壮大な歴史を感じるワイナリー巡り『山辺ワイナリー』『四賀ワイナリー』

ワイナリーの経営方式として、大きく分けると4つあり、しかしその共通項も存在していると分析している。

ひとつ目は、個人想いからスタートしていてオーナーとして拡大している場合。小規模なところから、レストランなども完備した居心地のよい滞在型のところもある。2番目は、他の事業で成功した経営者が、地元や自分の想いからワイナリーを作っている場合。

3番目は、長年の歴史から地域にグループが創生されていて、そのグループが集まってワイナリーを形成している場合。4番目は、ぶどう栽培、醸造、ボトリング、販売と試飲などあるプロセスに限定した形のワイナリーである。

それでも、どこのワイナリーにも共通しているのは、歴史があること。またその場所の気候や土壌などを生かし、年ごとの変化を含め人がワイン造りをしていることである。

この体験記は、お酒のあまり強くない、工学博士でありロンドン大学で経営学を学んだ、ある会社社長がワイナリーを訪問した体験をちょっと変わった視点で書いています。

今回は、長野県の中でも古くからぶどうの栽培をしている松本市山辺地区にあるワイナリーへ。

2021年8月中旬、昨日までは30度を超える炎天が続いた後のこと。台風が近づき雲が厚く、気温19度と少し肌寒い雨の中。休暇も兼ねてこの山辺ワイナリーを訪ねた。

このエリアは、江戸時代には甲州ブドウが導入されて栽培が続いてきたエリアであり、歴史的にも葡萄栽培農家が伝統的に続いている。300年以上、葡萄の栽培を生業に継続してきた場所として、訪れたい場所のひとつであった。

山辺ワイナリーに行く前に、少し高いところから全景を眺めてみた。

地形としては、松本盆地を一望できる標高約600~850mと急な差があり、谷間には美ヶ原などから注ぐ薄川が流れる。近隣の山には、鎌倉から室町時代の山城が多くあり、山辺地区は桐原城の麓に位置している。山の急斜面には葡萄やリンゴを栽培し、川のそばでは稲を栽培する。寒暖の差があり、朝には霧が発生する環境で、昔から果物の栽培に適しているのではと思われる。

このエリアは、寛正の頃(1460年)から信濃国守護小笠原氏の幕下の桐原氏が治めていた。1550年武田軍による近隣の林大山城攻撃の際に、桐原氏は近隣の城主と共に自落(敵の勢力をおそれ、味方に寝返る者が多く戦わずして城から撤退すること)しているという。

その後の歴史的背景に言及したものを調べきることができなかったが、生産エリアとして、松本の城下町の発展と伴ってきたのだと予想される。これは、1582年の太閤検地による「一地一作人」の制度と、1588年に兵農分離である「刀狩」が行われたことも関係する。

これらの制度により、武士と農民の明確な区切りが生まれたこともあるが、農業に専念できる環境になり年貢も安定したとの当時の経済分業化の背景も重なってくる。1599年までは桐原氏の居館が当時の絵図からも確認できたと郷土資料にあった。

以降はこの土地で農業を続けてきたのかと思い、地元の人に聞いたが、わからないとのことだった。時は1600年の関ヶ原の戦いの前年であるから、大きな社会的変化があったのだろう。

その後、元禄から宝永(1688~1710年)に甲州から甲州葡萄が導入されたとの記録が、山辺ワイナリーの入り口の石碑に刻まれている。718年(養老2年)に行基(奈良時代の僧)が勝沼の柏尾山大善寺にて甲州種の栽培を始めた。

平安時代の末期の1186年(文治2年)には雨宮勘解由により勝沼でブドウ栽培が一般に行われ、鎌倉時代には甲州で栽培が一般にひろまっている。江戸時代になると甲州ブドウの名声が高まったとの話も有ることから、誰がどのような理由で葡萄を持ち込んだのかはわからないが、この名声を聞いて始めた人がいたのだろう。

社会的な背景として、これは江戸幕府が1643年(寛永20年)に田畑の売買を禁止した「田畑永代売買禁止令」や1673年の(延宝元年)農地の分割相続を制限する「分地制限令」のあとであり、新田開発をしていく中で、急こう配の土地の活用としても、当時の人が考えたのではと推測する。

30戸の農家が3ヘクタール(東京ドーム0.6個分)の広さの耕作地で栽培するようになったのは1872年(明治5年)であるから、導入からの拡大に約160年かかっている。農工器具はすべて人力や馬力であったことを考えると開拓のスピードは現在と比べると桁違いに遅い。

大正時代には、米国系の病気に強い品種が導入されて、昭和初期には10ヘクタールになり、その後デラウェアが導入された。生食のブドウの販売が拡大したためか、1953年(昭和33年)には現在の73ヘクタール(東京ドーム15個分)になったのだという。約80年で、24倍になっている計算となる。

山辺ワイナリーは、非常に長い人間の歴史から近年生まれたワイナリーと言ってよい。2002年からワインの醸造と販売を行っていて、地元に密着したワインづくりを地元連携で行っている。

山辺ワイナリーに着くと、樽とモッコウバラが出迎えてくれる。後ろにはマスカットベーリーAの葡萄が植わっているが、まだ時期が早く、緑の実であった。

このエリアでは、現在コンコードを中心に、メルロ、マスカットベーリーA、ピノ・ノワール、ピノ・グリ、シャルドネ、サンセミヨン、デラウェア、ナイヤガラ、山葡萄等と約9種類のワイン用のブドウを栽培している。

