『御勅使川(みだいがわ)ワイナリー』国産醸造機器を製造し、ぶどう栽培とワイン醸造にも挑戦

山梨県にある甲府盆地の西部を流れる、富士川水系の一級河川「御勅使川(みだいがわ)」。かつて水害が発生した際に、朝廷からの使いである「勅使(ちょくし)」が遣わされたことに由来する名を持つ川だ。御勅使川といえば、武田信玄が治水した川であることを思い出す歴史好きの方も少なくないだろう。

今回紹介するのは、そんな歴史ある御勅使川のほとりでぶどう栽培とワイン醸造をおこなっている、「 御勅使川(みだいがわ)ワイナリー」だ。

御勅使川ワイナリーの運営会社は、なんと自社でワイン用の醸造機器を開発している企業である。ワインの醸造機器といえば海外製品がシェアのほとんどを占めており、醸造関連の機器を自社製造している日本のメーカーはまだ数少ない。

御勅使川ワイナリーのこれまでの歩みとこれからの展望について、アグリ事業第一部 部長の石原正博さんと、次長で醸造責任者の進藤利江子さん、係長で営業担当の広瀬清孝さんにお話を伺った。ぶどう栽培とワイン醸造を始めるまでの経緯と、2024年に初醸造したワインについても詳しく紹介していこう。

『御勅使川ワイナリーの設立まで』

御勅使川ワイナリーを運営するのは、LPガス等高圧ガス用バルブ類を製造・販売しているメーカー「株式会社宮入バルブ製作所」だ。


まずは、株式会社宮入バルブ製作所がどのような経緯でワイン造りをするに至ったのかについて、アグリ事業第一部部長の石原さんにお話いただいた。

▶︎バルブ製造の技術を生かす

「1949年創業の株式会社宮入バルブ製作所は、LPガスのボンベで使用するバルブなどを製造している総合メーカーです。メインの製品では全国シェア30%を占めており、海外から輸入したLPガスが家庭で使われるまでに必要とされる、あらゆる製品を開発・販売しています。しかし近年、より環境に優しいエネルギーが台頭してきたため、バルブ製造以外の分野への事業拡大を検討する必要性が出てきました。そんな中でたどり着いたのが、ワイン醸造機器の製造だったのです」。

株式会社宮入バルブ製作所の甲府工場がある山梨県は、ぶどうや桃などの栽培が盛んな果樹王国だ。また、日本有数のワインの銘醸地であるため、近隣にはワイナリーが多い。これまでバルブなどの製品を開発する中で培った技術を、ワイン醸造に使用するろ過器に活用することはできないだろうかと考えて、制作してみることにしたのだ。その後、無事に完成したろ過器は製品化し、2019年から実際に他のワイナリーに導入されている。

▶︎ぶどう栽培とワイン醸造をスタート

その後、醸造機器の開発だけではなく、自社でのワイン醸造にも挑戦することを決めた株式会社宮入バルブ製作所。御勅使川のほとりにある甲府工場の敷地内の遊休地を活用して、ぶどう栽培をおこなうことにした。精密機器の開発メーカーがぶどう栽培とワイン醸造を手がけようと考えたことに、驚きを感じる人もいるのではないだろうか。

「2021年には圃場の整備を開始し、2023年には苗を植栽しました。1haの畑を自分たちだけで造成するのは大変でしたね。当初はぶどう栽培に関する知識もなかったため、栽培を指導してくれる講師を外部から招きました。現在も継続して、新たな挑戦を続けているところです」。

自社畑は、甲府盆地が見下ろせる高台にある。雑木林のようになっていた木々を切り倒すところから始め、表土を掘り起こすとゴロゴロと出てくる石を取り除くのにも手間がかかった。垣根もいちから打ち込み、部員総出で力を合わせて美しい畑に整備したのが自慢だ。

また、自社醸造施設の建設に向けた取り組みも開始。2024年1月には建設をスタートさせ、6月には醸造所が完成。そして、2024年の醸造シーズンには初の自社醸造をおこなった。

『御勅使川ワイナリーのぶどう栽培』

ここからは、御勅使川ワイナリーの自社畑の特徴とぶどう栽培について見ていきたい。

土地に合う品種を見つけるため、試験栽培も兼ねてさまざまな品種を栽培している御勅使川ワイナリー。品種選びの際に特に重視したのは、刻々と変化していく気候に対して、柔軟に対応できる特性を持つかどうか。理想とするのは、熟しても酸がしっかりと残りやすく、病害虫の被害にも強い品種だという。

