2024年6月18日、札幌市中央区にオープンした都市型ワイナリー『LIBERA WINE TERACE(リベラ ワイン テラス)」のブランドコンセプトは、「『世直しのワイン』で、夢の扉を開く」。ワイナリーを運営するのは、多機能型就労継続支援事業所の運営をおこなっている「株式会社リベラ」だ。2020年5月に就労継続支援施設の指定を受けて創業し、農福連携分野を中心とした就労支援を実施している。
株式会社リベラは、LIBERA WINE TERACEが自ら実践している「木村式自然栽培」を学ぶことができる農学校も運営し、人と自然に優しい農業を推進しているという。
北海道の仁木町、余市町にある自社畑では、木村式自然栽培に取り組むための土づくりからスタート。農薬と化学肥料、除草剤、ボルドー液を一切使わず手間暇を惜しまない栽培管理をおこなう。また、障がいがある人たちの働きやすさを考慮した工夫を栽培管理に取り入れているのが特徴だ。
2024年には自社醸造施設が完成し、初醸造をスタートさせた。ぶどう本来の味を堪能できるワイン醸造では、野生酵母を用いたナチュラルなワインを醸す。
株式会社リベラは、なぜ木村式自然栽培を選んだのだろうか。また、どんなぶどう栽培とワイン醸造を目指すのか。今回は、代表取締役の平澤真理奈さんにお話を伺った。ワイン造りに込めた思いと、ワイナリー併設のレストラン「Bruschetteria MILO(ブルスケッテリア ミロ)」についても詳しく紹介するので、ぜひ最後までお読みいただきたい。
『LIBERA WINE TERACE設立までの道のり』
まずは、株式会社リベラがワイン造りを始めるまでを振り返ってみよう。多機能型就労支援事業所の利用者たちが社会の一員として働く支援をおこなうための取り組みとして「農業」に注目したことから、LIBERA WINE TERACEの物語は始まった。
農業を始めるにあたって採用したのが、農薬と化学肥料、除草剤、ボルドー液を一切使用しない「木村式自然栽培」だ。
▶︎「木村式自然栽培」を採用
「木村式自然栽培」とは、無農薬でのりんご栽培を成功させた木村秋則さんが提唱する「環境再生型農業」だ。株式会社リベラが「木村式自然栽培」を選んだ背景には、いくつかの思いがあった。
「障がい者支援にはいろいろな形がありますが、障がい者を持つ人たちが、支援されるという立場だけでなく、自身が社会に貢献することを実現させたいと考えました。『木村式自然栽培』を採用した取り組みに参加することは、障がい者たちが環境保護に寄与することにつながります」。
また、持続可能な農業を実践すれば、自然環境にも貢献できる。一説には、散布した化学肥料の約7割は地中に吸収されずに空気中を舞い、地球温暖化に影響を及ぼしているとも言われているそうだ。そのため、農薬不使用の農業をおこなうことで、環境を守る一端を担いたいと考えた。
さらに、農薬を使わない取り組みは、農作業をする人たち自身の健康にもよい。収穫した農作物を口にする消費者はもちろん、栽培を手がける障がい者たちの健康も守ることができる農業が、「木村式自然栽培」だったのだ。
だが、「木村式自然栽培」を成功させるためには、多くを学ぶ必要があった。そこで、株式会社リベラは「木村式自然栽培」の提唱者である木村秋則さんが校長をしている「HOKKAIDO木村秋則自然栽培農学校」との協力体制を築いた。
▶︎ワイナリー設立を決意
株式会社リベラは、ワイン用のぶどうとシードル用のりんごのほか、ブルーベリー、さくらんぼ、北海道の特産果実であるハスカップなどを作っている。
農学校で学んだことを実践していくうちに、障がいがある方々のスキルがどんどん向上して、健常者と変わらない成果を出せる仕事内容も出てきた。実は、株式会社リベラが事業を推進する中で重視している施策のひとつに、障がい者の賃金を底上げすることが挙げられる。
「全国平均よりも高い賃金を支払うためには、付加価値の高い農作物を作り出す必要があります。『木村式自然栽培』で作った野菜や果物は、慣行農法で栽培した農作物よりはもちろん高く販売できました。しかし、想定していただけの賃金レベルを維持することはできなかったのです」。
障がい者がやりがいを持って仕事に従事するために、平均よりも高い賃金を支払いたい。しかし何をすれば、さらに付加価値を高められるのだろうか。スタッフたちはさまざまな方法を検討した。そして、『木村式自然栽培』提唱者の木村さんに相談したところ、栽培したぶどうをワインにすることを提案された。
農薬を使わない方法で栽培されたぶどうを使ったワインには、高い需要があるのではないか。消費者に需要があるが、他では手に入りにくいものを造り出す方法のひとつとして、株式会社リベラはワイン醸造を選択したのだ。障がい者自身が社会貢献することを目指して、平澤さんたちはワイナリー立ち上げを決心した。

