豪雪地帯である北海道岩見沢市で、雪国のテロワールを表現したワインを造っている「宝水ワイナリー」。かつては海底土壌だったという丘に広がるのは、ミネラルたっぷりの自社畑だ。宝水ワイナリーの畑では、岩見沢市ならではの個性が際立つぶどうが育っている。
畑のエリアごとの特徴を最大限に引き出すワイン造りをおこなっている宝水ワイナリー。岩見沢の象徴である「雪」をテーマにしたワイン造りをしており、繊細かつ透明感のある味わいが強みだ。代表的なシリーズ「RICCA」は、雪の結晶を意味する「六花」が名前の由来となっている。
2025年に設立20周年という節目を迎えた宝水ワイナリーの今について、取締役・栽培醸造責任者である久保寺祐己さんにお話いただいた。さっそく紹介していこう。
『2023〜2024年のぶどう栽培 猛暑の北海道』
2023年といえば、全国的に猛暑だったことが記憶に新しい。北海道岩見沢市も例外ではなく、いまだかつてない暑さに悩まされたという。宝水ワイナリーの特徴だった「北海道らしい」ワインのイメージには大きな変化があった。
未曾有の暑さの中、宝水ワイナリーはどのようなぶどう栽培をおこない、どんな気付きを得たのだろうか。2023年から2024年にかけての栽培を振り返ってみたい。
▶︎変わってしまった北海道の夏
すでに、北海道の気候そのものが大きく変わってしまったのはないかと考えている久保寺さん。2023年の北海道は真夏日の日数が20日を超え、例年の倍以上を記録。冷房文化のない北海道では考えられないレベルの気温となった。
「とにかく暑い2年間でした。以前は有効積算温度が1300℃を切るくらいでしたが、2023年は1500℃を超えました。たった1年で200度も上昇するとは、まさに異常事態です。ぶどうにも様々な変化が起こりました」。
特に影響を受けたのが早生品種だ。糖度が伸び悩んだだけではなく、酸もすっかり落ちてしまった。
続く2024年も猛暑ではあったものの、夜温がしっかりと下がったことが幸いして、高品質なぶどうが収穫できた。8月中旬頃までは気温がぐんぐん上がって暑い日が続いたが、お盆過ぎからは急激に夜温が下がり、例年の北海道並みの寒暖差を取り戻したのだ。
「北海道ではこれまで、お盆を過ぎると夜は長袖が必要なくらいまで冷え込んでいたのです。2024年は昼夜の寒暖差が戻ったことで糖度もしっかりと上がり、北海道らしい酸も生まれました」。
酷暑に悩まされた2023年と、暑いながらも北海道らしい透明感あるぶどうが収穫できた2024年。今後の気候は読めないが、状況を冷静に見極めて先を見据えた対策を講じていくしかない。

▶︎変化への対応は臨機応変に
宝水ワイナリーは、変わりゆく気候を見据えて新たな品種の導入を開始した。収穫タイミングが以前に比べて1週間ほど早くなり、特に早生品種である「バッカス」や「レゲント」などの栽培難易度が上がっているため、代替となる品種の栽培をスタートさせたのだ。
「現時点での北海道の気候にはまだ早い品種であっても、先回りして育てています。最近栽培を始めた新たな品種は、リースリングを含む3〜4種類ですね。今のところ生育状況は良好なので、今後は美味しいワインができるポテンシャルがあるかどうかを見極めていきます」。
気候変動は数年から数十年単位で変わっていくものだ。また、ぶどうは植栽してから安定した収量が確保できるまでには3〜5年ほどかかるため、新たな品種を模索していくのはできるだけ早いほうがよい。
久保寺さんは、自分たちの世代では結果が出なくても、次の世代でよいものができればという気持ちで取り組んでいると話してくれた。
年々ぶどうの成長時期が前倒しになってきており、開花時期は平均10日ほど早まっている。そのため、ぶどうの生育に合わせて動くことが大切だ。宝水ワイナリーでは、予想外の事態にも柔軟に対応することを心がけている。
「気候がどのように変わっていくのかを正確に予測するのは難しいでしょう。しかし、暑いからと無闇に新しいことを始めるのではなく、基本に忠実かつ臨機応変に対応することが大切だと思っています」。

