「Rue de Vin(リュードヴァン)」は、長野県東御(とうみ)市にあるワイナリーだ。代表取締役を務めるのは、大のワイン好きを自負する小山英明さん。
2006年にぶどう栽培をスタートした自社畑は、かつては耕作放棄地だった段々畑だ。根気強く開墾し、毎年少しずつ栽培面積を増やしてきた。また、新たに造成された大規模圃場でのぶどう栽培も、ようやくスタート。ふたつのエリアの畑で栽培したワイン用ぶどうを使い、「食文化に寄り添うワイン」を造っている。
Rue de Vinにはレストランと宿泊施設も併設されており、「ワインと暮らしを楽しむ」という小山さんの理想が空間ごと表現されているのが特徴だ。
今回は、2022〜2023年ヴィンテージに関するトピックを中心に、Rue de Vinの最新情報を紹介していきたい。技術的なこだわりや工夫だけでなく、小山さんが抱くワイン造りへの熱い思いと、Rue de Vinが目指す未来の姿にも注目してほしい。
『2022〜2023年のぶどう栽培を振り返って』
最初に伺ったのは、2022〜2023年のぶどう栽培について。年によって異なる気候の特徴が如実に反映されるのがワインの醍醐味だ。東御市の2022年と2023年はまるで正反対の特徴を持つ気候だったというが、ぶどうの出来やワインの味わいにはどのような影響があったのだろうか。
Rue de Vinの自社畑周辺の天候と、ぶどう栽培におけるこだわりなどに迫っていこう。
▶︎クールな2022年と、トロピカルな2023年
まずは年ごとの天候の様子と、ぶどうの出来を見ていきたい。2022〜2023年について、小山さんは次のように話してくれた。
「両年とも、豊作といってよいくらいの素晴らしい出来でした。しかし、天候が大きく異なっていたため、ぶどうの特徴は全く違いましたね」。
まずは、2022年の特徴から紹介しよう。2022年のぶどうは、冷涼な土地で育ったぶどう特有の風味が強く出たヴィンテージとなった。Rue de Vinの栽培史上、最も糖度が上がりにくかった年だったのだ。そのため、果実感が全体的に抑えめで、酸がくっきりとした味わいに仕上がった。赤ワインはよりスマートで、白ワインはフレッシュ&フルーティーだったという。
一方の2023年は、日本列島が猛烈な熱波に襲われた年だったことが記憶に新しい。Rue de Vinの自社畑でも暑さの影響があらわれて、収穫期が例年より1週間も早くなった。
「これまでこの地で17年ほどぶどう栽培とワイン造りをしていますが、収穫期が1週間も早まるのは3回目のことでしたね。2023年は9月に入るとあっという間に糖度が上がり、予定を前倒しして大急ぎで収穫しました」。
ソーヴィニヨン・ブランでは25度という高い糖度を記録し、その他、ピノ・ノワールやシャルドネについても暑さによる影響が出たため、早めに収穫を完了させた。
2023年のぶどうは糖度が高かったことから、香りや果実味が豊かなワインになりそうだという。白ワインはトロピカルな風味が色濃く出て、南の地域のワインのような印象だ。また、赤ワインは果実感がありボリュームも感じられる。
「我々のワインは、北と南の産地ならではの特徴がどちらも感じられるワインです。天候の影響で、2022年は北寄り、2023年は南寄りのニュアンスが強いワインになりました」。
気候変動の影響をダイレクトに受けて、ぶどうは年ごとに全く異なる様相を呈し、仕上がったワインの性質も異なってくる。ふたつのヴィンテージを飲み比べることで、ワインの奥深さとヴィンテージによる味わいの違いを楽しんでいただきたい。

▶︎ふたつの畑と、それぞれの特徴
Rue de Vinの自社畑には、ワイナリー設立当初から保有していた「十二平地区」の畑と、新たに保有することになった「御堂地区」の畑がある。それぞれの畑の成り立ちや特徴について紹介しよう。
十二平地区の畑には、2006年から植樹をスタートした。毎年少しずつ増やして、現在では7haほどの広さとなった。元々リンゴ畑だった場所だが、放置されていたために樹が生い茂って雑木林のようになっていた。そのため開墾には苦労を伴ったものの、厚く積もった腐葉土のおかげで地力が高く、ぶどうの生育は良好な場所だ。
「毎年少しずつ開墾を続けている十二平の畑は、開墾のタイミングで必ず水の通路を作っています。そのため、排水性が非常によく、畑が順調に機能しています」。
一方、御堂地区の畑は、東御市の「御堂地域活用構想」によって誕生した大規模造成地だ。30haほどもある広大な土地を5段の段々畑に造成。複数のワイナリーが区画ごとに管理しており、Rue de Vinが担当する畑は、3段目に位置する5haほどの部分だ。御堂地区の畑では、ソーヴィニヨン・ブラン、ピノ・グリ、カベルネ・フラン、セミヨンを栽培している。

