島根県出雲市、出雲大社にほど近い場所にある「島根ワイナリー」。古くから養蚕用の桑畑だった土地でぶどう栽培をおこない、ワイン造りをスタートした。島根の気候と向き合いながら、技術を磨き続けてきたワイナリーだ。
2008年に開園した自社農園「横田ヴィンヤード」は、標高約450m。冷涼かつ寒暖差の大きい奥出雲町にあり、香りを最大限に生かすために適度なストレスを与えたり、早朝に収穫をおこなったりするなど、品質を高めるための栽培努力を重ねている。
醸造においては、搾った果汁の酸化防止に力を注ぐ。また、酵母の種類や樽の選定、熟成期間の見極めなど、良質なぶどうの特性を最大限に引き出すための工夫と努力も惜しまない。
今回は、2020年から2026年までの島根ワイナリーについて、製造部次長の藤原和彦さんにお話を伺った。目まぐるしく変化する気候への対応や、最新の醸造の取り組みについて深掘りする。島根の豊かな自然が育むぶどうと、造り手たちの絶え間ない挑戦の物語を紐解いていこう。
『変わりゆく気候と栽培環境』
まずは、島根ワイナリーにおける近年のぶどう栽培環境について見ていきたい。
気候変動が叫ばれて久しい昨今、島根県においても、ぶどうの生育環境に確かな変化の波が押し寄せている。藤原さんが提示してくれた気象データと実感を交え、栽培現場のリアルな状況を掘り下げる。
▶気温・降水量・日照時間の変化(4月~10月)
島根県内でワイン用ぶどうの生産量が最も多い生産地は、益田市である。この土地の2020年以降の統計データを見ると、気温は明確に上昇している。2020年に21℃台だった平均気温は、2025年には22℃台に。特に、7月と秋の気温が高くなってきた。また、気温以上に造り手を悩ませているのが、降水量の大幅な変動だ。
「年によって雨の降り方が大きく異なります。以前に比べて、非常に極端な降り方をするようになりました。ぶどうの生育期間である4〜10月までのデータを見ると、少ない年は1,000mmを切る一方で、多い年は1,300mmを超えることもあります」。
ぶどう栽培において、降水量の激しい変動がいかに大きな問題となるかは、想像に難くないだろう。さらに、年間日照時間も少しずつ伸びている。以前は1,200〜1,300時間程度だったが、2025年には1,400時間台に達しつつあるのだ。
藤原さんが示してくれた気温・降水量・日照時間の推移から、島根におけるぶどう栽培が今まさに変化を迫られているということがわかるだろう。

▶︎臨機応変な対応を心掛ける
気候変動の影響を最もダイレクトに受けるのが、収穫のタイミングだ。気温の上昇によって果実の熟成が早まり、品種によっては、かつては考えられなかったほど早く収穫時期を迎えるようになってきた。
「契約品種の中で、収穫が一番早いのは、益田市のソーヴィニヨン・ブランとシャルドネです。生産者のみなさんには、8月中旬あたりから収穫を開始していただいています」。
一方、収穫が最も遅い甲州などは、10月中旬頃まで収穫する。収穫開始から終了までの期間が長く台風や病害のリスクがあり、管理の難しさも以前より増してきた。
ぶどうへの負担はもちろん、気温が高い時期に収穫作業をおこなう場合には、農家の負担も大きくなる。気候の変動は、現場で汗を流す人々にも大きな影響を与えているのだ。
「気候変動に対応するため、新しいチャレンジをしています。どんな施策にも一長一短があるため、何が正解なのかはまだわかりません。確信を持てるようになるまで、様々な取り組みをおこない、地道に検証を繰り返していきたいですね」。
ぶどう栽培をする上では、契約農家や栽培スタッフとの連携が大切だ。変化する環境の中でも、その年にできるいちばんよいものを作っていこうという声がけを欠かさないようにしているという。
臨機応変に対応できる体制を整え、毎年変化する気象条件に対して最善の判断を積み重ねていくことが、島根ワイナリーの栽培現場での流儀なのだ。

