『北海道ブドウ苗木園』日本ワインを支える新時代の苗木生産者

自社圃場を保有するワイナリーにとって、絶対になくてはならないものがある。それが、「ぶどうの苗」だ。苗木がなくては、ワイン造りのスタートラインにすら立てない。品種によって味に大きな違いができるワインでは、土地や造り手の好みに合ったぶどう苗の選定が不可欠なのだ。

今回紹介するのはワイナリーではなく、「ワイン用ぶどう苗木専門農家」だ。北海道のワイナリーを支える「北海道ブドウ苗木園」にスポットを当てる。

なお、「JVA(一般社団法人 日本ワインブドウ栽培協会)」では、ぶどうの苗木生産者を「苗木商」と呼ぶのが通例となっている。

北海道でワイン用ぶどう苗を専業で販売しているのは、北海道ブドウ苗木園のみ。ワインや農業に興味があったという代表の家島直希さんが、あえて苗木商になったのは、なぜなのだろうか?

北海道ブドウ苗木園が誕生した経緯と、ぶどう苗の栽培へのこだわり、家島さんが抱く夢についてお話を伺った。

日本ワインの未来を担う、ぶどう苗木の知られざる世界をさっそく探っていこう。

『北海道ブドウ苗木園誕生 困難を乗り越えて』

もともと農業志望があり、ワインファンでもあった家島さん。だが、農業をやりたくてワインが好きならば、ワイナリーで働くことや、ワイナリー立ち上げを考えるケースが多いはず。どうして家島さんは、あえて「苗木商」を選んだのだろうか。

家島さんがぶどう苗木生産を志すまでの経緯と始めた理由、軌道に乗るまでについて見ていきたい。

▶︎大阪から北海道へ 憧れのぶどう栽培

京都出身の家島さんは、ワイン造りやぶどう栽培とはまったく関係のない生活を送っていた。苗木商を始めるまでの家島さんは、大阪で塾講師として働いていたのだ。

そんな家島さんには、密かに思い描いていた夢があった。

「学生時代にやりたかった『農業』と、社会人になってからハマった『ワイン』をかけ合わせて、いつかぶどう栽培をしてみたいと漠然と考えていました」。

大阪に住んでいた頃に、ワインに魅入られたのだという。ボルドーワインの美味しさに気づき、ブルゴーニュワインも好んだ。フランス以外の国のワインも飲むようになり、気づいたときにはワインにどっぷりとはまっていた。

自分でもいつか、ぶどうを育ててワインを造りたい。そんな「夢」を叶える契機が、自身の結婚により突然訪れた。

家島さんの妻は北海道出身で、将来は実家のある北海道に住むことを希望していたのだ。北海道に住むことになれば、夢見ていたぶどう栽培やワイン造りができるかもしれない。そう考えた家島さんは、北海道への移住を決意する。

▶︎ワイナリー巡りと勉強の日々

だが、ぶどう栽培どころか、農業自体が未経験の家島さん。北海道に引っ越しをしたからといって、いきなりぶどう栽培に携われるわけではなかった。

移住後も塾講師を続けるかたわらで、まずは就農にむけて、休日を使ってワインと農業の勉強を始めた。サラリーマンとの両立は、3年に及んだという。休む暇もないほど行動し、勉強に明け暮れた日々だった。

少しでも時間ができれば、北海道のワイナリーを巡った。収穫などの手伝いにも積極的に参加し、知識や経験をつけていったのだ。

「ワイナリーさんの元に何度も押しかけては、お話を聞いたりボランティアに参加したりしました。通いつめるうちに、色々と教えていただける間柄になっていきました。このときにお世話になったワイナリーさんとは、今でも強いつながりがありますよ」。
このときの出会いは、家島さんの運命を決定づけることになる。ワイナリーの人々と交わした会話に、家島さんが「苗木商」を志すきっかけがあったのだ。

▶︎ぶどう農家でもワイナリーでもなく、なぜ「苗木商」なのか?

