『Yuz farm & vineyard』宮城の山間部で、理論と情熱のワイン造りに挑戦

宮城県の南西部、蔵王連峰の麓に広がる刈田郡七ケ宿町(しちかしゅくまち)の山あいの一角に、故郷の気候を信じてぶどう栽培の新たな歴史を切り拓こうとする、ひとりの醸造家がいる。今回紹介する株式会社ユズファームワイナリー「Yuz farm & vineyard(ユズ ファーム アンド ヴィンヤード)」の代表取締役 兼 栽培醸造責任者である、荒井謙(あらい ゆずる)さんだ。

長野県のワイナリーで6年間の経験を積んだ後、故郷に戻って自らの手で荒れ地を開墾することからスタートした荒井さん。ぶどう栽培の実績がない土地での挑戦を選んだのはなぜなのか。また、荒井さんのワイン造りを支える思いとは。

理論的な思考と、ものづくりへの静かな情熱を胸に、宮城のテロワールを追求する荒井さんの物語を紐解いていきたい。

『偶然の出会いから始まったワインとの関わり』

まずは、荒井さんがワインの世界に足を踏み入れ、造り手として独立するまでの道筋を辿りたい。すべての始まりは、大学時代の偶然の出会いにあった。

荒井さんは宮城県の出身で、現在「Yuz farm & vineyard」がある七ケ宿町は、父方の祖父母が代々暮らしてきた土地だ。また、荒井さん自身は隣町で生まれ育った。

大学進学を機に上京し、食品系の栄養学などを学んでいた荒井さんの運命が大きく動き始めたのは、大学3年生の時だった。

▶︎夢中で取り組んだ「ワイン科学」

「山梨大学のワイン科学研究センターで、センター長として活躍されていた教授が退官されて、私が在学していた大学に移ってこられたのです。新設された『食品フレーバー科学研究室』の教授として着任されたのが、私が4年生になって研究室に入る直前のタイミングでした」。

食品フレーバー科学研究室の第一期生になった荒井さんは、教授のもとで日々ワインの味や香りを科学的に解明することを研究課題とした。「教授との出会いがなければ、私はワインに関わる道には進んでいなかったでしょう」と、当時を振り返る。

一期生であったため、研究機材も十分には揃っていなかった。しかし、ワインを学術的に研究できるという稀有な機会を得た荒井さんは、チャンスを逃すまいと研究に明け暮れた。卒業後は大学院に進学し、3年にわたってワインに関する研究に没頭したのだ。

「研究していたのは、甲州のアフターテイストに残る苦味のメカニズム解析などです。味や香りは非常に複雑なメカニズムで成り立っています。ひとつの成分だけで決まるのではなく、様々な成分の相互作用によって生まれるのです」。

同じ「苦味」であっても、アルコール度数や残糖量が違うだけで人の感じ方は変わってくる。単純に『何かの成分が多いから苦くなる』というものではないのだ。

科学者としての冷静な視点からワインを探求する日々を過ごす中で、荒井さんの中には「自分もワインを造ってみたい」という情熱が芽生え始めたという。

しかし当時は、今ほどワイナリー数が多くなかったため、就職先としての選択肢は非常に限られていた。なんとかワイナリーに就職したいと模索する中で、長野県にある大手ワイナリーが人材募集をおこなっているのを見つけた。そして、荒井さん以外の希望者はワイン専門の大学院出身者ばかりだった中、狭き門をくぐり抜けて見事採用を勝ち取った。

▶︎ワイナリーでの活躍から独立まで

就職したワイナリーでは、約6年の間、栽培管理から醸造まで幅広い経験を積んだ。年間生産本数約25万本と規模の大きな会社だったが、荒井さんが在籍していた時期はちょうど会社の方針の転換期にあたっていたという。

「会社に所属している以上、目標とする生産量を効率よく達成することが求められます。しかし、私自身は、とことん納得のいくものづくりをしたいという気持ちが強くありました。そのため、会社員としての立場と、造り手としての信念の間で、次第に葛藤が大きくなっていきました」。

悩んだ末に、自らの手でワインを造る道を選んだ荒井さんは、独立を決意した。2020年のことだった。

▶︎故郷・宮城でのぶどう栽培を決意

前職で得た経験から、よいワインを造るにはよいぶどうが不可欠であることを身に染みて理解していた荒井さん。同時に、原料ぶどうが不足しているために、必ずしもよい原料だけが手に入るとは限らない現実も知っていた。そのため、本当によいワインを追求するなら、自分でぶどうを育てることが必要だという結論に達したのだ。どこでぶどう栽培とワイン醸造をおこなうかを検討して、選んだのは故郷である宮城県だった。

