今回紹介するのは、長野県諏訪郡原村にある「八ヶ岳はらむらワイナリー」。原村は標高1000m前後の高地に位置し、八ヶ岳連峰西麓のさわやかな風が吹き抜ける自然豊かな土地だ。原村は、大東建託株式会社が実施した2023年の「街の幸福度 自治体ランキング」において、甲信越版で1位に輝いた自治体でもある。
ぶどう栽培とワイン造りが盛んな長野県にあるワイン産地「信州ワインバレー」には、5つのワインバレーがある。八ヶ岳はらむらワイナリーがあるのは、そのうちのひとつ「八ヶ岳西麓ワインバレー」だ。
「信州ワインバレー」の中で最も新しい産地の「八ヶ岳西麓ワインバレー」は、八ヶ岳と南アルプスに挟まれた一帯を指す。県内有数の冷涼な気候を生かして、ヨーロッパ系品種を中心に栽培しているのが特徴だ。
そんな注目のエリアでぶどう栽培とワイン醸造をおこなっている八ヶ岳はらむらワイナリーは、主に県内産のぶどうを使って、フレッシュでバランスの取れた味わいのワインを造っている。2025年には自社ぶどうを使ったワインのリリースも予定されており、今後の展開に期待が集まる。
醸造責任者の鎌倉宏吉さんに、設立までの経緯とぶどう栽培・ワイン醸造におけるこだわりと、今後の展望についてお話を伺った。余すところなく紹介していきたい。
『八ヶ岳はらむらワイナリーの設立まで』
まずは、八ヶ岳はらむらワイナリー設立のきっかけから振り返ってみよう。八ヶ岳はらむらワイナリーを運営するのは、長野県諏訪郡原村で土木建設業を営む企業「株式会社 昌栄」だ。事業の多角化を検討する中で、新たな挑戦としてワイン事業をスタートさせた。
ワイナリー立ち上げに至ったのは、代表取締役の清水昌敏さんが抱いたある思いが関係している。40年にわたって、原村で土木建設業を営んできた清水さん。少子高齢化の影響で耕作放棄地が増え、美しい原村の風景が失われつつあることを危惧していた。そこで、地域の景観を守りたいと考えた清水さんは、新事業で有休荒廃地を活用することを決めたのだ。
▶︎ワイナリー事業をスタート
清水さんは以前から、土木建設業以外にもいくつかの事業を手がけてきた。そのうちのひとつが「株式会社きよみず農園」だ。原村の冷涼な気候を生かしてトマトのハウス栽培をしており、実は農業分野における実績もすでにあったのだ。
新たに開始する栽培品目としてぶどうを選んだのは、清水さん自身がワイン好きだったためだ。さらに、国の補助金制度も、新事業をスタートする上での追い風となった。
「コロナ禍で事業の方向性を見直す中、企業の多角化を支援する補助金を活用することで、ワイナリー設立がより現実的になりました」。
ぶどう栽培とワイン醸造を始めることに決めて動き出した清水さん。まず、2021年春にメルローの苗を1000本植栽した。

▶︎鎌倉さんとワイン
ここで、醸造責任者の鎌倉さんがワイン造りの道に入るまでのストーリーと、八ヶ岳はらむらワイナリーで働くことになった経緯を紹介したい。
大手飲料メーカー「キリンビール」に勤務していた鎌倉さんは、31年間ビールの営業担当として活躍していた。仕事に関連してワインの資格を取得したことがきっかけで、次第にワインに興味を持つようになったという。
「最初は資格を取る勉強のためにワインを飲み始めたのですが、ワインの美味しさと奥深さを知って、さまざまな銘柄を楽しむようになりました。そのうち、自分でぶどうを栽培しワイン醸造をしてみたいと思い始めたのです」。
2006年には「キリンホールディングス」が「メルシャン」を連結子会社化したため、ワイン造りに関わりたいと考えて出向を希望したが、異動は叶わなかった。そこで、鎌倉さんはいつしか、第二の人生でワイン造りをすることを考えるようになったという。
「定年退職したら自分のぶどう畑を持ってワインを造るつもりでしたが、まだまだ先の話だと考えていました。しかし、2019年に父が亡くなったことがきっかけで、自分の人生を改めて見つめ直すことになりました」。
父の死を目の当たりにした時、鎌倉さんは53歳。自分の人生なのだから、本当にやりたいことをやるべきだろう。しかし、定年退職してから始めようとのんびりしているうちに、いざその時が来たら気力体力が衰えているかもしれない。そこで、今すぐ始めればぶどう栽培もワイン醸造もできると考え、新たな挑戦をするために早期退職したのだ。
原村出身の父が1.2haの畑と自宅を遺してくれたため、退職後は原村でぶどう栽培をすることにした鎌倉さん。まず、長野県東御市の「アルカンヴィーニュ」が運営する「千曲川ワインアカデミー」を1年間受講した。さらに、長野県上高井郡高山村の「信州たかやまワイナリー」でも2シーズンの研修を受け、ぶどう栽培とワイン醸造を基礎から学んだ。

