山梨県甲州市勝沼町は、およそ1300年の歴史を持つといわれる品種「甲州」の一大産地だ。勝沼で独自の視点を持ちながら深く甲州と向き合ってきたワイナリーが、「勝沼醸造」である。
前身となる会社は1937年に創業して製糸業を営んでいたが、「丸菱サイダー」の名で親しまれた清涼飲料水の製造へと転換した。
その後、先代・有賀雄二氏の進言によってワイン醸造に注力することになり、1990年代には「ワインで世界を目指す」という目標を掲げた。ヨーロッパ系品種の栽培に挑んだ経験を経てたどり着いたのが、勝沼で長年栽培されてきた甲州をメインとしたワイン醸造だったのだ。
年間生産量40万本のうち、実に30万本を占めるのが甲州ワイン。搾汁方法の使い分けや樽の種類による違いなど、甲州のポテンシャルを深く掘り下げ続けてきた。
父である雄二氏の後を継いで、新たに代表取締役に就任したのが有賀裕剛さんだ。今回は、社長として過ごした1年間で考え抜いたこと、ぶどう栽培への向き合い方、そしてフラッグシップである「アルガブランカ」シリーズに込め直した「6つの哲学」についてお話いただいた。
『勝沼醸造の新たなスタート』
2025年、裕剛さんは勝沼醸造の代表取締役に就任した。長年裏方として会社を支える中で、現場と経営というふたつの立場を経験したからこそ見えてきたものがあった。
「私はこれまで、勝沼醸造で19年働いてきました。父は経営者として会社の表舞台に立ち続けた人だったので、差別化の意味もあり、私自身はずっと裏方として活動していました。フランスに留学したり、ぶどう栽培や醸造について勉強したりという日々でしたね」。
▶︎裏方としての経験を経て
代表取締役を引き継ぎ、トップとして会社全体を預かる立場になってからの1年は、これまで現場で過ごしてきた時間とは全く質の異なるものだったという。
「社長業と現場の仕事では、やることはもちろん、考えるべきことも大きく違うということを感じました。私は三兄弟の長男で、兄弟はそれぞれ考え方が異なります。今までは父がひとりで全体を牽引してきましたが、これからは兄弟が力を合わせて会社を動かしていくことになります。だからこそ、一貫した思想や考え方を持って全員で同じ方向を向いて動いていくことが、何よりも大事だと思っています」。
先代が築き上げてきた功績を敬いつつ、自分たちの新たな足場を固めるために裕剛さんがまず取り組んだのは、自身が19年間の現場生活で培ってきた経験と思いを言語化することだった。社長就任後の1年間を、自らの思いを表現するための言葉を探すことに費やしてきたという。

▶︎「単独では完成しない価値がある」
決算を間近に控え、これからの勝沼醸造が進むべき道について考えをめぐらせていたとき、裕剛さんの頭の中にひとつのフレーズが浮かび上がった。「単独では完成しない価値がある」という言葉だ。
「甲州は味も香りも穏やかで主張が少ないことから、かつては、ワインにすると『物足りない』と言われていました。そこで、世界に認められるために、あえて海外のワインのように力強く見せるための造り方をしていた時期もありました」。
だが、現場で甲州と向き合う中で、裕剛さんには別の考えが芽生えた。甲州らしさを消してまで強く見せる必要が、本当にあるのだろうか。世間から「物足りなさ」や「弱み」だと捉えられていた特徴こそが、世界を見渡しても他にない、甲州最大の個性なのではないか。
そう確信した裕剛さんは、醸造の設計を大きく転換させた。強く見せるための造りをやめ、甲州が持つ素朴さや繊細さ、あるがままの姿を素直に表現するワイン造りへと舵を切ったのだ。
「これまで現場の中で長い間考え抜いたことを言葉で表したのが、『単独では完成しない価値がある』だったのです。私は、ワイン単独で飲んで『ちょっと物足りないな』と感じてもよいと思っているのです。それこそが私たちの狙いであり、甲州の真骨頂なのですから」。

