追跡!ワイナリー最新情報!『株式会社 北海道ブドウ苗木園』北海道でのワイン造りを支える取り組みがさらに進化

ワイン原料となるぶどうの生産に欠かせない「苗木」を取り扱うのが「苗木商」の仕事だ。今回は、主に北海道の生産者に向けてワイン専用品種の苗木を提供している「株式会社 北海道ブドウ苗木園」(以下、「北海道ブドウ苗木園」と表記)の最新情報をお届けする。

北海道ブドウ苗木園の代表を務める家島直希さんは、大のワイン好き。ワイン業界で働きたいという強い思いを持ち、ワイナリーを支える存在である苗木商になる道を選んだ。

北海道ブドウ苗木園では、何十種もの台木と穂木の組み合わせを試しながら、耐寒性に優れたこだわりの苗作りを実施。品種交配やウイルス対策にも力を入れており、日本ワインの未来を考えた活動を積極的におこなっているのだ。北海道ブドウ苗木園の今に迫っていこう。

『苗木商が造るワインが初登場』

2024年、北海道ブドウ苗木園は初のワイン醸造に取り組んだ。なぜ苗木商である北海道ブドウ苗木園がワインを造ることになったのか。また、醸造に使用した「メイヴ」というぶどうは、いったいどのような特徴を持つ品種なのか。

次々に新しいチャレンジを続ける北海道ブドウ苗木園の取り組みについて詳しく伺うことができたので、余すところなく紹介していきたい。

▶︎「メイヴ」という品種の特徴

「日本で交配されたメイヴという品種を使って、委託醸造で初めてワインを造りました。新しい品種なので、導入を検討される栽培家の方に飲んでいただくためのワインです」。

醸造したのは、ロゼスパークリングワインだ。メイヴは幅広い気候帯に適用できる強さがあり、耐病性も非常に高い。北は北海道の網走近く、南は沖縄でも栽培実績があり、日本での栽培に適した品種だという。

「今後の気候変動にも耐えられる品種だと考えています。ますます気温が高くなる日本でも、安定的な生育が期待できます。さらに、寒さに強い特性も持っています。自社圃場で育てたメイヴは、2年目にしてひと株あたり1kgも収穫できました」。

ワイン専用品種は、一般的に植栽後3〜4年目から本格的な収穫が可能になることが多い。北海道ブドウ苗木園の圃場にメイヴを植栽したのは2023年。そのため、2024年の収量予測は当初40kgほどを見込んでいた。

どのような味わいに育つのか、周囲の人たちと一緒に味見ができる程度の収量が確保できればと期待していたが、実際にはなんと200kgもの大豊作で、嬉しい誤算だったと笑顔を見せる家島さん。

「生育中に病気にかかることもほとんどなく、収穫まで薬剤を使用する必要がなかったことにも驚きましたね。薬剤を使いたくないという自然派のワイナリーさんにもおすすめしやすい品種です」。

苗木の購入希望者からの、病気に強い品種を求める声は多い。湿気に弱いヨーロッパ系のワイン専用品種の場合、高温多湿な日本の気候で栽培するには防除が欠かせないが、メイヴならより少ない防除でも健全に生育する可能性が高いと考えられる。

家島さんがメイヴを育てた北海道ブドウ苗木園の圃場は、もともと水田だった土地だ。水分量が多い土地はぶどう栽培に適さないと言われるのが通説であるが、メイヴは幅広い環境への適応力を兼ね備えていると言えそうだ。

「メイヴは醸造用としても使える品種ですが、北海道ブドウ苗木園では、接ぎ木の台木としても使用していますよ。北海道でメイヴの苗木を購入できるのは、北海道ブドウ苗木園のみです。これから多くの方に栽培していただけると嬉しいですね」。

