『岩の原葡萄園』創業者・川上善兵衛が生み出したぶどう品種で、世界に挑戦する

新潟県上越市にある「岩の原葡萄園」の創業は1890年。日本のワインぶどうの父と呼ばれる川上善兵衛が創業したワイナリーだ。川上善兵衛は明治時代に、日本の気候・風土に合わせてワイン用ぶどうの品種改良を行った人物でもある。

創業者が生み出したマスカット・ベーリーAなどの5品種を、大切に磨きをかけて個性を深め、世に送りだすことに情熱を注いでいる。

『地元に新たな産業を、川上善兵衛の挑戦』

新潟県上越市にある岩の原葡萄園は、当時の大地主の息子であった川上善兵衛が作ったワイナリーだ。
川上善兵衛は、冬の間も出稼ぎに出なければ生活できない小作人の姿に心を痛め、地元に新たな産業をつくりたいと幼少期から思っていたという。

14歳で東京に出て、川上家と親交のあった勝海舟からの異国の話の中で、ワインと出会う。ぶどうを栽培してワインを仕込むワイン造りは、年間をとおして従事できる仕事がある。
米作りが盛んな上越市ではあるが、田園に使えない荒れた土地でもワイン用ぶどうは栽培できる。
川上善兵衛は、「地元にとってよい産業になるのではないか」と、ぶどう栽培やワイン造りに興味を示していったという。

▶ワインの魅力に取りつかれ、ぶどう栽培とワイン醸造を始める

川上善兵衛は次第にワインの魅力に取りつかれ、地元に帰ってぶどう栽培とワイン造りをスタート。手探りで栽培しはじめてみたものの、ぶどうの栽培は難しかった。
また、ぶどうが売れる年と売れない年があり、経営に波があるのも悩みだった。なかなか軌道に乗らなかったのだ。

ワインは当時、戦争の補給品として売れることが多かったが、戦争が終われば業績が悪くなる。また、ぶどうは年に1度しか収穫できないのに、勉強の必要もあって投資がかさむ。
熟成して商品になるまでに時間がかかるなど、大変な苦労があったという。

「川上善兵衛は、創業後30年ほどは欧米系のぶどう品種を栽培していました。例えば、メルローやピノ・ノワール、シャルドネなどですね。さまざまな苗木を輸入して栽培しましたが、なかなかうまくいかなかったんです」と話すのは、岩の原葡萄園で広報とPRを担当する今井圭介さんだ。

社名にある「岩の原」とは、昔の地名にちなむ。昔から岩の多い土壌で、昔の住所は「上越市大字北方字岩の原」であった。自社畑は北西向きの緩傾斜で標高は80~130m。掘ると岩が次から次へと出てくる礫岩質で、岩が多く水はけがよいのが特徴の土壌だ。冬は雪が多く、積雪量の平均は150〜200cmほど、年間を通じて雨量も多い。
雨が多い土地でのぶどう栽培は非常に難しいといわれており、まさにこの雨量こそが、川上善兵衛がぶどう栽培に苦労した一番の理由なのだ。

▶10,311回もの品種交雑を経て、22品種を生み出す

川上善兵衛は1922年から、ぶどうの品種改良をスタート。10,311回もの品種交雑を経てワイン用ぶどう22品種を生み出した。欧米系品種の栽培で苦労を続けてきたことが、品種改良に大きくプラスに働いたという。

「アメリカ系品種は雨や湿気が多くても病気になりにくいが、ワインにするとおいしくない。ヨーロッパ系品種は病気になりやすく栽培が難しいが、香りも味もよいワインができる。その特性を生かしてアメリカ系を母方に、ヨーロッパ系を父方に品種交配を行えば、日本の風土に合うぶどうが生み出せるのではないか。また、病気に強く、味のよいワインとなるぶどうが栽培できるのではないかと、川上善兵衛は考えたのです」。

川上善兵衛はマスカット・ベーリーAというワイン用ぶどうの代表品種をはじめ、品種改良により日本の気候風土に合うぶどうを次々と生み出した。岩の原葡萄園でも、安定してぶどうが収穫できるようになり、ワイン造りを続けた。
後に、サントリーの前身である「寿屋」の創業者・鳥井信治郎の支援を受けることになる。岩の原葡萄園は、今もサントリーのグループ会社として美味しいワインを提供している。

