大分県の北部、宇佐市安心院(あじむ)町にある『安心院小さなワイン工房』は、地元の農家と農地を守りたいという、あたたかな思いが生んだワイナリーだ。高齢化による耕作放棄地と、生食用としては出荷できない「種ありぶどう」を活用するために誕生した。
安心院小さなワイン工房の栽培・醸造をひとりで担っているのは、和田拓也さん。管理する畑は地元農家から引き継いだもので、樹齢20年の古木が育つ区画もあるそうだ。
以前は食肉加工職人だった和田さんが積んできた経験は、ワイン造りにおいても徹底した衛生管理に生かされている。さらに、自ら契約農家の収穫も手伝い、最適な熟度のぶどうで「生活に寄り添う自然な味わい」のワインを造ることを目指す。
今回は、唯一無二の道を歩む安心院小さなワイン工房の「今」について、和田さんにお話いただいた。
『安心院小さなワイン工房のぶどう栽培』
まずは、安心院小さなワイン工房が取り組んだ、直近数年間のぶどう栽培を振り返ろう。2023年頃から顕著になってきたという異常気象は、安心院でのぶどう栽培にも大きな影響をもたらしている。
「2023年頃から、天候に明らかな変化を感じるようになりました」と、和田さんは切り出した。2023〜2025年の3年間の気象には、それぞれ異なる特徴があったということなので見ていきたい。
▶︎年ごとに変化する気候
「2023年は糖度が伸び悩んだ年でしたが、2024年は梅雨以降は雨が降らなかったため糖度が上がり、色付きもよく素晴らしいぶどうが収穫できました。人間にとっては暑くて辛い年でしたが、ぶどうにとっては理想的な天候でしたね」。
中でも、マスカット・ベーリーAは、非常によいヴィンテージになったと手応えを感じているという。続く2025年シーズンは、驚くほど雨が少ないシーズンとなった。
「2025年はとにかく雨が少なかったため、小ぶりな房型となりました。水分量が少ない年は凝縮した味わいが期待できるため、よい面もありましたね」。
2025年の夏は、雨が少なかった影響で例年よりも枝が伸び悩んだ。しかし、ぶどう自体に深刻な悪影響は見られていない。特に、和田さんが信頼を寄せるマスカット・ベーリーAは、異常気象下でもびくともしない強さを見せたそうだ。
「近くの農家さんが育てているぶどうの中には、2025年は水が足りなくて枯れてしまった房もありました。しかし、マスカット・ベーリーAは問題なく生育していたため、やはり強い品種なのだと感心しましたね」。
暑さによる着色不良がまれに見られたものの、マスカット・ベーリーAは病害虫に対する耐性も抜群だ。マスカット・ベーリーAの強さを改めて認識した和田さんは、2025年シーズンにある決断をした。
「今借りている畑の古くなって弱った樹を、マスカット・ベーリーAに改植しました。新しく植える品種には幾つかの候補がありましたが、栽培するメリットが大きいと感じたマスカット・ベーリーAを選びました」。
変わりゆく気候の中でのぶどう栽培において、安定した品質を担保してくれる品種を確保することは重要だ。安心院小さなワイン工房では、マスカット・ベーリーAがその役割をになっている。

▶︎凝縮感を求めて「小さな房」を育てる
安心院小さなワイン工房のぶどう栽培のこだわりのひとつに、「小さな房」を育てることがある。
「美味しいワインを造るために、凝縮した小さな実をつけさせる管理をしています。他の農家さんやワイナリーさんが育てるぶどうよりも、房型はかなり小さいと思いますよ」。
小さな房を作るためには、房の不要な部分を切り落とす必要がある。また、粒と粒の間に適度な隙間がある「ばら房」になるような調整も加えている。非常に手間のかかる作業であるうえ、小型なばら房にすると、当然ながら収量が少なくなってしまう。
「収量は減りますが、美味しいワインができることを優先しています。今後も、現在の栽培管理を続けていくつもりです」。
また、和田さんは、安心院の地で長年培われてきた栽培方法も尊重している。
「安心院の農家さんが採用している栽培方法も取り入れています。土地によって栽培方法が違うのは当たり前のことです。昔から地元の人が育てている方法を見習って取り入れるメリットは、とても大きいと感じています」。
安心院のぶどう農家への敬意と自身の哲学を両立させている絶妙なバランス感覚が、和田さんのぶどう栽培を支えているのだ。

