「ドメーヌヒデ」は、50代で醸造家に転身した渋谷(しぶたに)英雄さんが、山梨県南アルプス市で経営しているワイナリーだ。渋谷さんはみんなから「ヒデさん」と呼ばれているそうなので、本記事でもヒデさんとお呼びしたい。
臨床心理士やダイバーとして活躍した経歴を持つヒデさんが実践しているのは、月の満ち欠けや潮の満ち引きを基準とした、化学農薬を使わない循環型農業である。水はけがよくぶどう栽培に適した土地を探して、ようやくたどり着いたのが南アルプス市だった。自社畑で栽培しているのは、マスカット・ベーリーAやメルロー、ピノ・ノワール、甲州などだ。
ドメーヌヒデは、ナチュラルワインや干しぶどうを使ったワイン、微発泡ワイン、絞りかすを使ったワイン(ピケット)などさまざまなワインをリリースし、国内外のワインファンを楽しませてくれる。また、ワイナリー直営の古民家カフェ「月晴れる」も営業しており、ワインと共に提供される蒸しパンなどのフードメニューも魅力的だ。
今回は、ドメーヌヒデの2023年以降の新たな取り組みやトピックを中心に紹介していこう。
『2023〜2024年の気候とぶどう栽培』
まずは、2023〜2024年の気候から振り返ってみたい。全国的な猛暑だった2023年と2024年は、南アルプス市でも晴天が多く、例年にない暑さに見舞われた。夏季に気温がしっかりと上昇することは、果樹の生育にとっては決して悪いことではない。しかし、暑すぎるとやはり弊害が出てくる。
2023年ぐらいから温暖化が急激に進んだことを感じていると語るヒデさん。そして2024年には、予測を超えた暑さがやってきた。ドメーヌヒデの自社畑のぶどうは甚大な被害を受けてしまったのだ。
▶︎気候変動を実感
2024年の気象データを確認すると、春の時点ですでに気温が高かったことがわかる。夏になってからは一層暑い日が続いたため、房が成熟しすぎてしまい、9月上旬を過ぎた頃から自然と落ちてしまう事態となった。
「春先からすでに気温が高かったのは気になっていましたが、8月中旬くらいまでは順調に生育していたので、それほど心配はしていませんでした。むしろ、例年よりも多くの収量が期待できるのではと感じていたほどです。しかし、9月に入ると房が一気に熟してどんどん落ちてしまい、予測の半分にも満たない収量となりました。暑さの蓄積によるダメージが、思った以上に大きかったようです」。
早めに収穫すれば被害は防げたかもしれないと後になって悔やんだが、仕込みをおこなうための段取りができておらず、収穫は不可能だった。
2024年の教訓を生かし、2025年は早々に対策をおこなったドメーヌヒデ。新しい苗の植え付けや剪定作業などを、これまでよりも2週間早めたのだ。気候変動を相手に人ができる対策は限られているかもしれない。しかし、これまでの経験を生かして柔軟に対応することで、よりより結果を得ることができるだろう。

▶︎ヤマソーヴィニヨンに期待
ドメーヌヒデの自社畑は南アルプス市の12か所ほどに点在しており、それぞれの特徴がよくわかる名前が付いている。
ここでは、ヒデさんが「絶景ぶどう畑」と名付けた畑について紹介しよう。甲府市街地と富士山が一望できる見晴らしがよい立地にあり、2024年にクラウドファンディングを実施して集まった資金を元に整備した畑だ。ヤマソーヴィニヨンの苗の植栽と展望デッキを作り、とにかく美しい畑を目指しているそうだ。
ドメーヌヒデは化学農薬不使用のぶどう栽培が特徴だが、「絶景ぶどう畑」は畑の近くに他の畑がないため、農薬の流入を気にする必要がない点で非常に恵まれている。
栽培品種にヤマソーヴィニヨンを選んだのは、温暖化対策の一環だ。ドメーヌヒデでは以前から、樹齢50年のヤマソーヴィニヨンが植えてある1haほどの畑を引き継いで管理していた。ひと昔前は酸が高すぎたヤマソーヴィニヨンだが、2022年以降は気候変動の影響を受けてだんだんと酸が穏やかになり、美味しいワインが造れるようになってきた。そこで、ヤマソーヴィニヨンの栽培面積を増やすことにしたのだ。
引き継いだ畑のヤマソーヴィニヨンは、日本では稀な「ゴブレ仕立て」。名前の由来はフランス語で「コップ」を意味する「ゴブレ(Goblet)」で、メインの幹を低く育てるのが特徴だ。南フランス、スペイン、ポルトガルなど、乾燥した産地で用いられることが多い仕立て方である。
雨が多く湿度が高い日本では導入が難しいため、採用されることが少ない栽培方法だが、ヤマソーヴィニヨンは湿気に強いため問題なく育つという。さらに、ボルドー液も使わず、無農薬で栽培。ヤマソーヴィニヨンの品種特徴は、ナチュラルなぶどう栽培を実践しているヒデさんのニーズにもぴったりとマッチしている。
「ゴブレ仕立ては樹高が低いため、隣の畝の人とおしゃべりしながら収穫できますよ。棚田で曲線を描いた棚田のカーブに合わせてぶどうを植えているので素晴らしい景観です」。

