今回紹介するのは、山梨県甲府市のワイナリー「SADOYA(サドヤ)」だ。日本ワイン発祥の地である山梨県の甲府盆地は昼夜の寒暖差が大きく、日照時間が長いという特徴を生かして、果樹栽培が盛んにおこなわれてきた土地である。そんな恵まれた気候の山梨県には、約100社のワイナリーがあり、ワイン造りは山梨県の一大産業となっている。
1917年創業のサドヤは、創業当時から一貫して「食事に合うワイン造り」を目標に掲げてきた。時代に先駆けた取り組みには困難が伴い、思い通りにぶどう栽培とワイン醸造ができない時代も長かったという。
サドヤの醸造部部長である村松幸治さんに、サドヤの歴史と、ぶどう栽培・ワイン醸造のこだわりについて伺った。詳しく紹介していこう。
『サドヤのこれまでの歩み』
ワイナリーとして108年の歴史を持つサドヤだが、創業は江戸時代まで遡る。サドヤの前身は油屋の「佐渡屋」で、灯油の販売などを手がけていた。だが、電燈が普及したことで油の需要が減少したため、1909年にビールなどを販売する「サドヤ洋酒店」に転業した。
そして1917年、経営不振で売り出されていた甲府市北口の葡萄酒工場を引き継ぎ、ワイナリーとしての歴史をスタート。創業当時は地元産の甲州やアジロンダックを仕入れてワイン原料とし、「甲鐵(こうてつ)天然葡萄酒」を商標とするワインを醸造していた。
その後、今日に至るまでには、いくつもの困難があったそうだ。ワイン造りが軌道に乗るまでの道のりを振り返ってみよう。
▶︎辛口ワイン造りに挑戦
「日本ではまだ甘口ワインが主流で、辛口ワインを飲む習慣がない時代でした。本格的な辛口ワインを造りたいという思いで挑戦を続けていましたが、当時使っていた品種と醸造技術では、納得のいくワインを造り上げることができませんでした。そこで、甲府市の善光寺地区に自社畑の開墾を開始して、ヨーロッパ系品種の栽培を始めることにしたのです」。
目指す味わいの辛口ワインがうまく造れなかった原因のひとつには、栽培している品種が関連しているに違いないと考えたサドヤ。よりワイン造りに向いている品種を育てることにしたのだ。
2025年現在もぶどう栽培を続けている善光寺町の自社畑だが、開墾当時はワイン用ぶどうの栽培方法についての情報を得ることは簡単ではなかった。フランス語で書かれた文献を手に入れて、どのような場所が畑として適しているのかを学んだそうだ。水はけと日当たりがよい場所が適していると分かり、選んだのが善光寺町だった。
土地を耕し、出てきた石を積んで段々畑の石垣として使用した。全部で5haの広さがある圃場を、全て手作業で開墾したのだ。善光寺町の自社畑は1936年に完成した。
「道幅が狭い段々畑なので農機具が入りません。棚仕立てで管理が大変ですが、1936年から継いできた歴史があるため、大切に守って管理しています」。
畑の開墾と同時に、約80品種ものぶどうの苗木をフランスから船便で取り寄せたサドヤ。だが、当時は外国からの仕入れ作業も一筋縄ではいかなかった。
「船便が赤道を通るため、運ぶ最中に苗木が全て枯れてしまったそうです。苗木を運ぶ箱を工夫して試行錯誤を重ねて、3回目の仕入れでようやく日本に持ち込むことができました。1936年に80品種を段々畑に植え付けて、どの品種が適しているかという試験栽培がスタートしました」。

▶︎時代と共に歩んできたサドヤ
やっとの思いで仕入れた苗木の栽培がスタートしてからまもなく、第二次世界大戦が勃発。サドヤにとって苦しい時代が長く続いた。収穫でき始めた自社畑のぶどうを使ったワインを、すぐに製品化することは叶わなかったのだ。
「開戦直後には、ぶどうは贅沢品なので食糧生産に切り替えるようにとの指示が出たこともありました。しかし、ぶどうに含まれる酒石酸からレーダー探知機の原料になる『ロッシェル塩』という成分を精製できるということになり、日本中から届いたぶどうを使ってワインを造りました。ワイナリーというよりは精製工場として、戦争時代を生き残ってきた歴史があるのです」。
戦火で醸造所が全焼するという被害にも遭ったが、幸いにもぶどう園は無事だった。さらに終戦後には農地解放の指示を受けて、自社畑の一部を手放すことになる。だが、3.5haだけはなんとか残すことができたため、現在まで守り抜いてきた。
▶︎「シャトーブリヤン」の誕生
1946年、終戦後に自社畑のぶどうを収穫し、自社栽培のぶどうを使ったワインの製品化にこぎつけた。
「サドヤの看板商品のひとつである『シャトーブリヤン』は、1950年に誕生しました。シャトーは畑や城を指し、ブリヤンには輝くという意味があります。いつまでも輝く存在でありたいという思いを込めて、『シャトーブリヤン』と名付けました。輸入した80品種のうち、赤ワイン用品種のカベルネ・ソーヴィニヨンと、白ワイン用品種のセミヨンを主な品種として採用したのです」。
圃場の開墾から14年という長い年月を経て誕生した「シャトーブリヤン」。しかし、辛口ワインはまだ世の中に認められず、定着するまでにはさらに20年ほどかかったそうだ。