▶︎柔軟な対応でぶどうの個性を表現
安心院小さなワイン工房では、変化し続ける気候の中で、栽培管理においてどのような工夫をしているのだろうか。
「自然を相手に、何か具体的な取り組みをしているわけではありません。変化する環境の中で、自分にできることをいつも通りすることが大切だと考えています。地道な取り組みの結果が、年ごとの個性としてあらわれるでしょう。ぶどうを信じて、真摯に取り組んでいます」。
収量が激減した時などには個別に対策を講じる必要があるが、糖度が上がり色付きにも問題はない。また、年ごとの気候に変動はあっても、収量は安定しているため、自分にできることをひとつずつこなしていくことを大切にしている。
「気候が変化して気温が上がってきたので、畑での作業はどんどんきつくなってきていますね」と和田さんは苦笑するが、ぶどう自体に深刻なトラブルが発生していない以上、いたずらに手法を変える必要はないという考えだ。

▶︎「遅摘み」スタイルの自社畑
安心院小さなワイン工房では、原料の9割を地元農家さんからの買い付けに頼っている。残り1割の自社畑のぶどうは、「遅摘み」スタイルを貫いているそうだ。
「農家さんのぶどうは9月頃に届き、自社ぶどうは10月頃に収穫しています。遅摘みにするのは品質のためだけではなく、醸造スケジュールを調整するためでもあるのです」。
9月の終わりから10月のはじめにかけて、農家の畑のぶどうが一斉に収穫を終える。ワイナリーのコンテナは収穫されたぶどうの受け入れで手一杯になるため、コンテナが空くのを待って自社ぶどうを摘み取る必要がある。そこで、必然的に遅摘みになるというわけだ。だが、この時間差こそが、結果的にぶどうの成熟度を高めてワインに深みと凝縮感を与えている。
ワインの品質の側面から見ると、遅摘みにはメリットが多い。しかし、完熟したぶどうへの鳥獣害が増えるという、遅摘みならではの弊害もある。安心院小さなワイン工房が毎シーズン苦戦しているのは、特にカラスからの攻撃だ。
「シカやイノシシはネットで阻止できますが、空からやってくるカラスを完全に防ぐのは難しいですね。他のぶどう園にぶどうがあるうちは被害が分散しますが、他の畑の収穫が終わってぶどうがなくなると、狙い撃ちにされてしまうのです」。
カラスは非常に賢く、対策をしてもすぐに学習する。安心院小さなワイン工房の自社畑はビニールハウスではなく露地栽培のため、毎年100房以上がカラスの犠牲となるそうだ。
襲われるのはほんの一瞬のことだが、鳥獣対策には多大な労力がかかる。対策の労力と被害のバランスを考え、「ある程度は割り切るようにしています」と話す和田さん。自然と共に生きることの厳しさが垣間見えるエピソードだ。

▶︎地域資源「シャインマスカット」の活用
限られた原料を使っていかによいワインを造るかについて、常に検討を続けている安心院小さなワイン工房。近年特に力を入れているのが、地域資源である「シャインマスカット」の活用だ。
「地元農家さんが栽培したぶどうを原料としているため、安心院での栽培が盛んな生食用品種もワイン造りに活用しようと試行錯誤しているところです」。
数年前から続けている取り組みは、今やワイナリーの重要な柱のひとつになりつつある。「微発泡シリーズ」のラインナップにシャインマスカットが加わったことで、人気に火がついたのだ。
「微発泡シリーズの中では、シャインマスカットの生産量がいちばん多くなりました。品種自体の人気が高いため、ワインも注目されているようですね」。
地域の特産品を生かして消費者のニーズに応えるという柔軟な発想が、新たな可能性を切り開いているのだ。

