2016年、鳥取市初のワイナリーとして誕生した「兎ッ兎(とっと)ワイナリー」は、代表・前岡氏の「鳥取でワインを造りたい」という思いを実現するために、「ワイン造りを通じた地域貢献」を理念として鳥取のテロワールを表現する挑戦を続けている。
鳥取の風土に適した品種を見極めるため、自社畑では約20種を試験栽培。さらに、鳥取の気候に適応するオリジナル品種「宇倍野(うべの)」と「Lino(リーノ)」を10年かけて開発した。また、化学肥料や除草剤に依存しない草生栽培を実践し、自然と共存するサステナブルな農業を貫いている。
ワイン造りでは、低温発酵によって「ぶどう本来の味わい」を最大限に引き出すことを追求。果実味とフレッシュな酸が特徴で、ワイン初心者にも親しみやすい味わいが特徴だ。
今回は、2023〜2024年のぶどう栽培とワイン醸造について、栽培醸造担当の野口涼さんに伺った。開催されたイベントの話題についても聞くことができたので、兎ッ兎ワイナリーの今を掘り下げたい。
『兎ッ兎ワイナリー 2023〜2024年のぶどう栽培』
まずは、2023年と2024年のぶどう栽培を振り返っていこう。大雨に悩まされた2023年と、猛暑だが品質のよいぶどうが生まれた2024年。天候によるぶどうの違いや生育の差や、栽培に関する新たな取り組みなどをお話いただいた。
工夫や栽培努力で難しい天候を乗り越えた兎ッ兎ワイナリーのぶどう栽培の様子を詳しく紹介していこう。
▶︎大雨の影響を受けた2023年
2023年は、とにかく雨と猛暑に悩まされた1年だった。5月末から7月中旬までの長い梅雨となり、梅雨明け後の25日間は全く雨の降らない日が続いたのだ。
「その後も乾燥した気候が続けばよかったのですが、8月中旬に大型台風が襲来しました。鳥取は特別警報が発表されるほどの大雨に見舞われたのです」。
9月の雨を避けるために一部は前倒しで収穫したが、様子を見たことで棚の一部が壊れた畑もあった。また、雨量が多くぶどうが水分を吸ってしまったことから、裂果も多く見られた。特に、雨が降らなかった期間から一転して大量の雨が降ったことが影響したのだ。
「収穫時期を調整するなど、ぶどうのコンディションを注意深く見ながら対応することを心がけました。とにかくぶどうをしっかり観察することを徹底して、なんとかシーズンを乗り越えましたね」。
困難も多かった2023年だが、喜ぶべきこともあった。収量が前年よりも増加したのだ。栽培が軌道に乗ってきた品種が増えたため、全体の収量を落とすことなくシーズンを終えることができたという。造り手達の努力が実を結んだ証といえるだろう。

▶︎高品質なぶどうが収穫できた2024年
2024年は、乾燥した気候が高品質なぶどうを育んだ年だった。暑さの点では2023年以上だったため、作業する上では辛い面もあったが、すばらしいぶどうができたのだ。
「春先にはすでに気温が高くなり、9月の暑さが特に印象的でしたね。酷暑ではありましたが雨が降らず乾燥した気候だったため、熟度の高いぶどうができました。満足のいくワインができるヴィンテージになってくれそうです」。
リリース済みのワインもできがよく、瓶内熟成中のものもポテンシャルを感じる仕上がりになりつつあるという。
気温の上昇や日照量の増加は、ぶどうにとってよい影響と悪い影響の両方をもたらす。温暖な気候は力強い果実味のある豊かなワインを生む一方で、強すぎる太陽光や過度の乾燥が大きなダメージを与えかねない。日照や乾燥への対策は、年々重要度を増しているのだ。そこで兎ッ兎ワイナリーでは、ふたつの取り組みをおこなっている。
ひとつは、日陰の面積を増やすこと。具体的には、棚栽培の枝の先端を下に垂らして仕立てることで、直射日光にあたる量を減らして日焼けを防いでいる。
「房に日光を当てることは大切ですが、鳥取の日差しは強すぎるために当てすぎると日焼けしてしまいます。そこで、枝を水平ではなく下方向に伸ばして日陰を作り、房を日光から守っているのです。2024年の取り組みが功を奏したことが確認できたため、2025年も引き続き実施しています」。
続いて、もうひとつの取り組みは、畑の下草をあえて残すことだ。梅雨明け直前に一度草刈りをして以降、草を伸ばすことで地面の乾燥を防いだ。また、2024年に関しては、畑やぶどうの状態を見つつ、定期的な水やりも実施した。灌水をしないと、暑さで枯れてしまうほどの猛暑と乾燥だったためだ。
「兎ッ兎ワイナリーには2か所の自社畑があります。ひとつの畑は山間部にあるため日陰が多いのですが、ワイナリーのすぐ隣にある畑は日当たりがよいため、乾燥しやすいのです。日当たりのよさはぶどう栽培においてプラスの要素ですが、ぶどうへの負担が大きくなることもありますね」。
猛暑の中でのぶどう栽培は、さまざまな困難が伴う。作業するメンバーも暑さに苦しんでいるが、空調服を着たり作業の時間を早朝にずらしたりしてしのいでいるのだ。

