山梨県甲府市にある「スプリングワイン」は、昔ながらの雰囲気を色濃く残した「朝日通り商店街」でワイン造りをおこなっているワイナリーだ。
スプリングワインを設立したのは、元甲府市職員の佐野哲也さん・いずみさん夫婦。ワインと農業に魅せられ、公務員から転身したふたりは、二人三脚でぶどう栽培とワイン造りに取り組んでいる。
自社畑で栽培するのは、甲州、マスカット・ベーリーA、ヨーロッパ系品種など。ぶどうの生命力を信じて、品種ごとに必要なサポートをするよう心がけている。
スプリングワインが目指すのは「日常の食卓に寄り添うワイン」。さらに、ワインを通じて街のにぎわいに貢献したいという強い思いもある。
今回は、晴れて完成した自社醸造所の話題を中心に、「スプリングワインの今」についてお話を伺った。2023年以降の取り組みを、じっくりと紹介していきたい。
『変わりゆく天候の中でのぶどう栽培』
まずは、2023年以降のぶどう栽培にスポットを当てたい。記録的な猛暑が続く近年は、ぶどう栽培をする上で様々な苦労があるのではないだろうか。
まずは、スプリングワインの年ごとの自社畑周辺の天候と、ぶどうの出来などを振り返る。新たに加わった畑についてもお話いただいたので見ていこう。
▶︎畑ごとの特徴を味方に付ける
甲府盆地を抱く山梨県は、夏の暑さが厳しい地域として知られている。特に2023年以降は厳しい猛暑が続いており、甲府市では40℃を超える日も観測されたほどだ。
「2023年はとにかく暑かったですが、雨が少なかったため、ぶどうにとってはよい年だったと思います。着色良好で糖度が高く、収量もしっかりと確保できました。まさにグレート・ヴィンテージでしたね」。
2023年の醸造は、甲州市のワイナリー「機山洋酒工業」に委託した。特に赤ワインは非常に果実味が豊かで、色調が濃く素晴らしいワインができたという。
猛暑が続く中ではあるが、スプリングワインは3か所の畑に標高差があるため、畑のテロワールに応じたアイテムを造ることができるのが特徴だ。例えば、早熟な甲府の畑は早摘みでロゼワインにしている。また、双葉の畑のマスカット・ベーリーAは房数を調整する「収量制限」をおこない、より良質なぶどうを目指している。さらに、明野の畑は標高が750mで比較的冷涼なことから、酸度が落ちにくい。そのため、ゆっくりと熟成を待つことができるのだ。
変わりゆく天候の中で、スプリングワインが自然と向き合いながら答えを探る日々は、これからも続いていく。

▶︎新たに加わった「ロゼ専用畑」
スプリングワインの自社畑に、新たな仲間が加わった。甲府市国玉町(くだまちょう)の畑だ。
「アクセスのよい市街地にある畑のため、気軽に立ち寄れて助かっています。ワイナリーからいちばん近い畑でもあるため、スプリングワインのお客様にも親しんでもらえる存在になるでしょう」。
国玉町の畑は約10aで、マスカット・ベーリーAのみを栽培。スプリングワインはこの畑を「ロゼ専用畑」と位置付けている。収量が1,000〜1,200kgほどで、ロゼワインを仕込むのに都合のよい量なのだとか。ワイナリーから近いため、収穫後すぐに仕込める点も大きなメリットだ。
国玉町の畑は、夫婦のぶどう栽培の師匠であり、醸造ブドウ生産・栽培コンサルタント「農業法人アイ・ヴァインズ(i-vines)」代表を務める池川仁氏から引き継いだ。
「池川さん自身も地主さんから借りて管理していた畑で、地主さんがかつて植えた古い樹が残っています。樹齢は40年を超えていて、棚が壊れてしまいそうなくらい太く育った巨木ですよ」。
池川氏が管理していた時に改植した樹もあり、だんだんと新しい樹にシフトしてきているところだ。もちろん、古木も元気で生命力にあふれ、よい房をつけてくれる。両方とも大切に育てていると語るふたりの眼差しは、歴史を紡いできた樹に対する敬意に満ちていた。
▶︎棚栽培のシャルドネとメルロー
北杜市明野町にある自社畑では、2020年に定植したシャルドネ、メルロー、甲州、マスカット・ベーリーAが順調に生育している。2024年から本格的な収穫を開始し、自社醸造所でのファースト・ヴィンテージとして仕込んだ。
「2024年はシャルドネ2樽、メルロー1樽を仕込むことができました。明野の畑は夜温がしっかりと下がるので、濃く色付いたメルローが育ちます」。
スプリングワインでは、すべての畑で棚栽培を採用している。ヨーロッパ系品種であるシャルドネやメルローは垣根仕立てのイメージが強いが、佐野さん夫婦は棚栽培のメリットを強く感じているそうだ。
「もともと畑に設置されていた棚を活用しています。棚栽培のほうが作業しやすいですし、日本の夏にも合っていると思いますよ」。
棚の高さは、いずみさんが作業をしやすい175cm程度に調整されていて快適だ。また、棚栽培は棚の下が日陰になるので涼しく、暑い時期でも負担が軽減できる。収穫時期になると、作業が終わったら棚の下に集まって、みんなでわいわいとランチするのが恒例だという。
2025年は、酸を保ったまま収穫するために、例年より少し早めに収穫作業をおこなった。生き生きとした酸味があり、十分に糖度も上がってきたタイミングを見極めて収穫し、フレッシュな味わいのワインを造っているのだ。

