山梨県勝沼にあるロリアンワイン白百合醸造は、多くの他のワイナリーと同様に共同醸造組合を前身とするワイナリーだ。
勝沼の気候風土を慈しみ、ワインの父母たるぶどうを何よりも大切にする、白百合醸造。雄大な山々に囲まれた盆地の風景の中で、ぶどう産地への思いを次世代につないでいる。
そして、世界と肩を並べる日本ワインの醸造を行っているのだ。
ワイナリーの代表である内田多加夫さんに、ワイナリーの歴史やぶどう栽培、ワインについてのお話を伺った。
土地とぶどう、人に対する愛にあふれた内田さん。ワイナリーのエピソードやワイン造りへの思いを紹介していきたい。
『共同醸造組合からの出発、地域に根ざしたワイナリーの歴史』
白百合醸造は、内田さんの祖父の代から始まった。現在は内田さんを中心として、2020年8月にフランス留学から戻った息子(内田圭哉)さん、ワイン好きのスタッフ達と共に本格的なワイン造りが行われている。
最初に伺ったのは、ワイナリー創業のきっかけや歴史についてのストーリーだ。80年以上にもわたるワイナリーの歴史を、当時の時代背景や先代の思いも交えながら、じっくりと紹介していきたい。
▶始まりは共同醸造組合
白百合醸造の歴史は、1938年から始まった。内田さんの祖父である内田國太郎さんが、近隣の農家と「白百合葡萄酒共同醸造組合」を結成したのだ。
当時の「共同醸造組合」とは、どういった性質のものだったのだろうか?内田さんは、その実態を話してくれた。
ぶどう栽培の気候風土に恵まれている山梨県。ワイン造りにおいては、気候風土が最も大切な条件だ。昭和10年代の山梨県には3,000件ほどのワイナリーがあり、そのほとんどが「共同醸造組合」という形態だった。
ぶどう栽培の適地である山梨のぶどう農家達が、自分で飲むための副業として始めたのが「共同醸造組合」だったのだ。
「ワインとそのほかの酒の大きな違いは、『ワインはもともと、ぶどう農家が自家用に造っていた』という歴史をたどった点です。
保存がきく穀類を原料とするビールや日本酒と、大きく違う点ですね」。
ワインは、ぶどう栽培をしている場所に必然的に生まれる酒だ。育てたぶどうでジュースを作るところから始まり、容器に入れておくとワインになる。ぶどうと自然の酵母から生まれるワインは、何ひとつ加工することなく誕生する。
ぶどうジュースを入れておける容器さえあれば大がかりな設備がいらないからこそ、古くから副業として成り立っていた。
なお、内田家は、専売制度がとられていた「酒・たばこ・塩」の小売業を営んでいた。ワイン専業となるのは内田さんの父、内田四郎さんの代になってからだった。
▶父の代にワイン専業に、「白百合醸造株式会社」の誕生
税務署の指導でいち早く1952年には2代目・内田四郎さんと妻の茂登子さん(勝沼醸造有賀の長女)が協同組合を法人化。ここに白百合醸造株式会社が生まれた。四郎さんは、甘味果実酒の免許を取得。
個人事業の「酒・たばこ・塩」販売から、ワインを専門に取り扱う会社になる。
しかし当時はワイン醸造に関する知識や情報がなかった。共同醸造組合では、主業である農業の片手間にワインを造っていたためだ。
「共同醸造組合時代のワイン造りは、たくさんの農家が共同でワインを造っていました。11月には収穫したぶどうを仕込む。3月になればワインができていて、各々が一升瓶を持ってきて詰めて持って帰る。これが当時の、日本でのワイン醸造のスタイルです」。
昔のままのワイン造りを続ける父の姿を見ていた内田さんは、ワイン醸造に関する知識を付けたいと強く思うようになる。父の背中を見ていて、ワイン造りに苦労していることを知っていたのだ。
内田さん自身、ワイン造りと微生物が大好きだったこともあり、専門的に勉強するため東京農業大学の醸造学科に進学した。
大学院で修士号を取得、その後はフランスに留学してより実践的な勉強を重ねたのだ。
▶工場を勝沼に移転 「白百合」から「ロリアン」ブランドへ
観光客がワイン造りの現場を訪問し、その場で購入するのが「直販」スタイル。直販の販売形態に活路を見いだし、白百合醸造ロリアンワインが勝沼へと工場を移転させたのが1985年のことだ。
当時は、ぶどう狩りをする観光客が多かった。観光ワイナリーに観光客を誘致すれば、ワインを飲んでもらえる。ワインを飲んでくれれば、リピーターになる可能性もある。観光バスが入る大きな敷地を取得できたことで、移転が実現したのだった。