▶︎島根ワイナリーの栽培品種
ここで、島根ワイナリーが契約栽培で作っている品種と、自社圃場について改めて整理しておこう。
まず、契約栽培の白ワイン用品種は、甲州、シャルドネ、ソーヴィニヨン・ブラン、デラウェアなど。2025年実績では、甲州が80t、デラウェアが70tとなっている。一方、赤ワイン用品種は、マスカット・ベーリーA、メルロー、ビジュノワールなど。
自社圃場の横田ヴィンヤードでは、シャルドネ、メルロー、カベルネ・ソーヴィニョンを栽培している。温暖化によって、全国的に赤ワイン用品種の着色不良が深刻な課題となる中、島根ワイナリーの自社圃場で育つメルローは、驚くほど良好なクオリティを保っているという。
「横田ヴィンヤードのメルローは、非常に色付きがよいですね。面白いポテンシャルを見せてくれているため、手応えを感じています」。
高品質なぶどうが育つ秘密は、横田ヴィンヤードが持つ独特の気候条件にある。西日本は温暖なイメージがあるが、4〜10月の生育期間の平均気温は、山形県や長野県などとほぼ同等の冷涼な環境だという。
「朝晩の冷え込みが強いのが大きな特徴です。真夏でも、夜温が12℃くらいまで下がる日があります。激しい寒暖差と豊かな日照量のお陰で、十分な色付きが出るのでしょう」。
さらに、畑の地中には埋設した排水用の管である「暗渠(あんきょ)」を張り巡らせるなど、排水対策の工夫も徹底。水分ストレスを適切にコントロールすることで、ぶどうの根が健全に呼吸できる最適な環境を作り上げているのだ。

『島根ワイナリーの契約栽培 ビジュノワールと甲州』
島根ワイナリーが扱うぶどうのラインナップを語る上で、外すことのできない重要な品種がふたつある。
ひとつめは、ブレンドワインを造る際に活躍する可能性を秘めた「ビジュノワール」で、もうひとつは島根の地と歴史的なつながりが深い「甲州」だ。それぞれの品種に秘められた、島根ワイナリーならではのストーリーを紹介いただいた。
▶︎色付きが素晴らしい「ビジュノワール」
ビジュノワールは、山梨県で「山梨48号」として試験交配された後に誕生した国内開発品種だ。
「ビジュノワールは、交配試験の段階で全国のいくつかの農業試験場に苗が配られて、各地のワイナリーで実地醸造をしていました。それぞれの土地で育てて醸したビジュノワールの特徴を評価するというプロジェクトがおこなわれていたのです」。
ビジュノワールの開発に携わった5人の研究者のうち、ひとりは島根県の出身だったという縁もあり、島根ワイナリーはビジュノワールの試験醸造に参加した。
島根ワイナリーが造ったビジュノワールのワインは、当時から色付きが素晴らしかったという。そのため、ぜひ正式に品種登録してほしいと、初期段階から強く要望を出していた。収量を増やしていくにつれ、初めの頃のような極端な濃さは落ち着いてきたものの、味わいのユニークさは健在だ。
「ビジュノワールは、メルローやマスカット・ベーリーAとブレンドした際に、全体の品質を引き上げる役割も果たしてくれます。今後の活躍が楽しみな品種です」。

▶︎江戸末期から続く、島根と「甲州」の絆
続いては、甲州に触れていく。「実は、島根県と甲州種には、切っても切れない縁があるのです」と、藤原さん。島根県におけるぶどう栽培は、江戸時代末期に甲州種が植えられたのが始まりとされている。
さらに、明治時代になるとキーパーソンとなる人物が登場する。「日本の近代園芸学の祖」と言われた福羽逸人(ふくばはやと)氏である。福羽氏は明治政府の官僚で、海外から様々なぶどうを日本へ導入して試験栽培を重ねた実績を持つ。
明治14年(1881)に「甲州葡萄栽培法」が出版され、山梨県の甲州ぶどうの沿革史をひもといた。どうやらこれが甲州ブドウという名前で呼ばれるきっかけになったと言われている。しかも、福羽氏は島根県出身だという話を聞いて、不思議な縁を感じたという。
歴史の中で築かれてきた様々な繋がりが分かったことで、島根ワイナリーは甲州への思いをよりいっそう深めたのだ。
島根ワイナリーでは、キリッとした酸と華やかな香りの表現を重視した醸造スタイルで、島根らしい甲州の個性を丁寧に引き出している。中でも、プレミアムシリーズ「縁結」の甲州は、島根ワイナリーを代表する銘柄のひとつだ。

