島根県雲南市木次町(きすきちょう)にある「奥出雲葡萄園」は、1990年創業のワイナリーだ。奥出雲葡萄園がワイン造りをすることになったきっかけは、関連会社である「木次(きすき)乳業有限会社」がぶどう栽培を始めたことだった。自社で栽培したぶどうでワイン造りをすることになり、事業化するためにワイナリー奥出雲葡萄園を設立したのだ。乳業メーカーがぶどう栽培とワイン造りを始めるまでには、どんな経緯があったのだろうか。
ぶどう栽培の開始時、いちばん初めに植栽したのは、ヤマブドウ系の交配品種。後にヨーロッパ系品種も栽培するようになり、2025年現在、奥出雲葡萄園の自社畑には、バラエティ豊かなラインナップがそろう。
降水量が多く温暖な気候の西日本では、健全なぶどうを栽培するために、さまざまな工夫が必要だ。これまでの経験を生かして、奥出雲葡萄園ではどのような栽培管理をおこなっているのだろうか。
また、自社栽培のぶどうを中心にさまざまな品種のぶどうをワインにする上で、特に注力している点も気になるところだ。
今回は、奥出雲葡萄園の代表である安部紀夫さんに、ぶどう栽培とワイン造りにかける思いを中心に、ワイン造りについてさまざまな角度からお話いただいた。奥出雲葡萄園の創業時から現在までの、日本ワインに関わる環境変化などにも触れながら、詳しく紹介していきたい。
『奥出雲葡萄園 誕生のきっかけから設立まで』
奥出雲葡萄園の母体である木次乳業は、初代社長である佐藤忠吉氏が1962年に設立した企業だ。低温殺菌牛乳の製造を中心に、食と農の安全をコンセプトに事業を展開。農業分野にも進出しており、有機農業に取り組んできた実績を持つ。
佐藤氏がぶどう栽培を始めたのは、「日本有機農業研究会」の澤登晴雄氏と知り合ったことがきっかけだった。澤登氏は「日本葡萄愛好会」の前理事長でもある。雨が多くぶどう栽培が難しいとされる日本の気候でも健全に育つ品種の開発を目指し、ヤマブドウの交配品種を生み出して育種家としても活躍した人物だ。
澤登氏に出会い、取り組みに感銘を受けた佐藤氏は、自社畑にヤマブドウ系の交配品種を植えて栽培することにしたのだ。
▶︎ワイン事業に新規参入
そのまま食べても、ワインにしても美味しいぶどうを作ろうと試行錯誤していた澤登氏。その思いを受け継いでぶどう栽培を始めた木次乳業だったが、自社栽培のぶどうを使ったワインを製品化するまでには、多くの困難を乗り越える必要があった。
奥出雲葡萄園の代表を務める安部さんは、1987年に木次乳業に入社。ちょうど、最初の植栽から数年が経過し、一定量の収量が確保できるようになった頃だったそうだ。
入社後しばらくは牛乳製造に従事していた安部さんだったが、ワイン造りを事業化させる計画が進み、なんとワイン醸造の担当に指名されたのだ。
「当初はワイン造りをするなんて絵空事のように感じていましたが、1990年になると、別会社として奥出雲葡萄園を設立しました。並行して、国の補助金で機械を導入し、醸造設備を入れるために建物の改装もおこないました。その様子を見て、本当にやるなら本腰を入れる必要があると感じたのを覚えています」。
奥出雲葡萄園を別会社にしたのは、地域の資本も入れたほうがよいだろうという経営上の判断で、6名の地元出資者を募って創業したという。
安部さんは、ワイン事業の担当者として奥出雲葡萄園に出向することになったものの、ワイン醸造に関する知識は全くなかったと当時を振り返る。もちろん、ワインについて詳しい社内メンバーも皆無だった。
そこで、ワイン醸造に必要な知識を付けるため、当時は東京都北区にあった国税庁管轄の「醸造試験所」で1年間の研修を受けたいと自ら申し出た。続いて、山梨県甲州市勝沼町のワイナリー「丸藤葡萄酒工業」でも半年間の経験を積み、1992年に奥出雲葡萄園に戻ってワイン醸造を開始。安部さんとパート従業員2名のみの、小さな組織からのスタートだった。