『LIBERA WINE TERACEのぶどう栽培』
株式会社リベラが「木村式自然栽培」を導入してから、LIBERA WINE TERACEをオープンするまで、実に約6年という時間がかかっている。
実際は、会社設立の2年前からぶどう栽培をスタートさせていたそうだ。障がいがある人たちにとって、どのような作物の栽培管理が適しているのかを見極めるため、創業前からさまざまな作物を試験的に栽培していたのだ。
過去から現在に至るまで、株式会社リベラがたどってきたぶどう栽培に関する取り組みの変遷を、さかのぼって見ていこう。
▶︎土づくりからスタート
ぶどう栽培をスタートさせるにあたって、まず最初におこなったのは土づくりだった。ワイン用のぶどうを栽培している仁木町と余市町の畑の一部は、後継者不足で困っていた農家から引き継いだものだ。
「農薬や肥料を使った慣行農法でぶどうを栽培していた畑でした。そのため、農薬や肥料を少しずつ減らして土壌を整えていき、2018年から完全無農薬に切り替えました」。
「木村式自然栽培」では肥料の代わりに大豆を使う。栄養豊富な土壌を育てるためにまずは大豆を栽培し、土中の根粒菌を増やすのだ。3年ほどかけて豊かな土壌を作り、現在も継続して常に観察を怠らない。根粒菌が不足してきたと感じたら、畑の周りに大豆やクローバーなどを植えることで補っているという。

▶︎栽培管理における工夫
一方、LIBERA WINE TERACEが新たに開墾した圃場は、水はけの改善が必要だった。周辺一帯は泥炭地が広がるエリアのため、乾燥した土地を好むぶどうに適した環境に整えたのだ。具体的には、畑の周りに「明渠(めいきょ)」という水路を作り、圃場内の水分が流れ出るように設計。周囲のぶどう畑ではあまり見られない取り組みだという。
「農薬やボルドー液を使わないぶどう栽培を実践しているため、水はけと風通しには特に気をつけています。雨の日が続いて雨量が増える場合には、ビニールの雨除けをかけて対策を講じることもありますね」。
自社畑のぶどうには、区画によって棚仕立てと垣根仕立ての両方がある。新しく植栽した畑は垣根仕立てだが、地域の農家から引き継いだ畑には、30年を超える樹が植えられている。棚が低いために作業しにくいと感じることもあるが、古木のために仕立て方を変えるのは難しい。そのため、棚仕立てではあるものの、収穫などの作業は座っておこなう。
また、南向きの斜面で育てている垣根仕立ての樹は、朝日が当たるように、植栽する角度を調整した。傾斜角が25度以上ある区画もあるため、障がいがある人が無理なく作業をするには工夫が必要だ。
「障がいがある人たちの体の負担を少なくするため、まずは車で斜面の上に行き、上から下に移動しながら作業を進めています。また、車で簡単に移動できるように、畑の周りにぐるりと道を作りました」。
「木村式自然栽培」では、草刈りの方法にもこだわりがある。草を全部刈ってしまうと地中の微生物が活性化しないと考え、15cmほど残して刈りとる。残った草で表土が蒸された状態を作り、地中の微生物を活性化させて栄養にするのだ。
陽当たりと土の栄養作りを両立させるため、日々の栽培管理には非常に手間がかかる。だが、丁寧に世話した甲斐があり健全なぶどうが育っているそうだ。