白百合醸造では、現在でも直販比率が高い。ワイナリーで試飲をした観光客が「美味しかった」と言って、再注文が来ることも多い。
1995年には内田さんが社長に就任。「白百合」ブランドから「L’ORIENT」(ロリアン)ブランドへと変わったのだった。「ロリアン」とは、フランス語で「東洋」を意味する。
「西洋に負けない東洋のワイン」を造ることへの思いが込められている。日本のことを全く知らないフランス人の中で、ワイン造りの勉強にいそしんだ内田さん。留学の経験から「ヨーロッパに負けないアジアのワインを目指そう」と強く志したのだった。
▶地域に根ざしたワイン造りを 現在までのロリアンワイン白百合醸造
創業80年を超える白百合醸造。
「父母や先祖がいて、そして自分がいます。会社を大きくしていくのではなく、小さいけれどしっかりまじめにワイン造りをしていきたいです」。
白百合醸造では、生産地域を大切に考えている。先代の四郎さんは「ワインは1社では成り立たない、産地で成り立つものだ。
白百合醸造は、地域の人に育ててもらった」との考えを持っていたという。
自分の会社だけでなく、地域全体のワイン産業を考えていた四郎さん。組合の活動にも積極的に参加するなど、地域のために精力的に活動した。
そして、1998年には黄綬褒章を受章した。
白百合醸造には、「地域の農家達が自分で飲むためのワインを醸造していた」というバックグラウンドがある。「農業は『アグリカルチャー』、つまり文化です。そして、ワインは農業だということを知ってもらいたいですね」。
「ワインが農業」だと知ってもらうため、白百合醸造では、農業体験や畑の見学を行っている。
「売るためのワイン」以上に「飲むためのワイン」として歩んできた歴史がある、白百合醸造ロリアンワイン。だからこそ「現地を訪問し、実際に見たり体験したりして、産地を知ってもらうこと」の大切さを、何よりも真剣に考えているのだ。
▶内田さんの思い ワインと人は同じ
内田さんが考える、ワインについての思いとは、ワインも人も同じであるということだ。内田さんが大切にしている、ワインやぶどう、生産地域への思いを紹介していきたい。
「ワインにとって一番大切なのはぶどうです。ぶどうこそが、ワインの父と母なのです」。
生まれたワインは、ぶどう以外は何も入っていない。人が父と母のDNA以外何も含まれていないのと同様だ。ぶどうそのものをしぼったジュースが発酵し、糖分がアルコールに変わっただけ。そして人間の遺伝のように、ぶどうの形質も個性としてワインに強く影響する。
「また育ってきた気候風土に合うという点も、ワインと人間が似ている部分です」。
例えば、山梨県で最も健全に育てられるぶどうは、甲州とマスカット・ベーリーAだ。山梨での生産量の8割近くを、その2品種が占める。
なぜ甲州とマスカット・ベーリーAが健全に生育できるのか。それは2品種がどちらも山梨で育ったぶどうであり、気候風土に適しているからだ。
父母からの遺伝と育ってきた環境に加えて、人間がする「化粧」もワインと同じだと内田さん。
「樽熟成は、ワインがする化粧のようなもの。ぶどうとは別のものを加えることで、香りがついたり味わいが深くなるのです」。
話を聞けば聞くほど、人間との共通点が多いワインに親近感がわく。親しみやすさを感じると同時に、ワインを造ることは「人を育てること」と同様の難しさがあるのだとも感じる。
「性質の悪いぶどうなどないのです。どんなワインでも、ぶどうの性質と環境で唯一無二の大切なものになるのですよ」。
内田さん自身が自分の父母や先祖を尊敬し、育ってきた環境に感謝しているからこそ、ワインに同様の愛情を向けることができるのかもしれない。
『気候風土を大切にしたぶどう栽培』
次に伺ったのが、白百合醸造で栽培するぶどうについてだ。栽培しているぶどう品種は、甲州とマスカット・ベーリーAが中心。
勝沼で古くから造られてきた品種であり、産地を代表するぶどうだ。
そのほかにも、シャルドネとメルローを栽培している。試験的に栽培しているぶどう品種には、セミヨン、リースリング、プティ・ヴェルド、カベルネ・フラン、シラーなどがある。
以前は樹齢30年のカベルネ・ソーヴィニヨンがあったが、切ってしまったという。勝沼の気候風土には、どうしても合わなかったからだ。
試験的な栽培を重ねながら、勝沼の気候風土に合うぶどう品種を探している。
▶さまざまな仕立て方での、ぶどう栽培
