今回紹介するのは、千葉県銚子市のワイナリー「銚子葡萄酒醸造所 座古萬蔵商店」だ。経営母体の「丸徳商事株式会社」は、100年以上にわたって銚子市で事業を展開してきた企業である。
千葉県の北東部に位置する銚子市は、利根川を擁する茨城県との県境に位置する。黒潮と親潮がぶつかる銚子沖で漁れる豊かな海の幸によって、古くから漁師町として栄えてきた歴史を持ち、現在も海産物の水揚げ量は日本一を誇っている。
また、銚子市は江戸時代から続く醤油醸造の文化が息づく町でもある。日本を代表する企業の醤油醸造所が町の中にいくつもあり、発酵文化を長く受け継いできた。
そんな銚子市で初めてのワイナリーである銚子葡萄酒醸造所は、漁師町ならではの魚料理に合うワインを造っている。2023年に買いぶどうでのワイン醸造を始め、2025年4月に銚子市内の自社畑でのぶどう栽培をスタートしたところだ。
銚子葡萄酒醸造所の設立までの経緯と、ぶどう栽培とワイン造り、これからの展望について、代表を務める坐古拓也さんにお話を伺った。
『銚子葡萄酒醸造所 設立の経緯とぶどう栽培』
まずは、銚子葡萄酒醸造所を設立するまでの経緯から振り返ってみたい。坐古さんの曽祖父が銚子で商売を始めたのは1921年のことだった。最初は米の小売り販売からスタートし、さまざまに業態を変えながら事業を継続してきた。
そして、1965年には丸徳商事株式会社を創業。水産加工業者や食品メーカーに対して、バリエーション豊かな味付けを施した魚の加工品を提供し、スーパーに並べる魚の加工方法に関しての提案・技術提供などもおこなってきた。
千葉県銚子市を舞台に、長年にわたって事業を展開してきた企業が満を持して始めたのが、銚子葡萄酒醸造所でのワイン造りだ。食を通じて地域を盛り上げることを目的として、自社の未来にも地域の未来にもプラスになると考えてのことだった。
▶︎長年支えられてきた地域に貢献したい
丸徳商事株式会社がワイナリーを始めようと考えたのは、2020年頃のことだ。新規事業をスタートさせることになり、さまざまな業態を検討する中で、山梨県のワイナリーに見学に行ったことがあった。
生産・加工・流通までを自社で一貫しておこなう、いわゆる「6次産業」であるワイン造りを見て、大きな感銘を受けたという。生産物の付加価値を高めて収益向上や地域活性化を目指す取り組みとして、自分たちが銚子でワイン造りをすることには大きなメリットがあると考えたのだ。
「当社は長年、地域のみなさんに支えられてきた企業です。地域に貢献したいという強い思いから、ワイナリーの立ち上げを決めました」。
坐古さん自身は、アルコールはコミュニケーション・ツールとして必要な存在だと思っていたが、アルコールのなかでワインを特別視していたわけではなかった。だが、食事と共に楽しむ「食中酒」であるというワインの特徴と、50年、100年という長期スパンで事業を継続していくことを考えたときに大きな可能性を感じたという。
ワイナリー立ち上げについて検討する中で、ワインの勉強を続けていくうちに、最初はわからなかったことが少しずつわかってきた。そして、一気にワインの奥深い沼にはまっていったのだ。

