極上の一滴を醸しだす『安曇野ワイナリー』

長野県中部にある安曇野市は長野県のほぼ中央、複合扇状地上に位置する清流に恵まれた地域である。
雄大な北アルプスの山並みと、清冽な湧水が育むわさび田や豊かに広がる田園風景の景観が非常に魅力的で、松本、安曇野エリアは東京や名古屋からアクセスしやすく、上高地の玄関口、信州の観光のブランドとしても絶大な人気を誇る。
また、安曇野市の周囲にある槍ヶ岳をはじめとする標高3,000メートル級の山々は、多くの登山家から愛され、県内外から一年を通して多くの登山客が訪れている。
そんな安曇野市三郷に2008年、新たなワイナリーが誕生した。

『再び刻みだした時』

かつて、地ビールや様々な農産物から造るワインを手掛けていた「株式会社安曇野ワイン」が経営破綻したため、製造業の「樫山工業株式会社」が買い取る形で誕生したのが「安曇野ワイナリー株式会社」である。

再生に乗り出した樫山工業株式会社は、長野県佐久市に本社を構え、半導体、液晶製造装置向け真空ポンプで国内トップ、世界トップクラスのシェアを誇り、それら産業の最先端の製造環境を支えている。その技術力を基に、快適な冬のリゾートを演出するスキービジネス事業も展開している。
一方、毎年冬に本社工場に輝くイルミネーションは佐久市の冬の風物詩となっている。

そんな、まさに異業種参入型のワイナリー誕生となったわけであったが、当時、このニュースは長野県のワイン業界をさらに活性化させる明るいニュースとなった。

『ワイナリー経営 英断の裏側』

一体なぜ、異業種の樫山工業株式会社がワイナリー経営への参入を決意したのか。

樫山工業株式会社 代表取締役会長 樫山宏氏は、安曇野ワイナリー株式会社 代表取締役社長であり、自他共に認めるワイン好きである。
ワインの魅力に惹かれ、のめり込むきっかけとなったのは、学生時代によく読んでいたミステリー小説だった。小説に出てくるワインに強い憧れを抱き、その銘柄を飲んでみることが多かったそうだ。昭和40年代にワインの魅力にはまり込んでから今日まで、樫山氏の人生の傍らにはいつもワインがあった。

自身を「食いしん坊」と称する樫山氏は、ワインは他のお酒と比べ、食事と共に楽しめるお酒であると語っている。確かに、友人とのパーティーや大切な人との食事会といった、美味しい料理と人、その人たちの笑顔が集まる場所にはワインがあり、欠かすことができない。

様々な銘柄のワインと出会い、夢中になるにつれ、ワイナリー経営についても少なからず関心を持つようになっていった。

そこに、安曇野ワインの話が舞い込んできた。
当初、ワイナリーとして良い印象を持っていたが、話のあった時点では期待できる要素があまりなく、再建に着手することはやめようと思っていた。ところが、ワイン造りのエキスパートが集結し、背中を押され決断。こうしてスタートを切った。

再建は表面的なものではなく、畑や醸造などを基礎から作り直すことにした。

まずは、安曇野という観光地としてのブランド力を最大限に活かした「観光ワイナリー」として収益を伸ばす。そこで得られた収益を基に世界に通用する高品質なワインを造る、という再建ストーリーを描いたのはまさに、カリスマ経営者、ワイン好きとしてのアプローチである。
こうして、再建実現に向けて安曇野ワイナリーは第1歩目を踏み出した。

『新たに「生み出す」』

安曇野ワイナリーの第1歩目は、安曇野ワインの現地調査だった。

安曇野ワインで造られた製品はもちろん、製造ラインなどのすべてを安曇野ワイナリーが引き取る形となるためだ。安曇野ワインでの在庫商品が、安曇野ワイナリーで販売するものとしてふさわしいのか、製造ラインが使えるものなのか、すべてのタンクやボトリング、ワインのテイスティングに至るまで一つひとつ、厳しい基準でチェックした。

