『八剣山ワイナリー』地域の味をワインで表現する、独自性豊かなワイナリー

北海道の札幌市街から南に、車を30分ほど走らせたところにある「八剣山」。今回紹介するワイナリーは、そんな八剣山の麓に位置する「八剣山ワイナリー」だ。

「八剣山」は通称で、正式名称は「観音岩山」。岩が突き出した個性的な形状をしている。周囲は豊かな自然が広がり、観光資源が豊富で果樹栽培が盛んな地域。

八剣山ワイナリーは、自社ぶどうや地域のぶどうを使って、ワインや加工品を製造する。地域との絆を大切にしており、造られるワインは独自性豊かだ。

八剣山ワイナリーは、どのような経緯で生まれ、どんなワインを醸造しているのだろうか。今回は、ワイナリー部長の松尾洋さんにお話を伺った。さっそく紹介していきたい。

『八剣山に6次産業を ワイナリー誕生の経緯』

まず始めは、八剣山ワイナリーが誕生するまでのストーリー。ワイナリーができるきっかけと、創設までの背景について迫っていこう。

▶︎地質調査のテストフィールドとして見出された「八剣山」

八剣山ワイナリーの代表は、亀和田俊一さん。亀和田さんは、「株式会社レアックス」という地質調査会社を経営していた。

八剣山ワイナリーがある土地は、1996年、地質調査のテストフィールドとして選ばれた。現在は開墾されてぶどう畑になっているが、もともとは雑木林が広がっていた土地だった。

土地のポテンシャルに注目した亀和田さんは、2008年から試験的にぶどうを植え始めた。ぶどう栽培が軌道に乗れば、地域活性化の役に立つかもしれない。ワイン造りが、地域を盛り上げる鍵になるのではと考えたのだ。

▶︎地域活性化のためのワイナリー

八剣山周辺は、もともと果樹園が多い地域。そのため、ぶどう栽培やワイン醸造との親和性が高いことが予想された。

地域でのぶどう栽培に可能性を感じた亀和田さんは、有志とともに2010年に地域おこしの市民シンポジウムを開催し     ワイナリープロジェクトを提唱。近隣の果樹農家など、多くの人を巻き込んだ、地域活性化の試みが始まった。

プロジェクトの目的は、八剣山の観光資源と果樹資源を活用して、地域を盛り上げることだった。ワイナリーがあれば地域で採れた果実を果実酒に加工でき、雇用の創出にもなる。

2011年には、八剣山ワイナリーとして本格的に活動をスタート。ワイン醸造だけでなく、ジュースやシロップといった加工品製造もおこない、地域の余剰農産物の商品化にも貢献している。地域の農業を生まれ変わらせる「6次化産業施設」として、八剣山ワイナリーは地元の恵みをアピールしているのだ。

▶︎地元食材を使用したレストランやマルシェも

八剣山ワイナリーの地元農業活性化へ向けた取り組みは、ワイン造りや加工品づくりに留まらない。2019年から準備を進めてきたレストランとマルシェが、2020年に晴れてオープンしたのだ。

レストランで食べられる料理には、地元自慢の食材がふんだんに使用されている。例えば、特産の野菜である「ビーツ」を使用したボルシチ。醸造したワインを隠し味に使う、ハヤシライスもおすすめだ。

料理には自社ワイナリーのワインが使用されているため、ペアリングも完璧。なによりも、土地のものを使ったメニューは、ワイナリー併設レストランでしか味わえない贅沢な味。特産品売り場の役割もあわせ持っており、地元野菜の購入も可能だ。

地域の食材とワインが楽しめる八剣山ワイナリー。八剣山エリアのあらゆる食の恵みが一堂に会する場所として、観光客や地元の人々に親しまれている。

『試験栽培で土地に合うぶどうを探る 八剣山でのぶどう栽培』

続いては、八剣山ワイナリーが栽培するぶどう品種と、栽培のこだわりを紹介したい。

ぶどうの品質はワインの品質を決める最も重要な要素だ。ワイナリーのぶどうにかける思いや工夫を知ることは、ワイン醸造へのこだわりを知ることと同じ。品種選定や栽培のポイントをみていこう。

▶︎八剣山に合うぶどうを探す 栽培するぶどう品種

まずは、自社圃場で栽培するぶどう品種について。

八剣山ワイナリーには試験栽培場が30aあり、数多くのぶどう品種が栽培されている。欧州品種からハイブリッド品種まで実に多彩。さまざまな品種を育てて栽培適種を探し、地域の味をぶどうで表現することを目指している。