当初は自分のワイナリーを持ちたいと考えていた家島さん。しかしワイナリーの方々と会話を重ねる中で、未経験でワイナリーを始めることの厳しさを知る。

北海道には、海外経験を積んだ人など、レベルの高い生産者が大勢いる。日本ワインの中でも高品質なワインを生み出す産地のひとつとして認められている場所だ。

そんな北海道で、まったくの未経験者が実力者たちと肩を並べるのは難しい。ワイナリーの先輩たちからも、「ワイナリーを持つのはやめた方がよいのではないか」とアドバイスされたそうだ。

しかし、家島さんは諦めなかった。それほどまでにワイン業界で働きたいという気持ちが強かったのだ。

「初心者の自分が、ワイナリーを設立すること以外で、ワイン業界に役に立てる方法はないだろうかと考えました。そして、苗木不足の昨今、自分が苗木商になれば北海道のワイン造りに協力できるのではないかと考えたのです」。

苗木商になるという家島さんのアイデアに、ワイナリーの先輩たちも賛同してくれた。

ワイナリーが急増している日本では、ぶどうの苗木不足が深刻化している。特に、寒冷地に強いぶどう品種を選ぶことが必要な北海道では、特にその傾向が顕著だった。本州のワイナリーに比べて選べる苗木の種類が少なくなることで、苗木調達がより一層難しいという背景があったのだ。

「『北海道のワイナリーに向けての苗木商』というニッチな分野なら、初心者の自分でもやっていけると感じました。寒冷地向けのぶどう苗木を専門に取り扱う苗木商は、今までなかったからです」。

温暖な本州で育ったぶどう苗木は、北海道だとうまく育たないことも多い。ぶどうの苗木不足は、北海道のワイナリーにとって根深い悩みのひとつだった。

北海道に合う苗木を作れば、北海道のワイナリーの大きな助けになるはずだ。ぶどう苗についてワイナリーさんに質問されたら、すぐに駆けつけられるような存在でありたいと考え、苗木商の道に進むことを決意した。

▶︎苗木販売知識の習得 農家の元へ突撃して学ぶ

苗木作りを仕事にするには、当然、苗木作りに関する専門知識が必要だ。

だがここで、大きな問題が立ちはだかる。ぶどうの苗木作りを研修してくれる機関や文献などは日本にほとんどなく、近くに専門家もいない。まったくの手詰まり状態になってしまったのだ。

「ぶどうの苗木についてのノウハウがまったくなかったので、本州にある苗木商を訪問して、現地で勉強するしかないと考えました」。

家島さんは生活のための仕事も継続しながら、休みを利用しては長野や山形、山梨にかよった。苗木商の門を直接叩き、教えを請うたのだ。

「電話をかけてお話聞かせてくださいと頼んでも、できないと言われてしまいます。しかし、直接行って、はるばる北海道から来たと伝えると、『そこまでするなら仕方ないか』と、教えてくれる農家さんもいらっしゃいました。こうして少しずつ経験を積んでいきました」。

穏やかな空気をまとう家島さんだが、実は、柔和な雰囲気と話口調からは想像もつかないほどの激しい情熱と行動力を秘めている人物なのだろう。

「北海道で苗木作りをしている人たちのグループにも入り、実地で学ばせていただきました。北海道ワインアカデミーも受講し、ブドウ栽培全般を学べたのも大きかったと感じています。細かい作業などについては、余市で果樹の普及員をされていた先輩に質問することが多いですね」。

▶︎畑の取得に歩みだした北海道ブドウ苗木園

「いざ事業を始めようと思っても、畑がなくては苗木商は始められません。そのため、畑を得るための就農訓練も進めていく必要がありました」。

開業への道のりは、なんと長いのだろう。最後のハードルは農地の取得だった。

助成を受けて農業を始めるには、自治体への申請が必要だ。そして就農のためには、就農訓練を受けなければならない。就農訓練のスタートと同時にサラリーマンを辞め、野菜農家の元で研修を受けた。

「なかなか農地が見つからなかったのですが、助成の申請をして2年が経った頃にようやく、住んでいる北広島市に隣接する恵庭市で、土地を貸してくださる方に出会いました。しかし、また問題が発生しました。就農申請を出していたのが北広島市だったので、別の自治体では助成が降りなかったのです」。

