『塩山(えんざん)洋酒醸造』クリーンで酸が際立つ、日本品種のワイン造りがこだわり

山梨県甲州市は、山梨県の北東部に位置する。甲州市塩山(えんざん)地区は果樹の生産が盛んで、とくにモモとスモモが多く栽培されている土地だ。

1957年、そんな甲州市塩山地区に、地域のぶどう生産者たちの出資により、果実生産者組合を母体とした共同ワイナリーが誕生した。

1959年には社名を「塩山洋酒醸造」に変更。60年以上もの歴史を誇る、家族経営のワイナリーとしての歩みをスタートさせたのだ。

今回は、代表取締役の萩原弘基さんにお話を伺った。

塩山洋酒醸造の歴史をたどり、ぶどう栽培とワイン醸造の秘密に迫っていこう。

『塩山洋酒醸造の歩み』

塩山洋酒醸造は現在、萩原さん夫婦、先代である父で運営している。もともと萩原さんの父は自動車メーカーで働いており、家族は北海道で暮らしていた。萩原さんの父は次男のため、家業を継ぐことは考えていなかった。

一家が山梨県に移り住んだのは、萩原さんが小学生にあがるとき。塩山洋酒醸造の創設者である萩原さんの祖父の後継者として、長男に代わり、萩原さんの父がワイナリーを継ぐことになったのだ。

▶︎ものづくりの道に進みたい

現在、代表取締役としてワイナリー経営を担う萩原さんだが、幼少時は父の跡を継ぐ気持ちはなかったそうだ。設計士など、ものづくりに関わる仕事に就きたいと思っていた。

「設計士を目指すことにして、高校2年生のときに理系に進んだのです。ですが、よく考えてみると、設計士もワイン造りも理系の知識が必要な、ものづくりの仕事である点は共通しています。ワイン造りでも自分らしさをカタチにできるのではと気づきました」。

萩原さんは将来のワイナリー経営を視野に入れ、東京農業大学の醸造学科に進学した。

だが、萩原さんが東京農業大学の学生として過ごしていた時期、塩山洋酒醸造は借金が増え、存続が危ぶまれる事態に陥っていた。

経営が上手くいかなくなったのは、廃棄するぶどうを活用する目的での共同ワイナリーとして設立されたことが原因だった。商品として売れないぶどうを引き取り、ワインにしていたのだ。そのため、安定しない品質のぶどうがどんどん持ち込まれ、計画的な醸造をするのも難しい状況だったそうだ。

当時はすでに日本でも、健全なぶどうを使った、品質の高いワイン醸造が当たり前になってきつつあった時代。そのため、質が高くないぶどうで醸造されたワインは、市場で求められなかったのだ。

▶︎JAに就職、勝沼支所への配属が転機に

萩原さんの父は「これ以上ワイナリーを続けるのは難しい」と判断し、塩山洋酒醸造をたたむことを考え始めていた。それを聞いた萩原さんは、「会社がなくなるのなら、醸造について勉強しても仕方がない」と、大学を中退。

東京での就職を検討したものの、結局山梨県に帰ることを決意し、24歳のときに山梨県のJA(農業協同組合)に就職した。

「最初のJAでの配属先が、なぜか実家がある塩山管内の支所ではなく、隣町の勝沼支所だったのです。勝沼はいわずと知れた、ぶどうとワインの一大産地です。勝沼には、ワイナリーで働く知り合いや、幼少時からの僕をよく知るワイナリーの社長もたくさんいます。いろいろな人から、『塩山洋酒醸造はまだ大丈夫だから、早く立て直しなさい』とアドバイスをいただきましたね」。

▶︎塩山洋酒醸造を再建

萩原さんが29歳になったころのことだ。地元ワイナリーの若き後継者たちが結成した、「アッサンブラージュ」というグループに参加することになった。先輩から、「いずれワイナリーを継ぐかもしれないなら、今から入っておけば?」と背中を押されたからだ。

「アッサンブラージュ」のメンバーは、地元のワイン産業を盛り上げようという意識が高かった。そんな人たちと過ごすうち、萩原さんの迷いは吹き飛んだ。塩山洋酒醸造を継ぐことを決心し、JAを退職したのだ。

栽培や醸造に関する技術が足りないことを自覚していた萩原さんは、まず「山梨県工業技術センター」のワインセンター(ワイン技術部)に研究員として入所。1年間みっちり勉強し、塩山洋酒醸造に戻ってきた。