▶︎自社畑の特徴と気候
2025年4月からぶどう栽培を始めた銚子葡萄酒醸造所。自社畑は、関東平野最東端の岬である「犬吠埼(いぬぼうさき)」から2kmほどの場所にある。高台になっている住宅街の一角に位置する畑は、広さ40aほどだ。
実は、銚子市は珍しい地層を有しているエリアのため、「日本ジオパーク委員会」によって「日本ジオパーク」に認定されている。「ジオパーク」とは地球科学的に意義があるエリアのことで、犬吠埼一帯は「犬吠埼の白亜紀浅海堆積物」として、国の天然記念物にも指定されているそうだ。
銚子葡萄酒醸造所の自社畑は、以前はキャベツ畑だった土地だ。2年ほど休耕地となっていたため借り受けることができた。だが、丸徳商事株式会社が農業を手がけるのは初めての取り組みだったため、農地を借りるのには苦労した。
「市役所の農業委員会に足を運び、『1haほどの農地を借りてぶどうを栽培したい』と相談しましたが、全く相手にされませんでしたね。広い畑は順番待ちの上、農業経験のない人には農地を紹介できないということでした」。
銚子市にはこれまでぶどう農家がいなかったことも、農地を借りにくくした要因のひとつだった。その後、近隣でたまたま目にした空き地の持ち主をたずね歩いて、ようやく見つけた地主さんに交渉。なんとか農地を確保することができた。

▶︎栽培品種とこだわり
銚子葡萄酒醸造所がぶどう栽培をスタートしたのは2025年4月。最初に植樹したのは、シャルドネとソーヴィニヨン・ブラン、アルバリーニョ、プティ・マンサンの4品種だ。
品種選定の基準は「海の幸に合うワイン」ができるかどうか。海産物との相性がよいことを第一に考えて選んだという。
「ソーヴィニヨン・ブランとアルバリーニョは、魚料理との相性がよいイメージがありました。また、シャルドネはテロワールを映し出す品種といわれているため、栽培に挑戦してみたかったのです。プティ・マンサンはふくよかな味わいが魅力的で、雨に強いと聞いたので植えることにしました。それぞれをブレンドできるかどうかも考えて選んだ品種です」。
銚子市は、千葉県のなかでは降雨量が少ない地域だ。しかし、海沿いということもあって風が恒常的に強いのが特徴である。風の影響を抑えるため、栽培方式には垣根仕立てを採用した。
自社畑の土壌はアルカリ質。リン酸がやや過剰だったが、栄養価は全体的に高かったため施肥はおこなわなかった。畑は平地のため、水はけについては懸念していたが、幸いにも今のところ問題ない。今後、水はけについての課題が出てきた場合には、暗渠を設置するなどの対応を検討している。
ぶどう栽培においては、健全なぶどうを栽培するために、効果があるといわれる方法をどんどん取り入れていくつもりだ。必要なタイミングで消毒や防除をしっかりとおこなっていく。近隣にぶどう栽培をしている農家がいないため、自分たちで最善のやり方を試行錯誤していくしかない。
「ぶどう栽培が盛んな他県の方に、防除などについて教えていただくことがありますが、気候条件などが違うため銚子には当てはまらないと感じることも多いですね。薬品を取り扱う業者さんに依頼して、この土地に合う防除暦を作成してもらいました」。
自社畑は海からほど近いため、塩害の発生なども気になるところだ。しかし全てをポジティブに受け止め、銚子ならではのテロワールがぶどうの味にどのような影響を与えてくれるのかを楽しみにしているそうだ。