▶︎さまざまな品種を栽培
2025年現在、ドメーヌヒデが管理している自社畑は約5ha。少しずつ圃場を整備して栽培面積を増やしている。最近植えたのは、ソワノワールという品種だ。ピノ・ノワールとメルローの交雑種で、山梨県で開発された。絹のように滑らかな味わいの色の濃いワインになるため、フランス語で「黒い絹」という意味の名が付けられている。メルローとピノ・ノワールのよさを引き継いだ品種が、ドメーヌヒデの自社畑でどのように育つのか楽しみだ。
また、甲州の選抜クローン苗の栽培もスタートしてドメーヌヒデ。2025年に200本、2026年にも700本植える予定だ。甲州の味わいの深さを追求するため、選抜クローン苗を垣根で栽培する。
「甲州が実っている様子は、ぶどう畑の中で最も美しいのではないでしょうか。甲州ワインの優れた作り手は山梨にすでにたくさんいるため、甲州を栽培する予定はありませんでした。しかし、あまりにも甲州の畑が美しいので、自分でも栽培してみたくなったのです。垣根栽培なので収量は多くありませんが、畑は砂礫土壌なのでよいぶどうができると期待しています」。
薄いピンク色に色づいた甲州がたわわに実った秋のぶどう畑を想像しながら、ドメーヌヒデの甲州が育つのを心待ちにしたい。

▶︎自動草刈機導入とカモの採用
ぶどうの生育期には、草もぐんぐん伸びてくる。圃場管理をしているスタッフが草刈りに追われているのを見て、ヒデさんは自動草刈機を導入した。
「私たちは、『草刈りだけが人生だ』とふざけて言い合うことがあるのですが、本音としては草刈りだけで人生を終わりたくないので、負担軽減のために自動草刈機を導入しました。機械に耳をつけて走らせたら可愛いかなと考えているところです」。
楽しく仕事をしたいと話すヒデさん。そして、今は草刈り要員としてカモを育てている。雑食性のカモは畑の草や害虫を食べてくれる。「きっと、のんびりとしか働かもしれないなあ」とヒデさんは笑うが、富士山を一望するぶどう畑を愛らしいカモたちが走り回る光景は、まるで絵本の中の世界のように魅力的なものになるだろう。

『ワイン醸造における取り組み』
ここからは、ドメーヌヒデのワイン造りに注目していこう。ワイン造りにおける最近のトピックスにはどんなものがあるのだろうか。
また、ヒデさんおすすめの銘柄もいくつか紹介いただいたので紹介していきたい。
▶︎華やかな香りの「白の畑 モンドブリエ」
ヒデさんがまずおすすめの1本として挙げた銘柄は、「白の畑 モンドブリエ」。シャルドネとカユガ・ホワイトの交配種であるモンドブリエを使った、ナチュラル・オレンジワインだ。2024年ヴィンテージは好評につき完売したが、2025年も造る予定である。
自分が普段白ワインをあまり飲まないため、味を探究しきれないからと白ワインを造っていなかったそうだ。だがある時、モンドブリエに出会ってしまった。
「県主催の試飲会があった際、モンドブリエのワインを初めて飲みました。日本ワインには珍しく、パフューミーで華やかな香りが強烈で惹きつけられましたね。自分でもぜひ造ってみたいと思った品種です」。
モンドブリエならではの香りを、しっかりと引き出すナチュラルな醸造を心がけている。年を追うごとに香り豊かになってきているというポテンシャルが、今後さらに大きく開花していくのが楽しみだ。
▶︎「Hoshi wine」を商標登録
ドメーヌヒデでは、陰干ししたブドウを発酵させるイタリアの伝統製法「アマローネ」のように、干しぶどうを使ったワインを造っている。「アマローネ」という製法は、北イタリアの限られた地区で造られるワインにのみ使える呼称だ。日本ではこれまで、干して濃厚な味わいになったぶどうを使ったワインに使える呼び方がなかった。
そこで、ドメーヌヒデでは、2018年からリリースしている干しぶどうワイン「Hoshi wine」を商標登録。また、他のワイナリーにも同じ名称を使ってもらえるように、無料頒布の準備をしているところだ。
日本には古くから、干し柿や干し芋などの豊かな「干しもの文化」がある。国内のワイナリーでも干しぶどうを使ったワインを造っているケースがいくつかあるため、特定の名称があれば採用する造り手が増え、日本ワインの面白さも広がっていくだろうとヒデさんは考えたのだ。
「『Hoshi wine』だけに、星が見えるところに干すのを条件にしようか?などと冗談を言いながら、無料頒布の条件を検討しているところです。干す期間などを制限しすぎないようにして、たくさんの造り手に使っていただける名称になれば嬉しいですね」。
ドメーヌヒデの「Hoshi wine」の大きな特徴は、余韻が非常に長いことだ。ひと口飲めば、夜寝る前にもう1度、味と香りを口の中で思い出すほどなのだとか。
「コース料理のメインの後半に飲んでほしいワインです。インバウンドのお客様に日本ワインを紹介しても、メインにはボルドーやブルゴーニュを飲みたいと言われているのを見聞きした経験から、濃厚な日本ワインを造りたいと考えて生まれたのが『Hoshi wine』です。濃厚で長い余韻を楽しんでください」。