助成なしでは事業を始めるのは困難だ。そこで、恵庭市に申請し直し、2021年にようやく「北海道ブドウ苗木園」の立ち上げにこぎつけた。

「しかし、悪いことばかりではありません。恵庭市の土地の地主さんは有機農業をされている方なので、有機栽培について教えていただきました」。

北海道移住から数えて、実に7年。長い準備期間を経て、ようやく自分の苗木園が形になった。

「よく諦めなかったなと思います。みなさんが応援してくれたから続けられたのです」と、優しい表情で微笑む家島さん。

ワインへの深い愛と、諦めない心で掴んだ家島さんの夢は、この先もまだ続いていく。より大きな目標に向かって、持ち前の行動力と熱意で突き進むのだ。

『ぶどう苗木園の1年 ワイナリーにぶどうの苗木が届くまで』

ぶどう栽培やワイン醸造を見学したことがあるワインファンは多いことだろう。しかし、ぶどうの苗木農家の作業風景を見たことがある人は、ほとんどいないのではないだろうか。

そこで、北海道ブドウ苗木園の1年間を追いかけて、ぶどうの苗木がどのようにして生まれ、育てられているのかに迫ってみたい。

▶︎作業のスタートは冬 「接ぎ木」から始まる1年

苗木園の作業は、極寒の冬に始まる。最初におこなうのは「接ぎ木」だ。例年、2月頃から始める作業だという。

北海道の冬は寒いため、作業は暖かいビニールハウスの中でおこなう。ハウス内は、ぶどうにとって最適な温度や湿度に管理されている。

ここで、接ぎ木作業についての前に、ぶどうの苗木についての基本的な解説をしておこう。より理解が深まるはずだ。

まず、ほとんどのワイン用ぶどう苗は、2種類のぶどうの枝が継ぎ合わされて構成されてできている。根元部分が「台木」、その上部が「穂木」だ。台木と穂木をつなぎ合わせる作業のことを「接ぎ木」と呼ぶ。

ぶどう苗が接ぎ木で作られるのは、苗を強くするためだ。病害虫や特定の環境に強い台木を使えば、ぶどうの収量が上がり、病害虫リスクも低減できる。

例えば、栽培が難しい「ピノ・ノワール」の苗も、耐湿性や耐寒性がある台木を使って苗木に台木の特性を受け継がせることで、栽培難易度を下げられるのだ。

それでは、接ぎ木作業の解説に入りたい。接ぎ木の作業では、20cmほどの台木に、芽がついた5cmほどの穂木を繋ぐ。接続部は殺菌作用のある蝋(ロウ)で覆う。接ぎ木の作業中は乾燥が大敵だ。湿度100%をキープし、ぶどうの負担にならないよう慎重に枝をつなぐ。

枝がつながったら、発根の管理に移る。地温が28~29℃の環境下でスポンジに植えてけて根を出させ、新芽の形成を促す。

「スポンジに発根させると管理しやすいのですが、根にスポンジが残ってしまうという欠点があります。自然派ワイナリーの中には、スポンジが残るのを嫌う方もいますので、2023年からは 『固化培土』という土を固めたものを使うつもりです」。

▶︎接ぎ木苗を植木鉢に

無事に根が出てきたら、穂木の枝には新芽が発生する。葉が5枚程度に生長したら、鉢に植え替える。

「鉢に植え替えるのではなく、ビニールハウス内の土に直接植える方法もありますが、あえて鉢を採用しています。なぜなら、ハウス内の同じ土で繰り返し栽培を続けていると、土壌菌に感染しやすくなってしまうからです。鉢植えなら、毎回清潔な新しい土に植えることができるのがメリットです」。

例えば、フランスのある地方のぶどう苗木商では、一度使った圃場は10年空けてから再度使用するという。土壌菌の感染リスクを減らすための策だ。

だが、農地は有限のため、フランスと同じ方法を採用するのは難しい。そこで、畑を変えるのと同様の感染対策が可能な鉢植え方式を採用したのだ。

「植物の成長阻害や枯死の要因ともなる『根頭がん腫病』という細菌性の病気が、北海道でも発生しています。病気を防ぐには、苗木の段階で病気にしないことが最優先です。特に、自然派ワイナリーは農薬を使わないため、病気に感染していない苗を売ることが大切なのです」。