樫山氏の思い描くワイナリーのイメージは、「お客さんが明るく楽しくなるような雰囲気」であった。以前の安曇野ワインには、敷地内に大きな松林があった。しかし、松林が少し暗い印象を与えていたため、思い切ってすべてを切り倒し、そこにぶどう畑とセンターハウスを整備した。すると、さわやかな風が通る、広々とした空間が出来上がり、ぶどうを栽培するためには良い環境が出来上がった。

開墾当時のぶどう畑は、真っ白に光っていた。それは、ダム湖から運んできた白い砂利が一面に敷かれていたためである。美しい安曇野の水にさらされていた砂利は、余分な養分を含まない。だが、その一方でぶどうの育成に必要な上質なミネラルを豊富に含んでいた。また、水はけが良いのでぶどうに余計な水分を与えず、白い砂は太陽光を反射するため、上から降り注ぐ太陽と地表で反射する太陽の2つの太陽光でぶどうは成長することとなる。

こうして造り上げた畑に、シャルドネ、メルローなど約3,000本のぶどうの苗が植えられた。こうして、安曇野ワイナリーは世界品質のワインを造るためスタートを切ったのである。

『安曇野の地に根付くワイナリーに』

ワイナリーのある安曇野市三郷は、同じ地域でも多様な自然条件が相互作用するミクロクリマ(微気候)があるため、上質なワイン用ぶどうが育つ条件がそろっている土地である。

風通しの良い標高700mの東向き斜面に立つ安曇野ワイナリー。ぶどう畑には、午前中によく日が当たり、午後は早めに日が陰る。早めに日が陰ることで、山からは冷たい風も降りてくるため、夜の気温が下がりぶどうにとてもきれいな酸味が残る。また、黒沢川が隣接しているため、川の流れによって風が起き、気温の差を生む自然の温度コントロールがある。

ぶどうを育てる敷地内の圃場は、黒沢川の浸食によってできた段丘に位置しているため、河川堆積物である砂や砂利、丸石が多い。部分的には粘土質土壌も見られるが、総じて排水性が良い圃場である。

そんな土地で栽培されているのは、それぞれ特性の異なるシャルドネ、メルロー、カベルネ・ソーヴィニヨン、ソーヴィニヨン・ブランの4品種である。
これらは、世界的にも多く栽培されている品種であるが、なぜこの品種を栽培しているのか。それは、世界的視野に立ったワイン造りを目指し、市場に参入するためだという。

ぶどう栽培においては、美しく、きれいな畑であること。畑ごとの特徴に応じた管理のもと、最高のパフォーマンスを引き出すことにこだわり、「安曇野らしさのあるぶどう」をイメージしながら、栽培している。

栽培を行っているスタッフは、ぶどうとの対話を大切にし、日々の作業を行っている。毎年変わる気候やぶどうの樹の状態に合わせた管理をし、病果や未熟果を徹底して取り除くための時間を惜しむことはない。

また、安曇野ワイナリーのぶどう畑にはきれいな赤いバラが咲いている。一面の緑色の中に赤色が映え、訪れる私たちの目を楽しませてくれているが、バラを植えている理由は私たちを楽しませてくれるだけではない。実は、バラはぶどうよりも病気にかかりやすいため、ぶどうが病気になる前にその危険を知らせてくれるそうだ。美しく、きれいな畑を造るこだわりの中にも、ぶどうへの深い愛情が伺える。

設立当時、3,000本だったぶどうの樹も今では約7,500本まで増えた。

ぶどう栽培はワイナリー敷地内及び安曇野市内にある自社畑のほか、「健全で質の高いワイン造り」に賛同した契約農家でも行なっており、作付面積は年々増え、安定した収穫量の確保ができているという。今後も毎年たくさんのおいしいワインが出来上がりそうだ。

『ワイン造りに懸ける想い』

栽培されたぶどうは、どのようなワインに変身するのか。

まずぶどうは、完熟した病気のない健全なもののみが収穫される。収穫時期の前には、各圃場をまわり、発育状況の確認や病気の有無、糖度の状態など独自に設けられた品質規格に基づいてチェックを行う。こうして収穫日を決め、質の良いぶどうを収穫している。

安曇野ワイナリーは、「クリアで雑味のないワイン造り」を目指しており、この想いは、ワイン工場の中の清潔さや安全性に始まり、ワイン造りに携わっているスタッフの精神面にも及んでいる。