▶︎原村が繋いだ縁
鎌倉さんが八ヶ岳はらむらワイナリー代表の清水さんに出会ったのは、信州たかやまワイナリーで研修を受けていた時のことだった。ワイナリー設立を検討していた清水さんが、信州たかやまワイナリーを見学に訪れたのだ。
「ちょうど仕込み作業をしていたときに、清水さんを紹介されました。そのときは5〜10分ほど話しただけでしたが、半年後に『ワイナリーを立ち上げることにしたから、一緒にワインを造らないか』という連絡をいただきました」。
こうして八ヶ岳はらむらワイナリーでワイン造りをすることになった鎌倉さん。個人でぶどう栽培とワイン醸造をするつもりだったが、八ヶ岳はらむらワイナリーで醸造責任者として活躍することになったのだ。自分の畑でのぶどう栽培もおこなっており、そのぶどうは鎌倉さんのプライベートブランドのワインになる予定だ。父と原村が繋いでくれた縁のおかげで今の自分があると話す。
「もし父が元気で生きていたら、私は今もキリンビールでビールの営業をしていたでしょう。しかし、父の死をきっかけに人生が大きく変わり、53歳で未知の世界に足を踏み入れたのです」。

『八ヶ岳はらむらワイナリーのぶどう栽培』
続いては、八ヶ岳はらむらワイナリーのぶどう栽培にスポットを当てる。高原ならではの冷涼な気候を生かした栽培の様子が気になる人も多いだろう。
自社畑の土壌や周辺の気候と、栽培している品種を見ていきたい。また、栽培においてこだわっている点についてもお話いただいたので、あわせて紹介しよう。
▶︎自社畑と気候の特徴
原村にある2.5haほどの自社畑は、標高900mを超える高地に位置する。緩やかな斜面に広がる畑の土壌は黒ボク土で、もともと別の作物が栽培されていた。
以前は複数区画に分かれていた土地だが、八ヶ岳はらむらワイナリーがぶどう栽培を始める際に大規模造成をおこなって、1枚の大きな圃場として整備し直したのだ。ぶどう栽培を始めるにあたり、いくつかの農家の畑を見学して、管理しやすいのはどんな畑なのかを研究したそうだ。
「土木工事の会社なので、もちろん自社で圃場を造成しました。いくつかの区画を統合することで、土地全体を広く使えて作業効率がアップします。また、段差がなくなると防除や草刈りなども楽になりますよ」。
健全なぶどうを育てるためにさまざまな工夫をしている、八ヶ岳はらむらワイナリー。ロボット草刈機の導入も施策のひとつだ。草刈りは、農業をおこなう上で多くの時間と労力がかかる作業のひとつに挙げられる。ぶどうの生育期には栽培管理に人手がかかり、草が伸びても対応が後手に回ってしまうことも珍しくはない。
ロボット草刈機を導入したことで、八ヶ岳はらむらワイナリーでは作業の大幅な省力化を図ることができた。ロボット草刈機は昼夜関係なく、伸びたところからどんどん草を刈り、刈った草は畑でそのまま緑肥となる。
また、大型の草刈機を畑に入れると、機械の重さで土を踏み固めてしまう懸念もあるが、ロボット草刈機なら心配ない。さらに、常に風通しがよい環境をキープできて病害虫の被害の軽減に繋がるのも導入メリットのひとつだという。

▶︎冷涼地でのぶどう栽培
八ヶ岳はらむらワイナリーの自社畑がある原村は冷涼な気候だ。標高が高く夜温がしっかりと下がるため、赤ワイン用品種の色付きがよい。また、酸がしっかりと残った状態で収穫できるのも特徴だ。
近年は、気候変動の影響によってさまざまな地域で赤ワイン用品種が色付きにくいという問題が発生している。そんな中、八ヶ岳はらむらワイナリーの自社畑では、今のところ色付きには一切問題ない。
「これまでになく暑い日が続いた2024年でしたが、自社畑のメルローはしっかりと色付きましたね。標高が高い地域でのぶどう栽培のメリットを実感しています。しかし、別のエリアで育った買いぶどうの一部には色付きがよくないものもあったため、今後は自社畑も油断できないと感じています」。
将来的には、さらに気温が上昇するなどの気候変動が起こるかもしれない。そのため、冷涼地だからといって気を抜かず、原村の気候に適した栽培方法を追求していきたいと考えているのだ。

