『齋藤葡萄酒』自然と共生し、土地を生かしたナチュラルワインを造る

今回紹介するのは、長野県安曇野市でぶどう栽培とワイン造りをおこなっている「齋藤葡萄酒」。同じく安曇野市にあるワイナリー「Le Milieu (ル・ミリュウ)」の齋藤翔さんが個人で立ち上げたワイナリーだ。

齋藤葡萄酒のワインは、化学肥料や農薬を使用しない有機農法である「ビオロジック」に準じた栽培のぶどうを使って造る、自然派ワインの「ヴァン・ナチュール」。齋藤さんの理想とこだわりが詰まっている。

齋藤葡萄酒のぶどう栽培とワイン造り、今後の展望などについて詳しくお話しいただいたので紹介していきたい。まずは、齋藤葡萄酒設立から現在までの歩みを見ていこう。

『​​齋藤葡萄酒のスタートから現在まで』

Le Milieuは、代表の塩瀬豪さんと副代表の齋藤翔さんが2018年に立ち上げたワイナリーだが、実はスタートしたのは齋藤葡萄酒の方が先だった。

須坂市の「楠わいなりー」と「安曇野ワイナリー」で合計5年間、栽培と醸造を学び、2016年に安曇野市明科地区と三郷地区でぶどう栽培を始めた。

▶︎齋藤葡萄酒の設立

いつか自分の醸造所を設立することを目指して、まずは酒類の通信販売免許を取得。委託醸造したワインを通信販売するところからスタートした齋藤さん。

「その後、豪君(Le Milieu代表の塩瀬さん)と出会い、Le Milieuを設立しました。齋藤葡萄酒としての活動を一時的に休止していた時期もあったのですが、せっかく保有している免許を使わないのはもったいないため、再開することにしたのです」。

齋藤葡萄酒のワインは、現在も委託醸造だ。Le Milieuを設立する前は安曇野ワイナリーにワイン醸造を委託していたが、現在はLe Milieuで委託醸造。もちろん、Le Milieuの副代表である齋藤さんが自ら醸造を手がけている。

▶︎齋藤葡萄酒の自社畑と栽培品種

齋藤葡萄酒のぶどう畑は安曇野市の明科地区と三郷地区にあり、それぞれ異なる特徴を持つ。どちらも標高は600mほどだが、明科地区は火山灰土壌の黒ボク土、三郷地区の土壌は砂利まじりだという。どちらの畑も傾斜があるので、水はけは問題ない。齋藤葡萄酒で育てている品種は、以下の7品種だ。

  • シャルドネ
  • リースリング
  • カベルネ・フラン
  • カベルネ・ソーヴィニヨン
  • ゲヴュルツトラミネール
  • ピノ・グリ
  • ミュラー・トゥルガウ

異なる環境の中で、それぞれのぶどうがしっかりと完熟するのを待ち、ワインを通してこの地域をどう表現できるのかを考えながら栽培をしている齋藤葡萄酒。

自然派の作り方にこだわり、土地とぶどうの力を信じて果実の美味しさを引き出す。環境に配慮した取り組みからは、自然に敬意を示す齋藤さんの思いが伝わってくるようだ。

▶︎「ビオロジック」農法でぶどうを栽培

齋藤葡萄酒では、「ビオロジック」農法に準じてぶどうを栽培している。ビオロジックはフランス発祥の有機栽培農法で、化学肥料や除草剤など合成化学農薬を使用しないのが特徴だ。また、ビオロジックでは、使用可能な農薬以外にも栽培管理方法においてさまざまな規定がある。

「可能な限りビオロジックのルールに従っています。使用しているのは自然由来の薬剤のみで、散布回数も規定の回数に収まるように散布しています」。

また、自社畑は不耕起・草生栽培だ。草や微生物が土を耕す力を利用し、土壌がもともと持っている力を最大限に生かすことを目指している。

▶︎「傘かけ」をしないという選択

雨対策のための「傘かけ」をしていないのも、齋藤葡萄酒の特徴だ。自社畑がある安曇野市は全国平均よりも雨が少ない地域ではあるが、近年は以前に比べて雨が増えてきたと齋藤さんは言う。

