今回紹介するのは、福島県南相馬市小高区にある「コヤギファーム」。名前の由来となったのは、「小屋木(こやぎ)」という地名だ。
震災からの復興を目指し、南相馬市小高区を盛り上げるためにぶどう栽培とワイン造りを始めたのは、南相馬市出身の三本松貴志さん。酪農家から転身し、圃場の造成から取り組みをスタートした。2025年現在は委託醸造でワインを造っており、将来的には自社醸造所の建設も視野に入れている。
コヤギファームが誕生するまでの道のりと、ぶどう栽培・ワイン醸造におけるこだわり、さらに今後の展望ついて、三本松さんにお話を伺った。詳しく紹介していこう。
『コヤギファームの誕生とぶどう栽培』
まずは、三本松さんがぶどう栽培を始めることにした経緯から振り返ってみよう。コヤギファームについて語る上で避けて通れないのが、2011年3月11日に発生した東日本大震災である。
大震災が発生するわずか2か月ほど前に、父が経営していた酪農業を引き継いだばかりだったという三本松さん。しかし、福島県南相馬市は大震災によって大きな被害を受けたため、酪農を続けていくことは困難だった。
「家業を継いで間もなく東日本大震災が起こり、南会津町へ避難を余儀なくされました。私が南相馬市に戻ったのは、2011年10月末でした。酪農を再開しようとしたのですが、酪農に必要な機械をほとんど処分することになってしまい、改めて機械を揃えるだけでも莫大な費用がかかってしまう状況でした」。
多額の借金をしてまで酪農を再開するかどうかという問題に直面した三本松さん。南相馬市内のNPO法人や小高区ふるさと農地復興組合に所属し、放射線測定や小屋木行政区の田畑の維持管理など福島の復興のために尽力しながら、自分が進むべき道を模索し続けた。
▶︎ぶどう栽培とワイン造りを志す
行動を起こすきっかけとなったのは、2016年の夏、家族と出かけた山形旅行で訪れた「高畠ワイナリー」の活気あふれる様子を目にしたことだった。高畠ワイナリーがワイン造り地域を盛り上げている様子に心奪われたのだ。
「震災によって衰退してしまった南相馬市も、ぶどう栽培とワイン造りをおこなうことで盛り上げられるのではないかと考えたのです。ワイナリー設立の構想を抱くきっかけになった経験でした」。
福島県には、震災後に地域復興を目指して立ち上がったワイナリーが他にも複数ある。三本松さんは県内のワイナリーを訪れて、ボランティアとして作業に参加しながらノウハウを学んだ。そして、2019年5月にコヤギファーム設立に至ったのだ。

▶︎南相馬市小高区の気候と畑の特徴
コヤギファームの自社畑がある南相馬市小高区の気候と、自社畑の特徴を見ていきたい。栽培している品種と、どのような点にこだわって栽培管理をしているかについてもお話いただいた。
コヤギファームがある南相馬市は、福島県の太平洋沿岸エリアの「浜通り」と呼ばれる地域に位置する。コヤギファームの自社畑は海抜24mほどで、降水量が少ないのが特徴だ。冬でも雪はほとんど降らず、東北の中では比較的温暖な地域である。しかし、近年の気候変動の影響を受け、天気の予測が難しい点に苦労しているそうだ。
「いちばん初めにぶどうを植えた畑は山に囲まれています。少しずつ栽培面積を増やしているところなので、畑によって条件が異なり、風通しがよい場所もあります。小高い山の上にある区画は傾斜地なので水はけがよく、高品質なぶどうができると期待しています」。
コヤギファームのぶどう畑は、震災前には牧草地や水田として使われていた土地だ。震災後に他の地域に移り住み、南相馬市に戻らない人も多い。使わなくなった土地を借り受けて造成した区画もあるそうだ。三本松さんが自ら手がけた圃場の造成作業には、酪農に従事していた経験を生かすことができた。
「酪農に使っていた大型トラクターが無事だったので、耕起作業は簡単にできました。余計な水を排水するための暗渠(あんきょ)を設置する際には農機具を新たに購入して、試行錯誤しながら完成させました」。
被災後に地元に戻らない決断をした方も多い中で、南相馬市に戻って畑作りから始めた苦労は計り知れない。地元を愛し、復興を願う思いが伝わってくる。