『自由な発想から生まれる多彩なワイン』
安心院小さなワイン工房は、年間20種類ほどの銘柄をリリースしている。和田さんは「いろんなことをやってみたくて」と楽しそうに笑う。
今回は、直近のヴィンテージの中から、特に注目の銘柄を取り上げて紹介していきたい。醸造を手がける和田さんの自由な発想と、美味しさを追求するブレない姿勢に注目していこう。
▶︎安心院小さなワイン工房の強み
ワイン造りをする上では「こだわりがないことが、こだわり」だと話す和田さん。
「ワイン業界についてあまり知らない私だからこそ、常識にとらわれずにワイン造りに向き合えるのだと思っています。これからも自分なりのスタイルを続けていくつもりです」。
口に入るものである以上、ワインに最も重要なのは「美味しい」ことだ。そのため、いろいろなことを試して、結果的に美味しいものを造ることを目指す。
「例えば、ブレンドワインのセオリーから外れている場合、抵抗を感じる人もいるでしょう。しかし、私は結果的に美味しくなるならば問題ないと思っています」。
柔軟で合理的な考え方と施策が、安心院小さなワイン工房のワインに唯一無二の個性を与えているのだ。

▶︎シャインマスカットの可能性を引き出す
安心院小さなワイン工房では、シャインマスカットでスティルの白ワインを造る際に、あえてオレンジワインの手法を用いている。果皮や種と一緒に醸すオレンジワインの手法を選択した背景には、どんな理由があるのだろうか。
「シャインマスカットは、一般的な白ワインの醸造方法で果汁だけを醸すと、日本酒に似た香りが生まれて、品種特有の香りがあまり出てきません。そのため、仕上がりに違和感がありました」。
シャインマスカット特有の華やかな香りを引き出すために、さまざまな手法を検討した和田さん。結果的にたどり着いたのが、果皮ごと醸す方法だった。シャインマスカットの果皮と果肉の間にある成分から香りが抽出され、香り高いワインになるとわかったのだ。
だが、酸が弱く味がぼんやりしてしまうという課題も残った。そこで2024年から新たに導入したのが、未熟果を使って酸を補う方法だ。
「自然派のワイナリーなどが、補酸代わりに使う手法です。前々からやりたいと思っていたところ、シャインマスカットを栽培している友人が摘房した未熟果を譲ってくれたので、チャレンジしてみました」。
未熟果のシャインマスカット果汁を全体の10%ほど加えることで、ワインに生き生きとした酸が加わり、味わいのバランスが劇的に改善した。完成したシャインマスカットのワインは、シトラス系の爽やかな香りが強く感じられ、品種らしさもしっかりと表現されている。
「シャインマスカットのワインは香りに特徴があるため、食事と合わせるよりもワイン単体で楽しむのがおすすめです。オリジナリティあるワインに仕上がったので、ぜひ飲んでみてください」。
青摘み果汁を初めて使ったのは2024年で、2025年も同様の造りを採用。店舗のみの販売だが、試飲してそのまま購入を決める人も多いという注目の銘柄だ。
さらに和田さんは、青摘みシャインマスカットの果汁を、デラウェアなど他の銘柄にも活用し始めている。
「デラウェアの醸造では、酸味をつけるのが難しいと感じていたのですが、青いシャインマスカットを入れたことで味わいのバランスがとれました。従来のデラウェア100%のものよりもスッキリとして飲みやすいので、おすすめですよ」。