仕込みの除梗(※1)に始まり、破砕機や圧搾機、貯蔵タンクなどはすべてステンレス製にこだわっている。鉄に一切触れないことで雑味を防ぎ、醸造タンク内は徹底した温度管理で低温発酵させているのだ。この徹底したこだわりは、栽培農家が丹精込めて育てたぶどう1粒1粒を余すことなく生かそうとする姿勢の表れといえる。
(※1)果粒の枝取り除くこと

また、ビール用のステンレスタンクを白ワインの発酵に転用しており、おそらくこれは、ここでしか見られない光景であろう。

熟成を終えたワインは、濾過処理により不純物を取り除き、瓶詰めされていく。

長年醸造に携わってきたスタッフも、ワインを瓶に詰めるまでは毎回緊張の連続なのだという。いくら醸造タンクの中での出来上がりが良くとも、消費者が口にする段階での仕上がりが良くなければならない。
「クリアで雑味のないワイン造り」を使命としているワイナリーであるがゆえに、透明感のある色とフレッシュな香り、味わいを最も大切にしている。

また、もう一つ忘れてはならないのが、ラベルのデザインとラベルを貼る位置。これもこだわりの一つである。ワインの色を最高に美しく引き立てられるデザインのラベルが、最高のポジションに貼られている。
普段何気なく見ているラベルを、ワインの「色」と「ラベル」の位置に注目してみると、また違った角度から生産者の想いが感じられる。

栽培スタッフ、醸造スタッフが共に切磋琢磨して作り上げる「クリアで雑味のないワイン」「テロワールを存分に感じられるクリアなワイン」を是非一度味わってみてほしい。

『日本国内で認められるワインに』

安曇野というワイン用ぶどうの生産に適した気候風土で育まれたぶどうを原料とし、良質なワイン醸造ができることは、安曇野ワイナリーの一番の強みではないだろうか。
また、栽培・醸造用設備の充実や、栽培・醸造技術を持つ人材確保にも力を入れている。

こうした確かな栽培技術と醸造技術がワインの品質向上につながり、安曇野ワイナリーのワインは、ワインコンクールで多くの受賞を果たしてきた。

中でも代表的なものは、2014年の日本ワインコンクールで金賞を受賞した「シャトーメルロ2012」。また、2019年には同コンクールにて「高山村シャルドネ樽熟成2017」が金賞を受賞した。この他にも、毎年、年を重ねるごとに様々な賞を受賞するワインが増え、日本国内で認められるワインとなっている。

今後出来上がるワインにも期待したい。

『世界を目指して』

創業以来、世界を見据えてきた安曇野ワイナリー。安曇野の風土に合った品種のぶどうを育て、長野県を代表するワインを作っていきたいという想いは実現され、今まさに、さらに大きな目標へ向かって動き出している。

「ワインは家族や楽しい仲間と共に飲んでほしい。」

「安曇野ワイナリーは多くの人が気軽に集まって、だれもが気軽に飲めて笑顔になる。そんな地元の方にも愛されるワイナリーにしていきたい。」

そう語っていた樫山氏の想いも、形となって実現してきているのではないだろうか。

ワイナリーへの来訪者数も増加傾向にあり、今では年間12万人が訪れる人気観光ワイナリーとなっている。

今後は、一昨年植え付けをした新しいぶどう品種、プティベルド、カベルネ・フランによる赤ブレンドワインのさらなる充実を目指していくそうだ。現状に満足することなく、歩みを止めずに新たに挑み続ける姿勢は、樫山工業株式会社の「真摯なものづくり」に対するスピリッツの顕れである。

安曇野という魅力を最大限に生かしたワイナリーは、これからさらなる高みを目指し、日本を代表するワイナリーへと成長していくであろう。その成長を今後も見守っていきたい。

安曇野ワイナリー株式会社 
HP https://www.ch-azumino.com/ より抜粋・編集

参照:「ワイナリー紹介」及び「誕生物語(KURA連載記事)」

基本情報

名称安曇野ワイナリー
所在地〒399-8103
長野県安曇野市三郷小倉 6687-5
アクセス・大糸線一日市場駅からタクシーで20分
・松本IC及び安曇野ICから30分
HPhttps://www.ch-azumino.com/

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