ぶどうの生育期間中に降水量が多くなると、病害虫の被害が増えたり、水分量が多くなることで実割れしたりなどの悪影響が出ることがある。そのため、日本でワイン用ぶどうを栽培する際には、ビニール製のレインカバーや傘かけなど、何らかの雨対策を講じるのが一般的だ。

しかし、齋藤葡萄酒では雨対策の傘かけを現在実施していない。有機栽培かつ雨対策もしないとなると、病害虫被害が発生しないのかという点が気になる。傘かけをしていない理由を尋ねると、自然との調和を大切にする齋藤さんらしい回答が返ってきた。

「以前は雨対策として傘かけをしていたこともあります。しかし、使用後の傘が大量のゴミになってしまうのが難点でした。せっかくビオロジックという自然派スタイルで栽培しているのに、たくさんゴミを出してしまうのはおかしいのではと思い、傘かけをやめることにしたのです」。

雨対策なしでぶどう栽培をするのは苦労も多いが、意外にも、中止したことによる新たな発見もあった。病気に強い品種と弱い品種が明確になったのだ。傘かけを中止したからこそ、品種ごとの雨への耐性が明確にわかったという。

「このまま降水量が増えるのであれば、今後は病気に弱い品種をフォローするために傘かけをすることになるかもしれません。一方で、この土地の環境や気候に合わない品種を無理に栽培し続けるべきではないという気持ちもあります。ビオロジック農法でもしっかり健全に育つ品種に移行することも視野に入れていきたいですね」。

2025年現在、齋藤葡萄酒の自社畑で栽培している品種のうちで病気に強いのは、カベルネ・フランとピノ・グリ。また、比較的若い樹のミュラー・トゥルガウも、雨が多い中でも健全なぶどうが採れたそうだ。

『齋藤葡萄酒のワイン醸造』

続いては、齋藤葡萄酒のワイン醸造にスポットを当てていきたい。ナチュラルな栽培と醸造にこだわり、大地の息吹が感じられる齋藤葡萄酒のワイン。

齋藤葡萄酒では、フランス語で「自然派ワイン」を意味する「ヴァン・ナチュール」の製法を取り入れている。「ヴァン・ナチュール」とは、栽培と醸造において、できる限り自然な製法で造られたワインのことだ。農薬や化学肥料を極力使用せず、発酵には野生酵母を使用する。また、酸化防止剤の使用も最小限に抑えるのが特徴である。

ソムリエ資格を持つ齋藤さんに、おすすめ銘柄とペアリングしたい料理についても紹介いただいたので、あわせて紹介していこう。

▶︎ワイン醸造におけるこだわり

齋藤葡萄酒のワインは、瓶詰め前に少量の亜硫酸を添加しているが、そのほかのタイミングでは一切使用していない。

「亜硫酸はワインを造る上で大事な物質ですので、亜硫酸を入れないことが正しいわけではありません。しかし、造り手がワインを守ろうとするがゆえに使用量が増えてしまうことがあります。添加物を使うことに慣れてしまうと、ワイン本来の力を見失ってしまうでしょう。そのため、必要最低限の使用量に留めることを心がけているのです」。

亜硫酸をまったく入れないというこだわりを持ってワインを造っても、美味しいワインから離れてしまっては意味がない。少量の亜硫酸を有効に使用することで美味しいワインができるので、むやみに使うことはしないというのが齋藤さんの考えだ。使用量を抑えるために神経質にならなければいけないという大変さがあるそうだ。

▶︎「シュール・リー」製法によるワイン造り

「シュール・リー」製法を採用している齋藤葡萄酒。白ワインの醸造において、発酵後すぐにおこなう「澱(おり)引き」をせず、残したままで熟成させる手法だ。発酵終了後にワインを澱の上に貯蔵することで、酵母の自己消化による旨味や風味を付与できる。