栽培におけるこだわりについて、営業担当で、個人でも醸造用のぶどう栽培をおこなっている広瀬さんにお話を伺った。

▶︎自社畑の特徴

御勅使川ワイナリーの自社畑は、標高350〜400mほど。畑のすぐ横を御勅使川が流れている。畑は御勅使川の扇状地にあって石ころが多い。水はけがよく痩せた土壌だ。また、緩やかな丘陵地となっている自社畑には、背後にそびえる3000m級の南アルプスの山々から常に強い風が吹き下ろしてくる。他県から赴任してきたメンバーが驚くほど強く吹き付ける風のおかげで湿気が溜まりにくいため、病害虫による被害が発生しにくいのがメリットだという。

垣根仕立ての樹間は1mほど。自然に近い方法で栽培をおこなうことを心がけており、草生栽培を実施している。できるだけ低農薬で栽培することが目標だが、日本の気候ではどうしても病害虫が発生してしまう。そのため、1haの畑に対して社員3名体制で手厚く管理して見守っている。

「完全無農薬にすることは難しいですが、しっかりと手をかけて管理することで、低農薬でも健全なぶどうを栽培することを目指しています」。

▶︎栽培している品種

自社畑には、2023年に「シャルドネ」と「ピノ・グリ」、ヤマブドウ系品種とリースリングを交雑して生まれた品種「奇跡の雫」、カベルネ・ソーヴィニョンとグルナッシュの交配品種である「マルスラン」の4品種を植栽した。

さらに、御勅使川ワイナリーは甲州も栽培している。甲州としては珍しく、垣根仕立てなのが特徴だ。甲州は樹勢が大変強いため、樹間は広めにしているが、いずれは棚栽培への移行も検討している。その他、試験栽培用に少量のみ植えた品種もある。今後数年かけて、自社畑の土壌に合う品種を慎重に見極めていく必要があるだろう。

多くの品種を栽培している御勅使川ワイナリーの自社畑だが、そのうちで最も土地への適性が高い品種として広瀬さんが挙げたのはマルスランだ。

「マルスランは実付きがバラ房で比較的コンパクトなため、高品質なぶどうが期待できそうです。気候変動にも対応し、主力商品になるポテンシャルを秘めている品種だと感じているので、期待しています」。

2024年現在の自社畑は1haだが、今後は隣接地に圃場を拡大し、将来的にはより標高が高いエリアに新たな圃場を拡大することも検討している。標高や環境が異なる畑でのぶどう栽培を始める際には、改めて土地に合う品種を選定していくことになりそうだ。

『御勅使川ワイナリーのワイン醸造』

2023年に植え付けた苗には、2024年にすでに少量の房が付いたものの、醸造を全てまかなうだけの収量が確保できるのはまだ数年先の話だ。初醸造を迎える2024年から数年間は、山梨県内で栽培された買いぶどうをメインにワインを造っていく。

ワイナリー周辺には、甲州やマスカット・ベーリーAなど、山梨で伝統的に栽培されてきた品種を栽培している農家が多い。地元で栽培された高品質なぶどうを購入できるのは、株式会社宮入バルブ製作所がこれまで地元農家やワイナリーと良好な関係を築いてきたからこそだろう。

ここでは、御勅使川ワイナリーのファースト・ヴィンテージの方針について、醸造責任者の進藤さんにお話いただいた。

▶︎目指すワインの形

御勅使川ワイナリーは、どんな味わいのワインを造っていこうと考えているのだろうか。

「皆さんに美味しいと思ってもらえるようなワインを造りたいというのが、まず第一です。また、当社はバルブ製造で技術力を培ってきた企業ですので、その経験を生かして各所に技術者の技が光るワインを造り、『なるほど、これが株式会社宮入バルブ製作所の造ったワインか!』と、飲んだ方に驚いてほしいですね」。

ワインの仕上がりは、ぶどうそのものが持つ力が大きな割合を占めることは間違いない。だが、ぶどう本来のポテンシャルをさらに超えていくような、何らかの「仕掛け作り」がしたいと御勅使川ワイナリーは考えているのだ。