「宮城は平野の多い『米どころ』で、果樹栽培はあまりおこなわれて来なかった土地です。今も七ケ宿町では、本格的に果樹栽培をしているのは私だけですね。もちろん、ワイン用ぶどう栽培の実績もありませんでした」。

ぶどう栽培の実績がない土地での挑戦はリスクも大きかったが、荒井さんには確信めいた「肌感覚」があった。長野でワイン造りをしていた時に感じていた気候と、七ケ宿町の気候が似ていると感じていたという。

「七ケ宿町は山間地域で、山の気候特有の寒暖差があって夜温が下がります。宮城の他の地域は平野が多いため夜温が下がりにくいのですが、七ケ宿町はぶどう栽培をする上での条件がよい場所だと感じていました」。

きっとよいぶどうが育つはずだと感じた荒井さんは、自らの感覚を信じて故郷に戻ることを決めたのだ。

▶︎未来を見据えて歩み続ける

ワイナリーの立ち上げがどれほど大変かについて、荒井さんは熟知していた。ワイナリーに勤務していた時に、新規ワイナリーの立ち上げ支援や研修にも関わっていたため、10年スパンで本腰を入れて考えなければならないプロジェクトであることを理解していたのだ。

「時間と労力がかかる取り組みだからこそ、定年後から始めるのでは遅いと思っていました。10年かかることを見越して、若いうちから動きたいと考えて30歳で独立したのです」。

荒井さんは、ワイン醸造技術管理士(エノログ)の資格を有している宮城県で唯一の存在だ。

「資格や実務経験だけでなく、学術的なバックグラウンドがある点は、私の強みのひとつですね。経験や知識を品質に生かせるように、努力を続けていきたいです」と話す荒井さんの穏やかな口調には、確かな自信と覚悟が滲んでいた。

『未来を見据えた畑作りと、クローンへのこだわり』

ここで、Yuz farm & vineyardのぶどう栽培に話題を移そう。栽培における最大の特徴は、品質へのこだわりと独自の哲学が凝縮された畑作りにある。

荒れ果てた畑を整えるところから始まった畑作りは困難の連続だったが、時間をかけたからこそ、こだわりの畑を実現することができたという。

▶︎ブルゴーニュ・スタイルを意識した品種選定

まずは、Yuz farm & vineyardが栽培している品種を見ていこう。植栽済みの13品種のうち、メインはシャルドネとピノ・ノワールだ。品種選定と目指すスタイルには、前職のワイナリーでの経験が大きく影響している。

「前職で力を入れていて世界品質を目指していたのがシャルドネだったことと、ブルゴーニュの造り手との関係性が深いワイナリーにいたことに強く影響を受けていますね。Yuz farm & vineyardでも、スタイルや造りはブルゴーニュをイメージしています」。

荒井さんが目指すのは、酸や果実味、余韻を大切にするスタイルだ。栽培している中にはボルドー系の品種もあるが、仕上がりは『ブルゴーニュのようなスタイル』を意識しているという。

▶︎手作業での開墾と、行動で示した覚悟

Yuz farm & vineyardのぶどう畑が、現在の姿に完成するまでのストーリーを紹介したい。故郷に戻った荒井さんを待っていたのは、荒れ果てた土地だった。

「雑草というレベルを通り越して、木が生い茂っているような状態でした。重機を借りる資金もなかったので、手作業で畑を開墾することから始めました」。

身内の協力を得ながら懸命に畑を切り拓いていったが、畑作りを始めた当初は、周囲の風当たりが強かったという。実績がない新規就農者がぶどう栽培をすることに対して、補助金や融資の審査はなかなか通らなかった。書類上は問題がなかったものの、前例のない取り組みに対しては成功を疑う声の方が多かったのだ。

しかし、荒井さんには立ち止まっている時間はなかった。補助を待つ時間も惜しいと、退職金の全てを注ぎ込んで苗木を購入した。

「言葉であれこれ説明するよりも、行動で示そうと考えました。私の覚悟を知ってもらいたかったのです」。

最初に植えたのは、シャルドネ200本とソーヴィニヨン・ブラン50本。当時は全国的にワイナリー設立ブームが起きていた時だったため、苗木の確保も困難な状況だったが、前職時代の人脈も駆使してなんとか入手したという。