▶︎苗木商がワイン造りをする意味

ひとりのワイン・ラヴァーとして、自らワイン造りに携われたことは素晴らしい経験だったと振り返る家島さん。

「メイヴの醸造においては、酸が強い点と、独特の土の香りがある点で工夫が必要だと感じました。そこで、今回は土の香りを抑える醸造方法を採りました」。

実施したのは、ワインの清澄度を上げるための「澱(おり)下げ」という作業だ。その他はほとんど手を加えず、高い酸を生かしてロゼスパークリングに仕上げた。

なお、メイヴの醸造は家島さんの知り合いである、長沼町のワイナリーに依頼。急遽の依頼だったにも関わらずこころよく受け入れてくれたことに感謝が尽きないと話してくれた。2024年に仕込んだメイヴのワインはハーフボトルで280本ほどで、2025年春以降にリリース予定だ。

「実際に醸造を経験することで、メイヴは搾汁率が低いことなど、新たな発見もありました。醸造したワインは、新しく導入する品種がどんなワインになるのかを紹介するツールのひとつとして活用していきます」。

苗木商がワイン醸造をおこなう例は国内外を見ても非常に珍しい。北海道ブドウ苗木園ならではの独自性ある取り組みとして、これからも家島さんは「苗木商だからこそできるワイン造り」をおこなっていく。

『北海道ブドウ苗木園の新たな挑戦』

続いては、苗木生産に関するトピックに移りたい。家島さんが以前から力を入れていた、ウイルスフリー苗を広めるための取り組みが一歩前進したそうだ。具体的には、どのような取り組みがおこなわれたのだろうか。

北海道にあるワイナリーの未来のために、数々のチャレンジをしている家島さん。中でも注目したいのが、ウイルスフリー苗を作るためのラボをスタートさせたことだ。ラボの目的と取り組みについて詳しく伺った。

▶︎ウイルスフリー苗の「ラボ」が始動

「ラボでは、ウイルス感染していない細胞を培地で育て、クリーンな苗にするための実験をおこなっています。どのくらいのクリーン度を保てるかという試運転の段階です。ワイナリーさんからウイルスに感染した苗を預かって、ラボでクリーンな状態に戻してお返しするサービスの提供を想定しています。実用化は、早くて2027年くらいになると思いますよ」。

ここで、ウイルスに感染した苗をクリーンな状態に戻す仕組みについて、簡単に解説したい。ぶどうの新梢の先端には、成長点と呼ばれる「細胞分裂する場所」がある。その成長点を切り出して培養することで、ウイルスに感染していない状態の細胞を増やし、新たに健全な苗を作り出すというのが大まかな仕組みだ。

「理論上は、ウイルスの増殖速度よりも新梢の細胞分裂のスピードの方が早いのです。先端を切り出して培地の中で育てると、やがて根っこが出て苗になっていきます。よい房をつける苗をウイルスフリーの状態に戻すことができれば、長い目で見たときに畑にとってプラスになるはずです」。

ただし、切り出した一部から苗の状態まで育てるには、およそ2年ほどの歳月がかかる。最初の1年間はビーカーの中で育て、成長に従って徐々に外の環境に慣らしていく。

途中でカビが生えてしまったり、枯れてしまったりといった失敗も幾度となく繰り返しながら、試行錯誤を続けてきた。その度に失敗の原因を突き止めて改善したことにより、成功率は徐々に向上。今後の進捗が楽しみである。

▶︎新品種交配プロジェクトを推進

2024年の醸造に使用した品種であるメイヴの、台木としての評価についてもお話いただいた。耐病性が高く北海道でも順調に生育するメイヴは、非常に優秀な台木になるポテンシャルを持っているという。

「以前は、耐寒性のあるヤマブドウを台木とする方向で研究を進めていましたが、ヤマブドウは年によって生育状態が安定しない傾向があるため、現在は安定性の高いメイヴにシフトしつつあります。今後はさらに、メイヴの台木としての可能性を追求していきたいです」。