『ワイン醸造における新たな取り組み』
島根ワイナリーの、醸造における新たな動きについてもお話いただいた。
最新のラインナップとして登場したのが、「オランジュ(オレンジワイン)」シリーズだ。皮ごとぶどうを醸す製法は、日本ワイン業界でも広く注目を集めている。
さらに、島根ワイナリーでは、日本酒用の酵母を使ったワインも醸造している。おすすめ銘柄をいくつか紹介したい。
▶︎ 「出雲 デラウェア オランジュ」
オレンジワインの第一弾として登場したのが、地元で昔から栽培されてきた品種であるデラウェアを使用した「出雲 デラウェア オランジュ」だ。サクラアワードにて、見事ゴールドを受賞した。
グラスに注がれた「出雲 デラウェア オランジュ」は深く美しい橙色で、「『島根の夕日』をイメージした色合いです」と、藤原さんは微笑む。
「出雲 デラウェア オランジュ」は、オレンジワイン特有の、果皮由来の心地よい渋みが感じられる味わいだ。だが、島根ワイナリーは、オレンジワインを「あえて飲みやすく、親しみやすいタッチ」に仕上げているという。そのため、どんな料理とも合わせることができる。
特におすすめのペアリングとして、ワイナリーの職員たちの間で絶賛されているのが、「カツオの刺身」である。他にも、鶏肉料理やパスタなど様々なメニューに合わせてみたい。

▶︎「橙雲 甲州 オランジュ」
デラウェアに続いて誕生したオレンジワインが、甲州を使った「橙雲 甲州 オランジュ」だ。デラウェアのオレンジワインよりも色合いがやや淡く、まるで夕暮れ空にふわりと浮かぶ雲のように柔らかな印象を抱かせる。
「『出雲 デラウェア オランジュ』に比べて、苦みと渋みが少ないのが特徴です。どんな料理にもよく合いますよ」。
甲州のオレンジワインも、和食との相性を意識して造ったという。島根ワイナリーには数々の甲州ワインがあるが、それぞれの銘柄で自分だけの「和食ペアリング」を探すのも楽しいかもしれない。甲州ワインの魅力を感じながら、自由な発想で楽しみたいものだ。

▶「清酒酵母仕込 神縁(しんえん)」
和食との相性のよさに注目するなら、「清酒酵母仕込 神縁(しんえん)」も忘れてはならない銘柄だ。日本酒用の酵母をワイン醸造に使うという、珍しい試みから生まれたワインである。
「甲州ワインが和食に合うのはすでに周知のことですが、もう一歩進んだレベルでの相性のよさを追求しようと、考え抜いて造ったワインです」。
「清酒酵母仕込 神縁」は、飲み込んだ後にほんのり日本酒らしいニュアンスが感じられる。この風味が、和食の旨味と寄り添う鍵になるそうだ。
藤原さんイチ押しのペアリングは「岩牡蠣」だという。もちろん、魚介類全般と好相性なので、寿司や刺身との組み合わせも間違いない。
年間8,000本を生産し、リピーターも多い人気銘柄の「清酒酵母仕込 神縁」は、ワイン好きだけでなく日本酒好きも楽しめるという、懐の深さが支持されている。

『プレミアム「縁結」シリーズ』
「縁結」シリーズは、島根ワイナリーのプレミアムだ。優良な契約生産者から仕入れたぶどうなど、厳選した原料のみを使用しているため、「縁結」シリーズの生産量は決して多くはない。だが、島根ワイナリーを代表するワインとして、常に高い品質基準のもとで造られているのが特徴だ。
今回は、お祝いの席にぴったりの「縁結」スパークリングシリーズを取り上げて、詳しく紹介しよう。
▶3種のスパークリングワイン
「縁結」シリーズには、3種類のスパークリングワインがラインナップされている。白の「縁結スパークリング 甲州 ブリュット」「縁結スパークリング デラウェア ブリュット」と、ロゼの「縁結スパークリング マスカット・ベーリーA ロゼ ブリュット」だ。デラウェアとロゼの2銘柄は、日本ワインコンクール2025のスパークリング部門で銅賞を獲得した。
3種類とも、シャンパーニュと同じ瓶内二次発酵製法が用いられており、ふくよかな旨味と島根産のぶどうの個性が感じられる。上質な味わいのスパークリングワインである。
「縁結スパークリング デラウェア ブリュット」は、シリーズの中で最も歴史ある銘柄だ。原料には「種ありデラウェア」が用いられ、芳醇な香りが特徴。
また、3種類の中ではいちばん新しい銘柄である「縁結スパークリング マスカット・ベーリーA ロゼ ブリュット」は、キリッとした味わいの辛口食中酒である。華やかなロゼのスパークリングワインは、乾杯を盛り上げてくれること間違いなしだ。
「3種類とも高品質な原料のみを使った自信作です。私たちの原料へのこだわりとおいしさを、ぜひ味わってみてください」。