細心の注意を払われ、ワイナリーの立場に立って丁寧に育てられたぶどうの苗木は、植木鉢の中で、大きくたくましく成長していく。

▶︎苗の出荷と休閑期の活動

秋まで鉢の中で管理された苗木は、休眠した状態を作るために、保冷庫に移される。根を乾燥させないように気をつけつつ5℃で休眠させ、翌年の5月には出荷開始となる。

こうして家島さんが丹精込めて育てたぶどうの苗木は、北海道各地のワイナリーの手元に渡っていくのだ。

ところで、苗木商の「休閑期」についても紹介しておこう。北海道ブドウ苗木園の休閑期は夏だ。植木鉢の水管理以外にやることがほとんどない季節である。

「夏の間は、普通の農家のようにミニトマトやブルーベリーを育てて販売しています。秋からはまた、苗木商の仕事を再開します」。

農業のほかにも、地域の消防団活動もおこなっているという家島さん。先輩農家が多数参加している地域の活動に積極的に参加することで、農業に関する情報交換もできるという。

「お酒の席にも呼ばれて親しくなれますし、地域のみなさんには本当に助けてもらっています」。

コミュニティの大切さを実感したエピソードを紹介しよう。2021年から22年にかけての冬のこと。例年は積雪がそれほど多くない恵庭市に、観測史上最大の積雪があったのだ。

「たまたま親しい先輩農家さんから、トラクターと、雪を粉砕して遠くに飛ばすスノーブロワーを安く譲ってもらったところでした。突然の大雪の際に大活躍しましたね。雪の被害を最小限に抑えることができて、本当に助かりました」。

大雪以外にも、異常気象による環境の変化は事欠かない。困難があるたびにコミュニティの先輩農家さんに相談できるのがありがたいそうだ。

「農家にとっての気候変動の恐ろしさとは、だんだんと平均気温が上がるといったことではなく、毎年違う現象が起こることにあります。そのため、先輩方に相談できるのはとても心強いですね。農業をやっていると、コミュニティの大切さを心から実感します」。

周囲の人と助け合いながら、家島さんの苗木作りは進化を続ける。

『北海道ブドウ苗木園のこだわり 北海道に合う苗を作る』

年間1万本のぶどう苗を出荷する北海道ブドウ苗木園。地元の企業である「北海道興農社」と協業して、さらなる量産体制を確立させようと動いているという。目標は年間10万本だ。

苗木で北海道のワイン業界に貢献したいと奮闘する家島さん。こだわりは、病害に冒されていない健全な苗木を生産することと、北海道の気候に適合したぶどう苗を作り上げることだ。

▶︎台木づくりの大切さ

ぶどうの苗が健全に生育するには、台木の強さが欠かせない。特に北海道で栽培されるぶどうの場合、耐寒性の高さが重要だ。

自根で育てたぶどうと、北海道に合う台木の苗から育てたぶどうを比較すると、目に見えて成長速度や収量が違うという。なんと、接ぎ木の1年目と自根苗の3年目の生育状況が同等なのだ。

どうして2年分もの生育の差ができるのか。理由は北海道の天候や環境要因にあると考えられる。北海道は、ぶどうにとって大切な「秋」の日照が少なく、気温も短期間で急激に落ちて早い冬を迎える。ぶどうが生育するには、北海道は過酷な環境なのだろう。

ぶどうがうまく育つには、土地に合った根が必要だ。根に力があれば、少ない日照でも十分な養分を土から吸い上げられるのだ。

▶︎台木を育てる圃場環境

北海道ブドウ苗木園の圃場はもともと田んぼだった場所で、水持ちのよい土質だ。

通常、ぶどう栽培には乾燥した土壌が適するが、幼苗の場合は勝手が異なる。苗木を育て根を充実させるまでの段階では、乾燥は厳禁。苗木商によっては、畑に水を張ることもあるのだとか。

「苗木を育てるには、適度な湿度が欠かせません。うちの台木は湿地に育つ品種を使っているので、今の環境で非常によく育ちます。ぶどうにも色々あり、興味深いですね」。

▶︎台木の種類

「シャルドネ」「ピノ・ノワール」など、穂木となるワイン用ぶどう品種がさまざまなように、台木にも数多くの種類がある。一般消費者には聞き慣れない名前だが、「テレキ5BB」「テレキ5C」「101-14」などの名称で呼ばれている。

北海道ブドウ苗木園で使用する台木品種は、主に「テレキ5C」と呼ばれるもの。さまざまな穂木品種に適合できる上、北海道の気候にも合っているからだ。

北海道での苗木栽培において、非常にバランスのよい「テレキ5C」。しかし家島さんは、もっと色々な台木を取り扱いたいと話す。

「台木それぞれにも個性があり、『穂木との相性』も存在するのです。品質を追い求めるために、『シャルドネにはこの台木』といった組み合わせまで工夫しながら苗木を作ってみたいです」。