『ぶどうが美味しく育つ、栽培の方法』

岩の原葡萄園の自社畑では、川上善兵衛が生み出した5品種と欧州系品種であるシャルドネを栽培している。
5品種の内訳は、赤ぶどう品種がマスカット・ベーリーA、ブラック・クイーン、ベーリー・アリカントA。
白ぶどう品種がレッド・ミルレンニューム、ローズ・シオタ―だ。

「創業から岩の原の歴史が継承されているので、我々はそれを引き継いで商品にしています」。岩の原葡萄園ではマスカット・ベーリーAの栽培量が最も多く、樹齢は平均50年だ。マスカット・ベーリーAの栽培方式は棚栽培がメイン。剪定を工夫したり、手を加えることで、高品質なぶどうが育つそうだ。
棚栽培は岩の原葡萄園の土地に合っており、目指す品質のぶどう作りに適しているのだという。ただ、ブラック・クイーンなど一部の品種には、垣根栽培を採用している。

▶ぶどうの木の越冬方法

岩の原葡萄園では、冬季は雪の中にぶどうの木をすっぽりと埋もらせて、何もしないのが基本だ。通常1~2月に行っている剪定作業は、雪が降る前に終わらせる。
積雪前に春の準備をして、雪の中でしっかりと木の休眠期を取るのが岩の原流なのだ。

「新潟県の最低気温は、寒くてもマイナス1~2度くらい。雪にぶどうの木がすっぽり埋もれても、雪の中は氷点下までにはなりません。長野県や山梨県の盆地は冬の朝がすごく寒くて、氷害などが起こると聞いています。木の外側が凍り、木自体が痛んでしまうこともあるようですね」。

昔のデータを見ると、雪が多かった年もあるという。降雪のために枝が折れたり、木が裂けたりなどの被害が出たこともあった。そのたびに先人が「どうしたら雪害を抑えられるか」とさまざまな知恵をしぼって継承してきた畑は、雪に強く作られている。

▶風通しのよいぶどう畑を目指して

川上善兵衛がぶどう栽培に苦労したように、新潟県上越市は、全国的な統計を見ても雨の多いエリアだ。いくら日本の気候や風土に合うぶどう品種であっても、湿度が高い環境では、ぶどうが病気になりやすい。
そこで岩の原葡萄園の栽培担当チームは、ぶどう畑を風通しのよい環境にしていこうと努力を続けている。具体的には「葉を取る」「枝をコントロールする」などで、日差しが地面まで入りやすくしているという。

『日本を代表する品種のマスカット・ベーリーA』

岩の原葡萄園の代表品種であるマスカット・ベーリーAは、ひと房が800g~1kgまでに成長する大きな実が特徴だ。大きさや味のよさから、今や日本で一番多く作られる赤ワイン品種がマスカット・ベーリーAなのだ。日本を代表する品種といっても過言ではない。

▶マスカット・ベーリーAが日本全国で物語をつむぐ

マスカット・ベーリーAは、東北から九州まで、日本全国で広く栽培されている。日本全国に広がったきっかけは、川上善兵衛が「よい品種ができたから、感想を聞かせてくれないか?」と苗木を配ったからだという。

「苦労して生み出した品種なのに、苗木をいろいろな人に配ってしまったようですね。育てやすくてよい実ができると評判になり、全国に広がっていったと聞いています。北のマスカット・ベーリーA、岩の原のマスカット・ベーリーA、九州や西日本のマスカット・ベーリーAと、それぞれのテロワールが楽しめますよね」。

川上善兵衛が作ったぶどう品種が、現代までつながる興味深いストーリーを生んだのだ。マスカット・ベーリーAでワインを醸造するワイナリーが増えたのは、岩の原葡萄園にとってもうれしいことだという。

▶創業者が残したぶどうで特徴あるワインを造る

15~20年前には、欧米品種がもてはやされていた時期もあった。当時はマスカット・ベーリーAは、業界内の評判がかんばしくなかったという。しかしながら昨今では、マスカット・ベーリーAの育てやすさが見直されてきている。
川上善兵衛が品種改良したぶどうは、そのほかの品種も日本の気候風土で育てやすく、それぞれに個性がある。