▶︎テロワールを映し出すシャルドネ
変化し続ける気候をものともせず、順調に生育している品種がシャルドネだ。宝水ワイナリーの自社畑の収量のうち、約半数を占めるまでになってきた。
「シャルドネは環境への順応性が高い品種ですね。昔は冷涼な青りんごを思わせるフレッシュな印象でしたが、温暖な気候を反映して、蜜りんごや蜂蜜のようなニュアンスが出てきました。気候に合わせて味わいを変化させてくれる、非常に頼もしい存在です」。
久保寺さんは、シャルドネこそが宝水ワイナリーの風土やテロワールを反映できるぶどうだと考えている。シャルドネは畑の区画レベルのテロワールを繊細に映し出し、幅広いスタイルのワインにフィットするという。
「西から東に向かって下る斜面の畑で栽培しているため、区画によって、できるぶどうの特性が異なります。西側と東側のぶどうの熟度には大きな違いがありますね。日照時間が短い西側のエリアのほうが、ぶどうの熟度がよりゆっくりと進みます。栽培しているぶどうの中でも、シャルドネは特にテロワールの個性を色濃く映し出す品種なので、さまざまなスタイルに醸造することができますよ」。
西側のシャルドネには北海道岩見沢市らしい「きらびやかな酸」が残るため、酸を生かしたスティルワインにすることが多い。ステンレスタンクを使ってフレッシュ&フルーティーな味わいを表現するのだ。一方、東側のシャルドネは早摘みしても十分な糖度と豊かな香りが出るため、瓶内二次発酵のスパークリングワインに使用している。
また、斜面の中央付近のエリアには樹齢が高いシャルドネがあるが、この区画の土壌は1千万年前に海底だった場所だという。深く張った根がミネラルを吸い上げるため、複雑味を持ち硬質なニュアンスが表れる。
エリアごとの特徴はヴィンテージによっても変化するため、ヴィンテージの個性とテロワールの特徴をしっかりと観察して見極めることで、最適なスタイルのワインに醸すのだ。

▶︎分析とフィーリングのバランスを大切に
「根っからの理系」だと自身を分析する久保寺さんは、ワイン造りのスタイルも極めて理系的で、データの分析や根拠ある栽培醸造を心がけている。一方、「最終的にはフィーリングが重要になる」と話す。ワイン造りとは、分析とフィーリングのバランスが求められる知的なアートなのだ。
「発酵中は毎朝毎晩データを見て分析していますが、その後はテイスティングをして感じたことをもとに調整していきます。分析で足りない部分はフィーリングで補完して、さらに根拠となる部分をデータで補完するのがワイン造りだと思っています」。
「人が変わればワインも変わる、それも含めたものがテロワールなのではないか」と話してくれた久保寺さん。次世代を担う造り手にワイン造りの感覚を共有しつつも、各々の感性でワイン造りをして欲しいと考えている。
「ワイン造りにはこだわりが重要です。造り手の個性や哲学が宿ることで、人を惹きつける面白味が生まれると思うのです」。
論理と感覚のバランスに優れた宝水ワイナリーの志は、次の世代にしっかりと受け継がれていくことだろう。

『宝水ワイナリーのおすすめラインナップ』
続いては、2023年と2024年ヴィンテージを中心とした醸造の様子と、ワインの仕上がりを紹介していきたい。今回紹介する5種類の銘柄はいずれも個性的で、宝水ワイナリーの魅力を表現している。
天候の変化によって、ワインのスタイルにも大きな変化が見られた2023年と2024年。テロワールとヴィンテージの個性を映し出したワインについて、様々な角度からお話いただいた。
▶︎「宝水ルージュ」と「宝水ブラン」
まずは、2021年に誕生したシリーズ「宝水ルージュ」と「宝水ブラン」を紹介しよう。
「『宝水ルージュ』と『宝水ブラン』は自社ぶどうのみを使ったシリーズですが、単一品種100%の『RICCA』シリーズとは違って、セパージュをテーマにしています。2〜3種をブレンドして、品種の多様性を意識しながら醸造しているのです。最大の特徴は、毎年造りを変えている点ですね。ベースの味わいなどは一切意識せず、自由に醸造しています」。
毎年変化するスタイルからは、「宝水ルージュ」「宝水ブラン」のコンセプトの自由度を感じることができる。例えば「宝水ブラン」のファースト・ヴィンテージである「宝水ブラン2021」は、ゲヴュルツトラミネールとケルナー、ピノ・グリをブレンド。続く2022年ヴィンテージは打って変わって「オレンジワイン風」の仕上がりに。
そして、最新ヴィンテージである2024年の宝水ブランは、甘口スタイルである。1年として同じ系統のワインが存在しないのが「宝水」シリーズの面白さ。久保寺さんいわく、「やり過ぎかと思うくらいの変化」を付けている挑戦的なシリーズなのだ。
「その年にどんな造りにするかは、ぶどうの様子を見て決定しています。今までに造ったことがないスタイルにチャレンジしたいと思って方向性を決めた年もあります。毎年味わいが変わるのでピンポイントでおすすめするのが難しいこともある銘柄ですが、うちのワインをよく買いに来てくれるお客様は楽しんでくださっているようです」。