白百合醸造では、どのようにぶどうを栽培しているのか、その一部を見てみよう。
白百合醸造では、棚仕立て、垣根仕立ての両方を採用している。更に棚仕立ての中でも「X文字」「一文字」という仕立て方を品種や状況に応じて使い分ける。
栽培には多くの工夫が詰まっているが、中でも代表的な例を紹介していきたい。まずは甲州の栽培について。棚仕立てで栽培する甲州は、1枝に2房になるよう房数を調整している。凝縮感のあるぶどうになるよう、収量をあえて制限するのだ。
そして、雨よけのために房にはひとつひとつ笠かけをしている。ぶどうは湿気に弱いためだ。風通しをよくするため、重なっている葉を落とす作業も行う。
スタッフはみなワイン好きだという、白百合醸造。内田さんや息子さんを含め、ワインが大好きなメンバーで、日々真摯にぶどうに向き合い栽培を行っている。
すべては勝沼の気候風土の中で良質なぶどうを栽培し、ぶどうの個性を100%溶け込ませたワインにするためだ。
▶気候風土とぶどう 産地を守りたいという強い思い
先代や内田さんが持つ、勝沼という産地に対する思いは非常に強い。
「ヨーロッパのぶどう品種を使って美味しいワインを造りたいなら、ヨーロッパで栽培、醸造した方がいいと思うのです。しかし私達は家内工業。勝沼という土地でワインを造りたい。産地を守りたいのです」。
フランス留学や、海外各国のぶどう産地視察経験がある内田さん。さまざまな土地でさまざまな仕立て方のぶどうが栽培されており、どの場所もひとつとして同じものはないという。
「例えば、フランスのある地域では岩がごろごろ転がっているような産地があります。南アフリカでは、ぶどう畑の外は砂漠ばかり。ブルゴーニュでは、急斜面に作られた畑から高級なワインができることがある。造り方や土壌は、本当に多様です」。
ぶどう栽培には「これ」というセオリーがないからこそ、ぶどうの味や土地の風土がワインに影響して面白いのだ。無理矢理に栽培地を変えてワインを造るのではなく、故郷のぶどうから美味しいワインを造りたい。
白百合醸造が常に考え続けている思いだ。
『来て飲んでもらうのが一番 ワインについての思い』
続いて話を伺ったのが、白百合醸造で造られるワインについて。ワイン造りへの思いや、内田さんが考える「コンクール」の捉え方について、お話いただいた。ひとつひとつ紹介していこう。
▶どんな人でも、産地に来て飲んで欲しい
白百合醸造では、どんな人にどんな場面でワインを楽しんで欲しいと考えているのだろうか。内田さんの答えは、シンプルかつ明快だ。
「どんな人にも、まずはワイナリーに来て欲しいです。ワイナリーに来てこの場所を感じて、ワインを飲んでもらうのが一番です」。
何よりも「来てもらうこと」が大切だと考える白百合醸造では、毎年「ロリアンワイン祭り」を開催している。麻生元総理も山梨視察の際に訪問したことがあり、ワイナリーの目玉イベントだ。
「海外のワインも、ワインが生まれた場所で郷土料理と合わせて飲むのが一番美味しい。お土産として持って帰って、日本で飲む以上の素晴らしい体験ができます。自分たちのワインも同じなのです」。
勝沼の地で、気候風土にあった郷土料理とともに白百合醸造のワインを飲む。最も楽しく美味しく、素晴らしいワイン体験ができる方法なのだ。
▶コンクールの存在とワイン造り
白百合醸造は、国内外のワインコンクールで数々の受賞歴がある。内田さん自身は、ワインコンクールについてどのような思いを抱いているのだろうか。
「コンクールの賞は、あくまでも捉え方のひとつとして考えています。ワインの『人格』が世間に認めてもらえているかを確かめるためのツールなのです」。
ワインの持つ本質や個性を「人格」と置き換えて話す内田さん。自分自身が納得いくワイン造りをすることは、何より大切だ。
しかし同時に気を付けなくてはならないのが、独りよがりになってはいけないこと。造ったワインが世間に認められるかどうかの尺度として、コンクールの賞があるという考え方なのだ。
例えば白百合醸造には、「デキャンタ・ワールド・ワイン・アワーズ2020」での受賞ワインがある。
「デキャンタ・ワールド・ワイン・アワーズ」とは、イギリスのワイン誌が主催する世界最大規模の国際ワインコンクールだ。
白百合醸造がシルバーを獲得したのは、「セラーマスター甲州2018」と「シャルドネ2018」。銀賞を受賞したこと自体、素晴らしいことだ。