ぶどう栽培の方法や造りで味が変わるワイン。しかしそれ以前に、台木の違いでも品質が変化する可能性があるということだ。なんと奥深い世界だろう。だからこそワインに魅せられた家島さんは、苗木作りに命をかける。

▶︎50種類の穂木 北海道に合う品種を求めて

2022年現在、北海道ブドウ苗木園で取り扱う穂木の品種は50種類。当初は20種類からのスタートだった。

「北海道での一番人気は、ピノ・ノワールとシャルドネですね。ピノ・ノワールは、北海道気候にも合うのだろうと感じます。またドイツと気候が似ていることから、リースリングの問い合わせも多いですよ」。

だが、北海道のリースリングは発展途上だと話す家島さん。リースリングは晩熟品種で、北海道では実が熟す前に冬が来てしまうため、品質を上げるのが難しいのではないかというのだ。ドイツと似た気候といっても、細かな条件でぶどうの出来が変わってしまうことは、ぶどう栽培の難しさを感じさせる。

また、シャルドネやピノ・ノワール以外にも、北海道での栽培を改めて検討すべき品種もたくさんあるという。近年の醸造技術の向上により、多くのぶどう品種が見直されてきているのだ。

「ケルナーやセイベルのハイブリッド品種などからは、北海道で高品質なワインが生まれています。醸造技術が進歩してきたこともあり、いろいろな品種が再評価されていくのではないかと感じています」。

ピノ・ノワール、シャルドネよりも北海道に適した品種がきっとあるはず。家島さんは北海道ワインのポテンシャルを信じ、新たな苗木を生産し続ける。

▶︎北海道のワイン業界を変えるために苗木商としてできること

「現在ある台木以上に北海道に合うものが作れたら、ワイナリーが楽になり、ワイン業界がさらに活性化すると思っています」。

家島さんが着目しているのは、北海道に自生するヤマブドウを台木にすることだ。

土着品種のヤマブドウは、北海道の冬の寒さにも耐え、肥料がなくても育つ。海外から輸入する台木よりも、よほど土地に合うのではないかと考えているのだ。

「ヤマブドウの中には、北海道でも特に厳しい気候の網走エリアに自生しているのもあります。北海道の大地にこれほど適合しているぶどうはほかにありません。ヤマブドウそのものをワインにもできますが、野性味が強すぎる品種特性があります。そのため、台木としての利用が最適なのではないかと思うのです」。

家島さんが取り組んでいるそのほかの活動に、品種交配がある。品種交配によって、日本での栽培が容易で、味も素晴らしい新たなぶどうが生まれる可能性は十分にあるというのだ。

「生食用のシャインマスカットなど、日本生まれで、海外でも評価されている品種があります。同じことがワイン用のぶどう品種でもできるはずです。世界に評価されるものができたら、こんなにも素晴らしいことはありません」。

北海道ブドウ苗木園は、いずれ日本ワイン全体の未来を変えるかもしれない。苗木へのこだわりは、世界に評価される高品質なワイン造りにつながっていくはずだ。

『苗木生産の未来』

最後のテーマは、家島さんが考える苗木生産の未来についてだ。

小規模かつ閉鎖的な業界である、ぶどう苗木商の世界を、「もっとオープンに、もっとみんなで盛り上げていきたい」と考える家島さん。

日本ワインを支えるぶどう苗木生産の未来をのぞいてみよう。

▶︎苗木でぶどうのウイルス対策を

日本のワイン用ぶどう栽培において、問題になっていることがある。苗木のウイルス感染だ。苗木がウイルスにかかると、収量が減少してしまう。しかも一度ウイルスに感染した台木から苗が作られると、ウイルスは次の代へと感染し続ける。

日本にウイルスフリーなぶどう苗を増やすため、北海道大学と共に取り組んでいるプロジェクトが、「簡易ウイルスチェック技術」の確立だ。PCR検査によるウイルス遺伝子情報の確認を目指す。

現状は手間と時間が必要なウイルスチェック。「チェックが難しいから」という理由で、危険性のある苗が放置されている。だが、ウイルス検査が簡易的におこなえるようになれば、手軽かつ効率的にウイルスに感染した苗を判別できる。