▶︎自社畑で栽培している品種
2019年3月に自社畑への植え付けを開始したコヤギファーム。初年度に3品種植えて以降、徐々に種類を増やしてきた。現在栽培しているのは以下の7品種で、いずれも垣根栽培だ。
- メルロー
- カベルネ・フラン
- マスカット・ベーリーA
- シャルドネ
- ブラック・クイーン
- 甲斐ノワール
- 甲斐ブラン
栽培品種はどのように決めたのだろうか。
「まずは、国際品種をメインに選びました。また、日本生まれの交配品種であるブラック・クイーン、甲斐ノワール、甲斐ブランは、海外の方にも興味を持ってもらいやすいのではないかと考えて導入を決めた品種です」。
甲斐ノワールと甲斐ブランは、赤白セットのワインとして販売しようと考えているという。福島県内での栽培は珍しい品種のため、コヤギファームならではの個性も表現できるだろう。甲斐ノワールを使ったワインはすでにリリース済みだが、甲斐ブランはまだ収量が少ないのでワインができるのは少し先になる。紅白ワインとしてリリースされる日を楽しみにしたい。
また、カベルネ・フランは、苗木商からたまたま提案されて植えることになった品種だ。しかし、土地と相性がよかったようで、初年度からぐんぐん育ったのは嬉しい驚きだったという。

▶︎コヤギファームのぶどうの特徴
コヤギファームのぶどうは成長が早かった。初年度から剪定が必要なほどで、2年目以降も順調に生育を続けている。中でも三本松さんお気に入りの品種は甲斐ノワールだ。
「甲斐ノワールは房型が大きめで実のつき方がよく、凝縮感のある味わいです。色付きのよさに定評がある品種ですが、自社畑の甲斐ノワールは、色付きに関しては今後さらに改善していく必要があると感じています」。
栽培している赤ワイン用品種の中で色付きが最もよいのは、ブラック・クイーンだ。「日本ワインの父」と呼ばれる川上善兵衛氏が生み出した交配品種で、現在もさまざまな産地で栽培されている。コヤギファームの畑ではどのような特徴を持ったブラック・クイーンが育っていくのかに期待したい。

▶︎栽培管理におけるこだわり
南相馬市の年間降水量は1380mm程度。日本の年間平均降水量である1700mmと比較するとやや少ないことがわかる。だが、世界の主要な銘醸地と比べると格段に雨が多いことには変わりない。そのためコヤギファームでは、日本の気候に弱い品種に関しては、特に注意を払って管理している。
「ヨーロッパなどに比べると日本は雨が多いため、病気が蔓延しないように消毒を徹底しています。しかし、2024年は消毒した直後に急な降雨があり、消毒が全部流されてしまったので非常に困りましたね。天気を確認しながら作業を進めていても、急変することがあるので気が抜けないのです」。
近年は気候変動で天気を読むのが難しいことも多い。例年と異なる気候に、2024年は夏場の作業で困難が生じたそうだ。
「いつもは雷が鳴っても雨は降らないものなのですが、2024年は短時間で集中的に降る雷雨が発生しました。雨対策としてレインガードを設置しているのですが、設置中に雨が降ってきてしまい、間に合わなかった区画は雨に濡れて病気が出てしまったのです」。
だが、不安定な天候での中で改めて気づいたこともある。日本で交配された品種の耐水性の高さだ。ヨーロッパ系品種と日本生まれの品種の違いは明確だったという。
今後はさらに徹底した栽培管理をおこなうことを目指し、引き続き真摯にぶどうと向き合っていく。