『サドヤのぶどう栽培』
伝統を守る一方で、新しいことにも挑戦し、時代とともに進化してきたサドヤ。どのような点にこだわって栽培管理をおこなっているのだろうか。現在のぶどう栽培について深掘りしていきたい。
自社畑の特徴と、栽培している品種の変遷などについてもお話いただいた。
▶︎善光寺町畑の特徴
サドヤが守り続けている善光寺町の畑は、標高300〜350mの段々畑だ。標高差を活用したぶどう栽培をおこなっている。
「善光寺町で栽培している品種は、カベルネ・ソーヴィニヨンとメルロー、セミヨンです。畑の一番上と下の高低差は50m程で、気温は約3℃違います。標高が高い方が気温が低いため、赤ワイン用品種を植えて、着色不良が起こらないよう工夫しています」。
土壌は痩せ土で、火山灰の影響が少ない褐色土壌だ。栄養が少なく農作物が育ちにくい土地だが、ぶどう栽培には適している。
「善光寺町の畑で採れるカベルネ・ソーヴィニヨンなどのヨーロッパ系品種は、他の産地で採れるぶどうと比べて、粒が小さいのが特徴です。畑は水はけもよいため、高いポテンシャルを秘めた土地だと感じています」。
醸造用に使うぶどうは、皮の比率が高い小粒が好まれる。ワイン醸造に必要な香り成分が、皮に多く含まれるためだ。サドヤの歴史ある畑では品質のよい小粒のぶどうが毎年採れ、醸造すると濃厚なワインになるそうだ。

▶︎明野町畑の特徴
2024年1月、新たな取り組みとして、山梨県北杜市明野町に3haの畑を取得したサドヤ。畑は標高670~740mと、善光寺町よりも高い場所にある。
「以前は提携していた農園の畑でしたが、ぶどう栽培を続けていくのが難しいというお話だったため、サドヤが引き継ぐことにしました。善光寺町で栽培しているカベルネ・ソーヴィニヨンやメルローを、違う特徴を持つ畑でも自社栽培してみようということになったのです」。
明野町の畑は火山灰土壌で日射量が多い。日当たりがよいことは、糖度が上がりやすいということでもある。夏に明野町と善光寺町の畑を行き来すると、気温差が5~6℃もあるそうだ。
もともと栽培されていた品種も含め、明野町の畑で栽培しているぶどうは以下の通り。
- カベルネ・ソーヴィニヨン
- メルロー
- シラー
- ピノ・ノワール
- シャルドネ
- ソーヴィニヨン・ブラン
- シェンブルガー
「ドイツ系ぶどう品種のシェンブルガーは、ライチのような香りが豊かな品種で、ワイン醸造においてとても興味深いです」。
伝統がある善光寺町に明野町の畑が加わり、サドヤの挑戦はこれからも続く。異なるテロワールで育ったカベルネ・ソーヴィニヨン、メルローがどんなワインになるのか楽しみだ。

▶︎ぶどう栽培における工夫とこだわり
善光寺町で栽培している品種のうち、セミヨンにスポットを当ててみたい。
「セミヨンは皮が薄く、病気になりやすいのが特徴です。昔はセミヨンを栽培している近隣ワイナリーも多かったのですが、とにかく栽培が難しいため、徐々にシャルドネに代わっていったと聞いています。サドヤでは当初から栽培している歴史ある品種を守っていこうという思いで、今も栽培を続けています」。
本来ならば5~6月に傘かけをしたいところが、傘内の高温が原因で房の上部がしおれるため、その時期の傘かけは難しいということだ。
「傘がかけられないので、病害虫の発生を防ぐ目的で、風通しをよくするなどの工夫をしています。房がしおれにくくなったタイミングで傘かけをするのですが、セミヨンだけで年間10万枚ほどの量をすべて手作業でやらなければなりません。手間暇かけて管理しているのです」。
斜面にある段々畑での作業は大変だが、愛情をかけて丁寧に栽培管理している様子がうかがえる。