進藤さんの専門分野は分析である。緻密な化学的分析をもとにワインの品質管理をおこなうために、しっかりと準備を進めてきたという。だが、ファースト・ヴィンテージに対する意気込みを尋ねると、「とにかく必死です」と、謙虚な答えが返ってきた。ものづくりの分野で培った分析力がワイン造りにどのように生かされるのか、楽しみである。

▶︎御勅使川ワイナリーのファースト・ヴィンテージ

御勅使川ワイナリーはファースト・ヴィンテージとして12種類のワインをリリース。ラインナップは、赤、白、ロゼ 、オレンジ、スパークリングと、なんともバラエティ豊かだ。ファースト・ヴィンテージとしては種類が非常に多いと感じるかもしれない。

「小ロットでさまざまなワインを造る試みをおこないました。自社畑のぶどうも少量収穫できたので使い、買いぶどうと合わせて全部で10品種のぶどうで、気軽に手にとっていただけるワインを造りたいと考えていたのです」。

日常の食卓で家族や親しい友人と一緒に楽しむのはもちろん、旅行先や屋外でのBBQなど、さまざまなシーンで飲んでもらうことを想定している。御勅使川ワイナリーのワインが思い出の一部になれたら嬉しいと、きらきらした表情で話してくれた進藤さん。エチケットの素敵なデザインも要チェックだ。

▶︎御勅使川ワイナリーの強み

︎御勅使川ワイナリーの強みについて、進藤さんは次のように語ってくれた。

「私がこの会社に入って感じた強みは、なんにでも取り組もうというチャレンジ精神があるところですね。製造だけではなく、改善に関しても上限知らずに突き詰めるので、醸造においても同様の力が発揮できるのではないかと思っています。まさかぶどう栽培とワイン醸造までするとは考えていませんでしたが、社員のやる気と取り組みを肯定する社風は素晴らしいと思います。ものづくりのプロ集団が技術力を存分に発揮して造る、ワクワクするようなワインに期待してください」。

株式会社宮入バルブ製作所としての新規事業のベースはもちろん醸造機器の開発だが、ぶどう栽培とワイン醸造にも本気で取り組んでいく。自社で栽培と醸造を経験することは、開発を進める上でも大きなメリットになるからだ。また、地元のワイナリーと共に山梨のワインを一層盛り上げたいとの願いを抱き、引き続き機器開発と栽培・醸造の両面に注力していく考えだ。

さらに株式会社宮入バルブ製作所は、SDGsへの取り組みにも熱心だという。

工場内には広大な太陽光パネルが設置され、一部をワイナリーにも使用している。さらに開発機器においても、クロスフロー式のろ過器は、シートフィルターや珪藻土ろ過と違って再利用が可能な製品なのだそうだ。

「圃場では剪定した枝や搾汁後の果皮などを有効活用して、自然に戻す取り組みを検討しています。まずは理想通りの醸造を成功させて、その次のステップとして、自然にも人にも優しいワイン造りや廃棄物の有効活用も視野に入れていきます」。

ものづくり企業ならではの技術力を生かした、画期的なSDGs対策が生まれるに違いない。

『まとめ』

「初醸造としては扱う品種を多く設定しているので、出来上がる商品数もバラエティ豊かなラインナップになります。その点では不安もありましたが、山梨の農家さんたちが栽培した素晴らしいぶどうを使わせていただけるので、皆さんのご期待に添えるよう頑張りました」。

御勅使川ワイナリーのワイン醸造は、自社開発した醸造機器の試用を兼ねた取り組みである。そのため、一般的なワイナリーであれば設備投資をワインの売り上げで補填しなければならないが、御勅使川ワイナリーでは飲み手がより手に取りやすい価格での提供が可能となる。

「『安全・安心・美味しい』ワインを造りたいですね。これまでにしてきた苦労は、全てが美味しいワインを造るためです。また、甲府盆地が一望できる風光明媚な場所にあるワイナリーですので、人が集まる場所にしていきたいと考えています。ワイナリーに足を運んでいただけるよう、イベント開催も検討していきます」。

自社醸造という取り組みを、社員みんなが楽しみにしているという御勅使川ワイナリー。リリースされるワインはもちろん、今後新たに開発される醸造機器にも、引き続き注目していきたい。

基本情報

名称御勅使川ワイナリー
所在地〒400-0206
山梨県南アルプス市六科1588
アクセスJR中央線 竜王駅から6.6km(車で12分、バスで約30分)
中部横断道 南アルプスI.C.から7.6km 14分
運営会社HPhttps://www.miyairi-valve.co.jp/

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