荒井さんの行動と覚悟は、次第に周囲を動かしていく。無事に融資を受けられることになり、資金が増えたことで定植本数を5000本まで伸ばすことができた。5年以上かかったが、畑はようやく目指す姿に近づきつつある。

「段階的に植栽してきたため、初期に植えたぶどうが収量のほとんどを占めています。本格的な収穫はこれからですので、ボランティアの方々の力も借りながら、引き続き数年かけて合計2haの畑を完成させていきたいと考えています」。

▶︎緻密に設計した自社畑でのぶどう栽培

畑作りにおけるこだわりに、「クローン苗」の活用がある。Yuz farm & vineyardの独自性を象徴する取り組みのひとつだと言えるだろう。クローンとは、DNA的に特定されている、いわゆる血統の様なもの。同じ品種の中でも世界的に優れた実績を示している系統のことである。

Yuz farm & vineyardの畑には、荒井さんが選定した優良なクローンを導入。また、区画ごと、垣根の列ごとにどのクローンを植栽したかをしっかりと管理しているという。

「最初から自分で畑をじっくり作ったからこそできた施策です。苗木の確保や畑の区画管理が煩雑になるため、スピード重視の事業展開ではクローンまで考慮した畑作りは難しいでしょう」。

個人事業主としてスタートし、時間をかけて畑作りを進めてきたことを、荒井さんは肯定的に捉えている。クローンにこだわる理由について尋ねると、「研究者としての視点」に基づいているという回答だった。

「クローンによって全てが決まるというわけではありませんが、『特性が分かっていて実績のあるピノ・ノワールのクローン苗』の方が、結果や良し悪しの判断がつきやすくなります。原因不明でうまくいかなかったという事態を減らせることは、大きなメリットだと感じています」。

ぶどう栽培に対する理論的なアプローチは、ワインを科学的に分析する研究に打ち込んできた荒井さんならではの発想だろう。

「将来的には、クローンごとの特徴を表現できるような醸造ができればと考えています。例え、仕上がりに明確な差が出なかったとしても、『ピノ・ノワール Clone 777の系統は、七ケ宿町ではこのようなスタイルになる』ということが分かれば、醸造の方針を立てる上で重要な指針になります。収穫期もクローンによって異なりますし、わかっている情報をアッサンブラージュで生かすこともできるでしょう」。

▶︎自社畑の歴史と特徴

Yuz farm & vineyardの圃場は、50〜60年前に地域共同での桃栽培がおこなわれていた場所だった。果樹栽培の実績が少ない土地としては、栽培に適していたということだろう。

「近くを川が流れていて、水分が川に向かって流れていきます。水はけがよくぶどうに適度な水分ストレスがかかりやすいため、果樹にとっては理想的な環境です」。

畑は南向きの傾斜面に位置しており、太陽光を効率よく集められる立地だ。太陽光によって地温が上がるとぶどうの生育が早まるため、日射量を最大限に取り込めるよう計算して垣根を並べるなど、工夫を凝らしている。

▶︎地域貢献と「りんご園再生プロジェクト」

Yuz farm & vineyardでは、ぶどう以外に桃やりんごも栽培している。荒井さんがぶどう栽培を始めた頃、近隣で桃・りんご園を営んでいた方が、後継者が見つからないまま亡くなってしまったそうだ。手入れができなくなった果樹園には病気や虫の被害が出て、悲惨な状態になっていた。

前職でシードル生産にも携わっていたことから、将来的には宮城のりんごでシードルを造りたいと漠然と考えていた荒井さん。畑の所有者の家族の希望もあり、荒井さんは栽培を受け継ぐことを決意した。

りんごの栽培に関しては全くの未経験だったため、「りんご園再生プロジェクト」と名付けた有志団体を立ち上げた。ボランティアや有識者を募って、教えを請いながら協力して果樹園の再生に取り組んだのだ。

「受け継いだ果樹園には、20品種ものりんごが植栽されていました。最初は状態がよくなかったため翌年は開花しませんでしたが、2年後には持ち直しました。4年目を迎えた2025年には、ほぼ100%の収量まで復活しています。りんごの収量は8tあるため、委託醸造でのシードル製造もしています」。

Yuz farm & vineyardのシードルはこれまでも数多くの国内外のコンクールにて受賞をしている。直近では、「Cidre Varietal Series『紅玉』Brut 2024」が、国際コンクール「Fuji Cider Challenge 2025」で「SILVER」受賞という快挙も果たした。地域に残された資源を生かして、新たな価値を生み出しているのだ。

