追跡! ワイナリー最新情報!『機山洋酒工業』 地域に根ざしたワイナリーであることが誇り

山梨県甲州市塩山にある「機山洋酒工業」は、昭和初期からワイン造りをおこなっているワイナリーだ。現代表の土屋幸三さんは三代目。祖父と父から受け継いだ機山洋酒工業のブランドを守り、甲州市塩山ならではの美味しさを表現するため、ぶどう栽培とワイン醸造を追求し続けている。

機山洋酒工業が自社畑で栽培している主な品種は、甲州、シャルドネ、メルロー、ブラッククイーンなど。長年の経験を生かし、安定した収量が確保できると感じた品種に絞って大切に管理している。

ぶどう栽培におけるこだわりは、健全かつ成熟したぶどうを作ること。完熟したぶどうは糖度が高く、果実のフレーバーが豊かに香る。土屋さんが栽培したぶどうは、品種ごとの風味と個性がしっかりと出たワインになる。

ワイン造りでは、ぶどうそのものの美味しさを引き出すため、できるだけシンプルな醸造を心がけている。必要な工程は丁寧におこなうが、手を入れるのは最小限に留めるのがポリシーだ。栽培と醸造に真摯に向き合う土屋さんは、生活リズムや作業ルーティンを大切にし、「人の生活に寄り添う」ワインを造っている。

今回は、機山洋酒工業の2023年以降のぶどう栽培とワイン醸造の様子や、最新の取り組みについて詳しく紹介したい。土屋さんがワイン造りに対して抱く思いや、日本でワインを造る中で日々感じていることについてもお話いただいたので、あわせて深掘りしていこう。

『2023〜2024年のぶどう栽培を振り返る』

まずは、2023年と2024年がどのような気候だったのかを確認していきたい。どちらの年も、例年より早いタイミングで気温が高くなったため、芽吹きが早かったそうだ。

「ここ数年は桜の開花もだんだん早くなってきていて、3月中には早々と散ってしまうこともあるくらいです。春が早いことは、ぶどうにとってはそれほど大きな問題ではありませんが、この辺りはぶどうとスモモを栽培している兼業農家が多いのです。そのため、地域の栽培農家は、スモモの開花後に気温が下がる『寒の戻り』を心配していましたね」。

▶︎2023〜2024年の気候とぶどうの出来

近年発生している事象として、発芽のタイミングがバラバラになることも気になっているという土屋さん。いわゆる「芽が揃わない」と呼ばれる状態のことである。芽吹きの時期がずれると、その後の生育ステージにもばらつきが出るため、管理がしにくくなってしまう。

ぶどう栽培では、芽吹き前に実施する「休眠期防除」をはじめ、発芽後の生育状況に応じて病害虫対策のための薬剤散布をおこなう。そのため、芽が揃わない場合、防除のタイミングが難しくなってしまうのだ。春の訪れが早くなったことと直接関係があるかどうかは不明だというが、気候変動によって栽培管理の難易度が上がっているのは間違いないだろう。

発芽後の4〜6月は、ぶどうにとっての「生育期」である。光合成をしながらぐんぐん枝葉を伸ばし、結実したぶどうも成長してくる。だが、同時に病害虫が発生しやすい時期でもある。ベト病やうどんこ病、灰色かび病などのカビ系の病気が出やすくなるため、足繁く畑に足を運び、ぶどうの様子をしっかりと観察することが必要となる。

「2023年と2024年の生育期は、非常によかったとは言えないものの、花が咲いてから結実するまでの条件も悪くなかったですね。梅雨明けも、例年並みか少し早いくらいでした」。

そして、栽培家にとって最も気を揉む時期がやってくる。夏の終わりから秋にかけての雨が多いと、水分量が増えて「裂果」が起こってしまうのだ。秋雨は日本でのぶどう栽培の天敵だ。2023年と2024年は、夏の終わりから秋の気候において対照的な年だった。

「早い品種は8月末から収穫し始めるので、この時期に雨が降ると大変です。2023年は非常にありがたいことに雨が少なく、実割れがなく糖度がしっかりと上がりました。一方、2024年は雨の影響で8月中旬から実割れが出てしまいました」。

▶︎甲州市塩山のテロワールを考える

雨の降り方や降水量の増加も、ぶどう栽培をする上では大きな懸念点だ。

「天気予報は、日に何度も確認しています。特に防除は雨の合間をぬって作業をする必要があるため、雨が降って予定通りに作業できなくなると、他の作業予定との調整をしなければなりません。パズルを組み立て直すようなものです。天気予報の精度も徐々に高くなってきましたが、週間予報はそれほど当たらないので、農業をする上では、予測して先回りすることが非常に大事ですね」。

天気が急に変わってもすぐに対応できるように、週間先の天気を予測して、準備と心づもりをしておくのだ。海外の産地では広大な平野に延々とぶどう畑が広がる光景を目にすることがあるが、国土の多くを山地が占める日本は、地形の起伏が激しくて複雑だ。そのため、天候が急変しやすく、天候のパターンが地域によって細かく異なるのも当然だ。

