生産者のために立ち上げられた農家思いの『エーデルワイン』

「『岩手でもワイン造ってるの?』って関東の人は驚くんです」。
声の主は、株式会社エーデルワインの工場長・藤原欣也さんだ。
日本ワインの生産量第1位は山梨県だ。このほかにも北の大地・北海道や長野県の千曲川ワインバレー、新潟県の新潟ワインコーストなど、名の知れたワイン生産地がいくつか思い浮かぶ。その一方、岩手産ワインを思い浮べる人はどれだけいるだろうか。

しかし藤原さんが働くエーデルワインの概要を知れば知るほど、輝かしい実績にほれぼれする。まず60年近い歴史を誇るのが素晴らしい。前身となる「岩手ぶどう酒醸造合資会社」の創立は1962年。初めのうちこそ手探り状態だったものの、近年は数々のコンクールで入賞を果たす折り紙付きのワイナリーである。

【シルバー 大迫メルロー 2015】

  • ジャパンワインコンペティション(第16回日本ワインコンクール) 銅賞
  • インターナショナルワインチャレンジ(IWC)奨励賞
  • オーストリア・ウィーン インターナショナルワインチャレンジ 銀賞

【ドメーヌ・エーデル ツヴァイゲルトレーベ 2015天神ヶ丘畑】

  • フェミナリーズ世界ワインコンクール2018 金賞

【五月長根葡萄園 2017】

  • オイスターワインコンテスト2018 日本ワイン特別賞
  • 第13回フェミナリーズ世界ワインコンクール2019 金賞

【ゼーレ オオハサマ ラタイ 樽熟成 2017 赤】

  • サクラアワード2020金賞

【早池峰神楽ワイン 赤】

  • 第23回 ジャパンワインチャレンジ2020 プラチナ賞

上記に上げたのは受賞ワインの一部に過ぎない。

冷涼な岩手の風土が育む白ワインは、シャープでキレのある酸味が特徴だ。一方赤ワインは、昼夜の温度差から果実の旨みが凝縮された濃厚な1本に仕上がる。
昨今ワイナリー設立が続く岩手県。中でもエーデルワインの規模は東北最大級だ。

大迫を日本のボルドーにしよう

エーデルワインは第三セクターとして設立された。そもそもの経緯は台風からの復興事業だったという。
1947年にカスリン台風、48年にアイオン台風と2年続けて大被害を受けた旧大迫町(おおはさままち:合併により現在は花巻市)に岩手県知事が視察に訪れた。当時の国分謙吉知事は傾斜地の多さや石灰質の土壌、年間降雨量の少なさに着目し、大号令を掛けた。

「ぶどう栽培に最適なテロワール(生育地の環境。地勢、気候など風土のあらゆる要素を包括したフランス語)だ。大迫を日本のボルドーにしよう」。
こうして大迫でぶどう栽培が始まった。

ぶどう元年は翌49年。その後順調に栽培面積が拡がり、それに比例して生産量も伸びていった。しかし問題も発生した。商品作物としての出荷に適さない規格外のぶどうが増加したのである。
農家では売れないぶどうを近所の人に配ったり、自宅でしぼってジュースを作ったりして処理していた。当然ながら、こうしたぶどうはお金にならない。
「少しでも農家の収入を高めることが出来ないか」。
当時の大迫町長の発案で、規格外のぶどうでワイン造りが始められた。これがエーデルワインの祖業開業のいきさつである。
地元の農家の収入を少しでも高めたい。そんな想いからスタートしたワイナリーなので、生産者との結びつきが深い。これがエーデルワインの存在をユニークなものにしているのだ。

良いワインは良いぶどうからしか生まれない

エーデルワインは自社園を1.2ha所有しているが、多くの原料はJAを通じて農家から購入している。
大迫のぶどう農家は小規模なところが多く、圃場(ほじょう:農産物を育てる場所。田、畑、果樹園、牧草地、放牧地のいずれにも使える言葉)の面積は30a程度の農家が多い。また、醸造用品種においては、品種ごとに収量制限を設定し、ぶどうの品質にはこだわっている。

「ぶどうは放っておけば、たくさん実ります。しかしそのままでは、ぶどうの味わいが薄っぺらなものになります。『この品種であれば、10aあたり何キロまで』と品種毎に収量制限を課すことでぶどう本来の味わいがでてきます。それをワインでも表現したいんですね」(藤原さん)