▶︎土地に合う品種を追求
多くの品種を自社畑で栽培している兎ッ兎ワイナリーが、特にポテンシャルを感じているのは、ほとんどが日本をルーツに持つ品種だ。
「兎ッ兎ワイナリーがぶどう栽培をスタートして18年が経ちました。これまでの取り組みを通じてわかってきたのは、やはり国内で開発された品種が気候に適しているということです。日本でワイン造りをしている以上、国内品種を使うことには大きな意味があると考えています」。
特に手応えを感じている品種を見ていこう。白ワイン用品種としては、ヤマブランやモンドブリエなどが挙げられる。また、赤ワイン用品種であれば、ヤマブドウ系統のヤマソービニオンや小公子などだ。
どれも収量が安定していて品質がよいが、中でも小公子は西日本で栽培面積が増えている注目の品種。着色もよく収穫量も多いため、今後のさらなる活躍が期待されるという。
そして、兎ッ兎ワイナリーといえばオリジナル品種「宇倍野(うべの)」と「Lino(リーノ)」。いずれも「鳥取でワイン用ぶどうを作る意味」を考え抜いて生み出された品種であり、実際に鳥取の気候に適応しているという実感があると野口さんは話す。雨除けをしていない畑でも病気になりにくく、品質の高いぶどうが収穫できているからだ。2023年は台風の被害を大きく受けてしまったものの、2024年には持ち直して素晴らしいワインが出来上がった。

『個性が光る兎ッ兎ワイナリーのワイン』
続いては、2023年以降のワイン造りにフォーカスしていく。2024年からは「ダム熟成ワイン」の製造もスタートした。
今後もどのようなワインが生み出されるのか、ますます目が離せなくなってきている兎ッ兎ワイナリー。ワイン造りにおける最新情報を、余す所なくお届けしよう。
▶︎ダム熟成ワイン
兎ッ兎ワイナリーの新たな取り組みが、ワインの「ダム熟成」。2023年に造ったワインを樽熟成した後、2024年からはダムの地下空間にボトルを移動させて熟成を開始したのだ。
兎ッ兎ワイナリーがダム熟成を始めたのは、「地域資源の活用」「付加価値の付与」「スペースの確保」をするためだ。
ダム熟成をおこなっているのは、一級水系千代川水系袋川に建設された「殿(との)ダム」だ。ワイナリーから車で5分ほどの場所にあるダムで、ワインを保管しているのは「監査廊(かんさろう)」と呼ばれる管理用の地下通路。空調なしでも温度が一定に保たれており、ワインの熟成に最適な環境を作り出している。環境資源を使った取り組みは、兎ッ兎ワイナリーらしいサステナブルな施策だ。もちろん、ダムで熟成したということ自体が、消費者の興味を引くきっかけにもなるだろう。
「ダムの監査廊はワインの熟成に理想的な低温環境です。さらに、地下にあるため振動が少なく安定した熟成が見込めます。ダム熟成企画は3年計画で実施しているため、リリースを楽しみにお待ちください」。
ダム熟成を実施しているのは、白ワイン用品種のモンドブリエとシャルドネ。赤ワイン用品種はメルローと小公子、甲斐ノワールだ。「ダム熟成ワイン」のリリース情報は公式SNSで発表されるため、こまめにチェックしたい。

▶︎2023年ヴィンテージのおすすめ「小公子2023」
2023年のおすすめ銘柄は、ヤマブドウ系統の品種である小公子を使った銘柄だ。
「小公子は雨で水分が増えても裂果をおこしにくいため、健全な状態で収穫できました。早生品種のため、8月下旬に降った大雨の翌週には早々と収穫できたので9月の雨が回避できました。糖度と酸度が十分にあり、果実味と凝縮感があっておすすめですよ」。
小公子と合わせて楽しみたいのは肉料理だ。特に、脂に甘みのあるジューシーな肉との相性が抜群だという。
「全国各地のブランド牛のルーツにあたる『鳥取和牛』というブランド牛が鳥取で飼育されています。中でも特に口溶けのよい脂肪であるオレイン酸を多く含む『鳥取和牛オレイン55』という牛肉と合わせて楽しんでほしいですね」。
小公子の果実感は肉の旨味に負けないボリューム感があり、ヤマブドウ由来の酸味は肉の後味をさっぱりさせてくれる。シンプルに焼いた肉と合わせても美味しいが、すき焼きのような甘みのある味付けとの組み合わせもぜひ試していただきたい。