「世界の色々な場所でぶどうが栽培されていますが、自然条件が日本とはまったく違うため、『日本におけるテロワール』について考える時には、海外とは別物として理解しなければいけないのだろうと常々思っています。天候の変化に敏感になるとともに、自分たちが栽培している地域の栽培の歴史や環境、気候をしっかりと理解することも必要でしょう」。

▶︎気候変動への柔軟な対応

夏の気温が上がり過ぎていることも、土屋さんの心配のタネのひとつだ。最近は40℃近い気温になっても、すっかり慣れて驚かなくなってきた。

「夏が暑いとぶどうの糖度がしっかり上がると思いがちですが、実は、ここ数年は思ったように糖度が上がらないことがあるのです。その理由として、夜温が下がらなくなったことが考えられます。夜になってもぶどうがエネルギーを使いつづけていて、せっかく上がった糖度がたまらないのではないでしょうか」。

日本はもはや熱帯になってきている、と土屋さんは言う。冬の間は乾燥しているが、夏になると南の海から水蒸気が流れ込むために蒸し暑くなる。そして、空気中の水蒸気は夕方になると雲になって夕立が降る。その繰り返しで、さらに夜温が下がりにくくなっているというのだ。

気温の上昇によって、赤ワイン用品種の色付きが年々悪くなっている。土の排水をよくすることはできても、大気中の湿気を除去することはできないため、対策といってもなかなか難しい。変化し続ける気候に、常に柔軟に対応していくことが求められているのだろう。

『機山洋酒工業 おすすめ銘柄の紹介』

ここで、機山洋酒工業がリリースしているおすすめ銘柄を紹介しよう。毎年リリースしている定番ワインと、甲州を使ったブランデーを挙げていただいた。

甲州市塩山にある自社畑の味わいがそのまま表現されたワインとブランデーは、造り手である土屋さん自身のように柔らかく奥深い味わいが特徴だ。造りと味わい、製造にまつわるストーリーを紹介していきたい。

▶︎機山洋酒工業の定番銘柄

2025年5月1日に、2023年ヴィンテージの定番銘柄を発売した機山洋酒工業。「キザンセレクション シャルドネ 2023」「キザンセレクション メルロ 2023」「キザンファミリーリザーブ  2023」の3アイテムだ。少数のみの製造なので、毎年リリース後すぐ品切れになる人気製品だという。

「キザンセレクション メルロ 2023」は、上品な渋味がオーク樽のフレーバーと調和。また、メルロやブラッククイーンを主体にバランスよくブレンドした「キザンファミリーリザーブ 2023」は、色味が濃く飲みごたえのある味わいに仕上がった。「キザンセレクションシャルドネ 2023」は、笛吹川の自社圃場で育ったぶどうの状態がとてもよく、熟成によって厚みを増したことで、より満足のいく品質となった。

「ボトルを開けて飲み進めるうちに、味や香りが次第に変化して楽しめると思います。赤ワインも白ワインも、ぶどうの美味しさが詰まった素晴らしいワインになりました」。

▶︎甲州のブランデー「La Flutiste(ラ フリュテスト)」

続いて紹介するのは、山梨の固有品種である甲州種を使ったブランデー「La Flutiste(ラ フリュテスト)」。フランス語で「フルーティスト(フルートの演奏者)」を意味する名前は、ワイナリーのそばを流れる「笛吹川」にちなんだものだ。

毎年1度だけ樽から出して、200本ほど瓶詰めするというブランデーは、機山洋酒工業で長く造られてきた歴史ある銘柄だ。機山洋酒工業は、戦後まもない頃から蒸留酒を造ってきた。

現在も使用している使い込まれた蒸留機器を購入したのは、土屋さんの父である先代だ。甲州ワインの人気がまだ高くなかった時代に余剰を長期保管できるブランデーにしたのが、甲州種を使ったブランデーが誕生したきっかけだった。

「私は以前、アルコールメーカーに勤務していました。焼酎などを造っていたため、家業を継いだ際に『蒸留のプロなんだからブランデーを造ってみろ』と父に言われて、自分なりに工夫して造りましたね」と、苦笑いする土屋さん。昔を思い起こしたのか、とても優しい眼差しをしていた。

甲州種100%、オーク樽で15年以上熟成させたブランデーは、シャープで潔さがある味わいと、華やかな香りが特徴だ。数年前にリニューアルしたエチケットのデザインは、ブランデーの風味をよく表している。

『機山洋酒工業のこれまでと、これから』

2023年頃、ロゴマークやワインのエチケット、公式Webサイトなどをリニューアルし、ブランドイメージを一新した機山洋酒工業。検討を開始してから現在の形にするまで、長い時間をかけた一大プロジェクトだった。ブランドイメージを見直したことは、機山洋酒工業にとって大きな財産になったと土屋さんは振り返る。

「考えていることを言語化することは難しいですが、ワインを造っている以上、自分たちがどんな思いで栽培・醸造をしているのかを飲み手に伝えることは大切なことです」と、言葉を選びながら語ってくれた土屋さん。ワイン造りに抱く思いを改めてお話いただいた。