エーデルワインの社是は「良いワインは良いぶどうからしか生まれない」。ワインの原料はぶどうだけだ。したがってワインの品質はぶどうの出来に大きく左右される。しかし同社が設立された経緯は「規格外のぶどうの活用」である。
初めのうちは苦労の連続だったという。農家の側に「JAに出荷できないぶどうはなんでもエーデルワインが買ってくれるだろう」という甘えがあったからだ。
おまけに予算もない、技術もない、売り方も分からない、という三重苦ものしかかった。

しかし同社の先人達は「良いワインを造るにはどうしても良いぶどうが欲しい」と愚直に訴え続けた。 農家に対してぶどうの品質を高める指導をし、想いを伝えることに時間を費やした。 

「農家さんに対する説得や指導はかなり時間を掛けて現在に至っています。農家さんもすぐに理解はして頂けませんでした。
でも、今では『自分たちの町のワイナリー』ということで、明らかに意識が変わったと思います」。(藤原さん)

嬉しいことに、農家から「良いワインを造るには、我々が良いぶどうを提供しなければならないんだ」という嬉しい声が聞こえるようになった。
この意識変化を受け、当初は生食用のぶどうだけで作っていたワインも、1982年頃からは専用品種との複合路線で醸造するに至った。

さらに2004年には「大迫醸造用葡萄研究会」(佐藤格会長 会員35人:2020年4月1日現在)というワイン専用品種を栽培する農家の勉強会が結成された。
この会では農家の畑を借りて定期的な栽培指導と情報交換が行われている。と言ってもそこまで堅苦しいわけではない。
今やベテラン揃いとなった生産者たちは、指導員(エーデルワインの原料担当者)よりも知識や経験が豊富な者も少なくない。情報交換や交流に主眼が置かれる会になっているという。

生産者から「今年はこんな病気が出てるんだよ」などの報告が上がる。
そこに JA や後述する「花巻市葡萄が丘農業研究所」のスタッフらも膝をつき合わせ、大迫のぶどう関係者が共通認識を持つ。
あるいは前年のぶどう栽培実績や反省を踏まえ、意見の交換を行う。
ときには外部のスタッフを招聘して勉強会を開いたり、過去には先進地視察ということで山梨などの有名所の畑を見学したりと、町ぐるみの取り組みが行われている。

生産者との結びつきこそ強み』 

「他社にない御社のワインの強味は何ですか?」という問いに対し、藤原さんはこんな風に答えた。
「農家さんとの結びつきですね。もともと会社が第三セクターとしてスタートしましたから、農家さんとの結びつきが非常に強いと思います。農家さんと我々メーカーの信頼関係がなければ、58年の歴史はなかったでしょう。

創業当時から岩手県外からは原料を買い入れていません。
ほとんどが地元と隣町からなのでぶどうの品質などや様々な情報がすぐ入ってきます。そんな利点もあるので、これからも農家さんと一緒になってぶどう作り、ワイン造りをしていきたいと思います」。

そう答えてから、おもむろに藤原さんはこんな話を切り出した。
「実はですね、私もぶどう栽培者の一人なんです。平日はエーデルワインの社員ですが、土日はぶどう園で働く『醸造用葡萄研究会』の一員です。
だから農家さんの苦労は分かっていると思います。ぶどうは16、7年前に父親が念願叶って始めたんです。
ただ寄る年波に勝てず弱ってきましたので、ここ数年は週末限定で手伝っている状況ですね。

ぶどう栽培は気晴らしにはなりますよ。天気の良い日にぶどう園に行って管理していると、ストレスが消えていくんです」。

ワイナリーと研究施設、そして生産者の三位一体で造り上げる

前述の通りエーデルワインは地元の生産者からぶどうを買い上げている。
品目数は年ごとに異なっているが、この取材を行った2020年時点の実績に即して言うと、ごく少量のものも含めて50種類以上にもなるという。

大きな柱となっているのはメジャーな生食用品種のキャンベル。
これが圧倒的で、ほかにはやはり生食用品種のナイアガラが多い。ワイン専用品種では白ワイン用のリースリング・リオンや、赤ワイン用のメルローが中心だという。

これらの品種が選ばれているのは、岩手の土地に合う、寒さに強い、そして病害虫にも強い、という三つの理由によるところが大きいそうだ。
エーデルワインでは、新しい品種でのワイン造りに積極的に取り組んでいる。
そこで頼りになるのが、公営の研究施設だ。1997年に設立された「花巻市葡萄が丘農業研究所(以下「葡萄が丘研究所」)」がそれである。
エーデルワインの敷地から徒歩12分程度とほどほどの距離に建つぶどうの試験研究施設で、1.5haの圃場には生食用ぶどうと醸造用ぶどうの樹が並ぶ。中にはかなりの樹齢を経た古木もある。