『地域に開かれたガラス張りの醸造所』
2024年4月14日、自社醸造所をオープンしたスプリングワイン。新たな門出を迎えた佐野さん夫婦に、醸造所が出来上がるまでのエピソードと、自社醸造のワイン造りについてお話いただいた。
地域とのつながりを大切にするスプリングワインは、醸造所を作る際にどのようなこだわりを持っているのだろうか。自社醸造のワインについても、いくつかの銘柄を紹介したい。
▶︎「地域とのつながり」が生んだ理想の空間
スプリングワインの醸造所は、甲府駅から徒歩10分ほどの「朝日通り商店街」にある。入居した建物がちょうど建て替えのタイミングを迎えていたため、設計段階からしっかりと希望を出すことができ、思い描いていた通りの醸造所を作り上げることができた。
醸造所のある建物を保有するのは哲也さんの友人だ。理想の醸造所を作りたいという相談に快く応じてくれて、とてもありがたかったとふたりは振り返る。
醸造所の最大の特徴は、道路に面した壁が一面ガラス張りになっている点だ。商店街を行き交う人たちは、たくさんのタンクやワインの仕込み作業をガラス越しに眺めることができる。
「仕込みをしている時には、通りかかった方が足を止めて興味深そうに見てくださっていましたね。ぶどうのよい香りがワイナリーの外まで漂っているので、たくさんの人に注目していただきました」。
2tトラックの荷台いっぱいのぶどうが運ばれてきて、次々と醸造所内に運び込まれる様子や、ワイン造りの様々な工程に興味を抱く人は多いだろう。
「地域に開かれた」ガラス張りのデザインは、「葡蔵人~BookRoad~」や「渋谷ワイナリー」といった東京の都市型ワイナリーの作りを参考にしつつ、自分たちの土地に合うスタイルを追求した。
醸造所には5席の試飲スペースも設けられており、グラスワインと共に、季節の野菜や果物を使ったおつまみを味わうこともできる。調理を担当するのは、ソムリエと野菜ソムリエの資格を持ついずみさんだ。
「週変わりで提供しているフードメニューは、山梨産の素材を使った小皿料理が中心です。旬の食材を使い、それぞれのワインに合うメニューを提供しています」。
スプリングワインの直営ショップ&バーは、気軽に立ち寄れる商店街憩いの場として親しまれている。

▶︎「SPRING WINE 甲州 2024」
ここからは、自社醸造のファースト・ヴィンテージのワインを紹介していこう。まずは、スプリングワインの主力銘柄である「SPRING WINE 甲州 2024」だ。
「樽を使わず、シュール・リー製法でスタンダードに仕込んでいます。自社醸造を始めたタイミングで、ボトルをスクリューキャップに変更したため、より気軽に手にとっていただけるスタイルになりました」。
醸造においては、ぶどう本来の味わいを引き出すことを心がけており、華やかな香りが特徴だ。
「試飲として提供すると、香りがよいと言っていただけることが多くて嬉しいですね。柑橘と白い花のような甘い香りと、はつらつとした酸味がバランスよく仕上がりました」。
ペアリングとしては、カルパッチョやグレープフルーツのサラダなど、爽やかな味わいの料理と相性がよい。さらに、アヒージョなどオリーブオイルを使ったメニューとも合うそうだ。
「夏にバーで提供しているメニューのひとつに、『SPRING WINE 甲州 2024』を炭酸水で割って、レモンスライスをトッピングしたものがあります。自社ワインだからこそできるアレンジですね。商店街のお祭りで提供した際にも好評でしたよ」。

▶︎「SPRING WINE マスカット・ベーリーA 2024 ロゼ」
2024年から新たに加わった新商品が、「ロゼ専用畑」のぶどうを使用している「SPRING WINE マスカット・ベーリーA 2024 ロゼ」だ。
白ワインと同じように、ぶどうを皮ごとプレスして得られた果汁を発酵。マスカット・ベーリーAの黒い果皮を潰すことで色素が染み出して、鮮やかな発色のロゼワインになる。
「いちごやラズベリーのような可愛らしい香りが特徴です。香りは甘い印象ですが、味わいはドライな辛口なので、和洋中エスニック、幅広いメニューに合わせることができます」。
ピンク色が美しい「SPRING WINE マスカット・ベーリーA 2024 ロゼ」は佐野さん夫婦のお気に入りで訪問客にも人気があるため、これからも毎年定番の銘柄になりそうだ。