具体的な栽培品種を紹介しよう。まずは欧州系の赤ワイン用ぶどうについて。

・カベルネ・フラン

・アルモノワール

・シラー

・メルロー

・ピノ・ノワール

続いて、白ワイン用ぶどうは次の品種だ。

・シャルドネ

・ピノ・ブラン

・リースリング

・ピノ・グリ

・ゲヴュルツトラミネール  

栽培を続ける中で、作柄を地道に比較検証。現在栽培しているのは、試験栽培を重ねた結果選抜された、土地に合う品種なのだ。

また、北米産ぶどう品種や北米産と欧州ぶどうとの交配種である、「ハイブリッド品種」と呼ばれる品種も複数の品種の栽培を試みており、今後栽培を増やしていく予定だという。

「欧州ぶどうも栽培を徐々に増やしているものの、まだまだ収量が間に合っていません。一定の醸造量を確保するため、引き続きさまざまな品種の植栽を進めていきます」。

八剣山ワイナリーでは、地域の生食用ぶどう農家が栽培したぶどうもワイン原料として使用している。北米系品種を増やす背景には、地域で栽培された買いぶどうを醸造する際に、ブレンド用として使用する目的もあるという。

▶︎礫質と粘土質の畑 排水性向上の工夫と努力

八剣山ワイナリーの自社畑は、礫と粘土で構成されている。若干の傾斜になっており、周りが山に囲まれているため朝夕の寒暖差が大きいのが特徴だ。

「畑がある土地は、かつては扇状地だった場所です。そのため、川が流した石や泥が堆積した土壌なのです。粘土質土壌が含まれることから、畑の一部は水はけの改善が必要な場所があり、排水には気を使っています。水はけの改善が必要な箇所は、暗渠や排水設備を設置して、排水性の向上を図っています」。

ぶどう栽培においては、土壌の水はけのよさは欠かせない。そのため、土壌の改良に力を入れているのだ。

畑の風通しは良好だ。一方で、近年北海道にも台風が上陸することが増え、垣根の横から吹き付ける風ため、ぶどうがなぎ倒されるという苦い経験もした。

風はぶどうの生育を助ける一方で、強すぎると被害を引き起こす。自然と共存するぶどう栽培において、風や土壌はうまく付き合っていかなくてはならない要素。八剣山ワイナリーでは、人の手で可能な改善策をとりつつも、自然に寄り添ったぶどう栽培をしているのだ。

▶︎ぶどう栽培のこだわり

八剣山ワイナリーのぶどう栽培には、ふたつのこだわりがある。ひとつは防除について。

「栽培で気をつけていることは、手をかけすぎないことですね。また、農薬の使用は控えめにしています。環境負荷や手間のことも考えて、最適な防除をおこなっているのです」。

ふたつ目のこだわりは、ぶどうの仕立て方について。

「北海道は雪が降るので、従来は枝を水平に伸ばす垣根仕立ての『コルドン仕立て』メジャーだったのですが、研修などに参加すると、試行錯誤の余地があることが分かってきました。今は試験的に、『ギヨー』と呼ばれる垣根仕立てに切り替えているところです」。

まだまだ発展途中にある、北海道でのぶどう栽培。フランスのぶどう産地のように「決まった仕立て方」が確立していないため、それぞれのワイナリーが試行錯誤を重ねている段階なのだ。北海道は雪害が多いため、土地に合わせたぶどう栽培の最適解を導き出す必要がある。

「昨年からは研修に積極的に参加して、よりよい栽培技術を学んでいます。若手も連れていくことで、人材育成も進めています」。

八剣山ワイナリーは、高品質なぶどう栽培と、より自分たちの地域に合った栽培方法を確立するために努力を惜しまない。多くを学ぶと同時に、知識や技術を次世代に引き継ぐ努力も怠らない。八剣山ワイナリーの、未来の姿も楽しみにしたい。

『地域の味を表現したい 八剣山ワイナリーのワイン』

続いては、八剣山ワイナリーのワイン醸造について紹介する。

八剣山ワイナリーのワインは、新しいアイディアとオリジナリティあふれる特徴を持っている。八剣山ワイナリーならではのワイン醸造に注目してみよう。

▶︎目指すワイン 場所の特性を表現したい

「北国らしさが感じられるワインの味わいを出したいですね。例えば白ワインなら、キレがあるフレッシュなワインでありたいです。その上で、畑の味をしっかりと表現できるワインを目指しています」。

