『KUSAKA VINEYARDS』基本に忠実なぶどう栽培で、栃木ワインを支える存在に

今回紹介するのは、​栃木県芳賀郡市貝町にある「KUSAKA VINEYARDS」。関東平野の北東端部に位置する豊かな自然に恵まれた町でぶどう栽培をおこなっているのは、代表を務める日下篤さんだ。

牧場経営をしていた両親を見て育ち、前職では種苗会社に勤務していた経歴を持つ日下さん。地元である栃木県をワイン産地として成長させるべく、ぶどう栽培に取り組み、さらに委託醸造でワインもリリースしている。

日下さんがぶどう栽培を始めることになったきっかけと、KUSAKA VINEYARDSの栽培管理の様子を紹介しよう。日下さんのこれまでのあゆみと、KUSAKA VINEYARDSが描く未来の姿を見ていきたい。

『KUSAKA VINEYARDS設立までのストーリー』

富山生まれで北海道育ちの日下さん。両親は牧場経営をしていたが、日下さんが小学校を卒業するタイミングで離農して、栃木県市貝町に引越してきた。

「大きなくくりでいうと、農家の息子ということになりますね。私自身は動物ではなく植物を育てる道を選んだものの、子供の頃から農業に親しんできたことが、今の私を形作っていることは確かだと思います」。

▶︎農業に魅力を感じて独立

以前は種苗会社に勤務しており、栃木県内にあるトライアル圃場で、市場に出す前の製品の試験栽培に携わっていたそうだ。主に栽培していたのは、アスパラやスイートコーンなどである。

作物を育てている中で農業の楽しさを知り、次第に独立したいと考えるようになってきたそうだ。20代後半になって、将来についてより具体的に考え始め、自分が栽培するならどんな作物がよいのかと思案した結果、行き着いたのがぶどうだったのだ。

ぶどうを食べたりワインを飲んだりするのが好きだったことと、販売価格が高く加工用途が多いところに魅力を感じたという。

「前職では仕事柄農家さんとの接点が多く、『農家は儲からない』との声を聞くことが多かったですね。しかし、農業自体に強く惹かれていたので、それほど絶望的な仕事ではないのではと希望も感じていました。付加価値をつけて高値で販売できる作物なら、チャンスがあると考えたのです」。

▶︎地元でぶどう栽培をスタート

29歳の時に前職を辞め、ぶどう栽培とワイン造りを学ぶために山梨に向かった。3年間かけて独立の準備を進めたのだ。当初は山梨に骨を埋めるつもりで行ったそうだが、地元・栃木でぶどう栽培をすることに決めたのはなぜだったのか。

「地元を離れてみて、市貝町のよさを改めて感じるようになったのです。市貝町はぶどうの産地ではありませんが、知り合いが多く土地勘もある点などにメリットを感じて、地元に戻るべきだと考えました」。

雨が多い日本の気候では、多くの土地でぶどう栽培が難しいと言われることもある。しかし近年は、各地で次々とワイン産地が形成されている。それなら、栃木にもチャンスがあるのではないかという思いもあった。栃木でぶどう栽培にチャレンジしてみる価値があると考えた日下さんは、地元に戻って就農することを決めたのだ。

『KUSAKA VINEYARDSのぶどう栽培』

続いては、KUSAKA VINEYARDSのぶどう栽培にスポットを当てたい。自社畑の土壌と周辺の気候、栽培している品種についてお話いただいた。

あわせて、栃木での栽培管理についてや、ぶどう栽培におけるこだわりについても深掘りしていこう。

▶︎自社畑の土壌と気候

KUSAKA VINEYARDSの自社畑は、市貝町内と隣接する町の4か所に点在しており、広さは合計2haほど。土壌は火山灰土がメインの黒ボク土だ。肥沃な土壌のため、痩せた土地を好むぶどうにとっては肥沃すぎると感じることもあるという。

関東平野の端に位置する市貝町には平坦な土地が広がる。かつては梨栽培が盛んだったが、最近は離農する人が増えているのが現状だ。梨畑には棚が設置されていることが多く、棚はそのままぶどう栽培に使うことができる。そのため、地域で担い手がなくなる梨畑が出た時には積極的に借り受けて、ぶどう棚として活用している。