また、シュール・リーをおこなった後、最終的に澱引きをおこなうタイミングに気を付けているそうだ。

「澱の状態によってはオフ・フレーバーが出てしまうことがあるので、澱引きのタイミングの見極めは慎重におこなっています。悪い香りが出るかどうかは、主にぶどうの品質に左右されるため、いかにぶどうの品質を保ったまま仕込めるかが重要です」。

ワイン醸造のどの工程でも、ワインの状態をしっかりと確認しつつ進める必要があるが、中でも齋藤さんが一番楽しいと感じるのは発酵中。ワインの味が刻々と変わっていく様子にワクワクするという。

「亜硫酸を入れるかどうかで、発酵の状態が全く違いますね。亜硫酸を入れない方が変化が大きく、発酵中は常に味が変わります。毎日見守り続ける大変さはありますが、興味深いですよ」。

細やかな発酵管理をおこなって、手間暇かけて造ったワイン。完成してテイスティングする瞬間は、とても嬉しいものだと話してくれた。

▶︎齋藤葡萄酒 おすすめのワイン

おすすめの銘柄を齋藤さんに伺うと、2023年ヴィンテージのシャルドネとピノ・グリのブレンドワインを挙げてくれた。2023年は全般的によい出来栄えだったが、特に白ワインは満足のいく仕上がりとなったそうだ。

「『今日は美味しいワインが飲みたい』と思った日に飲んでいただきたい1本です。すでに瓶詰め済みですが、飲み頃のタイミングで販売したいので熟成中です。いちばん美味しく飲めるタイミングでリリースしたいと考えています」。

ブレンド比率はシャルドネ6、ピノ・グリ4だ。グリルした白身魚などにレモンやハーブを使った、あっさりした味わいの料理に合わせるのが齋藤さんのおすすめだ。

齋藤葡萄酒のワインは少量生産のため、すぐ売り切れになることが予想される。リリース情報は、齋藤葡萄酒のワインを取り扱っている酒販店の公式サイトなどでチェックしてほしい。

▶︎印象的なエチケットに注目

齋藤葡萄酒のワインボトルのエチケットに描かれているのは、なんと齋藤さんの親指の指紋。その下に、使用した品種名とヴィンテージが書いてあるだけのシンプルなデザインだ。

「唯一無二の感じを出したくて、自分の指紋を使いました。以前は、私がイメージした味わいをヒントに名前を付けていたのですが、どんなワインなのかを飲み手に分かりやすく伝えたいと思って変えたのです」。

ワインにつけられた名前からいろいろ想像しながら飲むのもおもしろいが、造り手と飲み手の感じ方にギャップが生まれては意味がないと話す齋藤さん。どんなワインが飲み手にとって分かりやすいか、考え抜いた結果出来たエチケットなのだ。

齋藤葡萄酒のワインボトルを手に取った際には、齋藤さんが込めた思いを受け取りたい。

『齋藤葡萄酒のこれから』

齋藤葡萄酒とLe Milieuという、コンセプトが異なるふたつのワイナリーのワインを造る齋藤さん。Le Milieuは地元の荒廃農地を活用し、地域を盛り上げるというコンセプトでぶどう栽培とワイン醸造をしているが、齋藤葡萄酒は齋藤さん個人の思想を表現するための場所だ。

「Le Milieuは、高齢になって離農することになった方から借り受けた畑でぶどうを作り、地元にワイン文化を広めるために活動しています。そのため、収量をしっかり確保することが欠かせません。一方、齋藤葡萄酒はビジネス的な取り組みというわけではないので、オーガニックな手法に振り切れるのです」。