▶大切な時間に寄り添う「縁結」シリーズ
出雲大社がある出雲の地を象徴する名前が冠された「縁結」シリーズは、飲み手の特別なシーンに寄り添えるワインだ。
「『縁結』という名前のとおり、お祝い事などのタイミングで開けていただけたら嬉しいですね。皆さんの心にポジティブなギアを入れていただくための存在になれたら、これ以上の喜びはありません」。
結婚式といった門出の席はもちろん、新たな挑戦に踏み出す人生の節目に、大切な人と共に味わいたい。

『今後の目標「よいぶどう、よいワイン」への変わらぬ誓い』
最後に、これからの島根ワイナリーについて伺った。
コロナ禍という試練を乗り越え、温暖化など長期的な課題に向き合いながら、島根ワイナリーはどんな未来を見据えているのだろうか。
▶︎変わらない想いと、毎年最高を更新する議論
「新型コロナウイルスの流行で、ワインがなかなか売れない苦しみを味わいました。しかし、『よい原料を作って、よいワインにしていこう』と、手を携えて取り組んできたからこそ今があるのだと思います。これからも、信念を曲げずに進んでいきたいです」。
島根ワイナリーは新しい技術も柔軟に取り入れながら、毎年最高のものを造ることを目指していく。温暖化によって栽培条件が変化しても、まっすぐに突き進む姿勢は変わらない。
「毎年、シーズンの終わりにはみんなで集まって反省点を洗い出します。そして、次のシーズンに向けて、『さらによいものを作るにはどうすればよいか』を徹底的に議論しています。ぶどう栽培にとって難しいことも多い島根県ですが、私たちのやるべきことは今後も変わりません」。

▶地元の食材と共に楽しんで
「島根の食材と共に、ヴィンテージの違いを楽しんでください」と話してくれた藤原さん。ノドグロや奥出雲和牛、隠岐の岩牡蠣など、島根には豊富な味覚が揃う。島根で育ったぶどうを使ったワインを、地元の食材と合わせれば、島根のテロワールが食卓を彩ってくれる。
毎年10月の第3土曜日・日曜日には、島根ワイナリーが開催するイベントである、「島根ワイナリー 秋のワイン祭り」がおこなわれる。露天商や各種催し物、キッチンカーなどが並ぶ秋のワイン祭りは大変な人気を誇るそうだ。
島根を訪れる機会があれば、参加してみてはいかがだろうか。イベントに関する最新情報は、公式インスタグラムで確認できる。

『まとめ』
島根だからこそできるぶどう栽培とワイン醸造を、ひたすらに追求してきた島根ワイナリー。温暖化の影響で変わりゆく気候の中でも、「オランジュ」シリーズのリリースや、原料にこだわった「縁結」シリーズの進化など、歩みを止めず突き進んできた。
よいワインは、よいぶどうからできるという信念は、これからも島根ワイナリーのぶどう栽培とワイン造りを支えていくだろう。神々に見守られながら育ったぶどうは、島根ワイナリーの造り手によって美味しいワインに生まれ変わるのだ。
島根に足を運んだ際には、歴史と人々の縁が紡いできた物語を感じるワインに出会うために、ぜひ島根ワイナリーを訪れてみてほしい。

基本情報
| 名称 | 島根ワイナリー |
| 所在地 | 〒699-0733 島根県出雲市大社町菱根264番地2 |
| アクセス | 出雲市駅から路線バス 一畑電車「浜山公園北口駅」から徒歩15分 出雲空港から連絡バス30分 山陰道出雲ICから15分 |
| HP | https://www.shimane-winery.jp/ |