「白ぶどう品種のレッド・ミルレンニュームとローズ・シオタ―も、最近ほかのワイナリーさんに好評なんです。個性的な香りや味わいは、海外のぶどう品種にはないニュアンスが感じられるのでおすすめですよ」

岩の原葡萄園のコンセプトは、創業者が残したぶどう品種をしっかり育てること。そして特徴あるワインを造り、お客様に喜んでもらうことだ。各ぶどう品種がより健全に育つように磨きをかけ、組み合わせるなどでさらに個性を際立たせていくのが使命だという。
コンセプトをつらぬくため、シャルドネやピノ・ノワールなどの欧米品種を増やす予定はなく、「川上善兵衛品種」の追求を目指す。

『善兵衛プレミアムワイン、深雪花、善の3種類』

岩の原葡萄園のワインは、「善兵衛プレミアムシリーズ」「深雪花(みゆきばな)」「善(ぜん)」の3つのカテゴリーに分けられる。
「深雪花」と「善」は日常で飲むワイン。
「善兵衛プレミアムワイン」は世界品質を目指している。

▶岩の原葡萄園のワインが目指す先

「『善兵衛プレミアムワイン』は、川上善兵衛が生んだ5品種それぞれを100%で商品化。魅力が凝縮された、ほかにはないワインを目指しています。特に『HERITAGE(ヘリテイジ)』は、その年に採れた1番よいぶどうだけで造るトップキュヴェ。世界で通用するワインを目指しています」。

スタンダードクラスの「深雪花」「善」は1本が1,500~2,000円ほど。毎日の食事に気軽に飲んでもらえるワインを追及し、食のシーンを盛り上げていきたいという。「深雪花 赤」は、さまざまなコンクールで高く評価された実績を持つ。

「『深雪花 赤』は、ひと言でいうと『まろやかで優しい味わい』です。ワインにはいろいろな個性があり、酸や樽香、味の厚みなど主張を感じるものが多い。ですが『深雪花』は普段の食事に寄り添うのがテーマ。果実味や酸味、なめらかさなど、トータルでワインのバランス感を重視して造っています。ワインに詳しい人も詳しくない人も、飲んだ時に美味しいと思えるワインです」

「深雪花」はおしゃれな和食や洋食はもちろん、普段の家庭料理にも合う。今井さんが「深雪花」に合う料理として例に出すのは、多彩な出汁が魅力の鍋料理。イタリアントマト系や豆乳、とんこつなど、あらゆる食材に寄り添えるのが、強みであり特徴なのだ。

▶冬に咲くユキツバキを、岩の原葡萄園の象徴に

「深雪花」のエチケットには、新潟県の木であり、上越市の花でもある「ユキツバキ」があしらわれている。冬の雪深い新潟県で華麗な花を咲かせるユキツバキは、新潟県人にとってはなじみのある花だという。

「『深雪花』を初めて世に出すとき、地元の陶芸家の斎藤三郎先生が『ユキツバキを雪国のワイナリーである岩の原葡萄園の象徴にしてはどうか』と描いてくれたのです。『善』のエチケットには、2代目斎藤先生が描いてくれたユキツバキが入っていますよ」。

『醸造のこだわりは、特徴が出るよう造り込むこと』

岩の原葡萄園のこだわりは、ぶどう品種別にしっかりとコントロールすること。また、川上善兵衛が品種改良した、5品種の特徴が出るように造り込むことだ。マスカット・ベーリーAであれば、やわらかさや香りがお客様に伝わるように丁寧に造っている。
熟成方法へのこだわりも強く、樽の選び方や熟成期間、発酵温度など、細かなコントロールを行っているのだ。

▶社内テイスティングで意見を出し合い、細かく造る

ワインができあがると、毎年社内でテイスティングを実施する。社員の意見を吸い上げるのが目的だ。

「『HERITAGE(ヘリテイジ)』については、『樽を利かせすぎて薄っぺらくなってはいないか』『樽だけでコーティングしすぎて、ぶどう本来の味わいが感じられないのではないか』などを話し合っています。お客様に満足していただけるよう、毎年しっかりと細かくこだわって造ることを重視していますね。川上善兵衛品種のオリジナルぶどうで造るワインで、お客様にどう喜んでいただくかを常に考えています」。