▶︎個性的な微発泡ワイン「ピケット」が人気
ドメーヌヒデがリリースしている微発泡ワインの「ピケット」は、ぶどうの搾りかすを再発酵させている。通常は廃棄する部分を再利用していることから、SDGsにも配慮した銘柄だ。ここでは、ピケットから2銘柄を紹介したい。
まずは、摘み取った未熟果を使用した「青ピケ」。まだ青い実を使っていることから名付けたピケットだ。「青ピケ」は非常にレアな製品でもある。化学農薬を使用する慣行農業では、農薬の散布後一定期間をおかないと収穫できないという制限があるため、摘果した部分を使用できないケースがほとんどだ。しかし、ドメーヌヒデは化学農薬を使用していないので、廃棄せず使うことが可能だ。
「ワイナリーを設立する前から、いつかは未熟果も残らず使用したいと考えていました。『青ピケ』はものすごく酸っぱいのですが、世の中の酸っぱい物好きの方がこぞって、『これを待っていた』と受け入れてくれました。お風呂あがりに飲むと美味しいですよ」。
続いて紹介するピケットは、2022年に登場した「もんしゃん」だ。赤と白があり、アルコール度数が低く爽やかな味わいの「もんしゃん」は、若い人たちに人気。特に、東京の下北沢での販売数が最も多い銘柄だ。
「リリース前に何の料理に合うかいろいろ調べてみたところ、行き当たったのが『もんじゃ焼き』でした。もんじゃ焼きの紅生姜の辛さとソースをすっきりさせてくれる味わいですよ」。
もんじゃ焼きの本場である東京・月島での認知度も次第にアップしており、さらに、粉ものの本場である大阪でも販売をスタートしている「もんしゃん」。
「もちろん、『たこシャン』をリリースされている、大阪府柏原市の『カタシモワイナリー』さんにも連絡済みです。面白がってくださいました」。

▶︎最高のアッサンブラージュを模索
これまで、単一品種にこだわってさまざまなワインを造ってきたヒデさん。
「今後はアッサンブラージュも追求していきたいと考えています。数年かけて最高に美味しいアッサンブラージュを見つけていきたいですね」。
ドメーヌヒデ では、これまでもアッサンブラージュのワインをいくつかリリースしている。中でも「キュベヒデ」は、2か所の畑のマスカット・ベーリーAをアッサンブラージュした自信作だ。
同じ品種のぶどうでも道路1本隔てるだけで味が変わる。「キュベヒデ」は、異なる畑のマスカット・ベーリーAを使い、味わいのバランスを細かく調整した。
また、ヤマ・ソーヴィニヨンと、マスカット・ベーリーAを使った銘柄である「リパッソ」は、イタリアの伝統製法「リパッソ」を参考にしたワインだ。陰干ししたぶどうを加えることで、凝縮感のある果実味を表現できる。
「『Hoshi wine』に使用したぶどうの搾りかすを再投入して発酵させることで、より深みがあり美味しい味わいに仕上げることができました」。

『まとめ』
さまざまな取り組みをおこなっているドメーヌヒデでは、ワイナリーと共に古民家カフェ「月晴れる」も運営。琴の演奏会やビーガンメニューの料理教室など、多彩なイベントを実施している。足を運んだお客様からも好評だという。イベント情報はSNSで発信しているので、気になった方はチェックして欲しい。
さらに、2025年からは、もともと醸造免許を取得していたブランデー造りも本格的にスタート。「月晴れる」のそばに、新たにブランデー蒸留所を作った。ハーブを使用した風味豊かなブランデーは、2025年夏頃に販売予定だ。
「これから日本ワインは、地域ごと、土地ごとの味がさらに鮮明になると思います。それぞれに違う味わいのワインを手に取って、日本ワインをぜひ楽しんでください」と、ヒデさん。
ドメーヌヒデのワインとブランデーが気になったら、ぜひ山梨県南アルプス市に足を運んで、ヒデさんこだわりの風景とともに味わってみるのがおすすめだ。

基本情報
| 名称 | ドメーヌ ヒデ |
| 所在地 | 〒400-0316 山梨県南アルプス市中野316 (カフェ「月晴れる」) |
| アクセス | https://goo.gl/maps/YgPjgHs1B2SHfihf7 |
| HP | https://www.domainehide.com/ |