▶︎自社畑で栽培している品種
時間をかけて再生させた自社畑で栽培しているぶどうは7品種。そのうち、樹齢が30年を超える品種は以下の通り。
- ナイアガラ
- ケルナー
- ツヴァイゲルト
また、新しく作った圃場に植えた品種は以下だ。
- シャルドネ
- ピノ・ノワール
- ピノ・グリ
- ソーヴィニヨン・ブラン
「木村式自然栽培」で育てたぶどうは、ぶどうそのものの味を堪能できる。そのため、新たに植栽する品種を選ぶ際には、果実味が強くフレッシュさを感じられることを重視したそうだ。

▶︎古木を大切に管理する
LIBERA WINE TERACEの自社畑で育つぶどうは糖度が高く、これまでで最も高かったものは、なんと27度だったという。糖度は十分なため、味に深みを持たせることを目指して収量制限も実施している。
現在育てているぶどうの中で特に手をかけているのは、樹齢30年を超える古木だ。ぶどう栽培が盛んな仁木町と余市町だが、30年以上の古木は珍しい存在だという。
「古木からできるワインは舌に引っかかることなく、ゆっくりと優しい飲み口のワインになります。数年かけて自然栽培に移行したことで、最近は美味しさが以前よりも増したと感じています。新たに苗を植えるより管理が大変だったこともあり、これからも大事にしようと考えています」。
古木の管理で気をつけているのは、剪定方法だ。冬の間にエネルギーを温存し、春になると元気に伸びるように「強剪定(きょうせんてい)」をおこなっている。
「古木の場合は、太い枝でも下を向いて伸びているものは思いきって切るようにしています。来年どう育って欲しいのか、どうすれば栄養が行き届くのかを考えながら、強めの剪定をしているのです。適切な剪定を施すことで、樹齢が高くても健康な状態を維持できていますよ」。

『LIBERA WINE TERACEのワイン醸造』
続いては、LIBERA WINE TERACEのワイン醸造について紹介しよう。これまでは他社に醸造を委託していたが、2024年に初醸造を迎え、野生酵母を使ったワイン造りをスタートさせた。また、「木村式自然栽培」で育てた紅玉という品種のりんごを使用したシードルも醸造している。
LIBERA WINE TERACEがワイン造りにおいてこだわっているポイントと、理想とするワイン像についてお話いただいた。
▶︎すべて手作業のワイン造り
自社ブランドのワインだけではなく、依頼を受けたワインについても野生酵母を使用するLIBERA WINE TERACEのワイン。日本有数のワイン産地として名を馳せる仁木町、余市町エリアの酵母が育んだ美味しさこそが、LIBERA WINE TERACEが持つアドバンテージのひとつだ。
ワインとシードル造りは、全て手作業でおこなう。収穫や選果など時間がかかる工程も、障がい者たちと力を合わせて丁寧に作業を進めている。シードルを造る際には、りんごの芯を手作業でくり抜くそうだ。
「3万個のりんごの芯を、10人がかりで12時間くらいかけてくり抜きます。慣れてくると手早くできるようになりますよ。芯や種を取り除くことで、雑味のないクリアなシードルを造ることができます。果実そのものの味が感じられるシードルです」。
自然由来のものだけを使い、手作業で造るのがLIBERA WINE TERACEのポリシーなのだ。

▶︎「【MILO】ナイアガラ 2023」
ここで、リリース済みのワインの中から、平澤さんおすすめの銘柄を紹介しよう。余市町の自社畑で栽培したナイアガラを使った「【MILO】ナイアガラ 2023」は、まるで清らかな水のように滑らかな舌触りが特徴のワインだ。
「樹齢30年以上のナイアガラを使った『【MILO】ナイアガラ 2023』からは、余市のテロワールを感じることができます。癖がなくすっきりとしていて、酸味や苦味などが後味に残らない滑らかな味わいに仕上がりました」。
他の産地で育ったナイアガラにはない風味を感じることができるというので、ナイアガラのワインが好きな人にはぜひ試していただきたい1本だ。
さらに、「【MILO】」シリーズはエチケットにもこだわりがある。「【MILO】 ツヴァイゲルトレーベ 2019」「【MILO】 ナイアガラ 2023」「【MILO】 シードル 2023」」のエチケットには、北海道生まれの彫刻家で現在は北イタリアで創作活動をおこなう安田 侃(やすだ かん)さんのデザインを使用。ボトルそのものを芸術作品として楽しむことができる。