さらに、メイヴから新品種を生み出すことにも挑戦している家島さん。北海道で簡単に栽培でき、レベルの高い味わいを表現できる品種を目指している。

新品種を生み出すには「交配」が必要になる。10回、20回の交配では求める性質のぶどうにはたどり着くことは難しいため、目指す性質を持つ苗を作るには、何千回という交配作業を繰り返すことになる。たったひとつでも、優れた特性を持つ新品種が生まれればという希望を持ちながら、気が遠くなるような手間と時間をかけるのだ。

「具体的には、初期生育がよいものを選抜し、その後は実の付き具合を見てさらに選抜します。メイヴ特有の強さを受け継ぎつつ、もっと美味しい品種を作りたいですね」。

難しいプロジェクトではあるが、家島さんは前向きだ。理由は「ひとりではない」から。近年はワイン用ぶどうの交配に興味を抱く人が増えているそうだ。

「協力したいと申し出てくださる人もいらっしゃるので、ありがたいですね。日本は生食用ぶどうの交配技術が進んでいますから、専門家のお話を聞くと非常にためになります。生食用ぶどうの交配に詳しい方が興味を持ってくださることもあるので心強いです」。

夢を現実にするまでの道のりは、決して平坦ではないだろう。しかし、家島さんの明るい表情からは、夢が叶う未来が見え隠れしている。

『苗木商が考える日本ワイン業界の課題』

ここからは、日本ワイン業界が抱える課題について、苗木商の立場からどのように見ているかについてお話いただいた内容を紹介していこう。

気候変動への対応と、ウイルスを広めないことの重要性の2点を挙げていただいた。

▶︎気候変動にどう対応していくか

日本のワイナリーが今後求められるのは、いかに耐病性の高いぶどうを育てるかだと家島さんは話す。

気候の変動はますます激しくなってきており、もともと梅雨がないことで知られていた北海道にも、すっかり「蝦夷梅雨」が定着してしまった。生育時期の雨量の増加によって必要な防除の回数が増え、ワイナリーの手間とコストは上昇する一方だ。

「温暖化や降水量の変化は、生育状況だけでなく、もちろん果実の味にも影響します。以前までは北海道のワインに特徴的だった酸ですが、維持するのがだんだんと難しくなっています。これまで通りの栽培管理では、酸をキープできないという悩みを訴えるワイナリーさんが増えているのです」。

ワインの味わいを構成する要素として、酸は重要な一角を担う存在だ。そのため、クリアな酸をいかにして残すかが、北海道エリアでワインを造る上での課題になってくるだろう。

酸が落ちやすい傾向がある品種の栽培に見切りをつけ、暖かい気候にも適応能力が高い品種を新たに探す農家が北海道に増えてきている今だからこそ、北海道ブドウ苗木園のさまざまな取り組みが価値を持ってくると言えそうだ。

▶︎ウイルスを広めない意識が大切

家島さんが苗木商として発信したいことのひとつに、「苗木のウイルス問題」がある。生産者がウイルスを広めないための意識を持つことが、日本のワイナリーを救うことにつながるというのだ。

「ウイルスに感染した苗が1本でもあると、虫の媒介などによって一気に畑中に広がってしまう危険性があります。そのため、新しく導入する苗が確実にクリーンであることを重視して欲しいと考えています」。

ウイルス感染した苗は生育状況が思わしくないことも多く、畑全体にウイルスが蔓延すれば、収量の大幅な低下などが避けられない。最初からウイルスフリーの苗を使用することで、栽培のしやすさと安定的な収量を得られるだろう。既存ワイナリーが追加で植栽する時はもちろん、新設ワイナリーもウイルスフリー苗であることを確認した上で購入することが大切だ。

ウイルスフリーの苗を手に入れるためには、ウイルスフリーに賛同する苗木商からの購入が確実だ。ウイルスフリーに賛同しているかどうかは、「一般社団法人 日本ワインブドウ栽培協会(JVA)」という機関に加盟しているかどうかで判断できる。もちろん、北海道ブドウ苗木園もJVAに加盟している。