実は「HERITAGE(ヘリテイジ)」には転換期があったという。昔、岩の原葡萄園の畑ではカベルネ・フランを栽培していた。当時のトップキュヴェはマスカット・ベーリーAとカベルネ・フランでアッサンブラージュしていたのだ。
しかし、当時の社長が「川上善兵衛品種を極めてこその会社なのだから、トップキュヴェにカベルネ・フランを使うのはやめよう」と決断する。それからは、マスカット・ベーリーAとブラック・クイーンの2種類でアッサンブラージュをするようになったのだという。

「切り替えのときはもちろん一番大変だったと思います。今でも川上善兵衛品種でアッサンブラージュして、年ごとの一番よい味わいに造り込んでいく作業に、造り手は毎年苦労していますね。毎年の積み重ねで得たいろいろなデータやそれまでの経験、お客様の嗜好を聞くなどで、ベストな味わいの組み合わせを決めています」。年ごとにどんな味わいをお客様に提供できるかは、試行錯誤が必要とされる。ワインメーカーとして、とても重要なポイントなのだ。

今井さんは、「どのグレードのワインも、気のおけない家族や友人と日常のなかで飲んでもらいたい。『今日は岩の原のワインを飲もうか』と手に取ってもらえたらうれしいですね」と話してくれた。

▶世界の市場で勝負する&新たなファンの獲得へ

岩の原葡萄園がこれから挑戦したいことを伺った。

「ひとつは『世界で勝負できる川上善兵衛品種のワインを造ること』です。新しいワインで世界の市場にチャレンジしていきたいですね。もうひとつは『岩の原葡萄園のファンを、もっとつくること』。これからはデジタルなどさまざまな手法を使い、新たなお客様と積極的につながっていきたいと考えています。ワインに詳しくない方や、これからお酒を飲み始める方にも、魅力的に感じてもらえるようなワインメーカーになりたいですね」。

ワイン初心者が「飲んでみたい!」と感じるアプローチの方法を考えていくという。

『創業者が作ったぶどう品種でワインを造り続ける』

「創業者が品種改良を手がけたぶどう品種で、ワインを造るワイナリー」であることが、岩の原葡萄園の一番の強みで、これは世界的に見ても珍しい。
ほかのワインメーカーにはないアドバンテージを最大限に活かすためにも、川上善兵衛が生み出した5品種に徹底的にこだわり、磨きをかけたワインを世に送り出し続けている。

コロナ禍でワイナリー業界をとりまく状況は大きく変わった。だが、これまでの努力のかいがあり、お客様に支持されて岩の原葡萄園の売上は堅調だ。また、「マスカット・ベーリーAが新潟県で生まれたことをもっと知ってもらいたい」との熱い思いもあり、今後のさらなるPR方法を模索中であるという。

2020年には新潟県の企業とコラボレーションでインスタライブを行うなど、新たな挑戦を始めた。「さまざまな人と組むことで、新しい楽しみ方を提供したい。期待してほしい」。

川上善兵衛品種で造った最高のワインを目指して、岩の原葡萄園はこれからも新たな試みを仕掛けていく。

基本情報

名称岩の原葡萄園
所在地〒943-0412 
新潟県上越市北方1223番地
アクセス電車
上越妙高駅よりタクシーで約25分

上越ICから約15分
HPhttps://www.iwanohara.sgn.ne.jp/

関連記事

  1. 『せらワイナリー』広島県世羅町で造られる、親しみある味わいが魅力のワイン

  2. 追跡!ワイナリー最新情報!『楠わいなりー』アワード受賞も!人を幸せにするワインを造るワイナリーの新たな1年

  3. 追跡!ワイナリー最新情報!『ハイディワイナリー』ぶどうの品質が安定して新アイテムも登場した1年

  4. 『月山ワイン山ぶどう研究所』山形ワインの個性表現を追求する、異色の「農協」ワイナリー

  5. 追跡!ワイナリー最新情報!『はこだてわいん』2023年に創業50周年を迎え、丁寧な栽培管理を改めて徹底

  6. 追跡!ワイナリー最新情報!『霧訪山(きりとうやま)シードル』新たな取り組みで理想のシードルとワインを追い求める