「遠回りしましたが、今はワイン造りで、自分なりのものづくりができるのを楽しんでいます。地元に戻ってきてからは、人とのつながりにずいぶん助けられましたね」。

その後、無事借金も完済し、塩山洋酒醸造は活気を取り戻した。

『質のよいぶどうで、美味しいワインを造る』

萩原さんは現在40代。「僕らの世代はちょうど、『日本ワインが美味しくなってきた』という、世間からの認識の変化を見てきました。日本でワイン造りをするうえでは、最高なタイミングだと思いますね。醸造技術が確立されてきて、よいワインを造れる時代になったと感じています」。

▶︎ぶどうの品質を重視

そんな萩原さんがまず取り組んだのは、買いぶどうを健全なぶどうのみに切り替えることだった。

地元のぶどう農家には「申し訳ないけれど、質の悪いぶどうは預かれない」と伝え、数年かけて意識を変えてもらうよう促した。時間はかかったが、しだいに質のよいぶどうを持ってきてくれるようになった。

現在、塩山洋酒醸造が原料として使用するのは、自社畑で栽培したぶどうと買いぶどうで、比率はおよそ半々だ。

▶︎勝沼のぶどう農家とのつながり

塩山洋酒醸造では、地元・塩山のぶどうだけではなく、勝沼エリアからも買いぶどうを調達している。実は、これはかなり異例のことなのだという。一体どういうことなのだろうか?

「ワイン産業で伝統のある勝沼エリアのぶどう農家には、『ワイン用ぶどうは勝沼にあるワイナリーに預けるもの』という、暗黙の了解があります。そのため、ほかのエリアにあるワイナリーが勝沼のぶどうを扱うのは、ちょっとめずらしいことなのです。」

もちろん、ほかのエリアのワイナリーが勝沼産のぶどうを購入すること自体は可能だ。だが、それはあくまでもビジネスとして。

一方、勝沼のぶどう農家が塩山洋酒醸造にぶどうを納めてくれるのは、萩原さんがJA勤務時代につちかった広い人脈のなせる技なのだ。

「手塩にかけた大切なぶどうを預けてくれるだけでなく、『ワインにしたい品種があるなら、植えて育てるから教えて』といってくれる勝沼のぶどう農家さんもいらっしゃいます。JAの勝沼支社に配属になったことに、非常に感謝しています。今でも続く、大切なご縁がたくさんできましたね」。

勝沼の観光果樹園で栽培したぶどうでのワイン醸造を、塩山洋酒醸造が請け負うこともあると、嬉しそうに話してくれた萩原さん。勝沼のぶどう農家との強いつながりは、萩原さんのあたたかい人柄のなせる技でもあるのだろう。

『塩山洋酒醸造のぶどう栽培』

続いて、自社畑で栽培するぶどうについて紹介しよう。塩山洋酒醸造の強みは、日本品種を使ったワイン醸造にこだわりを持っていることだ。

ワインはヨーロッパから伝来したものではあるが、日本での栽培に適しているのは日本品種だとして、塩山洋酒醸造ではヨーロッパ系品種は扱っていない。

▶︎日本の気候風土にあったぶどうを栽培

塩山洋酒醸造が自社畑で栽培するのは、以下の品種。

  • 甲州
  • ベーリー・アリカントA
  • マスカット・ベーリーA
  • ブラック・クイーン

いずれも、日本の固有品種だ。また、アメリカ系品種であるデラウエアも、戦後日本で爆発的に栽培された品種なので、日本の気候にあった品種として例外的に栽培している。

日本のぶどう品種は、日本の気候や風土に合う性質を持つ。そのため、高温多湿でも健全に生育し、比較的病気に強いのだ。

日本の気候でヨーロッパ系品種を育てると、赤系ぶどう品種で色が薄くなる着色障害がでるなど、苦労する場面も多いそう。その点、栽培管理をする上でのストレスが少ないのが、日本品種のメリットだ。

▶︎日本品種の魅力を伝えたい

現代は、日本ワインがヨーロッパなどの海外に輸出される時代。日本政府はイギリスをはじめとした海外に甲州を輸出するプロジェクト、KOJ(Koshu of Japan)などに力を入れている。
しかしながら、売り込んでいるのは甲州ぶどうのみなのが現状だ。

「魅力的な日本の品種は、ほかにもたくさんあるのです。日本品種で造ったワインが世界に認められて初めて、日本ワインが世界に認められたことになると考えています。ヨーロッパ系品種は大手ワインメーカーや先輩方にお任せし、塩山洋酒醸造では日本品種に力を入れて、他社との差別化を図っていきます」。

最終的には、海外のワイン醸造家が「日本のぶどう品種でワインを造ること」を夢見ていると話してくれた萩原さん。また、海外の栽培家にも日本品種を栽培してほしいという。日本ワインの価値を高めるために、欠かせないステップだと考えているのだ。