▶︎自社畑で栽培している品種
2025年現在、八ヶ岳はらむらワイナリーの自社畑のぶどうは7,800本まで増えた。栽培しているのは以下の6品種だ。
- メルロー
- カベルネ・フラン
- シラー
- シャルドネ
- ソーヴィニヨン・ブラン
- ピノ・グリ
「カベルネ・フランは、エレガントなワインを造ることができる品種だと考えて選びました。また、ピノ・グリは、すでに原村で素晴らしい品質のピノ・グリを育てている方がいらっしゃったので選んだ品種です」。
冷涼な気候に適していて、鎌倉さん自身に思い入れがある品種の他にも、幅広い層に人気のシャルドネや、社長が好きなメルローも栽培。いずれも、原村でどのように育つのか楽しみな品種ばかりだ。
「夜温が下がることで、ぶどうの成熟がゆっくりと進み、より豊かな香りと凝縮した味わいを生み出します。酸が落ちにくくフレッシュな風味を保ちやすい気候は、ぶどう栽培をする上で非常に魅力的です。爽やかな酸味がしっかりと感じられる、バランスの取れたぶどうを育てることができると考えています」。

『八ヶ岳はらむらワイナリーのワイン醸造』
2022年秋に醸造所をオープンし、ワイン醸造をスタートさせた八ヶ岳はらむらワイナリー。これまでは、主に県北部の高山村で栽培されたぶどうを購入してワインを造ってきた。
2024年には、最初に植えたメルロー1000本から約1.2tを収穫することができ、ようやく自社ぶどうのワインが造れるようになってきたところだ。2025年秋以降、自社ぶどうでのワイン造りが本格的に始まるので楽しみにしたい。
八ヶ岳はらむらワイナリーのワインは、原村の地域おこし協力隊のメンバーが手がけたボトルのエチケットにも要注目だ。優しいタッチのイラストからは、原村をワインで盛り上げたいというあたたかい気持ちが伝わってくる。
ここでは、ワイン造りにおけるこだわりと、おすすめ銘柄を紹介していこう。
▶︎手間を惜しまない醸造過程
八ヶ岳はらむらワイナリーが目指すのは、エレガントな味わいのワインを造ること。冷涼地で育った酸が豊かなぶどうを生かして、品種ごとにそれぞれ特徴のある味わいを表現している。
「お客様がワインを選ぶときには、ぶどうの品種で選ぶことも多いのではないでしょうか。私たちは、それぞれの品種が持つ個性を引き出した上で、この土地だからこそ現れる特長を兼ね備えたワインを造りたいと思っています。目指しているのは、バランスがよくエレガントな味わいのワインです」。
原村で育ったぶどうの魅力を最大限に引き出し、味わいと香りのバランスがほどよいワインを造るためにおこなっているのが、赤ワインを醸造する際に、ぶどうの房から実を取り外す「除梗」を全て手作業にすることだ。
ひと房ずつ丁寧に除梗することで梗の混入を防ぎ、青臭さの原因となる「メトキシピラジン」がワインに抽出されないように心がけている。除梗機で作業する場合の5倍程度も時間がかかるが、品質を追求するため、スタッフみんなで協力して丁寧に処理しているという。

▶︎「星降るワイン」
鎌倉さんに、おすすめ銘柄をいくつか挙げていただいた。まず紹介するのは、「星降るワイン ブラン」。シャルドネとソーヴィニヨン・ブランをブレンドした白ワインで、ソーヴィニヨン・ブランの香りの華やかさが際立つ。フレッシュな酸味がありながら、優しい口当たりで幅広い層に好まれる味わいに仕上がった。
「星降るワイン シャルドネ」の2023年ヴィンテージは、2024年の「日本ワインコンクール」にて「欧州系品種白」部門で銅賞を受賞。2025年現在、2023年ヴィンテージは完売しているが、2024年ヴィンテージの購入が可能だ。
ワインの名前は、星が美しく見える場所としても有名で「星降る里」とも呼ばれる原村に由来する。澄んだ空気の中で輝く星の透明感を思わせるワインはさまざまな料理に寄り添うが、特に和食全般や白身魚のカルパッチョ、揚げ物と好相性だ。