▶︎「RICCAシャルドネ」
続いては、宝水ワイナリーを代表する「RICCA」シリーズから、「RICCAシャルドネ」を見ていこう。2023年と2024年ヴィンテージはどのようなワインに仕上がったのだろうか。
「『RICCAシャルドネ』は、2023年、2024年ヴィンテージともに日本ワインコンクールで金賞を受賞しました。このワインはうちのエース的な銘柄で自信と思い入れも強いため、しっかりと評価してもらえているのはありがたいことです」。
2023年の「RICCAシャルドネ」は、暑い気候を反映した凝縮感のあるワインになった。2022年までのフレッシュ&フルーティーで繊細な印象のものとは異なり、濃密なボリューム感のあるふくよかな白ワインへと変貌を遂げたのだ。
「今までの『RICCAシャルドネ』は綺麗な酸が特徴でした。冷涼な気候ならでは線の細さと上品さがありましたが、近年は気温が上がったことで厚みが出て、味わいのバランスがさらによくなってきていると思います」。
変わらない造りによって年ごとの個性を表現し、品質の高さが評価されている「RICCAシャルドネ」。2023年は温暖な気候由来の穏やかな酸と香りがはっきりと表れているため、飲むたびに「本当に暑い年だった」という記憶が呼び起こされると話してくれた。

▶︎「RICCAスパークリング」
「RICCAシャルドネ」と並ぶ宝水ワイナリーのフラッグシップが、瓶内二次発酵タイプの「RICCAスパークリング」だ。シャルドネとピノ・ノワールを使用しており、雪国らしい酸味が特徴である。
「ピノ・ノワール30%、シャルドネ70%のセパージュで造っています。シャルドネの繊細さをピノ・ノワールで肉づけして、柔らかさを出しました。瓶内二次発酵の後に15か月熟成させてからリリースしています」。
瓶内二次発酵のワインを長く寝かせすぎると、焦げた風味が強くなりすぎてぶどうのアロマがかき消されてしまう。フルーツ感と旨味がバランスよく楽しめる熟成期間が「15か月」だったのだ。
だが近年は、熟成期間を見直すことも考えているのだとか。気候の変化によって、ぶどうそのものの味に長期熟成に負けない力強さが生まれているからだ。
なお、「RICCAスパークリング」には、公式オンラインと直営店舗のみで限定販売している「ピノ・ノワール100%」の銘柄も存在する。丁寧に選別したピノ・ノワール由来のエレガントさが感じられるワインになっており、27か月熟成による芳醇な味わいが特徴だ。
さらに、「RICCAスパークリング」には限定品としてシャルドネ単一の銘柄もあるため、スパークリング好きは必見だ。ただし、シャルドネ単体の「RICCAスパークリング」は製造していない年もあるため、公式のリリース情報を見逃さないようにしたい。

