さんの一押しはデラウエアだ。
「クラノオトのデラウエア2021は、甘みがありつつ、しっかり酸味も残っているため、すっきりとした後味も楽しめますよ」。
醸造家しか知らないとっておきの味を、ぜひ味わってみたいものだ。
▶︎フジッコワイナリーのおすすめワイン
幅広いラインナップが魅力のフジッコワイナリーのワインのなかで、おすすめの銘柄を聞いてみた。
加賀美さんのおすすめは、隼山の畑で栽培されたマスカット・ベーリーAのワインだ。1年以上の樽熟成を経て、2022年にボトリングされる予定だという。
「リリース時期は未定ですが、限定販売の予定です。満足いただける仕上がりになっていますので、ぜひ期待していただきたいですね」。
一方、高野さんのおすすめワインは、スパークリングワイン。フジッコワイナリーのスパークリングは、特に女性に人気が高い銘柄だ。生食ぶどう品種のデラウエアとワイン専用品種のシャルドネと甲州スパークリングが揃う。
「シャルドネと甲州のスパークリングは、ラベルに鶴がデザインされており、華やかさがあり、お祝いや贈答品などにもぴったりです。瓶内二次発酵ながらお求めやすい価格になっておりますので、普段の食卓でもぜひ気軽に楽しんでいただきたいですね」。
『フジッコワイナリーのこれから』
「現在は、日本の食卓に合わせやすい、甲州のテーブルワインを中心に醸造しています。今後は、高品質な欧州系品種のワインにも挑戦したいですね」と、高野さん。
数年後には、明野の自社畑で栽培している欧州系品種が収穫を迎える。フジッコワイナリーの新たなハイクラスワインがお目見えする日が待ち遠しい。
▶︎マスカット・ベーリーAの自社栽培
フジッコワイナリーでは、契約農家からの供給が主となっているマスカット・ベーリーAについて、今後は自社で栽培していくことも検討している。
「実は、マスカット・ベーリーAは、山梨県内の栽培面積が減ってきているのです。ワインを造るための品種として登録されている固有品種なので、栽培を継続していくことは使命だと思っています」と、加賀美さん。
マスカット・ベーリーAの栽培量の減少は、気候の変動による色づきにくさだけが原因ではない。地元農家の高齢化や、農家の収益確保が難しいという点が大きな課題なのだ。
日本におけるワイン用ぶどうの一大産地として名高い山梨県だが、近年では、シャインマスカットなどの生食用品種栽培に移行するぶどう農家が増加している。生食用ぶどうは栽培が容易で気温の高さにも対応しやすく、さらに高値での販売が見込めるためだ。
そんな現状を危惧し、フジッコワイナリーでは、マスカット・ベーリーAの自社栽培に乗り出そうとしている。フジッコワイナリーが良質なマスカット・ベーリーAの栽培に成功し、醸造したワインが高く評価されれば、マスカット・ベーリーAという品種の価値を上げることにつながるはずだ。
またフジッコワイナリーでは、濃く色付いたマスカット・ベーリーAではなく、淡い色合いのマスカット・ベーリーAならではのメリットにも注目する。
「山梨ならではの、色の淡いマスカット・ベーリーAと相性のよい食材もあると思っています。今後は、ワインと食との組み合わせも積極的に提案していきたいですね。おすすめのペアリングを発信していくことが、山梨のマスカット・ベーリーAを知っていただくきっかけになればと思います」と、高野さん。
マスカット・ベーリーAとの食のペアリングがどのように展開されていくのか。フジッコワイナリーからのワインと食のペアリングの提案が非常に楽しみだ。
▶︎シラーの栽培にも期待
フジッコワイナリーの明野の自社畑では、近年注目が集まっている品種であるシラーも栽培されている。オーストラリアの代表品種としても知られるシラーは、温暖な気候にも適応するため、山梨での栽培にも期待がかかる。
「秋口の雨が多くなければ、よい状態で収穫できる品種なのではと考えています。数年後には収穫できる予定ですので、シラーのワインも楽しみにしてください」と、加賀美さんが意気込みを語ってくれた。
『まとめ』
日本の食卓に合う親しみやすいテーブルワインや、醸造家しか味わえない無濾過ワイン、スパークリングワインなどで幅広い層の人を楽しませてきたフジッコワイナリー。
今後はハイレンジの欧州系品種のワインや、自社栽培の甲州やマスカット・ベーリーAなどのリリースも見込まれている。
フジッコワイナリー社長の澤村 貫太氏は、「当社の企業理念(ビジョン)は、❝ワインのある暮らしを通して『笑顔溢れる生活を実現する』❞ことである。現在、当社は山梨県・北杜市と連携を取らせていただき、北杜市武川中山地区に40haの日本有数の圃場の開墾を進めている。その葡萄畑から、世界一の甲州ワインを創りたい」と決意を語っている。
甲州ぶどうは多くの地域で栽培されるぶどうだが、生まれ故郷は山梨県だ。甲州のふるさとである山梨県で、世界一の甲州ワインを目指すことは、非常に意味のあることなのだ。ぜひ、実現してほしい。
フジッコワイナリーのこれからの展開に、期待は高まるばかりだ。
基本情報
名称 | フジッコワイナリー株式会社 |
所在地 | 〒409-1313 山梨県甲州市勝沼町下岩崎2770-1 |
アクセス | JR塩山駅から車15分 |
HP | https://fujiclairwine.jp/ |