『Yuz farm & vineyardのワイン醸造』

続いては、Yuz farm & vineyardが目指すワインのスタイルについて見ていきたい。

荒井さんが追求するのは、この土地ならではの強みを生かした、熟成ポテンシャルの高いワインだ。熟成ポテンシャルを上げるための工夫や取り組み、荒井さんの信念に迫る。

▶︎土地の強みを生かした「樹上完熟」

荒井さんが造りたいのは、「日本人の日々の生活に馴染むワイン」。普段の食事に寄り添い、合わせられるスタイルを目指す上で重要となるのが「酸」である。

近年は温暖化の影響もあり、気温が上昇して寒暖差が起きにくくなっているため、ぶどうが熟す過程で酸をキープしにくくなっている。だが、Yuz farm & vineyardの畑は異なると荒井さんは言う。

「自社畑のぶどうは、酸がしっかりと残るという特徴があります。夜温が急激に下がるため、酸を残したまま完熟期を迎えることができるのです。非常に恵まれた環境ですね」。

酸のキープが容易なため、収穫を急ぐ必要もない。木の上でギリギリまで完熟させる「樹上完熟」が可能になることから、ワインの品質に決定的な違いが出るという。

「樹上完熟させることで、糖分はもちろん、様々な香りやその他の成分をぶどうの中に蓄積させることができます。ワインが長期熟成するためのポテンシャルをしっかりと高めることができるというわけです」。

▶︎高品質なぶどうを求めて

樹上で完熟したぶどうは、熟成に耐えて樽の風味に負けないポテンシャルを有している。しかし、糖度だけが品質の目安になるわけではなく、他の多様な成分も同様に重要だと荒井さんは考えている。

熟成とは、表現を変えれば「緩やかに酸化していくこと」である。熟成の過程で、ワインの風味は刻々と変化していく。

「ぶどうの中に多様な成分が蓄積されていない場合、重要な香り成分などは酸化が進む中で徐々に失われていきます。そのため、熟成によって複雑味を増していくためには、ぶどうそものもが持つ成分の多様性が不可欠なのです」。

2025年ヴィンテージまでは、Yuz farm & vineyardのワイン造りは委託醸造に頼ってきた。さらに、ぶどうの樹齢も3〜4年と若く、荒井さんが思い描くワイン醸造からは距離がある。しかし現時点でも、「ぶどうの強さ」がワイナリーの強みのひとつだと荒井さんは言う。

「自社醸造を始めた後に、ぶどうが持つ強みがさらに明確になるはずです。ぶどうのポテンシャルを最大限に引き出すために、栽培努力を怠らず、引き続き丁寧に取り組んでいきたいですね」。

『まとめ』

Yuz farm & vineyardは、2026年秋に自社醸造を開始するための計画を推進中だ。次の一歩を踏み出すため、クラウドファンディングも立ち上げた。2025年12月31日まで開催中のクラウドファンディングは目標金額を達成。引き続き、ネクストゴールの500万円に向けて支援を呼びかけている。夢を共に作る仲間として、Yuz farm & vineyardへのサポートに興味を持った場合には、ぜひプロジェクトページをチェックして欲しい。

ワイナリーが完成した後の展望について尋ねると、荒井さんはまず「とにかく自社畑を大事にしたい」と語った。品質の根幹は、やはり畑にあるからだ。そのため、最高のぶどうを作ることに全力を注いでいく。

「品質のよいワインを造ろうと思ったら、原料の品質を追求することが大前提です。樹上完熟を目指す上では、天候や病害、獣害など様々なリスクを負わなければなりません。リスクがあるとわかっていて契約農家さんにお願いすることは難しいため、自分でやるしかないと思っています」。

自社醸造を開始した後は、国際的な舞台で評価されるワインを目指したいと話す荒井さん。学術的な知見に基づいた理論的なアプローチと、造り手としての熱い情熱の両輪で世界の舞台へと挑む。

価格以上の品質を目指し、感動を与えられるワインを造るために、品質を徹底的に追い求める荒井さんの言葉からは、飲み手に対する誠実さが感じ取れる。Yuz farm & vineyardの躍進を、これからも引き続き追いかけていきたい。

基本情報

名称Yuz farm & vineyard(ユズ ファーム アンド ヴィンヤード)
所在地宮城県刈田郡七ケ宿町
HPhttps://www.yuzfarm.com/

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