「JVAでは、国内生産と輸入の全てにおいて、ウイルスフリー苗を取り扱っています。ワイナリーさんの間で、ウイルス感染した苗木は使うべきではないという考えがさらに浸透していくことを願っています。ウイルスフリーへの意識が高い苗木商がいるのだということを、より多くの方に知っていただきたいですね」。

『北海道ブドウ苗木園のこれから』

今後も、苗木商としてさらなる探求を続けていく北海道ブドウ苗木園。

最後に紹介するのは、家島さんの直近の取り組みと、北海道ブドウ苗木園の2025年以降に掲げる目標についてだ。

▶︎イタリアで組織培養・交配育種を学ぶ

2025年2月、家島さんは研修のためにイタリアを訪れた。訪問先は、苗木の組織培養を手がける民間研究所だ。

「民間施設なので、限られた予算や設備の中でどのように利益をあげつつ組織培養をおこなっているかについて学べる、よい機会になりました。交配育種なども見せてもらい、お互いにさまざまな情報共有ができましたね」。

北海道のワイナリーのために何ができるのかを、全力で考え実践している家島さん。視野を広く持ち、日本だけでなく世界の動向も把握しながら、新しい品種の開発などに取り組んでいきたいと熱意を持って話してくれた。

▶︎ハウス栽培で温暖な環境を再現

もうひとつ、北海道ブドウ苗木園が力を入れていきたいと考えているのが、ぶどうのハウス栽培だ。ワイン原料として使用するぶどうは、一部の地域を除いて露地栽培するのが一般的である。しかし、家島さんがあえてハウス栽培にチャレンジするのは、未来を見据えているからこそだ。

「これから、ますます温暖化が進んでいくことでしょう。そこで、ビニールハウスを使って温暖な環境を再現した状態でぶどう栽培をすることで、現在よりもさらに温暖な環境下での生育状況を把握でき、課題が見つかると考えています」。

世界のトレンドとしては、暑いエリアでのワイン造りも確実に増えてきつつあるという。環境の変化や時代の流れを見極め、早い段階でできることを着実に実践していくのが家島さんのスタイルなのだ。

『まとめ』

家島さんの言葉からは、常にワイン生産者への尊敬と、ワインへの愛情が感じられる。苗木商としての枠にとらわれず、多くの人と広く繋がっていきたいという家島さんに、ワイナリー関係者に伝えたいことがあるかと尋ねてみた。

「ぶどう栽培とワイン醸造をしている中で感じたことや考えていることを、率直に聞かせていただきたいと思っています。『こんな特性を持つ品種が欲しい』といった要望があれば、ぜひお知らせください。オリジナリティがある取り組みをしている方とも、世代や地域を超えて協力していけたら嬉しいですね」。

北海道ブドウ苗木園が開発中の新品種を試験栽培してみたいという人がいれば、直接連絡して欲しいと話す家島さん。北海道のワイン造りを支えられる存在になるため、たくさんの人と共によりよいものを目指していきたいと考えているのだ。

家島さんは自身の取り組みや知識などを全てオープンにして、SNSやブログで発信している。「包み隠さず何でも公開していると、自然と色々な場所から声をかけていただけるようになりました」と微笑む。イタリア研修も、ネット経由で家島さんの活動を知った方がイタリアでの研修先を紹介してくれたそうだ。

家島さんが運営するブログはふたつある。ワインの感想を中心とした個人ブログ「北海道ワイン・ラヴァー」と、苗木商の業務内容を中心に発信している会社のブログ「北海道ブドウ苗木園のブログ」。苗木商の仕事の様子からマニアックなワイン知識まで、広く深い情報に触れられるはずだ。

日本ワインの未来を、独自の考えと手法で支えていこうとしている北海道ブドウ苗木園の活動に、これからも引き続き注目していきたい。


基本情報

名称北海道ブドウ苗木園
所在地〒061-1366
北海道恵庭市北島 山手町2丁目4-7
ブログhttps://hokkaido-grapevine-nursery.com/

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