▶︎「宇倍野(うべの)」と「Lino(リーノ)」
2024年のぶどうは全体的に品質がよかったため、素晴らしいワインができた。野口さんのおすすめは、ワイナリーオリジナル品種の「宇倍野(うべの)」と「Lino(リーノ)」を使ったワインだ。今回は「宇倍野」をピックアップしよう。白ワインの「宇倍野2024」は、華やかな香りと酸が特徴だ。甘味・酸味・旨味のバランスがよく、料理にも合わせやすい。
「『宇倍野2024』は、パイナップルや濃いグレープフルーツのような濃厚な香りを持つワインになりました。品種の個性が強く感じられる点が魅力です」。
「宇倍野」は、地元鳥取の名産品とのペアリングで最も輝く。特に、地元産の魚介類とのペアリングは、鳥取の食の豊かさを教えてくれる組み合わせだ。
「夏に鳥取湾で獲れるイカや岩ガキ、冬は名産品の松葉ガニや『モサエビ』と合わせるのがおすすめですよ」。
地元にしか出回らない「モサエビ」は、エビ味噌が濃厚で素晴らしい出汁が出る。鳥取の居酒屋で冬から春にかけて定番メニューになる逸品だ。甘みのある身と濃厚なエビ味噌の味わいが、個性的な「宇倍野」にぴったりだ。
「モサエビは鳥取に来て楽しんでもらうのが一番だと思いますし、兎ッ兎ワイナリーとしても、鳥取に足を運んでいただければ何よりも嬉しいです。オリジナル品種は鳥取の食材に合うことを目標にして作ったものなので、鳥取の食材と共に味わっていただき、『鳥取にワイナリーがある意味』を感じてください」。
「宇倍野」はシンプルな魚介だけでなく、イタリア料理にも合わせることができる。野口さんのおすすめは、「クリームソースのニョッキ」や「カニクリームパスタ」とのペアリング。鳥取県内にあるイタリアンレストランで提供された「宇倍野」と「大山鶏のクリームソースニョッキ」とのペアリングは感動的だったそう。
また、もうひとつのオリジナル品種「Lino(リーノ)」を使った「Lino2024」は、マスカットや白い花を思わせる甘い香りが特徴的だ。「宇倍野」「Lino」の2024年ヴィンテージはすでに完売済みのため、2025年ヴィンテージのリリースを待ちたい。気になる方は、公式SNSや公式オンラインショップで最新リリース情報をチェックするのがおすすめだ。

▶︎刺身に合う赤ワイン「ヤマソービニオン」
最後に紹介する銘柄は、「ヤマソービニオン2024」だ。兎ッ兎ワイナリーのヤマソービニオンは、2007年から栽培している最も古株のぶどうである。近年は樹のポテンシャルが高いレベルで発揮され始めており、豊かな風味を醸している。
「ヤマソービニオン2024」は、しっかりとした酸と控えめな渋みが特徴のピュアなスタイルに仕上がった。また、赤い果実を思わせる風味とほのかなスパイシーさがあることで、食事にも合わせやすい。特に和食との組み合わせがおすすめだ。
野口さんに提案していただいたペアリングは、「すき焼き」や「マグロなど赤身魚の刺身」。生魚と合わせられる赤ワインは珍しいため、ぜひチャレンジしてみてほしい。
その他にも、タレを使った焼き鳥や照り焼きなどにもぴったりだという「ヤマソービニオン2024」。さまざまな組み合わせを試しながら、自分だけの楽しみ方を見つけてみてはいかがだろうか。

『まとめ』
鳥取を愛し、地域貢献を目指す兎ッ兎ワイナリーの理念は、創業当初から変わらない。これからも、イベント開催やサステナブルな取り組みによって、地域社会の力になるための活動を続けていく。
「私達がワイン造りを続けられているのは、地域の方々の支えがあってこそです。地域のためにできることを考えて、今後も地域活性化のための取り組みに積極的に携わっていきたいですね」。
また、2025年2月13日には、兎ッ兎ワイナリーが企画・主催した勉強会「山陰テロワールムーブメント」を開催。山陰地方を中心としたワイナリー6社と、これから参入予定のワイナリー3社が参加した。第1部は醸造コンサルタントの講話、第2部は参加ワイナリーによるディスカッションをおこない、参加者からは「また参加したい」と好評だったそうだ。「山陰テロワールムーブメント」は、今後も年2回の定期開催を目標としている。
「山陰にワインを飲みに来るお客様の多くは、『ワイナリー巡り』をしています。お客様に他のワイナリーのことを尋ねられた時に、ワイナリー同士がそれぞれの魅力を知っていればお客様にお伝えできます。また、山陰を魅力あるワイン産地にするには、お互いを知る必要があると考えたのです。これからもみんなで集まって知恵を出し合い、高め合っていけたら嬉しいですね」。
山陰でのワイン造りをさらに加速させるために、さまざまな取り組みをおこなう兎ッ兎ワイナリー。山陰産の味覚と兎ッ兎ワイナリーの美味しいワインを堪能する山陰の旅に、ふらりと出かけてみてはいかがだろうか。

基本情報
| 名称 | 兎ッ兎ワイナリー |
| 所在地 | 〒680-0142 鳥取県鳥取市国府町麻生178-11 |
| アクセス | 鳥取駅発山崎線(日の丸バス)で15分 鳥取自動車道 鳥取IC降りて15分ほど |
| HP | https://www.tottowinery.com/ |