▶︎微発泡シリーズの人気銘柄「満月」
シャインマスカットを使ったもうひとつの人気銘柄が、微発泡ワインの「満月」だ。
「シャインマスカットらしさが、よりはっきりとわかる味わいです。果実をそのままかじっているような、ジューシーでフレッシュな印象に仕上がりました」。
「満月」は甘口だが、シャインマスカット由来の自然な糖分によるもので、補糖はしていない。アルコール度数は6%程度と低めで、気軽に飲める親しみやすさがある。
「上澄みのひと口は爽やかで、底にたまった澱(おり)を混ぜると、また違った味わいになって楽しいですよ」。
店舗のみでの販売のため、ワイナリーを訪れた際には手に取りたい1本だ。

▶︎「マスカットベリーA 樽熟成 Non Filtered」
続いて、安心院小さなワイン工房のフラッグシップである「マスカットベリーA 樽熟成 Non Filtered」について見ていこう。
「マスカットベリーA 樽熟成 Non Filtered」は、自然酵母で発酵させた後、樽で1年間熟成。さらに2〜3年の瓶内熟成を経てからリリースしている。
2023年ヴィンテージからは、熟成に使用する樽をアメリカンオークからフレンチオークに変更したという。フレンチオークとマスカット・ベーリーAの相性がよいことに気付いたためだ。
「マスカットベリーA 樽熟成 Non Filtered」は根強いファンも多い銘柄だ。「樽の種類を変更したことで出た新しい魅力を味わってみてください」と、和田さん。公式ウェブショップでも購入可能なので、ぜひチェックいただきたい。

▶︎「デラウェアオレンジ Non Filtered」
安心院小さなワイン工房がリリースしているワインのうち、人気銘柄のひとつが「デラウェアオレンジ Non Filtered」だ。
「オレンジワインは高価格帯のものが多いイメージですが、安心院小さなワイン工房のオレンジワインはお求めやすい価格なので、購入する際の選択肢に入れていただきやすいのかもしれません」。
「デラウェアオレンジ Non Filtered」のクセがなく飲みやすい味わいは、オレンジワインの入門編としておすすめだ。「甲州のオレンジワインなどと同じように、幅広い層の方におすすめできます」と、和田さんは太鼓判を押す。
その他、「シャルドネオレンジ」や、店頭販売のみの「まぜこぜオレンジ」など、多彩なオレンジワインを展開している安心院小さなワイン工房。「まぜこぜオレンジ」はワインバーやスペイン料理店などでも提供されていて人気が高い銘柄だ。

『まとめ』
2024年の「日本ワイナリーアワード」では「コニサーズワイナリー」に選出されるなど、着実に評価を高めている安心院小さなワイン工房。これからの目標について尋ねてみた。
「規模の拡大などは考えていないので、現状維持をしていくことを大切にしたいですね。ワインをこれからもずっと造り続け、品質を高めていきます」。
シャインマスカットの可能性を探り、オレンジワインのバリエーションを増やすといった試みも継続していく予定だ。また、ぶどうを供給してくれる新しい契約農家が現れたり、自身の管理できる範囲で自社畑が増えたりすれば、あわせて注力していきたいと考えている。
ワイン造りは生活の手段のひとつだが、自分の今の生活が本当に好きだと話してくれた和田さん。ワイン造りが楽しいと感じているため、充実感にあふれているという。
「毎日一生懸命頑張ることを大切にしたいですね。ぶどうは、年ごとの気候が全てですから」。
造り手の優しい人柄とあたたかな思いが詰まったワインを味わいに、ぜひ一度、安心院小さなワイン工房を訪れてみてほしい。安心院でしか手に入らない美味しいワインが出迎えてくれることだろう。

基本情報
| 名称 | 安心院*小さなワイン工房 |
| 所在地 | 〒872-0841 大分県宇佐市安心院町矢畑487-1 |
| アクセス | 東九州自動車道 安心院ICから車で15分 |
| HP | https://hyakusho-ikki.wixsite.com/chiisana-wine-koubou |