「以前、ドイツで試験栽培された甲州で造ったワインを飲んだことがあります。ドイツの気候風土で育った甲州は、日本の甲州にはない、厚みやとろみがありました。日本の品種を海外でつくったら絶対に面白いものができると思うんです。今後に期待したいですね」。

▶︎ぶどう栽培における工夫

自社畑で栽培するぶどうについてのこだわりは、「健全で病気がない、よいぶどうを収穫すること」。美味しいワインは、品質のよいぶどうから造られるからだ。塩山洋酒醸造では、萩原さんの父と萩原さんが中心となってぶどう栽培を手がける。

また、繁忙期には取引先の酒販店のメンバーがボランティアに駆けつけてくれるそうだ。

自社畑のぶどうは日本品種だけなので、病気に強く栽培しやすい。また、着色障害などの苦労もないという。

だが近年、異常気象が「異常」ではなく「当たり前」のようになってきており、塩山洋酒醸造の畑でも、雨の影響は大きい。特に2020年は雨が多すぎて、畑の区画によっては、9割のぶどうがだめになってしまったところもあったほど。

ワイン用ぶどうは水分が少ないほど凝縮されて美味しいワインになる。だが、雨量が多くなると凝縮感がなくなるだけでなく病気を誘発し、ぶどうの品質が落ちる原因となってしまう。

「5年くらい前から気候がおかしくなってきたと感じています。長雨も増えましたね。2021年は8月に長雨があり、打つ手がありませんでした。赤ワイン用品種を中心に、できるだけ傘かけをして、房が雨に当たらないよう工夫しています」。

『塩山洋酒醸造のワイン造り』

続いては、塩山洋酒醸造のワイン醸造について紹介しよう。

こだわっているのは、オフフレーバー(欠陥臭)のないワインを造ること。品種ごとの香りはしっかりと残しながらも、徹底してクリーンな造りを目指す。

オフフレーバーはときに複雑な風味をもたらすため、個性的なワインを生み出すことがある。

そのため、ナチュラルワインにおいては、オフフレーバーも好ましい特徴のひとつとしてとらえられることもある。

だが、塩山洋酒醸造が目指すのは、あくまでもクリーンなワイン造りだ。

▶︎目指すのはクリーンなワイン

「同じ銘柄、ヴィンテージのワインを飲んだときに、前回とは味と香りが違う、というのはあってはならないことだと考えます。安定した品質のワインを造るため、健全で高品質なぶどうのみを使い、醸造所の衛生面にもしっかりと気を配っています」。

クリーンなワイン造りには、使用する酵母の選定や、酸化させないための貯酒管理も重要だ。また、搾汁後にワインを静置して不純物を沈殿させ、キレイな上澄み部分だけを使用する清澄作業の「デブルバージュ」をしっかりと実施することも心がけている。

さらに、発酵前の果汁の段階に酸素を供給し、酸化物質であるフェノール成分を処理する「ハイパー・オキシデーション」を長めにおこなう。いずれも、クリーンなワインを作る上では欠かせない工程だという。

果汁の段階で徹底的にきれいにしておくのは、温度管理ができるタンクがないため、発酵が一気に進んで香りが飛ぶのを防ぎたいからだ。

「クリーンであることと、酸をしっかり残すことは常に意識して造っています。難しいことはしていません。当たり前のことをやっているだけですね。その中で、自分なりの味を出す工夫をしています」。

▶︎酒屋で売りやすく、飲食店で飲みやすい価格帯

塩山洋酒醸造のワインは、コストパフォーマンスが抜群だ。価格設定にはこだわりがある。

「会社として利益を上げることが、まず大前提です。その上で、酒屋が売りやすく、飲食店でも肩肘張らずに飲んでもらえる価格を考えていますね。高くて美味しいのは当たり前ですが、安くても美味しくて、コストパフォーマンスが優れている点に満足していただけたらと思います」。

塩山洋酒醸造のワインの価格は、1,800~2,500円が中心。日常的に日本ワインを楽しみたいと考えている人は、ぜひ塩山洋酒醸造のワインを手にとってみてほしい。

『塩山洋酒醸造の転機』

ワイン醸造での苦労について伺うと、山梨県のワインセンターでの研修を終えて、塩山洋酒醸造に戻った時期のことを挙げてくれた。

初めは、設備の違いに大きく戸惑い、「こんな設備では、美味しいワインなんて造れない」と不満ばかりだったという。

▶︎新しいスタートは、よいワインをひとつ造ること

山梨県のワインセンターには、最新の醸造機器がそろう。だが、家族経営の塩山洋酒醸造にあるのは古いタンクだけだった。新しいタンクは高額のため、すぐには買えない。周囲の環境を理由に言い訳ばかりして過ごしていたと、当時を振り返る萩原さん。