「通常であれば、棚の設置にはまとまった設備投資が必要です。そのため、梨棚を流用できるのは非常に助かっていますね。一方、荒廃地を整備して畑として使う場合には、垣根栽培をする畑として造成しています」。

市貝町の年間降水量は、1,500〜1,900mm程度。日照量も全国平均と同等で、ぶどう栽培にとってのアドバンテージを持つ土地柄とは言い難い。しかし日下さんは、そんな土地でもぶどうをうまく育てることができると証明したいと思っているのだ。

▶︎ぶどう栽培を極めたい

「私はワインを造りたいという思いよりも、ぶどう栽培を追求したいという思いの方が強いですね。ワインはぶどうありきのお酒ですが、全国的にワイン用のぶどうを栽培している農家が減ってきていると聞きます。私自身は、栃木のワイン用ぶどうを供給する立場になりたいと考えているのです」。

ぶどう栽培を極めたいという日下さんが目指すのは、ぶどうのクオリティを上げることだ。日下さんのぶどう栽培の師匠は、ワイン原料ぶどうを専門としている栽培家の池川仁さん。農業生産法人「i-vines」の代表であり、山梨県甲府市酒折(さかおり)町にある「シャトー酒折ワイナリー」の銘柄「キュヴェ・イケガワ」の原料ぶどうを栽培している人物である。

ワイン用ブドウ栽培コンサルタントで、山梨大学非常勤講師としても活動している池川さんの教えを受けた日下さんは、自分も栽培家としての道を志すようになった。

ワイナリーを設立して自社醸造をすることも検討したが、現時点では栽培に特化することで、栃木のワイン造りを支える存在になりたいと考えているのだ。

▶︎生食用品種と醸造用品種を栽培

KUSAKA VINEYARDSの自社畑では、ワイン専用品種だけでなく、生食用のぶどう栽培も手がけている。

栽培しているワイン専用品種は、赤ワイン用品種がマスカット・ベーリーA、プティ・ヴェルド、シラー、白ワイン用品種が甲州、ピノ・グリ、シャルドネだ。また、生食用ではシャインマスカット、マスカット・ノワールを栽培している。

マスカット・ベーリーAと甲州を植えた理由は、栽培技術を学んだ山梨での栽培が盛んな品種であり、研修先で苗を分けてもらえたためだ。日本固有品種は単位面積あたりの収量が多く、欧州種よりもおよそ2倍ほどの収量が確保できる点も魅力だった。デイリーワイン用にと考えて選んだこともあり、より収量が確保しやすい棚栽培を採用したのだ。

また、これまでは欧州系品種を垣根方式で栽培してきたものの、現在は改植の真っ最中だという。白ワイン用品種はシャルドネをメインに移行して、赤ワイン用品種はレインカットができる棚栽培に変更する。雨によるダメージをできるだけ小さくするための施策だ。

「軽やかな赤ワインではなく、パンチが効いた味わいのものを造りたいと考えているため、赤ワインのクオリティを高めるために棚栽培への移行を決意しました。垣根栽培では雨対策に限界を感じたため、雨除けを設置する方向への転換を決めたのです」。

野菜栽培に使用されていたビニールハウスやガラスハウスが残った土地が、離農などの理由で空くことがあるので、ハウスごと借り受けて活用しているそうだ。垣根の樹を抜いて改植しなおすことで一時的に収量が減少するものの、ビニールハウスをそのまま使うことで、設備費用を削減できる。

また、垣根から棚への変更には、他にもいくつかのメリットがある。市貝町の土壌はぶどうにとっては肥沃なため、樹勢が強くなりやすい。樹勢を抑えるためには、1本の樹を大きく育てる棚栽培のほうが向いている。さらに、雨や湿気による影響を最小限に抑えるため、グレープゾーンを高めに設定しやすいのも棚栽培のよい点だ。

「地表からの湿気でぶどうが痛みやすいと感じているため、棚のフルーツゾーンは地表から150cmくらいに設定しています。栽培方法を変更することで、悩みが改善されることを期待しています」。