『コヤギファームのワイン醸造』
コヤギファームは自社栽培のぶどうを使い、委託醸造でワインにしている。ファースト・ヴィンテージは2020年だ。
実は、2020年はもともと醸造する予定はなかったのだが、植えて2年目にもかかわらず想定以上に収穫できたため、急遽ワインにすることにした。使ったのは、カベルネ・フランとマスカット・ベーリーAだ。
福島県内のワイナリー関係者の協力を得て、委託先をなんとか確保した。しかし、考えていたよりもは早い段階で造ることになったファースト・ヴィンテージに対しては、嬉しい気持ちと共に複雑な思いもあったという。
▶︎ファースト・ヴィンテージのワイン
「2年目にして900kgほど収穫できたので委託醸造したのですが、当時はまだ他の仕事も掛け持ちしていて、栽培に100%注力できていない段階でした。若い樹で色付きも薄く、自分が納得できる品質のぶどうではなかったため、ワインができたことを手放しで喜べない状況でした」。
本気で取り組みたいと考えているからこそ、もどかしい思いをしたと当時を振り返る三本松さん。ぶどうに対する誠実さと実直な人柄が伝わってくるエピソードだ。その後、本格的な栽培管理がスタートし、2021年以降は福島県双葉郡川内村にある「かわうちワイナリー」に委託醸造している。
ワインの仕上がりについて希望を出し、仕込み作業にも参加参加している三本松さん。いつか自社醸造をスタートする時に備えて、もっと知識と経験をつけていかなければと努力を続けているところだ。
コヤギファームが目指すのは、気軽に手に取ってもらえて、楽しく飲めるワインだ。目標とする味わいを表現するためには、まずは栽培管理を改善していく必要があると分析する。
「今造っているのは軽めの味わいのワインですが、今後は濃厚な味わいのワインにも挑戦してみたいです。そのため、色付きがよいぶどうを育てることができるように頑張りたいですね。私自身が好きで飲んでいるネッビオーロを使った濃厚なイタリアワインや、ドイツの甘口白ワインのような味わいのワイン造りにも、いずれは挑戦できたらと考えています」。
▶︎「 Camouflage(カムフラージュ)」シリーズ
コヤギファームがリリースしている「 Camouflage(カムフラージュ)」シリーズは、キャンプやアウトドアシーンでで飲めるライトなワインをイメージ。エチケットはおしゃれな迷彩柄だ。
銘柄ごとにカムフラージュ柄の色合いが異なるエチケットは、インテリアとして飾りたくなるようなおしゃれさがあり、若者にも手に取ってもらいやすいだろう。
また、コヤギファームのロゴは、ぶどうとワイングラスが天秤に乗ったデザインだ。ワインボトルにも描かれているロゴには、どんな意味があるのだろうか。
「ぶどうとワイングラスを乗せた天秤が、水平に釣り合っているデザインをロゴとして採用しました。自分たちがぶどうに手をかけた分、美味しいワインができるという意味を込めています。また、盾のデザインは、一緒に働いてくれている従業員の雇用を守り続けるという決意を表しています」。
コヤギファームのワインボトルを手に取れば、造り手がエチケットデザインとロゴに込めた深い思いも感じられだろう。

▶︎コヤギファームのおすすめワイン
コヤギファームからリリースされているワインの中から、おすすめの銘柄をいくつか紹介していただいた。
まずは、マスカット・ベーリーAとブラック・クイーンのスパークリングワイン、「Camouflage MuscatBaileyA × BlackQueen 2023」。
「マスカット・ベーリーAとブラック・クイーンをブレンドしたワインは、珍しいと思います。また、スパークリングタイプの赤ワインである点にも注目していただきたいですね。アルコール度数は9%と低いので、飲みやすいと好評です」。
続いて、甲斐ノワール100%の赤ワイン「Camouflage KaiNoir 2023」は、さまざまな料理と合わせて楽しんでほしい1本だ。
「郡山で開催されたワインパーティーで、カツサンドとペアリングするワインとして総料理長に選んでいただいたのが、『Camouflage KaiNoir 2023』です。肉料理に合うと思っていましたが、カツサンドとのペアリングは新鮮でしたね」。
最後に紹介するのはシャルドネの白ワイン、「Camouflage Chardonnay2023」だ。コヤギファームからリリースしている唯一の白ワインである。
「すっきりしたシャープな味わいが特徴のワインです。魚料理やシンプルな味付けの鶏肉に合いますよ。いつもの食卓やアウトドアシーンで、カジュアルに楽しんでください」。