▶︎「風巡るワイン」
続いて紹介する「風巡るワイン」の2022年ヴィンテージは、「サクラアワード2024」でシルバーメダルを受賞。メルローを主体に、カベルネ・ソーヴィニヨンやカベルネ・フランといった赤ワイン用品種に加え、シャルドネなどの白ワイン用品種もブレンドしているのが特徴である。原村の夏に感じる爽やかな高原の風の心地よさをイメージした、軽やかな口当たりのロゼワインだ。
「ワイン造りをはじめてまだ日が浅かった2022年に、とにかくいろいろと試してみようと遊び心を持って仕込んだブレンドワインです。シャルドネを加えることで、香りや味わいに複雑味が生まれました」。
鎌倉さんがおすすめしてくれたのは、鶏肉料理とのペアリング。鶏の唐揚げや塩味の焼き鳥と一緒に楽しみたい。香りをより引き立てるため、冷やしすぎず12〜14℃ほどの温度で飲むのがベストだ。
2025年現在、2022年ヴィンテージは完売し、2023年ヴィンテージを販売している。

▶︎「NOMAZA(のまざ)」
八ヶ岳はらむらワイナリーがある長野県の諏訪地方の方言で「飲もう」と誘う意味を持つ言葉が由来の「NOMAZA」は、メルロー、カベルネ・ソーヴィニヨン、ヤマブドウを使った赤ワインだ。複数品種をブレンドすることで、奥行きのある味わいと上品な仕上がりを実現。口に含むと、豊かな香りと繊細なバランスで洗練された印象を受ける。
ワイナリーからも近い長野県茅野市にある高原リゾート地「蓼科(たてしな)」の別荘地のホテルやレストランでも採用されている。
また、香港で行われた「和酒アワード2024」で、2023年ヴィンテージの「NOMAZA」がシルバーメダルを受賞。芳醇な香りと深みのある味わいが評価された。
▶︎新たな取り組みも進める
ワインが好きな方はもちろん、ワインに親しんでこなかった方たちにも、八ヶ岳はらむらワイナリーのワインを楽しんで欲しいと話してくれた鎌倉さん。
「ひと昔前に飲んだ日本ワインのイメージを取り払って、今の日本ワインの味を、より多くの方に知って欲しいですね。もちろん、ワインにこだわる方にも納得して飲んでいただける品質を目指していますが、ひと口飲んだ方が皆さん『おいしい』と感じてくれる味わいにしていきたいです」。
ワイン醸造やぶどう栽培はもとより、ワインにまつわるあらゆることを学び直そうと思い、2024年5月から2025年3月まで「山梨大学ワインフロンティアリーダー養成プログラム」を受講した鎌倉さん。2022年にワイナリーの醸造責任者としてワイン造りを実際に始めてみると、多くの疑問が湧いてきて、もっと科学的に理解していれば醸造中に起こるさまざまな現象への対処法が分かるようになるのではないかとの思いを抱いたためだ。
山梨大学の講義では酵母を始めとする微生物の種類や、発酵の化学的なメカニズム、ポリフェノールなどぶどうに含まれる物質の働き、オフフレーバーの原因物質と発生要因、ぶどうの生育ステージにおける成分の変化や病気についてなど、実に多くのテーマの講義を受けることができた。
「最後には終了試験があり、無事合格して『山梨大学ワイン科学士』の認定証を戴くことができました。学んだことをしっかり生かして、よりお客様に喜んでもらえるワイン造りをおこなっていきたいです」。

『まとめ』
八ヶ岳西麓ワインバレーという新しい産地でワインを造る八ヶ岳はらむらワイナリーは、産地全体で評価されることを目指し活動している。
そのためには、八ヶ岳西麓ワインバレーにあるワイナリー同士で協力しながら産地形成を進めていくことが不可欠だ。八ヶ岳西麓ワインバレーには、2024年までに5つのワイナリーが誕生した。行政も非常に協力的だ。一例を挙げると、2025年1月に地域の飲食店・宿泊施設・地域住民を対象にした試飲会が開催された。大勢の来場者で賑わい、会場内での身動きがとりづらいほどであった。地域全体でワイン文化を盛り上げる動きが加速している。
八ヶ岳はらむらワイナリーが今後リリースする予定の自社栽培のぶどうを使ったワインは、新たなシリーズとして製品化される。これまで以上にこだわりと愛情がこもったワインの味わいが気になったら、ぜひ一度、八ヶ岳はらむらワイナリーのワインを飲んでみて欲しい。無限大の可能性と伸び代を持つ八ヶ岳はらむらワイナリーの挑戦は、まだ始まったばかりだ。

基本情報
| 名称 | 八ヶ岳はらむらワイナリー |
| 所在地 | 〒391-0100 長野県諏訪郡原村8926-1 |
| アクセス | 茅野駅、諏訪南インターより車で10分 |
| HP | https://www.haramura-winery.com/ |