▶︎新たな品種の栽培にも着手
近年、ぶどう栽培する中で、気候変動の影響を感じているという村松さん。温暖化によってぶどうの着色が影響を受けつつあるというのだ。また、収穫の時期も少しずつ早まっている。そのため、未来へ向けての対策が必要になってきた。
「サドヤ伝統のカベルネ・ソーヴィニヨンやメルローを守っていくことは大切です。同時に、環境に合った品種を育てることも大切ではないかと考えて、改植をスタートしました。時代に合ったワインを造っていきたいと考えています」。
新たに植栽する品種として選んだのは、タナだ。カベルネ・ソーヴィニヨンを一部植え替えた。タナは南フランス原産で、しっかりと色付くのが特徴だ。気温が高い甲府で栽培しても着色障害が出にくいという。2024年にはすでに、300㎏ほど収穫できた。さらに、2025年には更なる品種への改植を実施した。
「山梨県が開発した新品種で、2024年9月に配布が始まったばかりの『ソワノワール』を選びました。メルローとピノ・ノワールの交配品種で、収穫期が早く着色がよい特徴を持つ赤ワイン用品種です」。
本格的に収穫できるのは5年程先のことになるだろう。新品種のワインも心待ちにしたい。

『サドヤのワイン醸造』
続いては、サドヤのワイン醸造について深掘りしていきたい。ワイン造りで気をつけていることを村松さんに伺うと、「最初から最後まで手を抜かずにやること」だと話してくれた。4名の醸造メンバー同士が協力し合い、数多くのワインを生み出している。
サドヤが目指すのは、創業時から一貫して「食と共に楽しめるワイン」を造ること。サドヤ伝統の醸造方法と、おすすめのワインを紹介いただいた。
▶︎サドヤ伝統の「一升瓶熟成」
サドヤがワイン醸造において重視しているのは、ぶどうのポテンシャルを最大限に引き出すことだ。原料の質や状況に応じて、適切な醸造方法に合わせて柔軟に対応していくことを心がけている。
サドヤのワイン醸造において特筆すべきなのが、「一升瓶熟成」という独自製法だ。一升瓶熟成は、年号入り「シャトーブリヤン」に用いられている熟成方法で、樽熟成したあとに、さらに一升瓶に移して熟成させるというものだ。
サドヤの2代目代表を務めた今井友之助(とものすけ)氏がフランスに行った際、通常よりサイズが大きいマグナムボトルでワインを熟成しているのを見て、インスピレーションを受けた製法だという。通常のワインボトルよりも容量が大きな一升瓶の方が、より時間をかけてゆっくり熟成させることができる。
「一升瓶熟成したワインは、通常の熟成方法のワインとは一線を画す仕上がりとなります。一升瓶で数年間熟成させてから再度チェックして、品質が高いものだけをブレンドしたものが、年号入り『シャトーブリヤン』です」。

▶︎おすすめの赤ワインと白ワイン
サドヤのラインナップから、おすすめ銘柄をいくつか紹介しよう。まず、一升瓶熟成した「シャトーブリヤン」は、善光寺町の段々畑で採れたカベルネ・ソーヴィニヨンとセミヨンを使用したフラッグシップ・ワインだ。
「カベルネ・ソーヴィニヨンは、温暖化の影響で色付きに影響が出てきている品種です。以前よりも軽やかで飲みやすく、食事に合わせやすい『シャトーブリヤン2021年 赤』ができました」。
「シャトーブリヤン2021年 赤」は、煮物や醤油で味付けした和食に合わせるのがおすすめだ。「シャトーブリヤン」はぶどうの品質やワインの出来栄えによってはリリースを見送る年もある貴重なワインだ。見かけた際にはぜひ味わってみたい。
続いて紹介するのは、白ワインの「Liel (リエル)明野シャルドネ&シェンブルガー」だ。
「明野町の自社畑で栽培したぶどうを使ったワインとして、最初にリリースした銘柄です。シャルドネが主体ですが、シェンブルガーの豊かな香りも感じられて、シャルドネ単体で造る白ワインとはまるで違いますね。ソーヴィニヨン・ブランもほんの少し加えており、明野町の畑で栽培している白ワイン用品種を全てブレンドしたワインになりました」。
「Liel(リエル)」という名前は、フランス語で絆を意味する「Lien(リアン)」に由来する造語である。生産者との繋がりを大切にし、産地をアピールしていこうという意味を込めた。香り豊かで酸味もしっかりあるため、さっぱりとした味わいの料理に合う。村松さんのおすすめは、白身魚や塩味の焼きとりとのペアリングだ。
創業当時から食事に合うワイン造りを続けているサドヤのワインは、日々の食卓を豊かにしてくれるだろう。