▶︎ぶどう栽培におけるこだわり

栽培において日下さんがこだわっているのは、「基本に忠実」であること。師匠からの教えを守った栽培管理を実践している。

「日本におけるぶどう栽培には、先人たちが積み上げてきたメソッドがあります。自分なりの特別なアプローチは、基本のイロハができてからの話だと思っています。剪定などの基礎をしっかりとクリアすることを大切にしています。市貝町の畑で10年栽培してきて、ようやく基礎が固まってきたと感じているところなので、そろそろ次のステップに進みたいですね。これからが本当のスタートです」。

今後は土作りなど、自分の土地に合わせたアプローチを積極的に検討していく段階だ。これからもよいぶどうを作っていきたいと意気込む。

日下さんの目標は素晴らしいぶどうを栽培する農家になることなので、自社畑ではワイン専用品種だけでなく、生食用品種も栽培している。

「経営上の観点からもメリットが大きいという理由もありますが、私が重きを置いているのはあくまでも農業なので、生食用品種の栽培も継続しています。生食用ぶどうを栽培する技術はワイン専用品種の栽培にも活用できると感じています」。

『KUSAKA VINEYARDSのワイン』

ここからは、KUSAKA VINEYARDSのワインについて見ていきたい。日下さんにとってワインとはどんな存在なのかと尋ねると、「農作物として捉えている」という回答だった。

「私はぶどうもワインも同じように『農作物』だと思っているので、他の造り手さんとは少し考え方が違うかもしれませんね」。

▶︎自社栽培のぶどうを委託醸造でワインに

KUSAKA VINEYARDSのワインは、山梨県甲府市のシャトー酒折ワイナリーに委託醸造している。使用しているのは、自社栽培したぶどうのみだ。

日下さん自身、シャトー酒折ワイナリーに1年間勤務し、醸造に携わっていた経験があるため、もしかしたら将来は自社醸造をしたいと考えるようになるかもしれない。しかし、就農10年のタイミングで、今自分が本当にやりたいことは何かと見つめ直した際に出た答えは、やはり「農作物を作ることを柱にしたい」ということだったのだ。

ブレない軸を持っているからこそ、他の人との考え方の違いに悩むこともあるという。だが、ワインの主役はぶどうで間違いないのだから、自分のような考え方も「アリ」なのではないかと最近は思えるようになってきた。

▶︎気軽に楽しく飲んで欲しい

KUSAKA VINEYARDSのワインを、気軽に飲んでもらいたいと考えている日下さん。 委託醸造なので販売価格はやや高めの設定だが、ラフに飲んで欲しいのが本意だと話す。

KUSAKA VINEYARDSのお客様には、ワインはかしこまった席で飲むものという先入観を持つ方も多いそうだ。ワインなんて全然わからないから、と言われることもあるが、そんな時には「美味しいと感じるかどうか、好きな味かどうかで判断すれば大丈夫」と伝える。

「ワインは飲み手を魅了する力を持ったお酒だと思います。どんなふうに飲めばよいのかと難しく考える方もいらっしゃいますが、まずは自分が美味しいと感じるかどうかを大切にしながら飲んでいただきたいですね。背伸びせず、ワインを飲む雰囲気そのものも気軽に楽しんでみてください」。

日常の食卓からお祝いの席など少し特別なシーンまで、さまざまな場所で思い思いにKUSAKA VINEYARDSのワインを味わってみたい。

▶︎ロゴマークにも注目

KUSAKA VINEYARDSのエチケットにもあしらわれたロゴマークは、4か所の自社畑をデザインした形となっている。「水」「土」「風」「天」「造り手」「飲み手」を六角形の頂点にしたいというイメージをデザイナーに伝えて出来た、こだわりのデザインだ。

一番下の部分が少しだけズレているのは、ぶどうが畑から産み落とされていることを表しているという。また、正六角形ではない形は、あえて「農業的ないびつさ」を落とし込んだデザインだ。

「毎年違うぶどうからワインが生まれるということを表現したデザイナーさんのこだわりに共感したので、ロゴマークとして採用しました。自分が創り上げた製品に思いを込められるのがデザインの素晴らしいところですね」。