八剣山ワイナリーが品種個性の表現とともに大切にしているのが、「地域らしさ」の表現だ。畑の味を表現するために造っているワインは、自社ぶどうをメインに使用したブランドである「KANONZ」のライン。「KANONZ」とは、八剣山の別名である「観音岩山」に由来するネーミングだ。フラッグシップワインの「KANONZ」には、単一品種の銘柄だけでなく、ブレンドワインもある。

ブレンドワインは、畑の個性を表すことを目的に醸造されている。八剣山の土壌で生まれたぶどうから造られた、「KANONZ」シリーズ。口に含んだら、五感で八剣山の空気を感じ取ってほしい。

また、振動と温度、湿度変化がほとんどない安定した環境の豊平峡ダムの工事用トンネル内で成させたのが、KANONZシリーズのダム熟成赤ワイン。年に一度リリースされ、1〜2か月で完売するほどファンが根付いている。

▶︎独自に編み出した「CuVT(キュービット)製法」によるワイン

八剣山ワイナリーで醸造されている極甘口ワインの「北海道恋ワイン」。このワインには、独自の製造方法である「CuVT(キュービット)製法」が使われている。

他のどのワイナリーでも見られない製法について紹介しよう。

「CuVT製法が生まれたのは、八剣山ワイナリーが加工品を作っていることに関係しています。加工品製造するときに使う機械を、ワイン醸造に応用しているのです」。

ジュースやジャムといった加工品製造には、低温で果汁の濃縮と温度管理をする機械が用いられている。この濃縮と温度管理の機能を、ワイン用ぶどう果汁に使用することで、濃縮果汁から甘口ワインを醸造することに成功したのだ。

加工品製造技術をワイン醸造に応用するという驚きの製法は、代表の亀和田さんが編み出したもの。「ぶどう畑以外の場所で、ぶどうの成分を濃縮できる方法はないだろうか?」と考えているときに、ふと思い至ったのだそうだ。

「ぶどうを凍らせて果汁を濃縮する『アイスワイン』という甘口ワインがありますが、意図的にぶどうを凍らせるのは難しいですよね。自分達が持っていた加工製造の技術を応用して甘口ワインが造れたのは、まさに逆転の発想だと思います」。

八剣山ワイナリーでは、加工品製造に使用する機器が、ワインの温度管理にも活用されている。柔軟な発想は壁を打ち破り、まだ見ぬ良品を生み出す。八剣山ワイナリーは自由なアイディアと応用力で、独自の高品質なワインを醸造しているのだ。

▶︎スケジュール管理の苦労

続いて、ぶどう栽培とワイン醸造に関する苦労について伺った。松尾さんは、ワイン醸造の苦労について「スケジュール管理」の大変さを挙げた。

自然相手のぶどう栽培とワイン醸造。パズルを組み立てるように綿密に練った収穫と仕込みのスケジュールが、ちょっとした理由で狂うのは毎年のこと。天候やぶどうの生育状況、買いぶどうの収穫時期との兼ね合いなど、数多くの不確定要素がスケジュール管理の難易度を上げる。

「『どうしてもこの日程で、この作業をしなくてはいけない』というものがあるのに、ひとつの工程がずれると、作業が難しくなってしまうことがあります。予定が崩れたときのリカバリーには、いつも頭を悩ませています」。

ぶどうに病気が発生すると、スケジュール管理の難しさが何段階もアップするという。防除や選果にも時間がかかり、時間だけでなく人手の確保も急務になる。病気の発生有無や発生状況は毎年変わるため、年々で臨機応変な対応が求められる。

スケジュール管理を少しでもスムーズにするため、松尾さんが意識しているのは、メンバーとのコミュニケーションだ。

「自分が意図することを正しく伝えるのは難しいものです。私は管理しながら作業もしているので、特に難しさを感じます。密にコミュニケーションを取ることで、認識のズレが起こらないように作業を進めることを心がけています」。

松尾さんの言葉は、ワイン醸造における「人」の大切さを感じさせてくれる。

▶︎八剣山ワイナリーのおすすめワインとペアリング

八剣山ワイナリーのいくつかのワインと、松尾さんがおすすめするペアリングを紹介していこう。

まずは発泡ワイン「KANONZ スパークリングワイン」シリーズの、「ナイアガラBRUT」だ。スパイシーな料理にピッタリの味わいに仕上がっており、エスニック料理ともおすすめだという。酸味が豊かで、食中酒として楽しみたい1本だ。

続いては、スティルワインの「かのん Kanon」。やや辛口の白ワインだ。

「八剣山ワイナリーにはキャンプ場があるので、例えば、家族や友人とキャンプをしながら楽しむジンギスカンのお供にぜひ飲んでいただきたいですね」。

そして最後に紹介するのは、「北海学園ワイン」シリーズ。北海学園大学工学部の研究室とともに、畑から採取した酵母で造ったワインである。畑に生きる豊富な種類の酵母菌は、ワインに深みを与える。2022年リリースの「北海学園ワイン」シリーズは、赤ワインと白ワイン、スパーリングの3種類。