▶︎ワインを完成させるのは「食卓での時間」
それでは、「単独では完成しない」ワインは、何によって完成するのだろうか。
「大事なのは食事です。料理を作る方、関わる方々、食卓を共にする時間や心の余裕などが揃って、はじめて完成するワインだと思うのです。私たちは、甲州特有の『余白・余韻』を理解してワインに落とし込むという表現力に自信を持っています」。
甲州には、「絶対的なペアリングがない」と言われることもある。どんな食事にもすっと寄り添って溶け合ってしまうのだ。この特性は、海外のジャーナリストからすると説明しづらいものであるらしい。
そもそも日本の食卓では、テーブルの上にたくさんの料理が並び、一品ずつ順に料理が出てくる海外の食卓とはスタイルが異なる。
「甲州のワインは、どんな食事や場面にも寄り添う協調性や汎用性の高さを持っています。まさに日本のワインならではの特徴です。そこで、日本文化に根付く『調和を尊ぶ精神』と重なる部分を、胸を張って押し出そうという考えに至りました」。
幼少期からワイン造りの現場を身近に感じ、深くワインと関わってきた裕剛さん。長年胸の中に温め続けてきた価値観が、確固たる言葉となって芽吹いたのだ。
そんな勝沼醸造にとって「輸出」はこれからさらに重要となるテーマだが、進め方については慎重だという。
「日本国内で必要とされているワインでなければ、海外では通用しないでしょう。ただ美味しくて品質が高いだけでは不十分です。世界を見れば、高品質で美味しいワインなど無限にあるのですから」。
まずは国内の食卓で必要とされてこそ、世界からの評価はその先についてくる。ワインの本場であるフランスでワインに携わってきた経験を持ち、日本ワインの現場を深く知る裕剛さんの言葉は、どこまでも冷静だ。

『勝沼醸造のぶどう栽培』
経営者となる以前、裕剛さんは栽培・醸造の現場に立ち続けてきた。特にぶどう栽培については、有機栽培はもちろん無農薬栽培にまで踏み込み、徹底的にぶどうと向き合ってきたのだ。
▶︎自社ぶどうを有機栽培に
「勝沼醸造の自社栽培は、2019年に大きな転機を迎えました。自社ぶどうを全て有機栽培に切り替えたのです」。
周囲からは、「有機栽培は病気が出るからよくない」と反対されることもあった。そのため、これまでは大きな声でアピールしてこなかったという。だが、「環境負荷を減らした栽培」をおこなうことは、産地を守るための絶対条件だと裕剛さんは考えている。
さらに、有機栽培は後継者を育てていくために有効な対応策でもある。歴史あるワイナリーに身を置く若い世代には、先頭に立って新しい価値観を発信していく責任があるのだ。

▶︎様々な栽培方法を経験して
裕剛さんはこれまで、無農薬栽培を含む様々な栽培方法に挑戦してきた。決して平坦な道のりではなかったが、ぶどうと真剣に向き合い苦労を重ねた経験こそが、今のワイン哲学を形作っていると振り返る。
「挑戦をして苦労した経験から、自分の考えを言葉にして発信していくべきだと思うようになりました。特に、一見ネガティブなものの中にある価値を見出して、周囲に伝えていくことの大切さを伝えていきたいですね」。
これから有機栽培に取り組もうとする人に向けて、裕剛さんからメッセージをいただいた。
「慣行農法よりも、収量はやや減るかもしれませんが、多少の病気が出たとしても問題はありません。有機栽培は考えているよりもずっと取り組みやすいと伝えたいですね」。
有機栽培では、農薬の使用そのものが禁止されているわけではなく、使える農薬の種類に制限があるにすぎない。そのため、一度でも無農薬栽培を経験してしまえば、有機栽培が易しく感じられるものなのだという。無農薬栽培への挑戦は、やはり大変なことなのだ。
「無農薬栽培に取り組むには覚悟が必要です。苦労をするでしょうし、何よりも成果が出るまでには時間がかかることもあります。取り組む中で孤独を感じることも多いため、自分を信じて取り組み続けられるかどうかが重要になりますね」。
だが、成長は確実に訪れ、苦労を分かってくれる誰かも必ず現れる。さらに、取り組み続けていることで、周囲には自然と同じ志を持つ仲間が増えていくものだという。