だが内田さんが考えるのは、「賞以上に大切な意味」についてだった。
「国際コンクールという舞台で、欧州品種である『シャルドネ』がヨーロッパのシャルドネと闘って、日本最高の91点を取ったということ。世間に評価される人格を持ったワインになっていたんだな、と理解できたことが重要なのです」。
白百合醸造では、「ジャパンワインチャレンジ」や「サクラアワード」といった国内のコンクールでも多数の受賞歴がある。営業的な立場からすると、受賞したことそのものが重視されやすいという。
販売する際に、ワインの大きな売りになるからだ。しかし、造り手の目線では、受賞は「ワインを売るため」ではない。
「自分たちが一生懸命努力し工夫して成果を試しているものが、世間に認められたということが大切ですね」。
ワイン造りの努力に終わりはない。選果、発酵時間や方法の工夫、酵母選び、温度、熟成期間など、数え切れないほどの努力と工夫が重ねられているのだ。コンクールの賞は、努力の末に造り上げたもの評価してもらえたということに対する安心感になるのだろう。
▶ロリアンワイン白百合醸造の強み 勝沼という場所を生かす
白百合醸造ならではの強みは、山梨県勝沼にあり、「自分で造って、自分で売る」ワイナリーであるということ。
ワインを売る「小売店」ではできない「造る」ことを、自ら行えることが大きな強みなのだ。
自分で造ることで、細部までこだわることが可能になり、納得がいくまで試行錯誤できる。
「産地に生まれ育ち、その場所を知ったうえで、土地ならではのワインを造る。これ以上無い強みですね」。
故郷でのワイン造りを愛し、80年以上続いてきた白百合醸造。まるで人と向き合うようにワインに対して向き合ってきたことこそが、白百合醸造の強みなのではないだろうか。
『ロリアンワイン白百合醸造の将来 志を次世代へ』
最後に伺ったのが、白百合醸造の将来についてだ。内田さんの将来への思いは大きくふたつある。
ひとつは、言葉や目に見える形でワイナリーの情報を発信していくこと。今まで職人としてもの造りに打ち込んできからこそ、よいワインを造るだけではなく「知ってもらうこと」の大切さを今身にしみて感じているという。
メディアやホームページなどを利用して、白百合醸造の魅力、ワイン造りと産地への思いを発信していきたいと考えているのだ。
もうひとつの将来への大きな思いは、家内工業としてのワイン造りへの、思いや志の伝承だ。勝沼という地域を一番に考えること。
そしてぶどうが何よりも大切だと考えること。会社をひたすら大きくすることだけを目指すのではなく、小さくても健全なワイン造りを突き詰めることだという。
齢70歳を超す内田さん。自分自身が新しい事にチャレンジすること以上に大切だと考えているのは、息子さんに「家内工業としてのワイン造り」の思いを伝えることだ。次世代が進む方向こそが、ワイナリーの未来だからだ。
家内工業とは、両親の背中を見て「性格・体質・ポテンシャル」を感じて進んでいくものだ。自分の生まれた場所を大切に思い、故郷で健全に育つぶどうが何よりも重要だと考える白百合醸造。
その思いは確実に未来に受け継がれていく。そして、日本山梨勝沼ならではの、唯一無二のワインで人々を魅了し続けることだろう。
『まとめ』
白百合醸造は、勝沼ならではの風土を生かして、ぶどう本来の持つ個性をワインに落とし込む。
ぶどうに誰よりも深い愛情を注ぐ内田さん。勝沼の土地やワインに対する思いの深さを知ると、造り手の愛に満ちた白百合醸造のワインが今すぐにでも飲みたくなる。
余計な言葉は何もいらない。ワイナリーに行き、その地で産まれたワインを飲めば、勝沼のワインの「人格」が不思議と理解できるはずだ。
基本情報
名称 | ロリアンワイン白百合醸造 |
所在地 | 〒409-1315 山梨県甲州市勝沼町等々力878-2 |
アクセス | 電車 JR中央線勝沼ぶどう郷駅下車の場合 甲州市民バスぶどうコース1で19分、 等々力公民館前下車、徒歩10分 タクシー使用約10分 1,500円前後 車 【中央自動車道勝沼ICより約10分】 中央自動車道勝沼ICの出口を左「甲府・石和方面」へ。 国道20号勝沼バイパスと合流し、5つ目の信号「南野呂千米寺」を右折。 2つ目の信号「等々力」を左折し、約400m先の右側。 |
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