▶︎齋藤葡萄酒が目指すワイン

齋藤葡萄酒が目指すのは、ずばり「美味しいワイン」。齋藤葡萄酒が目指すのは、余計なものは入れず、テロワールを生かしたワインを造ること。しかし、どんな造り方を選ぼうと、結局、醸造家はみんな美味しさを目指して造っているのだと齋藤さんは言う。

「Le Milieuと齋藤葡萄酒では、栽培・醸造で取り入れている手法の違いは明確にありますが、目指す美味しさや味わいに大きな差はないと思うのです。私の場合には、農法や醸造法が制限された中で、自分が理想とする味わいにどこまで近づけるかが重要だと思っています」。

また、ワイン醸造の手法以外では、リリースのタイミングにこだわっているそうだ。

「ワインを開けたときに、まだ早かったと思わせたくありません。購入後に熟成が必要なワインではなく、ちょうど飲み頃で『密度の高い』ワインをお届けしたいと思っています。ワインを開けた瞬間に喜びを感じて、もう一度このワインが飲みたいと思ってもらえたら嬉しいですね」。

「密度の高いワイン」とは、例えば同じ分量を口に含んだとしても、生の果物よりも煮詰めたジャムの方がより濃厚であるような状態を指すと齋藤さんは言う。甘味だけでなく酸味もしっかりと感じられ、輪郭がくっきりとした味わいが、齋藤さんが考える美味しいワインであり、今造りたいワインなのだ。

さらに、どんなシチュエーションで飲まれるワインでありたいかと尋ねてみた。

「話題になっているからなんとなく飲むというわけではなく、どうしてもこれが飲みたいと選んで飲んでもらいたいですね。美味しいワインを飲みたいときこそ選ばれるのが理想です」。

▶︎Le Milieuの存在が支えに

 Le Milieuの副代表を務める齋藤さんだが、Le Milieuあっての齋藤葡萄酒だと話す。

「齋藤葡萄酒のワインは、私が所属しているLe Milieuで醸造しています。別のワイナリーに委託するよりも自由度が高く、思い描いた通りの醸造ができるのがメリットです。Le Milieu代表の豪君(塩瀬さん)が臨機応変にやらせてくれるので、非常にありがたいですね」。

形式上は委託醸造とはいえ、自ら醸造を手がけられるメリットは大きい。ブレンドワインを造る際にも、フィールドブレンドではなく、品種ごとに造ってから最終的にどのようにブレンドするかを決めることが可能だ。

Le Milieuの支えが齋藤葡萄酒の大きな力となり、齋藤葡萄酒の強みでもあるのだ。

『まとめ』

齋藤さんが実現したいと考えているのが、ワインと食事を楽しむ機会を提供することだ。メーカーズディナーを開催して、齋藤葡萄酒のワインの魅力を伝えることを検討している。

「私は狩猟免許を持っているので、自分のワインと地域で獲れたジビエを楽しむ機会を作りたいと考えています。山菜採りも好きなので、地元の美味しい食材を積極的に提供したいですね」。

齋藤葡萄酒では定期的なイベントは開催していないが、2025年3月には、東京でLe Milieuと合同のイベントを開催した。今後もLe Milieuと共に、付き合いのある地元の酒販店などと協力しあって開催し、少しずつイベントを増やしていきたいと考えている。

日本ワインを飲んで、日本のワイナリーを支えてほしいと話す齋藤さん。齋藤葡萄酒だけでなく、日本ワイン業界全体がさらに盛り上がることを願っている。

「日本ワイン業界が多くの方に愛されて、もっと賑わいを見せられるように頑張っていこうと考えています。日本ワインを飲んでくださる皆さんも、ぜひ一緒に盛り上げていただければありがたいですね」。

齋藤葡萄酒のワインは、長野県安曇野市の風土がしっかりと生かされている。少量生産で品質にこだわったワインを、ぜひ一度味わいたい。齋藤葡萄酒が生み出す自然派のおいしさに、引き続き注目していこう。

基本情報

名称齋藤葡萄酒
所在地長野県安曇野市

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