「私どもではぶどうの品種を選定するときに 『葡萄が丘研究所』と協力して、まず試験栽培から始めます。
実際にできたワインから試験醸造して品質をチェックして「これなら農家さんが栽培できるだろう」とか「これならワインにして市場に出せるだろう」ということを見極めて農家さんにぶどうを植えてもらう形で、いきなり『これは注目している品種だから農家さん、植えてくれよ』という風にはしないんですね。
試験栽培して醸造して、そこで判断して農家さんにお願いするという形をとっております」。(藤原さん)

この研究所とがっぷり四つに組んでいることこそ、第三セクターならではの強みだろう。
ここで日夜最高級ワイン醸造のための原料の生産技術調査や新品種の育種、クローン選抜、はては簡易雨よけや垣根などの研究まで行われているというから驚く。

試験品種は植栽して3年程度でようやく少しだけ収穫できる。
それをワインにして味のチェックをするとなると、5〜10年スパンで選定する必要がある。未知数の新種の植栽を農家にお願いするとなると、失敗は許されない。そこで何年もかけて確認していく必要が生じるのだ。
ワイナリーと研究施設、そして生産者の三位一体で造っているのが大迫のワインである。揺るぎない信頼関係が続いているのは、こうした努力の賜物なのだろう。

オーストリアの姉妹都市からもたらされた「ベルンドルフ市」由来品種

大迫らしいぶどうと言えば、冷涼エリアに適した品種だ。
白ワイン品種のリースリング・リオンや赤ワイン用品種のツヴァイゲルトレーベがそれで、国内外のコンクールで高い評価を獲得している。

特に後者はオーストリアで広く栽培されている品種だ。
エーデルワインのぶどうは旧大迫町と友好都市関係にあるオーストリアのベルンドルフ市(ニーダーエスタライヒ州)という小さな町を抜きに語ることは出来ない。

AWCウィーン国際ワインコンクール2020で金賞を受賞した「ゼーレ オオハサマ ラタイ 樽熟成2016赤」の「ラタイ」も同国に所縁のある品種だ。
導入してまだ日が浅いそうで栽培も難しいという。生産者は現状1軒のみ。ワイン好きの間でも馴染みは薄いが、色が非常に濃く凝縮されたガツンとくる味わいが特徴だ。
日本ワインは上品で飲みやすさを追求した商品が多い。このラタイのように力強さを前面に打ち出したワインも造ってしまうのが、エーデルワインの強みと言えるかもしれない。

ラタイのみならず、おそらく日本ではここにしかない品種もいくつか栽培されている。藤原さんは一例として「ロースラ」を上げてくれたが、今後も隠し球のように楽しいワインが造られていくに違いない。

ベルンドルフ市との交流は活発で、大迫町・ベルンドルフ市友好都市締結50周年を記念して2015年に同市から送られた「グリューナー・ヴェルトリーナー」の苗木50本を使って2019年から「グリューナー・ヴェルトリーナー2018 白」が発売されている。

大好評の「ぶどう生産者と共にワインを楽しむ夕べ」

花巻では2018年から「ワインツーリズムいわて」という催しが行われている。エーデルワインの施設と「葡萄が丘研究所」は、このツアーの目玉だ。

しかしワインのイベントはこれに留まらない。
生産者がもっとも楽しみにしているのは、毎年3月上旬に行われる 「ぶどう生産者と共にワインを楽しむ夕べ」だ。
このイベントはエーデルワインの主催で、前述の「大迫醸造用葡萄研究会」に所属する約35軒の生産者(毎年1〜2軒程度参加数が上下する)のぶどうを、生産者毎に醸造して飲み比べるというもの。いわば公開テイスティング会だ。

50リッターの小さなタンクに仕込んだワインで、生産者がその年のぶどうの出来を競い合う。30本以上のタンクが並ぶ様は圧巻だ。
このワインは「個別ワイン」と呼び習わされているが、サービスを担当するのは生産者自身だ。大迫の生産者の中には70過ぎの年齢の方もいらっしゃるが、ソムリエのように黒いエプロンを着けてお客様と直接触れ合う。
生産者と直に会話できる機会とあって、参加者の反応も好意的だ。

「個別ワイン」は限定品で、ある程度の本数は生産者に渡されるが市販はされない。稀に多めに生産されてしまうときがあり、そのときだけはエーデルワインの直売店「ワインシャトー大迫」に並ぶこともある。
しかし売り切れたら終わりという幻のワインだ。