『「アルガブランカ」6つのストーリー』
ここで、勝沼醸造の代名詞であり、フラッグシップとして確固たる地位を築いてきた「アルガブランカ」に改めてスポットを当てよう。
ポルトガル語で「有賀の白」を意味する「アルガブランカ」ブランドには、「クラレーザ」「ブリリャンテ」「イセハラ」「ピッパ」「デンショウ」「ドース」という6つのラインナップがある。
社長に就任した裕剛さんがまず取り組んだのが、「アルガブランカ」が持つ意味を具体的なビジョンに落とし込むことだった。
「社長に就任して最初に考えたのが、『アルガブランカ』にどんな哲学が秘められているのかを広く発信していくべきだということでした」。
先代の雄二氏は、「アルガブランカ」を「最高の日本ワインのブランドだ」と表現してきたが、裕剛さんはさらに具体的なメッセージを込めたいと考えた。そこで生まれたのが、「単独では完成しない価値がある」という言葉である。
さらに、6つの銘柄それぞれを哲学と結びつけて、メッセージを定義し直した。先日、九州の酒販店や飲食店を訪れた際には、このストーリーが好評を博して全銘柄を導入してもらえたという。
6つのストーリーについて、深掘りしていこう。
▶︎「アルガブランカ クラレーザ」
勝沼醸造の中で最も生産量が多く、ブランドの基幹である白ワイン、「アルガブランカ クラレーザ」。テーマは「共創」だ。
「クラレーザは、甲府市、山梨市など山梨県内の6市町村に点在する畑で収穫された甲州を使い、全く同じ工程で仕込んでいます。同じ醸造をおこなうのは、土地ごとの個性を浮かび上がらせるためです。最終的に7〜8種類ほどの原酒をブレンドして仕上げています」。
ブレンドの際には、「単体では少し尖りすぎている」「短所がある」と思われる原酒を、あえて隠し味のようにわずかに加えるという。
「短所も含めて、ワインとしてよいバランスを見せてくれるのです。世の中では『長所だけを伸ばそう』と教えられることが多いですが、人間も悪いところを含めてその人自身ですよね」。
単体では完璧でなくても、互いに補い合うことで新しい価値を創り出すという製法を用いた、『共創』を体現した存在なのだ。

▶︎「アルガブランカ ブリリャンテ」
「アルガブランカ ブリリャンテ」は瓶内二次発酵で造られるスパークリングワインで、テーマは「余白」だ。
「スパークリングワインは、これから食事が始まりますというタイミングで飲まれることが多いですよね。『これからどんな時間になるのか、どんな出会いがあるのか』がまだ何も決まっていない状態に『余白』を持たせて、思うがままに時間を楽しんでもらいたいというメッセージを込めました」。
テーマである「余白」は、醸造工程にも表れている。同じく瓶内二次発酵で造られるシャンパーニュでは、澱(おり)との接触でコクを与えるのが一般的だ。しかし甲州の場合、澱由来のコクがぶどうそのものの味わいや土地の風味をマスキングしてしまう。そこで、「ブリリャンテ」では、一次発酵の後に濾過(ろか)して澱を取り除き、瓶詰めの際に砂糖と酵母を加えることで、澱の量を調節しているのだ。
「コクや密度を与えすぎず、甲州そのものの味わいを感じられるように造っている工程も含めて『余白』のテーマが息づいているワインです」。

▶︎「アルガブランカ イセハラ」
クラレーザ用に各地の甲州を仕込む中で、ひときわ輝く個性を持つものが見つかることがある。そんな「単体で世に出すべき」ぶどうから生まれるのが、「アルガブランカ イセハラ」だ。
「アルガブランカ イセハラ」の名は、山梨県笛吹市御坂町金川原にかつて存在した「字(あざ)伊勢原」という地名に由来する。
「伊勢原地区のぶどうは非常に個性的で品質がよいため、個性を出すためにあえてシンプルな造りを選びました」。
「アルガブランカ イセハラ」のテーマは「尊重」だ。素晴らしい個性は、作るのではなく、見出すべきなのではないか、生まれ持った素質を徹底的に尊重することで、たったひとつの個性が輝くのではないかという思いが込められている。
「人の個性も同じです。『欠点』ではなく、よさを見出して『個性』であるとすることが大切なのではないでしょうか。個性とは本人が意図的に作ったものではなく、周りの人が見つけてあげるものだと思うのです」。
伊勢原地区のぶどうに対する深い「敬愛」「信頼」が、「尊重」というテーマへとつながっているのだ。

▶︎「アルガブランカ ピッパ」
「アルガブランカ ピッパ」のテーマは「信念」だ。勝沼醸造が甲州の樽発酵に込めた思いの強さが表れたメッセージである。
甲州は非常に繊細な風味を持つ品種であるため、「樽発酵には向かない」という見解が浸透している。マスター・オブ・ワインの称号を持つ著者が執筆した「ワイン用 葡萄品種大事典」の「甲州」の項目にも、「樽に入れないほうがよい」と明記されているほどだ。
「しかし、その項目の最後に、『ただし、勝沼醸造は魅力的な樽発酵の甲州を造っている』と書いていただきました。心から嬉しかったですね」。
裕剛さんは、樽発酵ワインの世界的銘醸地であるフランス・ブルゴーニュで学んだ経験を持つ。さらに勝沼醸造には、先代・雄二氏が1990年代に造った樽発酵のワインが、甲州として初めて世界のコンクールで入賞した歴史もある。勝沼醸造は、樽を使った甲州ワインの可能性を信じ続け、「信念」を持って魅力を世に送り出し続けてきた。
「樽に入れる期間を短くして、ほんのりと樽香をつける手法がありますが、私は必ず9ヶ月以上は入れています。樽の香りは、3ヶ月が最も強く、6ヶ月で変化し、9ヶ月で完全になじみます。つまり、信じて待つことが大切なのです」。