『コヤギファームの取り組みと、今後の展望』
コヤギファームでは一緒にぶどう栽培をしてくれるボランティアを募集しており、希望者は収穫作業などに参加できるそうだ。どのような活動をしているのかを見ていこう。
また、今後新たに取り組んでいきたいと考えていることについてもお話いただいたので、あわせて紹介したい。
▶︎ボランティア参加者を募集中
コヤギファームは、栽培管理のサポートをしてくれるボランティアを募っている。毎年10回程度募集している作業に集まってもらい、栽培管理や収穫を一緒におこなっているのだ。繁忙期である6〜10月頃を中心に手伝いを呼び掛けている。
「ボランティアの方には、敷地内で自由に過ごしてもらっています。テントを張ってキャンプ風に楽しんでいる方もいらっしゃいますよ。トイレとシャワー、ランドリー室があるので、作業のあとは汗を流せますし、作業着を洗うこともできます。興味を持った方は、ぜひ気軽に参加いただけると嬉しいです」。
日中は畑で一緒に作業をして、夜には三本松さんと共にワインを飲みながら焚き火を囲むこともあるそうだ。コヤギファームの敷地からは、夜空にたくさんの星を眺めることができる。自然豊かな場所なので、近くに住むサルやキジの声も聞こえるそうだ。大自然の中で、都会では味わえない空気を味わうことができるのだ。
ボランティアの募集に関する情報は、Facebookのグループで発信しているそうだ。参加申請すると年間スケジュールが確認できるため、興味を持った人はチェックしてみてほしい。

▶︎コヤギファームのこれから
コヤギファームが今後の目標としているのは、まずは自社醸造所を作ること。また、直営レストランの経営も検討している。
「コヤギファームの周辺には、飲食できる施設が少ないのです。野菜や米など、地元の美味しい食材を使ったレストランにしたいですね。するめいかとにんじんを細切りにした甘辛い味付けの『いかにんじん』など、福島の郷土料理が楽しめるメニューを提供できたらと考えています。シャルドネの白ワインと合わせると美味しいですよ」。
また、その他に、婚活イベントの開催も検討中だ。少子化が叫ばれている中、地域に貢献できる活動の一環として考えているイベントだという。さまざまなイベントを開催することで地域に人が集まり、移住したいと考える人が出てくれれば嬉しいと話してくれた。
美しい景色の中で美味しい食事とワインを楽しみながら、素敵な人と出会える婚活イベントは、盛り上がる企画になりそうだ。

『まとめ』
東日本大震災からの復興を目指して立ち上がったコヤギファームでは、あたたかく誠実な人柄の三本松さんが中心となって、地域を盛り上げるために奮闘している。三本松さんとスタッフの愛情をたっぷり受けたぶどうは、これからもすくすくと育ち、美味しいワインになるだろう。
福島県南相馬市で育ったぶどうからできたコヤギファームのワインを飲んで、ぶどうが育った土地がどんなところなのかが気になったら、現地に足を運んでみるのがおすすめだ。ボランティアとして栽培や収穫作業に参加することで、コヤギファームがぶどう栽培とワイン造りにかける思いを、より深く感じることができるに違いない。

基本情報
| 名称 | コヤギファーム |
| 所在地 | 〒979-2155 福島県南相馬市小高区上根沢字堀込10番地 |
| アクセス | 常磐線 小高駅より車で10分(4.8㎞)、徒歩1時間 常磐道浪江ICより車で23分 常磐道南相馬ICより車で40分 |
| HP | https://koyagifarm.com/ |