生産者の士気は高い。この会に先立って生産者は内輪の試飲会を行う。ここで飲み比べが行われ、お互いにモチベーションを高め合うのだ。

エコファーマーの認定

ワインの味わいを決定する要因として、土壌を忘れるわけにはいかない。

国内でぶどうを植えている圃場は古い地層が走っている地域だと言われるが、大迫の地層も古い。
岩手県中央部を流れる北上川の東側は石灰質土壌(地質時代に生息していた珊瑚・貝・アンモナイトや三葉虫に代表される古代海棲生物等や海洋微生物の死骸が堆積して地層化したもの)が多い弱アルカリ性で、ぶどう栽培に適している。

藤原さんに土作りのこだわりを聞いてみた。
「あまり除草剤を撒かないようにしています。除草剤を使うと土が硬くなるので、雑草を生やした上で草刈りしています。手間は掛かるんですが、それがぶどう栽培に適した畑作りの基本ですね。
あとは定期的に土壌診断を行い、その結果を見て適量の肥料を与えています」

恵まれた環境と良質なぶどうを生かし切るため、大迫のワイン農家はエコファーマーの認定を取得している。これは

  • 有機肥料の使用を適正量とする土作り
  • 化学肥料の使用量の低減
  • 農薬の使用量の低減

など環境に配慮した農業計画を提出した農家が認定されるもので、2003年に大迫のすべてのぶどう生産者が取得した。
現在もワイン専用品種の生産者の多くは、引き続き取得しているという。

ぶどう栽培の世界では農薬の散布が当たり前のように行われている。これに対し藤原さんは「大迫町ではぶどうの樹にビニールを掛けることで、薬剤散布の抑制に努めています」と語った。

適地適品種 産地とも生産者とも切り離せないワイン

最後になったが、藤原さんにワインの仕込みや熟成におけるこだわりを聞いてみた。
「マニュアルがあってないような気がします。基本は個々のぶどうが持つ個性をワインでも表現していくということです。濾過作業などの清澄処理をしすぎることによって風味が削られることがあります。ですからぶどう本来の味を残すように気をつけています。

それからその年のぶどうの品質を見ながら醸造方法を検討することも大事でしょうね。具体的にいうと発酵の温度管理。白ワインだったらあまりプレスを強くしないとか」。
さらに今後の課題として藤原さんが感じているのは、花巻市大迫町ならではのワイン造りを推し進めることだという。

「世界レベルの品質を目指すという思いもあるんですが、それとは別に適地適品種を別路線で考えていく時なのかな、と感じています。日本にあった品種で日本らしさということを見直すと言いますか。企業が存続していくためには差別化していかないと生き残れない時代にいると思います」。

早池峰山のふもとに広がる一面の田園風景。この恵まれたテロワールを活かさない手はない。

藤原さんは生産者にも思いを向ける。
「農家さんが丁寧に栽培してくれるお陰で良いぶどうを頂くことが出来ているんですが、果たして労力に見合う金額なのかという部分が引っかかっています。
持続可能な農業という話題にも関係してきますが、『品質を落とさず省力化できないか』と頭を悩ませています。

機械化出来る部分は機械化しており、2年前には国内ではあまりみられないぶどうの『自動選果機』を導入しました。農家さんが選別してから納品してくれるのですが、機械は肉眼で選果できないようなものでもセンサーの働きで選別してくれます。しかし省力化の本質は機械化とは異なるように感じているんです」

「1949年に初めてぶどうが作付けされてから順調に面積が増えてきたんですが、今はピーク時の半分以下に減っているんです。ですから『もう一度町をあげて大迫のぶどうを盛り上げよう』という取り組みが4、5年前から始まっています。

その一環として「ぶどうつくり隊」という栽培のお手伝いをするボランティアを募っています。町内の方を中心に予想以上の方がいっしょに汗を流してくれて、ありがたいですね。

我々が思っている以上に大迫のぶどうの魅力を感じていただいているということなのかな、と思います」。

町のシンボル的存在になった、世界に誇れるワイナリー

「ワインの里」——。
大迫町は、今やそんな風に呼ばれている。県外から観光客が訪れる。お目当ては、国内外のコンクールで輝かしい受賞歴を誇る「ワインの里」最大の醸造所だ。
そんな町のシンボル的存在にまでなったワイナリーが、岩手にはある。
花巻を代表する特産品として「ふるさと納税」の返送品にも指定されているエーデルワイン。はじめての岩手ワインとして、ためしてみるのも一興だろう。

基本情報

名称エーデルワイン
所在地〒028-3203 
岩手県花巻市大迫町大迫10-18-3
アクセスJR花巻駅下車 タクシーで30分
花巻インターチェンジ利用 20kmで大迫へ
詳しくは、こちらにアクセス
HPhttps://edelwein.co.jp/


 

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