赤ワインに合わせたいのは、しっかりとした肉料理。コクと旨味が強いため、肉料理に負けないどっしりとした味わいになっている。

白ワインは、中華料理とのペアリングを試してほしい。鯖のサンドイッチ、「サバサンド」との相性も抜群とのこと。濃い味にも合わせられる、個性ある白ワインだ。

「スパークリングは、華やかな香りが印象的です。乾杯の1杯にピッタリの色と味わいですよ」。

『自社ぶどうを増やし、より魅力的なワイン造りをしたい』

最後に伺ったのは、八剣山ワイナリーの将来への展望について。

八剣山ワイナリーでは、これからどんなワイン造りがおこなわれ、なにを目指していくのだろうか。未来の八剣山ワイナリーの姿を覗いてみよう。

▶︎自社ぶどうの比率を増やす

八剣山ワイナリーは、自社ぶどう比率の向上に取り組んでいる。2022年はピノ・ノワールを増やす予定があり、自社畑拡大の傾向は今後も続く。

自社畑の拡張をする上で、嬉しいニュースもある。北海道で初の苗木メーカー「北海道ブドウ苗木園」が創業したのだ。八剣山ワイナリーでは北海道ブドウ苗木園と協力し、クローン苗の選抜をおこなっている。

「現状、自社栽培のぶどうの比率はそこまで高くないと認識しています。最大3haまでは畑を広げる余地があるので、毎年拡張していきたいですね。北海道での栽培に適した苗を選んで、より高品質な自社ぶどう栽培をおこなっていきます」。

自社畑の未来について話す松尾さんの言葉は力強く、今後への希望とワイン醸造への熱意が感じられる。

▶︎「来てもらえる」ワイナリーを目指して

「北海道内に、どんどんワイナリーが増えています。いろいろなニーズに合ったワイナリーやワインが生まれる中で、自分たちは『この場所』に来てもらえるワイナリーを目指したいです」。

松尾さんが話してくれたのは、八剣山に来て特産物を食べ、ワインを味わってもらうことの重要性だ。「飲んで感動するような高品質なワイン」を目指す一方で、品質を求めるだけでは不十分だという。

八剣山ワイナリーには、地域活性化のために生まれたという背景がある。ワイナリーの中心にある「地域のため」という軸はそのままに、八剣山だからこそできるワイン造りを追求していく。

「口に含むと、ぶどうとワインが生まれた場所が想像できる、そんな味わいのワインを造りたいですね。飲んだときに、八剣山はこういうところなんだと感じとっていただきたいです。北海道でのワイン産業の盛り上がりに遅れを取らないように取り組みを続けます」と、熱い眼差しで、真摯に語ってくれた松尾さん。さらなる活躍を応援したい。

ワイン造りを愛し、地域を愛する造り手の思いは強い。八剣山ワイナリーには、まだまだ想像を超えた進化の余地がありそうだ。

『まとめ』

地域とのつながりをなによりも大切にする八剣山ワイナリーの思いは、造り手自身の言葉からしっかりと伝わってきた。なんと松尾さん自身も、地域の活動をきっかけにして八剣山ワイナリーと出会ったのだそうだ。

八剣山ワイナリーは、独自製法でワインを造ったりキャンプ場を始めたりと、豊富なアイディアと行動力が強み。これからもどんどん新しいものに挑戦し、飲み手を驚かせるワインや企画を発信していくことだろう。

ぜひワイナリーを訪れて八剣山の空気を満喫しながら、八剣山ワイナリーのワインを心ゆくまで楽しんでほしい。引き続き、八剣山ワイナリーの今後に注目していこう。

基本情報

名称八剣山ワイナリー
所在地〒061-2275
札幌市南区砥山194-1
アクセス・車:札幌市街地から30~40分。駐車場有。
・札幌駅/定山渓発「かっぱライナー号」八剣山中央口 下車徒歩3分
(5月1日~10月31日) http://www.jotetsu.co.jp/bus/kappa_liner/kappa_liner.html
(予約0120-737-109)
・紅葉期間(10/1~10/21)は定山渓観光協会発着の「紅葉かっぱバス」 参加料500円
・八剣山ワイナリーの敷地内に停車します!  
(当日先着順申込/定山渓観光協会011-598-2012)
URLhttps://hakkenzanwine.com/

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