▶︎御堂地区の畑における課題
御堂地区の畑では、2023年に初めて少量のソーヴィニヨン・ブランを収穫。植栽したぶどうは徐々に成長してきているものの、課題も残されているという。
「大規模造成によって生まれた土地なので、まだ畑の環境が安定していません。表土を大幅に除去しているため、今後時間をかけて生態系のサイクルを整えていく必要がありますね」。
面積が大きい畑であるだけに期待も大きいのだ。また、ソーヴィニヨン・ブランやピノ・グリを大量生産するだけでなく、ニッチな品種やブレンド品種としての可能性のあるぶどうを、本生産を見込んだ規模で試験栽培できることもメリットとして挙げる小山さん。
具体的には、従来から栽培しているカベルネ・ソーヴィニョン、メルローとのブレンド品種としてカベルネ・フランをある程度の規模で定植したり、主力品種のソーヴィニヨン・ブランにブレンドすることを目的に、セミヨンの試験定植をはじめたりしている。
「御堂地区の畑にセミヨンを植えた理由は、セミヨンが熟成タイプの白ワインのキーになる品種ではないかと考えたからです。若いソーヴィニヨン・ブランのワインは万人受けしますし、単独品種でも素晴らしいワインになります。しかし熟成するとやや様相が変わり、なぜかマニアックな香りが出てしまうのです。そこで、セミヨンを補助品種として採用することにしました」。
熟成タイプに美味しいワインが多いボルドーの白ワインには、補助品種としてセミヨンが入っていることが多い。単独でワインにするとあまりぱっとしないセミヨンだが、熟成タイプの白ワインの味わいを支える品種としては有効なのではないかと小山さんは考えたのだ。
御堂地区の畑で安定的な収量が確保でき、セミヨンを使った熟成タイプのワインが作られる時が楽しみだ。

▶︎栽培管理では作業効率を重視
Rue de Vinでは、少人数のメンバーで畑を管理している。以前からぶどう栽培をおこなっている十二平地区は区画ごとの規模がとても小さい段々畑であることから、作業には手間と労力がかかる。そのため、栽培管理の効率化はRue de Vinにとって急務だった。ぶどう栽培を効率化するために導入している工夫をいくつか紹介しよう。
まず、Rue de Vinでは摘芯を機械化している。摘芯用の機械といえば、日本では大規模栽培をおこなう大手ワイナリーくらいしか導入していないだろう。だがRue de Vinは摘芯作業を機械化することで、伸びた枝葉の整理を効率よく実施している。
「ハサミを使って手作業で摘芯していた時は、収穫期までに3回はおこなうべき作業でも、2回しかできないということもよくありました。少人数で広い畑を管理するには、やはりある程度の自動化が必須であると考えて、思い切って機械を導入したのです」。
また、「不要な作業をやめる」ことも、Rue de Vinが考える効率化のひとつの方法だ。ぶどうの自然な生育を助けるイメージで管理して、人の手を必要以上に加えないのがポイントだという。
例えば、誘引作業における効率化について。以前はRue de Vinでも、スタッフが手作業で膨大な時間をかけて、ぶどうのつるをひとつずつワイヤーに結束していた。
だが、そもそもぶどうは自分でつるを巻き付けて伸びていく植物だ。つるが伸びた先にちょうどワイヤーがあれば、自然にくるくると巻き付いてくれる。つまり、ぶどうが巻きつきたいタイミングに合わせて最適な場所にワイヤーを準備することで、無駄な作業をなくすことができる。小山さんは、ぶどうの自由な生育を助けるための栽培管理の方法を、スタッフたちにもしっかりと教え込んだそうだ。
「若いうちは手をかけて支え、大きくなったら独り立ちさせるというのは、ぶどう栽培でも人間の子育てでも同じですね」。
さらに、スピードが大切な収穫作業においても効率化を意識している。新しく植栽した御堂地区の畑では、房が付く「フルーツゾーン」の高さをこれまでよりも20cmほど上に設定。立った状態で収穫作業をした方が、手早く収穫できるからだ。
「以前からぶどう栽培をしている十二平の畑では、収穫かごに座りながら収穫作業をおこなっています。しかし、動きづらい上に、ついのんびり作業してしまうのです。そこで、新たに植栽した御堂地区の畑では、より効率化するための工夫としてフルーツゾーンを高めにしました」。