畑を見る限り、どの種類をどこに植えているのかを遠くから判別することはできないが、棚式の栽培をほぼすべての畑で行っている。雑草が生い茂っているため、土の状態は良くわからないが、話を聞くと後で調べたくなることを言われた。「松本市四賀化石館に行くと、この辺の土壌のことがわかると思いますよ」と。

朝9時と比較的早い時間にも関わらず、駐車場は車でいっぱい。地元ナンバーが多いが、店の人に聞くと、今年は少ないとのこと。いつもだったら、こんな風にレジでのんびり話せないよと。

この時期はシャインマスカットやナガノパープルという今一番売れ筋の生食用ブドウが現地で購入できることから、箱をいくつも抱えた人が駐車場を横切っていく。一方、農産物直売所の別の入り口には、葡萄の入った籠を台車に乗せて運び込む農家の人の姿も見える。

他にも、波田産のスイカや地元の桃などを次々と手に取られてゆく。冬場にここを訪れた訪問レポートとはちょっと活気が違った。

農産物を生産、供給をしていたところから、農産物直売所の設置により顧客が直接くる場所になった。事業面では、農産物の販売と直売で成り立っている。そこに、付加価値を高めた製品の供給として、ワインやレストラン事業へと拡大をしている。

ショップには、ほぼすべての種類のワインが並べられている。面白いのは、同じ品種であっても年によって味が違うため、それをひとつひとつ、細かく表現をしていることだ。

例えば、同じピノ・グリでもこんな評価をしている。

項目2017 ピノ・グリ2020ピノ・グリ
味わいタイプ辛・ヘビー辛・ヘビー
お勧め飲み頃温度ちょっと冷して冷して
華やかさ1.5/5.04.5/5.0
酸味2.0/5.00.5/5.0
熟成度4.0/5.01.5/5.0
甘味3.0/5.03.0/5.0
果実味2.5/5.05.0/5.0
ミネラル4.0/5.04.5/5.0
お勧めのワインのお供明石焼き、みそパン、エビの香草炒め、カニすきカモ肉のロースト、サザエのつぼ焼き、ししゃものフライ、夏野菜のアヒージョ
アルコール度13.0%14.5%

2017~2020年まで各年評価は違っていて、同じ品種で同じ土地から作った葡萄で、ワインになった時の違いを楽しむのも一興である。しかし、お勧めのワインのお供に、「みそパン」には驚いた。

上記ピノグリ評価の引用元写真

今回は、このショップで一番甘いと言われた2016年のメルローを購入した。付け加えると、私は大の甘党である。

さて、気になったのは、先ほど教えてもらった四賀化石館。山辺ワイナリーから車で40分ほど走る必要があるが、ネットで調べてみると、その近くにはHuggy Wine(大和葡萄株式会社 四賀ワイナリー)もあり、残り時間もまだあったことから、足を延ばす価値は十分あると判断した。

美ヶ原温泉街から浅間温泉エリアを抜けて、国道143号線を抜けていくと四賀錦辺エリアに松本市四賀化石館がある。ここにはシガマッコウクジラの化石が展示されている。

1936年(昭和11年)、四賀地区穴沢川の左岸で砂防工事中にこのクジラの化石が発見された。他にもニシンの鱗の化石からは、このエリアが寒い海のエリアであったことがわかる。

異なる層から様々な化石が見つかることから、遠い昔は海であり、長い間に隆起などを繰り返していたことを示していた。また、貝の種類から熱水噴出エリアでもあり、硫化水素を好む貝も多く見つかっている。

表土の見た目は黒ぼく土だが、その下には広くこのようなミネラルを多く含み地層がこの地帯一帯にあるということを示していた。地中深く根を伸ばす葡萄の木にとって、ミネラルの多いこの土地は、面白いテロワールを実現してくれると思われた。

残念ながら、四賀ワイナリーは夏季休暇で閉まっていて、訪問することはできなかったが、近くに松茸山荘という魅惑的な名前の温泉旅館を見つけた。

寄ってみると、四賀ワイナリーのワインが販売されていた。地元産の葡萄を100%手摘みで収穫して作られたワイン2本を購入した。購入の際フロントの方に、「肌に良い日帰りの温泉入浴に入りに来られたのではないですか?今は誰も入られていませんよ」と言われたので、大浴場を一人で占領し満喫をしてきた。「つるとろ感が良いですよ」との受付の方の話通りのナトリウム炭酸水素塩泉。

今回、各ワイナリーでお勧めしているスパークリングワインはまだ時期が早く購入できなかったので、もう一度来ることになると思っている。

山辺エリアでは、天気の良い日に、ブドウ畑の坂道を上る散歩を。
四賀エリアには、リノベーションしたカフェを何軒か見つけたので、めぐってみたいと思う。マツタケの季節に訪問かと思うと自然と笑みがこぼれてしまう。日帰りではなく一泊だな。

山辺ワイナリーにいた時には、江戸時代からの人の歴史の繋がりに長さを感じていたが、このエリアの土壌の成り立ちは1300万年前の自然の歴史にさかのぼる。非常に壮大なヒストリーを感じる4時間半のワイナリー巡りであった。


Engineering Dr.& 経営者のワイナリー訪問体験記


今回訪問したワイナリー
長野県松本市にある山辺ワイナリー四賀ワイナリー

関連記事

  1. 峠道での美味しい出会い、『サンサンワイナリー』

  2. 世界に発信できるワインを目指す、 ヴィラデストワイナリー

  3. 突き抜けるような青空とぶどう畑を楽しめる『安曇野ワイナリー』