▶︎シンプルなラインナップでアピール
スプリングワインには、「やみくもに銘柄を増やすことはしない」という基本方針がある。お客様にとってわかりやすくシンプルな品揃えにするためだ。
「甲州、マスカット・ベーリーAの赤とロゼ、シャルドネ、メルローがあれば、お客様にスプリングワインのよさを知ってもらうのに十分なラインナップだと思っています」。
また、プレミアムラインという位置付けで、シャルドネとメルローのワインもリリースした。特別な日や、自分へのご褒美、そういう日に開けてほしい銘柄だ。
他の銘柄との違いを表現するため、エチケットは高級感のあるバラの花をモチーフに採用した。シャルドネはシルバーのバラ、メルローはゴールドのバラが描かれている。ふたつのボトルを並べて楽しむのもよいだろう。
スプリングワインの最新リリース情報は、SNSやホームページ、オンラインショップで確認できる。

『スプリングワインが描く未来』
スプリングワインが甲府の中心市街地である商店街の一角にワイナリーを構えたのは、明確な理由があってのことだ。
「甲府は日本ワイン発祥の地です。ワイン造りの歴史を紡いできた街だからこそ、地元の人たちに親しんでもらえる存在になりたいと考えました。甲府に住んでいる全ての人が、自分たちの街ではワインを造っているということをもっと身近に感じて欲しいのです」。
▶︎「日本ワイン発祥の地」で親しまれる存在に
地元の人に親しみを感じてもらうために、地域のイベントや商店街の活動に積極的に参加しているスプリングワイン。目指すのは、地域の人々が普段から気軽に飲んで、手土産としても選んでもらうことだ。さらに、地域の教育機関との連携も大切にしている。
「近隣の小学校と連携して、小学校の授業の一環である『町の探検学習』に協力しています。街なかワイナリーという特徴を生かして、今後も地域に根ざした活動をおこなっていきたいですね」。
総合学習の町探検で訪れた小学生からは、「ここでワインを作っているんですか?」「何をしているんですか?」など、たくさんの質問が投げかけられた。ワイン造りの現場を自分の目で見たことは、子供たちの記憶に長く残る経験となっただろう。
「将来的には、子供が参加できる醸造体験の開催も検討しています。山梨の産業を知ってもらうためのよい機会にもなると思いますよ。除梗作業やぶどうの足踏み体験ができたら、楽しんでもらえるのではないでしょうか」。

▶︎イベントで地域の魅力を発信
さらに、今後は体験型のイベントも増やしていきたいと考えているスプリングワイン。収穫体験などはこれまでもおこなってきたが、今後は醸造所を活用したイベントの開催を検討しているのだ。
「せっかく街なかにワイナリーを作ったので、どんどん活用してきたいと思っています。ガラス張りの醸造所でイベントを開催すれば、たくさんの人の目を引くでしょう」。
ワイナリーがある商店街周辺は、関東圏内からやってくる登山客が数多く訪れるエリアでもある。
「山帰りの人に人気の温泉銭湯が近くにあるので、通りすがりに立ち寄ってくださるお客様もいらっしゃいます。『いい商店街ですね』と声をかけていただくことも多いので、嬉しいですね」。
山に登り、温泉銭湯で汗を流してからワインを楽しむ休日は、電車で訪れる観光客も多い甲府エリアならではの、豊かな時間の過ごし方だ。

『まとめ』
2024年4月に念願の自社醸造所を完成させ、新たなステージに立ったスプリングワイン。記録的な猛暑の中でも古木を大切に守り、さらにシャルドネやメルローの初収穫も迎えるなど、着実に歩みを進めている。
自社醸造所では、看板となる「甲州」や新たな定番「マスカット・ベーリーA ロゼ」が誕生。シンプルながらも、ぶどうの魅力を最大限に引き出した、親しみやすいワインとなった。
ワイン発祥の地の歴史と文化を大切に、地域と共に未来を紡ぐスプリングワイン。造り手の温かい人柄と情熱が感じられる、甲府の「街なかワイナリー」に足を伸ばしてみたい。

基本情報
| 名称 | スプリングワイン |
| 所在地 | 〒400-0025 山梨県甲府市朝日4丁目5番3号 |
| アクセス | https://maps.app.goo.gl/nZbj8Tk5naKhwyrT7 |
| HP | https://springwine.jp/ |