『銚子葡萄酒醸造所のワイン醸造』
銚子葡萄酒醸造所が目指すのは、魚料理に合う食中酒。キリッと辛口で、ふくよかな味わいが広がるワインだ。自社畑のぶどうが収穫できるのは早くて2028年頃になるため、2025年現在は買いぶどうを使っている。
漁師町ならではの豊かな魚料理にマッチし、魚好きな人が気兼ねなく飲める地元の定番ワインになることを目指してワイン造りに取り組んでいる銚子葡萄酒醸造所。
「千葉県の飲食店で人気のお酒といえば、圧倒的にハイボールです。ただし、よい日本酒を出す店のお客様はワインも好む傾向にありますね。今後は、県外に向けてのPRも重点的におこなって、銚子でワインを造っていることをアピールしていきます。千葉の地にワインの文化を根付かせていくのが目標です」。
▶︎「醤油のような旨味」を持つワイン
銚子葡萄酒醸造所では、毎シーズンさまざまな試行錯誤をしながらワインを造っている。スキンコンタクトを長めにするなどさまざまな工夫をする中で、なぜか醤油のような旨味があるワインが出来たことがあるそうだ。
「『醤油のような風味』とは、酸化したワインの味を表現する際に使われることもあるため、ネガティブなニュアンスを感じるかもしれません。しかし、その時に感じたのは、旨味が最後に残る印象的な風味でした」。
実は、銚子葡萄酒醸造所のすぐ近くには、醤油の製造・販売をおこなっている「ヤマサ醤油株式会社」の本社と工場がある。そのため、最寄駅である銚子電鉄の銚子駅を降りると、醤油のよい香りが漂ってくるそうだ。
シャルドネのワインに醤油のような旨味があるのは、ヤマサ醤油の工場が近くにあることが関係しているのではないかと坐古さんは考えた。だが、ヤマサ醬油の開発室を訪ねたところ、関連はないだろうとの回答だったという。
「ヤマサ醬油の研究員さんにワインを飲んでいただいたところ、どちらも発酵食品なので、旨味が複雑に現れると味わいが似るケースがあるそうです。『コハク酸』という旨味成分が原因ではないかというお話でしたね」。
発酵文化が息づく銚子に生まれたワインに現れた個性ある旨みを、ぜひ一度味わってみたいものだ。

▶︎ふたつのシリーズをリリース
銚子葡萄酒醸造所がリリースしているのは、フラッグシップである「KISSAKI(きっさき)」と「漁師は歌う」の、ふたつのシリーズだ。
フラッグシップ・シリーズは、太平洋に突き出した銚子の地形や、荒波を切り拓いて進む船の形などからイメージして「KISSAKI(きっさき)」と名付けた。「切り拓く」から連想して、人に声援を贈るお祝いのワインとして位置付けている。
エチケットにデザインしたのは、漁師にとって特別な紋様だ。かつて、大漁の際に働きがよかった漁師に対して、網元や船主が配った「万祝(まいわい)」と呼ばれる衣装があった。江戸時代から昭和初期にかけて、房総半島を中心とした太平洋沿岸の漁村で広まったもので、家紋や縁起のよい図柄があしらわれた晴れ着である。「万祝」を贈られることは漁師にとって大きな誇りで、家宝として大切にされてきたため採用した。
一方、「漁師は歌う」は、漁師たちが仲間と集って楽しむ様子を想像して名付けた。海の恵みを受けて漁師が歌い、銚子が潤う様子を表現している。エチケットに描いたのは、肩を組む漁師のイラストだ。
ワインを飲んで歌う漁師は、網元だった坐古さんの叔父が、大漁の際に船員を連れて飲みに行っていた様子をイメージしたデザインだ。手に取りやすい価格帯でカジュアルに楽しめる「漁師は歌う」は、手土産にもおすすめだ。

『銚子葡萄酒醸造所 おすすめ銘柄と、新たな取り組み』
銚子葡萄酒醸造所のワインから、おすすめの銘柄をいくつか紹介しよう。醸造において工夫した点や、それぞれのワインの楽しみ方なども教えていただいた。
銚子の水産加工業を支えてきた企業が造る、海の幸にぴったりのワインの特徴を詳しくみていきたい。
▶︎「KISSAKI」シリーズ
「KISSAKI」シリーズのワインは、程よい酸が心地よく、バランスのよい味わいだ。
「『KISSAI』シリーズは、どれも自信を持っておすすめできます。幅広い層に『美味しい』と言っていただける仕上がりになっていると思いますよ」と、坐古さんは自信をのぞかせる。
2024年ヴィンテージの「KISSAKI」シリーズには、「KISSAKI 2024 / 白 シャルドネ」と「KISSAKI 2024 / 赤 メルロー 樽熟」がある。いずれも、ハレの日の豪華な食卓にも寄り添うことができる自信作だという。
「KISSAKI 2024 / 白 シャルドネ」は、品質のよいシャルドネだけを使用し、フルーティーな香りたっぷりに仕上げた。果実味のあるすっきりとした味わいは、白身魚の刺身やカルパッチョ、伊勢エビに合わせたい。
また、「KISSAKI 2024 / 赤 メルロー 樽熟」は、果実味とタンニンのバランスと、ほのかな樽香が調和し、繊細な味わいに仕上がった。マグロのステーキや金目鯛の煮つけとの相性が抜群で、滑らかな口当たりが楽しめる。