▶︎ワイン造りにかける思い

機山洋酒工業の自社畑は2か所あり、周囲の環境や栽培方法が異なる。笛吹川沿いの畑は棚栽培で、ワイナリーの裏手にある畑は垣根栽培だ。テロワールがどのように異なるのかと尋ねられることもよくあるが、味に明確な違いがあるかどうかはわかっていない。もちろん年ごとに天候が違うため、糖度や酸の値は当然異なり、病気が発生して収量が減少することもある。

しかし、農業をする上で人間ができることは限られているので、必要な管理を適切な時期におこなうしかない。柔軟に対応し、工夫もするけれど、基本は日々の作業の繰り返しなのだ。

「いつどんな作業をしたかを毎年メモしています。見返すと、多少の時期のズレはあれど、まあ毎年同じような時期に同じようなことをしているわけです。先代から続いてきたものをしっかり守って、日々の生業(なりわい)として取り組んでいくということですね。つまり、それこそが健全なぶどうで美味しいワインを造る秘訣なのです。ワイン産業に関わっている人は、みんなそのことに気づいていると思いますよ」。

人間が自然に対してできることは本当に少ないが、なんとかくらいついていくしかない。家族や従業員、地域の景観やワイン文化、さらにはもっと大きなものを支えるためだ。もちろん、育てたぶどうをなんとかしてワインにして、消費者に買ってもらわなければならない。

「日々の仕事に淡々と取り組むことが大切なのは、どんな職種でも同じことだと思います。思い通りに行かないことも多いですが、いくつも出てくる困難を乗り越えることこそが、栽培であり醸造です。飲み手のみなさんが醸造家に求める『理想像』ではないかもしれませんね」。

切実な思いで造っている、と言葉を漏らす土屋さん。飲んでもらうため、時にはイベントに参加して自分の言葉でアピールもする。それもワイン造りの一環だからだ。栽培と醸造以外のこともしっかりとこなすことが、機山洋酒工業が受け継いだものを次世代に繋ぐためには必要不可欠である。

「ワインを飲んでくださるみなさんに届くように言葉で伝えるのは、私たちにとって本当に難しいことだと感じています。造り手はみんな同じように思っているから、ワイナリー同士には横の繋がりがしっかりとできるのだと思いますよ。大手も個人も、抱えている悩みを乗り越えるためには、苦しみながらも同じ道を進むしかないのです」。

▶︎甲州市塩山という地域に支えられてきたワイナリー

ブランドイメージを見直すための一連の取り組みの中で土屋さんが再認識したのは、機山洋酒工業のブランド価値とは、「甲州市塩山という地域に支えられてきたワイナリー」であることだった。

リニューアルした公式Webサイトには、機山洋酒工業を育んでくれた甲州市塩山の「気配」が感じられる写真を数多く掲載した。小規模で地域密着型のワイナリーだからこそ、地域のさまざまな人と直接関わる機会が多い。その中で、造り手自身が普段感じたことを発信することが、今後の「KIZANブランド」を育ててくれる。

公式Webサイトに掲載された、ワイナリー周辺の風景などの写真からは、土屋さんが地域を大切にしていることがしっかりと伝わってくる。プロのカメラマンが撮影した写真と共に、土屋さんが撮影した写真も採用されているそうだ。

「畑で『今だ!』と思った瞬間に作業の手を止めて撮った写真なので、栽培家の視点が表現できていると思います。ブランドイメージの一新によって、先代から受け継いできたものを変えてしまうことに葛藤もありましたが、この地域に長く支えられてきたことが私たちの誇りだと伝わる仕上がりになりました」。

土屋さんが切り取った甲州市塩山の風景には、優しさが溢れている。機山洋酒工業の公式Webサイトを見れば、きっと土屋さんが手がけたワインの味わいが気になるはずだ。

『まとめ』

土屋さんが機山洋酒工業の三代目となって以降、醸造設備を徐々に入れ替えて、より美味しいワインができるように整備を進めてきた。今後は、樹齢が高くなった樹の改植にも少しずつ着手していく予定だ。2026年以降に着手予定の改植は、数年以上かかる取り組みになるだろう。

また、2025年4月には、毎年開催されている地元のワイン関連のイベントに出店。機山洋酒工業のワインを楽しむことができる貴重な機会だ。第6回「塩ノ山ワインフェス」には、塩山地区の7つのワイナリーと県内各地から集まった12の飲食店が集まり、地元の人をはじめとした多くの来場者で賑わった。

塩山地区らしさを表現していくことを目指した「塩ノ山ワインフェス」は2026年以降も開催予定なので、興味を持ったら足を運んでみてほしい。

甲府盆地の北東に位置する甲州市塩山の自社畑でぶどうを栽培し、ワインを造る機山洋酒工業。伝統を守りつつ、新たな取り組みにも積極的に挑戦している土屋さんの思いに共感した方は、機山洋酒工業のワインを飲んで、造り手の思いに触れてみてはいかがだろうか。


基本情報

名称機山洋酒工業株式会社
所在地〒404-0047
山梨県甲州市塩山三日市場3313
アクセスJR中央線塩山駅からタクシーで約10分
中央道勝沼ICから車で約20分
HPhttps://kizan.co.jp/

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