『Rue de Vinのワイン醸造』
続いては、Rue de Vinのワイン醸造について見ていきたい。どのようなワインが誕生したのか、醸造におけるこだわりや味わいなど、さまざまな角度から深掘りしていこう。
▶︎「ドゥー・ローブ・ヴィオレット」と「トリオ」
まずは、赤ワインのふたつの銘柄を紹介しよう。「ドゥー・ローブ・ヴィオレット」と「トリオ」だ。
フランス語で「ふたつの紫色のドレス」という意味を持つ「ドゥー・ローブ・ヴィオレット」は、ボルドー・ブレンドを採用したフラッグシップ・ワインだ。カベルネ・ソーヴィニヨンとメルローの2品種を「紫色のドレス」に見立てた上品な赤ワインである。
2022年ヴィンテージは特に飲み応えがある仕上がりとなった「ドゥー・ローブ・ヴィオレット」。2品種のブレンド比率は年によって異なるが、2022年ヴィンテージはメルローとカベルネ・ソーヴィニヨンが、2:1となっている。
次に、三重奏を意味する名前を持つ銘柄の「トリオ」は、3つの赤ワイン専用品種をブレンドしたワインだ。2022年ヴィンテージでは、カベルネ・ソーヴィニヨンとメルロー、カベルネ・フランを1:1:1の比率でブレンドした。
「『ドゥー・ローブ・ヴィオレット』は、最も飲みごたえのある比率を吟味して、毎年ブレンド比率を変えています。一方の「トリオ」は、清涼感のある味わいを目指しています。カベルネ・フランを加えることで全く趣が異なる味わいに変化して、非常に美味しいですよ。カベルネ・フランの可能性を感じられるバランスのよい味わいをお楽しみください」。
爽やかな風味が特徴の「トリオ」に合わせる家庭料理なら、ピーマンの肉詰めがぴったりだと話してくれた小山さん。ぜひ自宅で試してみてはいかがだろうか。
また、2023年ヴィンテージの銘柄では、上質な酸味と、はっきりした骨格が印象的なワインに仕上がった「Pinot Noir(ピノ・ノワール) 2023」も小山さんおすすめの1本だ。しっかりと熟成させてから楽しみたい。

▶︎「オーセンティック」な造りを貫く
Rue de Vinが考えるワイン造りは、「オーセンティック」であること。オーセンティックとは、「正統派の」「伝統的な」という意味を持つ言葉だ。小山さんが考えるオーセンティックな造りとは、「ぶどうのよさを酵母で実直に表現すること」だという。
「ワイン造りには多様な微生物が関わってきますが、ワインの味や風味に明確に直接関係するのは『イースト酵母』のみだと考えています。アルコール発酵だけが、土地の個性を、ぶどう品種というプリズムを通して写してくれる存在なのです」。
小山さんがこのような考えに至ったのには、ワインメーカー勤務時代の経験が元になっている。メーカー勤務時代の小山さんは、ワインから酢を製造する部署にいた。大学と提携してさまざまな酢酸菌の種類から酢を作って味わいを比較したが、その際に『味わいの違い』はほとんど生じないことがわかったのだ。同じことが、マロラクティック発酵に使われる乳酸菌などにも言えるそうだ。
一方で、アルコール発酵に使用する酵母の種類は、ワインの味わいに深く関係している。つまり、菌株が変わることで、出来上がりに明確な違いが生まれるのだ。
さらに、ワインの個性を表現する上では、土壌とぶどう品種の掛け合わせも重要だ。小山さんはフランスのシャブリでワイン造りを学んだ際に、シャブリのワインはシャブリの土壌でこそシャブリの味わいになると感じた。つまり、同じ酵母を使ったとしても日本のシャルドネではシャブリの味わいにはならないというわけだ。
Rue de Vinは、『食事と共に楽しむワイン』を提供するワイナリーである。食とワインの関係性を大切にしていることには、小山さん自身のワインに対する思いが込められている。
「ワインはヨーロッパの人達の食文化そのものです。食事しながら飲むお酒であり、日常にあるお酒です。Rue de Vinはこの土地でそれを再現しているのです」。