▶︎「古くて新しい」取り組み
LIBERA WINE TERACEのワインやシードルを「古いけれど、新しい」と評価してくれるお客様がいるそうだ。農薬や肥料、ボルドー液さえ使わず、手間暇をかけるが余計な手は加えない造り方だからこそ生まれる、ぶどう本来の美味しさを表した言葉である。
「『木村式自然栽培』は土壌を再生し、土地や植物の力を最大限に生かす農法です。地球温暖化など環境問題への対策が必要な今こそ、環境負荷がかかりにくい農業を積極的に取り入れるべきだと考えています。そもそも、農薬を使用しない農業は昔の人類が数千年前からおこなってきた営みです。『古くて新しい』取り組みこそが求められているのではないでしょうか」。
古来から続く農法を取り入れる一方で、最新のAI技術も活用しているLIBERA WINE TERACE。手間暇かけて育てたぶどう本来の味わいを引き出したワインの品質を保つためだ。また、障害を持つ人たちへの賃金をきちんと支払うためにも、安定生産することは欠かせない。
「人が五感で捉える感覚は大事にしていますが、数値で把握して管理するためにAI技術を導入して、醸造タンクの中の状況を監視できるシステムを組んでいます。添加物を使用しない醸造をおこなっているので、安全性の高い製品を造るためには必要な対策ですね」。

▶︎夢を叶えるためのワイン造り
LIBERA WINE TERACEが掲げるブランドコンセプトは、「『世直しのワイン』で、夢の扉を開く」。平澤さんたちは、ワインを通じて障がいがある人たちの雇用や自然環境、地域をよりよく変えていきたいと考えて事業を推進してきた。
これまでの成果は、着実にあらわれはじめている。自社畑の土壌を再生して生まれた、ナチュラルなワインが誕生。そして、LIBERA WINE TERACEで働く障がい者たちの賃金を、全国平均の3倍まで引き上げることができた。今後もさまざまな施策をおこなう中で、さらなる賃金アップを目指していく方針だ。
LIBERA WINE TERACEの売り上げの80%は、障がい者の賃金と、彼らが安全に働ける環境の整備、自然栽培農法促進による自然環境の改善などに使われる。1本のワインが障がい者の仕事とやりがいを生み出し、農業のあり方や自然環境を変えていくきっかけとなっている。
つまり、LIBERA WINE TERACEの全ての取り組みが、夢の扉を開くための「世直しのワイン」を造ることにつながっているのだ。

『まとめ』
LIBERA WINE TERACEのスタートから約1か月後の2024年7月、ワイナリー併設のスペース「Bruschetteria MILO(ブルスケッテリア ミロ)」がオープンした。ガラス越しに醸造設備を見ながら、自社醸造のワインやシードルと、イタリア中部の郷土料理「ブルスケッタ」を楽しむことができる。
農薬不使用のぶどうを使い、添加物も加えていないLIBERA WINE TERACEのワインは、環境保護への意識が高い層はもちろん、アレルギーがあるなどの理由で一般に流通しているワインを飲むことができない人にも人気だ。
ワインと料理を楽しめるイベントをはじめ、毎月様々な趣向を凝らしたポップアップイベントを計画しているということなので、最新情報をSNSでチェックしてみてほしい。
「LIBERA WINE TERACEのワインは話題豊富なワインなんです」と、平澤さんは微笑む。自然栽培や自然保護、土壌再生、障がいのある方々の働き方、野生酵母で醸造したワインの味やエチケットについてなど、話題には事欠かない。
「LIBERA WINE TERACEのワインをきっかけに日本ワインを広く楽しみ、さまざまな話題を共有してつながることができるでしょう。気軽に集える『サードプレイス』として、地域の人たちと交流できる場にしていきたいですね」。

基本情報
名称 | LIBERA WINE TERACE |
所在地 | 〒060-0002 北海道札幌市中央区北2条西10丁目 |
アクセス | https://libera-wine.jp/#access |
HP | https://libera-wine.jp/ |