「ウイルスに感染していないぶどうから苗を増やしていけば、ウイルスのない健全なぶどうが栽培できます。収量が十分ある、クリーンな苗を造っていきたいのです」。

ワイン造りが盛んな諸外国では、公的機関がぶどう苗のウイルスを管理しているという。ウイルスに冒された苗が当然のように出回っている日本の現状に、家島さんは警鐘を鳴らす。

「日本のぶどうの収量が海外に比べて少ないのは、気候的な要因だけではなく、ウイルス感染も原因のひとつだと考えています。日本の苗木生産者が協力して、ウイルスを広めないように努力すべきです」。

▶︎苗木業界を盛り上げたい

日本のぶどう苗木業界は小規模ゆえに技術革新も進んでおらず、生産性の低さが課題だ。

新しく参入する人や企業が増えて関係者間での情報共有ができれば、先端技術の導入も進み、ウイルス問題などにも取り組みやすくなる。業界全体の底上げが可能となるだろう。

「ワイナリーはどんどん増えていますが、苗木生産者が増えなければ、ワイナリーを支えられません。苗木に興味を持って、苗木商をやりたいと感じる人が増えてくれれば、すごく嬉しいですね。また、みんなで協力して日本の苗木問題解決に向けた取り組みを進められたら、日本のワイン業界をよい方向に変えていけると思います」。

苗木のコンサルティング業もおこなっている家島さんは、苗木作りの技術について非常にオープンだ。ぶどう苗木の品質向上や安定供給が実現することで、解決できる問題は多い。

「苗木はワイン業界のインフラ的存在です。高度な苗木技術が確立し、低価格でクリーンな苗を大量生産できれば、ワイナリーにとってのコスト削減や収量増が見込めます。低価格なワインを生産しても利益が見込めるようになれば、ワインファンの裾野も広がり、ワイン業界全体の発展に繋がると考えています」。

日本ワインの未来を見据え、最先端の苗木作りを学びたいと考えている家島さん。

「カリフォルニアやイタリアのワイナリーさんとつながりができ、学びに来てみないかと声をかけていただいています。新型コロナウイルスの流行が落ち着いたら、海外の苗木作り技術を学びに行きたいです」。

よいぶどうの苗木で日本ワインの土台を支えたいという家島さんの願いは、どこまでもまっすぐだ。

『まとめ』

北海道ブドウ苗木園は、寒冷地向けのワイン用ぶどう苗木を育て、北海道のワイナリーを支えている。代表の家島さんの話を聞からひしひしと感じるのは、日本ワイン生産者やワインそのものに対する深いリスペクトだ。

「ワインからは、これまでの人生の中で、たくさん楽しみや喜び、繋がりを与えて貰いました。少しでもワインに恩返しができれば、これほどの喜びはないですね」。

品質の高い苗を育て、生産性を増やし、ウイルスや病害虫フリーのぶどうを育てる北海道ブドウ苗木園。その活動は、日本ワインをよりよい方向へと変えていくきっかけになるはずだ。

最後に、家島さんが話してくれた、ぶどうの苗木栽培の魅力を紹介したい。

「苗木栽培には、子育てのような辛さと楽しさがあります。最初は温度や湿度など、甘やかしているほど丁寧に世話をしますが、徐々に外気に慣らし、外の世界で生きていけるようにしていくのです。最初から厳しくすると枯れてしまいますが、ずっと甘やかしてもダメなんです。その塩梅にマニュアルはありません。苗木をよく観察して、これまでに得た知識と経験で決断していきます。育てていると思う部分と、勝手に育っていると思う部分がないまぜになっていて、その『わからなさ』に、強く心をつかまれています」。

まさに子育て。北海道ブドウ苗木園の取り組みに、引き続き注目していきたい。


*今回は日本ワイナリーを応援する熱い志を持つ素敵な苗木商「北海道ブドウ苗木園」のインタビュー記事を掲載させていただきました。
我々も少しでも日本ワイナリーを応援できるように微力ながら頑張りたいと思っております。


基本情報

名称北海道ブドウ苗木園
所在地〒061-1366
北海道恵庭市北島 山手町2丁目4-7
お問合せchat_noir2010@yahoo.co.jp
HPhttps://hokkaidowinelover.com/?fbclid=IwAR1Gw9IjxL-ea2hSgmMyl34AllFFq0MTbZLVXwQ0XLVwq3CpDAkWpjwaaCQ

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