『これからのRue de Vin』
最後に見ていくのは、Rue de Vinの目標や取り組みについて。小山さんはこれからどのようなワインを造っていきたいと考えているのだろうか。また、ワイナリーの今後の方向性とは。ワイナリーの未来について伺った。
▶︎主要5品種が安定し、次なる品種を模索
Rue de Vinでは、設立当初からシャルドネ、ソーヴィニヨン・ブラン、メルロー、カベルネ・ソーヴィニヨン、ピノ・ノワールの5品種を栽培している。
「この土地に最もふさわしい品種を探ろうという考えのもと、選んだ5品種を最低でも10年はしっかり栽培して醸造しようと目標を立てました」。
実は、小山さんが個人的に好むのは、南フランス・ローヌの品種。そのため、ローヌの主要品種、グルナッシュやルーサンヌ、マルサンヌを栽培したいという思いはあったが、当時は苗木の入手が困難だったため、日本でも実績のある品種に的を絞って栽培してきた経緯がある。
「これまで栽培してきて、それぞれの生育具合や出来るワインの特徴がおおよそ見えてきたと思います。そこで、今後栽培すべき新たな品種を模索しはじめました」。
次なるメイン品種の候補として考えているのは、ゲヴュルツトラミネール、ピノ・グリ、ガメイ、カベルネ・フランなどだ。特にカベルネ・フランには可能性を感じているという。
「近年の傾向として、『するっと飲める赤ワイン』が好まれていますね。カベルネ・フランは軽やかな果実感が特徴で、清涼感もあるところも魅力です。Rue de Vinのお客様からは、『カベルネ・フランが好き』という声を多くいただきます。実際、カベルネ・フランのワインをリリースすると、毎年とても人気が高いですね」。
メルローやカベルネ・ソーヴィニヨンといったボルドー系品種は、ブレンドしてこそ魅力が輝くと考えている小山さん。そこにカベルネ・フランを加えることで、味わいの化学反応はより複雑になるという。これからも進化を続けるRue de Vinのワインは、ますます美味しさを増して、より多くの人をとりこにしていくことだろう。

▶︎ワイナリーの世界観を表現する
「Rue de Vinの世界観は、僕が生きている間に完成させなければいけない部分と、その後に発展していく部分があると思っています」と、小山さん。
「事業」としてワイナリーを発展させた先に土地の「産業」が生まれ、地域に根付いて「文化」となる。小山さんが確立させるべきは、まずワイン造りを「産業」にしていくことだ。
「御堂という場所の大規模農場で効率化農業をおこない、しっかりと生活に浸透させられる程度までワインの価格を下げることが必要だと考えます。だからこそ我々は、大量生産を達成しなければならないのです」。
大量生産するためには作業の効率化が必須だ。収穫は大体1〜2週間以内に終わらせなければならないし、もちろん機械化やシステム導入が必須となる。
だが、畑の開発や管理にはこれまで大きなコストがかかっているため、価格を下げるのは決して簡単なことではない。
「投資してきたお金を回収できて初めて、ワインの価格を下げていくことが可能となります。これからも工夫と努力を続け、機械化することでさらに生産性を上げ、ワインを少しでも安く提供できるように頑張っていきます。最終的には、ワインを土地の文化として定着させていきたいですね」。
Rue de Vinでは、2019年から地元小学生に収穫作業を手伝ってもらっている。彼らが成人する頃には供給しやすい価格が実現できたらと小山さんは考えているのだ。ワインを身近に感じることができれば、彼らの暮らしにはワインが自然に寄り添うことだろう。
「価格を下げられるようになったら僕の仕事は終わります。世代交代して、引き続きワイン文化を醸成させていってもらいたいですね。僕自身は、引退したら採算を度外視したワインを造るのが夢です」。

『まとめ』
Rue de Vinの2022年と2023年は、対照的な特徴を持つワインが生まれた。2022年は冷涼な風味が色濃く出たクールなヴィンテージ、2023年は豊富な果実感が魅力のトロピカルなヴィンテージとなったのだ。
小山さんは、今後のワイナリーの方針とワイン造りについて、次のように話してくれた。
「自分だけが満足するのではなく、同じ地域に暮らす人たちと一緒になって楽しめることが一番の目的ですね。身近な人を幸せにできるワインでありたいと考えています。ワインと共に暮らして、『ワイン通り』という意味を持つ『Rue de Vin』から、ワインで幸せを分かち合える世界が広がっていってほしいですね。そしてここを次の世代の若者たちが引き継いでくれたら最高です」。
Rue de Vinが生み出す、「暮らしの中のワイン」という世界観。地域に暮らす人と日常的にワインを飲みながら、季節のイベントを楽しむ風景を当たり前のものにすることが、Rue de Vinの造り手の描く夢なのだ。

基本情報
名称 | Rue de Vin |
所在地 | 〒389-0506 長野県東御市祢津405 |
アクセス | 【電車】しなの鉄道 田中駅からタクシーで10分 【車】上信越自動車道 東部湯の丸ICから5分 |
HP | https://ruedevin.jp/ |