だがあるとき、気持ちが突然吹っ切れた。また、同じころに先輩からかけられた、「まずはひとつ、よいワインを造ってみたら?」という言葉にも、はっとしたそうだ。

「今思えば、借金を早く返さなければなど、いろいろと考えすぎて、あせっていたのだと思います。ワイン造りにしっかりと向き合えていなかったのかもしれません。気持ちが吹っ切れたことで、視野が突然広くなったと感じましたね。そうすると、なぜか自然とよいワインができたのです」。

転機となったのは、2009年に自社畑で収穫した甲州で造ったワイン「甲州 重川」だ。「甲州 重川」は、たちまち塩山洋酒醸造を代表する銘柄となった。そして数年後、「甲州 重川 2012」が、2013年の「Japan Wine Competition」で銀賞を受賞したのだ。

▶︎試行錯誤が「今」を形づくる

「よいワインをひとつ造って、新しいタンクをひとつ買ったら、もっとよいワインができるようになりました。すべてが好ましい方向に進み始めたことを感じましたね。うちは今でも昔ながらの醸造所を使っていますが、高価な機材がなくても美味しいワインは造れると、自信を持っていえます」。

塩山洋酒醸造の設備を見て、「この環境で、あんなにきれいな美味しいワインができるんですね」といわれるのを、誇らしく思っているという。

「今となっては、うちのワイナリーに醸造機器がそろっていなかったことに感謝しています。あるものを使ってよいワインを造ろうと試行錯誤した結果、醸造技術をみがくことができました」。

▶︎小規模ワイナリーならではの瞬発力が強み

塩山洋酒醸造のワイン造りの強みは、小規模ワイナリーならではの瞬発力だ。

「僕がひとりで醸造を担当しているので、極端にいえば、当日になって仕込み方法を変えることだって可能です。こんなワインが売れそうだと思ったら、すぐにでも造れるのが強みですね」。

塩山洋酒醸造の定番銘柄のひとつである「甲州 おりがらみ」も、そんなフットワークの軽さから生まれたワイン。あるときふと、甲州で辛口のにごりワインを造ろうと思い立った萩原さん。生まれたワインは、たちまち人気を博した。

▶︎リアルイベントの再開に期待

瞬発力で勝負するためには、日頃からアイデアを蓄積しておくことが欠かせない。そのため、意識的にさまざまなワインのテイスティングをすることを心がけている萩原さん。

「山梨でワイナリーをしていると、ワインを飲む機会がよくあります。また、大手ワイナリーさんからの情報提供や、『アッサンブラージュ』のメンバーとの情報交換も参考になりますね」。

だが、もっとも大切だと感じるのは、消費者と直接話せるリアルなイベントだ。客層による好みなど、肌で感じる情報に勝るものはないという。

「たとえば同じオレンジワインでも、こってり系よりもフレッシュ系を好む人が多いと感じたら、すぐ醸造にフィードバックします。お客様からのリアルな反応が感じられるイベントが、以前のように気軽に開催できる日が待ち遠しいですね」。

『まとめ』

塩山洋酒醸造は倒産の危機を乗り越え、今では実力派のワイナリーとして成長した。

瞬発力を武器に、これまでもさまざまなワインを造ってきた塩山洋酒醸造。今後新たに挑戦したいのは、本格的な瓶内二次発酵のスパークリングワイン。また、ブレンドワインもさらに追求していきたいと話してくれた。

日本固有の品種をより広めたいと考えている萩原さん。今後も、日本のぶどう品種にこだわり、美味しいワイン造りを続けていく。

「日本は南北に長い国土なので、同じ品種でも産地によって個性が異なる味わいになります。全国で栽培された甲州のワイン対決をすると面白いんじゃないかと、個人的には思っています」。

将来的には、日本のぶどう品種が世界で愛されることを目指して挑戦を続ける塩山洋酒醸造を、これからも応援していきたい。

基本情報

名称塩山洋酒醸造株式会社
所在地〒404-0041
山梨県甲州市塩山千野693
アクセスJR塩山駅より車で3分
塩山駅から県道201号線北上し、上赤尾交差点を左折、
千野駐在所前交差点を左折。
ローソン手前の路地を右に入りJA共選所通過してすぐ、
橋立天神を右折、当社看板を左折。(駐車場あり)
URLhttp://www.enzanwine.co.jp/index.html

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