▶︎「雪の系譜シャルドネ」
続いて紹介するのは「雪の系譜」シリーズだ。「RICCA」シリーズと同じく自社圃場のぶどうを使っているが、コンセプトは大きく異なる。
「『RICCAシャルドネ』がエースなら、『雪の系譜シャルドネ』はキャプテンというイメージでしょうか。宝水ワイナリーの自社畑で最も樹齢が高いシャルドネを使用したワインです。樹齢は20年で、かつて海底土壌だった区画で育てているため、ミネラル感が強く表れているのが最大の特徴です」。
余韻にミネラルが感じられて品格あるスタイルこそが、「雪の系譜」の魅力だ。区画の斜面中央に広がる海底土壌のエリアで育てたぶどうのうち、厳選した熟度が高いぶどうだけを「雪の系譜」に使用。オーク樽とステンレスタンクで仕込んでからブレンドし、長めに熟成させることでエレガントでリッチな味わいを表現した。
「フレッシュ&フルーティーなRICCAとは違って、『雪の系譜』は土の風味と複雑味があります。RICCAと雪の系譜のシャルドネは隣同士の区画で栽培していますが、味わいのスタイルはおもしろいほど違いますね。両方を比べて飲んでいただくことで、エリアごとのテロワールの違いを感じていただけるはずです」。
宝水ワイナリーのシャルドネワインには、北海道の名産品「アスパラガス」がマッチするそうだ。
「『RICCA』にも『雪の系譜』にも、北海道産のアスパラガスが合いますよ。『RICCA』は茹でアスパラガスや魚介と一緒に味わってみてください。鯛など白身魚のカルパッチョやマリネが特におすすめです。ミネラル感の強い『雪の系譜』には、アスパラガスのバターソテーが合わせやすいかもしれません。バターのコクのあるニュアンスと、シャルドネの凝縮感がマッチします。魚介なら、しっかり味付けしたムニエルがよいでしょう」。

▶︎気軽に楽しめる「オレンジピンク」
最後に紹介するのは、人気銘柄のひとつである「オレンジピンク」だ。「ポートランド」や「セイベル13053」といった生食用ぶどうをアッサンブラージュしており、ほんのり甘口で酸味とのバランスが心地よいロゼワインである。
「ポートランド」というぶどうをご存知だろうか。ナイアガラに似た華やかなアロマを持つ中粒の品種で、関東以南では見かける機会が少ないが、北海道では収穫期になるとスーパーにも並ぶ身近なぶどうだ。
「苺キャンディーをなめているような、可愛らしくポップな味わいのワインです。暑い時期にはよく冷やして外で飲むと楽しめると思います」。
様々な料理に合わせることができる「オレンジピンク」は、デザートワイン的にフルーツのタルトやショートケーキなどと一緒に楽しむのもおすすめだ。根強いファンがついているアイテムで、あまりワインを飲まない若い人やお酒が苦手な人、年配のお客様にも好まれるという。性別や年齢を問わない親しみやすい味わいであるため、プレゼントや手土産にもおすすめだ。

『まとめ』
2025年に20回目のヴィンテージを迎えた宝水ワイナリー。様々なことがあった20年だと久保寺さんは振り返る。
「北海道は日本ワインの産地として認められるようになりましたが、ワイナリー創業当初は周囲の誰もワインを飲んだことなどなく、ワイン文化ゼロという厳しい時代でした。私達がワイン造りを続けていられるのは、先輩たちが諦めずに続けてきてくれたからです。北海道のワインがようやく注目されるようになった今、ワイナリーにはもういない諸先輩方にも、素晴らしい環境で満足のいくワインを造れることが幸せだと感謝を伝えたいです」。
積み重ねた20年を確かな糧として、次の20年を見据える宝水ワイナリー。今後は、よりよいものに挑戦するステージを迎え、変わりゆく天候に対応し、変化に合わせたワイン造りをしていく。ただ目先のワイン造りに一生懸命になるだけでなく、「どこをグラン・クリュにするか」を考えるなど、先を見据えた戦略を立てる段階に来ているのだ。
そのほかにも品種選定や造り手の世代交代など、次の20年に向けてやるべきことは山積みだが、久保寺さんの言葉は常に力強くポジティブで、ワインへの愛情に満ちている。
「20年積み上げてきたものを大切にしつつ、変化を受け入れる姿勢を忘れずにワイン造りに臨んでいきたいです」。
宝水ワイナリーのイベントやリリース情報は公式Instagramにて発信しているため、ぜひチェックしてほしい。北海道の雄大な大地と澄んだ空気が育んだ宝水ワイナリーのおいしいワインを味わってみてはいかがだろうか。

基本情報
| 名称 | 宝水ワイナリー |
| 所在地 | 〒068-0837 北海道岩見沢市宝水町364-3 |
| アクセス | https://www.housui-winery.co.jp/access.html |
| HP | https://www.housui-winery.co.jp/ |