▶︎「アルガブランカ デンショウ」
「アルガブランカ」シリーズ唯一のオレンジワインが、「アルガブランカ デンショウ」だ。テーマは、その名のとおり「伝承」である。
甲州は淡いピンク色の果皮を持ち、果皮に含まれた豊かなフェノール分は渋みのもとになる。果皮に由来する渋みこそが甲州の個性だと裕剛さんは考えているが、世間では長らく評価されてこなかったという。だが、時代は変わってきた。
「渋い果皮から旨味を抽出してバランスを目指してみようと考えています。元々、醸造技術が未発達だった大昔のワイン造りでは、圧搾機で果汁だけを絞り出す技術はなく、果皮も種も丸ごと発酵させるという、現在のオレンジワインの手法が主流だったのです。ジョージアなどの古代ワインはもちろん、私の祖父の代にも同じように造っていました」。
かつて「欠点」とされた果皮の渋みや旨味が見直されるようになった現代。「古代の手法を現代の解釈で蘇らせ、次の時代へと受け継いでいく」という思いを込め、裕剛さんはオレンジワインに「伝承」と名付けた。「アルガブランカ デンショウ」は、勝沼醸造のメッセージを広く伝える力を持つ1本なのかもしれない。

▶︎「アルガブランカ ドース」
6つめの銘柄「アルガブランカ ドース」は、スリムタイプのボトルを使用したデザートワインだ。テーマは「余韻」。「このワインのテーマを考えるのが、一番難しかったですね」と、裕剛さんは言う。
「デザートワインは食事の最後に楽しむワインのため、次につながる言葉がよいと思い、『余韻』としました。『またみんなで集まろう』『もう1軒行こう』など、次の楽しい時間への橋渡しになるような、余韻のお供として飲んでいただきたいです」。
ドースは濃厚な甘みを持ちながらも、甲州特有の美しい酸味が全体を引き締めているため、ベタつかず、極めて可憐でシルキーな後味を持つ。バニラアイスクリームなどの濃密なスイーツに合わせても負けない豊かな甘みと、スッと引いていく美しい後味のバランスが、集いの余韻を優しく包み込んでくれるだろう。

『まとめ』
「ワインには、人と人を繋ぐ力があります。美味しいワインを飲んだら楽しくなって、隣の知らない人にもついつい声をかけたり、一緒に笑いあったりしたくなるのが、お酒の魅力だと思うのです」。
ワインを単に「飲食のアイテム」として捉えるのではなく、「美味しいものを食べ、上質な服を着て、豊かな時間を過ごす」というライフスタイル全体の文化として伝えていきたいと裕剛さんは考えている。
勝沼醸造のビジョンを体現しているのが、定期的に開催しているイベントだ。例えば、新酒・山梨ヌーボーの解禁日である11月3日に合わせて、毎年開催している「Katsunuma Vinyly」には全国から多くのファンが集う。
「2025年は音楽にもこだわり、東京からプロの音楽プロデューサーやDJをお招きして、心地よい空間を作りました。さらに、地元の高級寿司店の職人さんにも来ていただき、極上のお寿司を提供しました」。
勝沼醸造のワインが飲み放題で、会場ではワインボトルを手にした参加者たちが初対面の人とも次々と乾杯し合う姿が見られたそうだ。
「イベント会場で知り合った方と今でも親交がある、イベントでの縁が仕事につながったなど、嬉しい話も耳にします。まさに、『人と人を繋ぐ、文化としてのワイン』です。私たちの願いが実現できたという、証のひとつなのではないかと感じています」。
また、2023年12月には直売店も全面リニューアルした。登録有形文化財に認定されている母屋と趣を合わせて設計されたシックな店内は、つい長居したくなるような心地よい和の空間だ。
「ゆっくり過ごしていただける場所にしたいと考えて、イベントスペースや試飲スペースもご用意しました。お客様に喜んでいただきたい一心で作りましたので、ぜひ遊びに来てください」。

基本情報
| 名称 | 勝沼醸造株式会社 |
| 所在地 | 〒409-1313 山梨県甲州市勝沼町下岩崎371 |
| アクセス | ■電車でお越しの場合(JR新宿駅より約1時間30分) JR中央線「勝沼ぶどう郷駅」から車で7分 JR中央線「塩山駅」から車で15分 |
| HP | https://www.katsunuma-winery.com/ |