KUSAKA VINEYARDSのワインボトルを手にした際には、ロゴマークやエチケットデザインにもぜひ注目してみて欲しい。

▶︎ぶどうの加工品も製造・販売

 KUSAKA VINEYARDSでは、ワイン以外にジュースやレーズンなど、ぶどうを使用した加工品も製造・販売している。 

「加工用途が広いというのが、栽培する作物にぶどうを選んだ理由のひとつです。ぶどうを使った加工品を作るのは当初からの目標でした。ワインを飲む際には、レーズンやミックスナッツと一緒に飲んでみてください」。 

レーズンには、自社畑で栽培した種無しのシャインマスカットを使用。種ありのぶどうでは干した時に種の食感が強すぎると判断し、もともと種無しで作っていたシャインマスカットを使って舌触りよく仕上げた。

『KUSAKA VINEYARDSのこれから』

最後に紹介するのは、KUSAKA VINEYARDSが見据える未来だ。2025年現在、栃木県内には9軒のワイナリーがあるが、「栃木ワイン」はまだ県外までは知られていないのが現状だ。

栃木をワインの産地として成長させることを願う日下さんは、県内の造り手と力を合わせて継続的に活動していきたいと考えている。今後どのような施策を検討しているのかお話いただいた。

▶︎栃木ワインを盛り上げるために

「栃木では最近、県内のワイナリーを繋ぐ活動をしてくれる方がいらっしゃるおかげで、だんだんと横のつながりが出来てきました。ワイナリーそれぞれに、栃木ワインを盛り上げていく貢献方法は違うと思います。私は、栃木のワイナリーにぶどうを提供することで、産地形成に尽くしていきたいですね」。

もともとぶどうやワインの産地ではなかった栃木が知名度を挙げていくためには、「こういう栽培家がいる」「こういうワイナリーがある」ということを、県内外の人に広く知ってもらうことが欠かせない。そのために一致団結して、産地を作り上げる未来を実現したいと考えているのだ。

「『栃木でワインなんて造れるの?』と言われることも今まで多くて、実はちょっと悔しかったのです。しかし、今は産地形成も夢ではないと感じ始めたので、高品質なワイン用ぶどうを栽培することで、栃木のワイン造りを支える存在になりたいですね」。

栃木ワインのこれからを見据え、業界自体が伸びていくための基盤をしっかりと作っていきたいと話してくれた。

▶︎農家レストランのオープンを目指す

もうひとつ、日下さんが自身の夢として挙げてくれたのは、ワインと食事を提供する農家レストランをオープンすること。思い描いているのは、ランチ営業をおこなうカフェレストランだ。

もちろん、これからも委託醸造でのワイン造りは継続する。農家レストランでは、自社ワインと地元産の新鮮な農産物を使ったメニューを提供し、栃木の美味しさを堪能できる場所にしたいという。

「栃木では蕎麦やイチゴの栽培が盛んなので、蕎麦粉のクレープ『ガレット』や、イチゴを使ったデザート系メニューを展開していきたいと思っています。自社ワインとしてスパークリングワインもリリースしているので、ガレットやデザートと共に楽しんでいただけると思います」。

素材を生かしたシンプルなメニューは、地元の恵みを存分に味わえるものになるだろう。今後の展開に期待して、オープンした際には足を運んでみたい。

『まとめ』

10年以上携わってきたぶどう栽培を、これからもさらにレベルアップしていきたいと考えている日下さん。垣根から棚に栽培方式を変更することで、より理想に近い品質のぶどうを目指す。

首都圏からほど近い栃木県は、東京からでも日帰りで出かけられる立地が魅力のひとつだ。県北には那須高原のような冷涼な土地がある一方で、県南にはより温暖な地域が広がり、県内に点在する各ワイナリーがバラエティ豊かなワインを生み出している。

「ワイナリー同士が協力することで生まれる栃木ワインのパワーが、これからの日本ワインに一石を投じられる存在になるのではないかと、ワクワクしています」と笑顔を見せる。

ぶどうに真摯に向き合い、心を込めて栽培管理をおこなう日下さんの思いに共感したなら、KUSAKA VINEYARDSのワインを飲んで、栃木ワインの可能性に思いをはせてみてはいかがだろうか。

基本情報

名称KUSAKA VINEYARDS
HPhttps://www.kusakavineyards.com/

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