▶︎「漁師は歌う 2024 / 白 デラウェア」
「漁師は歌う 2024 / 白 デラウェア」は、女性に人気の銘柄だ。デラウェア特有の甘い香りがただようが、味わいは辛口でアルコール度数は14度。香りのおかげで飲みやすいため、リピート購入が多い銘柄だ。
「ワインはあまり飲んだことがないけれど、挑戦してみたいという方にもおすすめなのが、『漁師は歌う 2024 / 白 デラウェア』です。すっきり辛口なので食事に合いますし、デザートに合わせるのもぴったりですね。『漁師は歌う 2024 / 白 デラウェア』を飲んだことで、白ワインそのものにハマったという女性のお客様もいらっしゃいました」。
好評を博しているデラウェアのワインは、2025年ヴィンテージの仕上がりにも期待したい。

▶︎「漁師は歌う 2025 / 白 甲州」
続いて、「漁師は歌う」シリーズとして、2025年ヴィンテージとしてリリースした「漁師は歌う 2025 / 白 甲州」も紹介したい。甲州特有の豊かな酸が特徴で、完熟リンゴを思わせる香りを持つワインだ。
スッキリとした味わいの「漁師は歌う 2025 / 白 甲州」は、日本固有品種の甲州を使用しているだけあって、和食との相性が抜群である。酸味がある料理もよく合うため、寿司と合わせるのもおすすめだ。
銚子に足を運んで、地元で水揚げされた新鮮な海産物とのペアリングを楽しむのもよいだろう。
▶︎銚子を盛り上げる取り組みを実施
銚子葡萄酒醸造所では、立ち上げ時から一貫して、地域を盛り上げたいという思いを持ち続けてきた。そこで、地域活性化を目的とした取り組みも次々と実施している。
2024年には、銚子沖で一本釣りされた金目鯛「銚子つりきんめ」を一尾まるごと使ったコースや、新ご当地グルメである「黒アヒージョ」とワインのペアリングが楽しめるモニターツアーを開催。
「ワインはもちろん、銚子の名物や銚子について知っていただくきっかけも、どんどん作っていきたいですね」。
また2025年には、季節のイベントの際には特別なギフトセットを販売。「漁師は歌う 2024 / 白 シャルドネ」と、ヤマサ醤油のオリジナル調味料を使った「銚子つりきんめ」の姿煮のペアリングを提案した。
「引き続き、コラボ先の企業さんにも楽しさと利益を感じていただけるイベントや企画を検討していきます。これまでの100年を支えてもらった銚子への恩返しという意味も込めて、これから100年続く事業に取り組んでいきたいと考えています」。

『まとめ』
普段ワインを飲まない人にとって、食事に合わせてワインを飲むのはハードルが高いことはわかっている、と話してくれた坐古さん。
「だからこそ、ワイン好きな人はもちろん、これまでワインを飲んだことがないという人にも気軽に飲んでいただけるワインを造っていきたいです」。
銚子エリアで唯一のワイナリーであるという強みを生かして、銚子葡萄酒醸造所は漁師町ならではのワインを発信していく。自社畑でのぶどう栽培をスタートし、新たなステージに立った銚子葡萄酒醸造所のこれからに、さらに期待したい。

基本情報
| 名称 | 銚子葡萄酒醸造所 座古萬蔵商店 |
| 所在地 | 〒288-0043 千葉県銚子市東芝町9番地の1 |
| アクセス | 銚子電鉄 銚子駅より徒歩3分 |
| HP | https://zakomanzoushoten.com/ |