▶︎甲府市・山梨大学と共同開発した「甲府甲州」
サドヤは甲府市と山梨大学と共同で、甲府市産ワインを造る取り組みをおこなっている。ぶどうだけでなく、酵母も甲府で採取したものを使用して誕生したのが、オール甲府市産白ワインの「甲府甲州」だ。
「使用している酵母は、甲府市古府中町にある『武田神社』で山梨大学の方が採取したものです。甲府市の各地で栽培された甲州を集めて、サドヤで醸造しています」。
ワインボトルのエチケットも甲府市産にこだわり、400年以上前から伝わる山梨県の伝統工芸品である「甲府印伝」の印伝柄をあしらった。和のイメージが強調された素敵なエチケットだ。
「甲州ワインといえば、最近はフレッシュでフルーティーなタイプが多いと思いますが、『甲府甲州』は昔ながらの甲州ワインのイメージです。タンニンの渋みがあり、酸化熟成することで時間が経つとよりまろやかな味わいになる美味しいワインですよ」。
合わせる料理は、天ぷらや山梨県の名産「鮑の煮貝(あわびのにがい)」がおすすめだと教えていただいた。

『甲府の魅力を伝える サドヤの魅力と未来』
甲府駅から徒歩5分という好立地にあるサドヤ。そのため、ワイン好きの人はもちろん、観光で甲府を訪れたさまざまな客層の人がワイナリーにやってくる。年齢層も幅広く、最近は若い人も多くなってきたという。
駅から近いという立地を生かし、今後も引き続き、甲府ワインをアピールしていきたいと話してくれた村松さん。サドヤが目指す未来と、今後の展望について詳しく伺った。
▶︎伝統を守り、更なるレベルアップを目指す
甲府はぶどうの産地で、ワイン造りでも有名な地だ。サドヤはワインというツールを使って甲府の魅力を伝えるという役割を担い、地域と連携をとっているそうだ。
「若い方にも甲府の魅力を知っていただき、より好きになってもらうためのアプローチをしていきたいです。サドヤは2013年に『古名屋ホテル』のグループに加わりました。結婚式場やレストランが敷地内にある複合施設となっています。引き続き、日々の食卓に合うワインを造るのはもちろん、特別な日に飲むメモリアルなワインも造ろうと考えているところです。多様なシーンでサドヤのワインを楽しんでいただきたいですね」。
また、長い歴史が詰まった善光寺町の畑はもちろん、新たに取得した明野町の畑もポテンシャルを十分に引き出せるよう、栽培管理をさらにレベルアップさせていく。
「醸造担当者はもちろん、栽培や販売部門の社員全員が、胸を張って紹介できるようなワインを造り続けていきたいです」。

▶︎大人気のワイナリーツアー
ワイナリー見学ツアーを開催しているサドヤ。土日は満席で予約が取れないことがあるほど人気のツアーだ。
「サドヤの地下には約700坪に及ぶワインセラーが広がっています。『甲府駅近くにこんな場所があるなんて』と、ツアーに参加された方はとても驚かれますよ」。
ワイナリー見学ツアーの後には試飲もできるそうだ。ワインショップも併設されているため、気に入ったワインがあればその場で購入が可能。想像するだけでワクワクしてしまう見学ツアーだ。詳細はホームページでチェックできるため、気になった方はぜひ確認して欲しい。

『まとめ』
甲府市に根差したワイナリーとしての存在感を放つサドヤ。長い歴史を遡ると、時代に翻弄され、何度も困難に直面してきた過去があった。だが、全ての経験が今のサドヤを形作っている。
「これからも甲府市の魅力を発信し、地域の皆さんと協力し合っていきたいです。ぜひ、気軽にワイナリーに足を運んでください」と、穏やかに話してくれた村松さんの口調からは、歴史をしっかり受け継ぎ、みんなで伝統を守ろうとする強い思いが伝わってくる。
サドヤの敷地内のチャペルでは、土日に結婚式がおこなわれることが多く、あたたかく幸せな光景が広がる。行くだけで楽しい雰囲気が味わえるワイナリーだ。気軽に足を運べるサドヤにふらりと出掛けて、上質なワインを味わってみたい。

基本情報
| 名称 | SADOYA(サドヤ) |
| 所在地 | 〒400-0024 山梨県甲府市北口3-3-24 |
| アクセス | 甲府駅北口から徒歩5分 |
| HP | https://www.sadoya.co.jp/winery/ |