▶︎手探りでワイン造りを開始
近年は日本全国にたくさんのワイナリーが設立されているが、木次乳業がワイン事業に参入を決めた当時は、酒類製造免許がなかなか認可されない時代だった。税務署に足繁く通って免許申請のためのアプローチを続けたが、酒類製造免許の取得までには、なんと5〜6年ほどかかったという。
「基準を満たす醸造技術を有していることと、適切な醸造設備が整っているかどうかが重視されました。また、確実に販売して酒税を納めることが求められたので、販売ルートの確約書に販売先の印鑑を押して提出しました。それでも当時はなかなか認可されず、時間がかかって大変でしたね」。
1990年に期限付製造免許が認可され、100ℓ単位での試験醸造をおこなうことが可能となった。この段階では、醸造したワインの品質が販売に適しているかどうかについて、税務署による厳しいチェックを受けた。期限付免許の2年間を経て、1992年に本免許を取得。ようやく、奥出雲葡萄園としてのワイン造りがスタートしたのだ。
1992年に醸造したファースト・ヴィンテージの原料は、木次乳業時代から栽培していた自社畑で育ったぶどうと、買いぶどうも一部使用したそうだ。
「ヤマブドウ系品種でよいワインが造れるかどうかも、当初は未知数でした。最初は何もかも手探り状態だったのです」。

『奥出雲葡萄園のぶどう栽培』
ここからは、奥出雲葡萄園のぶどう栽培にスポットを当てていこう。最初はヤマブドウ系交配品種のみだったが、後にヨーロッパ系品種の栽培も開始。自社畑で栽培する品種は、それぞれどのような経緯で選んだのだろうか。
また、奥出雲葡萄園がぶどう栽培において特に気をつけている点についても、詳しく伺うことができたので紹介していきたい。
▶︎自社畑で栽培している品種
ワイナリー設立前から栽培していた品種から見ていこう。「ホワイトペガール」「ブラックペガール」「ワイングランド」「小公子」など、いずれも澤登氏が手がけた交配品種だ。また、それ以外にも「セイベル9110」を育てていた。
ぶどう栽培とワイン醸造について学ぶうち、次第にヨーロッパ系品種への思いが強くなってきたという安部さん。きっかけは、醸造試験所の指導者から聞いた話について考えたことだった。
「ぶどうを絞って発酵させればワインを造ることはできます。しかし、海外の銘醸地で造られる上級酒は使う品種が決まっているので、優れたワインを造るためにはワイン専用品種を使うべきだと教えていただきました。そこで、まずは世界に認められる品種を使って、一流のワイン造りを学ぶべきだろうと考えたのです」。
上質な素材を使い、スタンダードな技術を習得してこそ、広く認められるワインを造ることができるというわけだ。また、基本を押さえた上でヤマブドウ系品種を使うことで、奥出雲葡萄園ならではのオリジナリティを出すことも可能であると考えた。
歴史ある品種を使った基本的なワイン造りと、ヤマブドウや生食用品種を使ったワイン造りの両方を並行して進めるというやり方で、奥出雲葡萄園の挑戦が始まったのだ。
ちなみに、2025年現在の自社畑では、ヨーロッパ系品種の中ではシャルドネの栽培面積が最も多い。その他には、ピノ・グリ、カベルネ・ソーヴィニオン、ピノタージュを栽培している。また、地元の農家が栽培したメルローも原料として使用しているという。

▶︎自社畑の特徴と周辺環境
奥出雲葡萄園の自社畑は、標高150mの中山間地域にある。日本海からは30kmほど離れており、中国山地に入ったあたりに位置する。
自社畑では、ヤマブドウ系品種もヨーロッパ系品種も、自然環境に影響が出ないように、不要なものはできるだけ使わない栽培方法を実践している。除草剤も使用せず、草生栽培を導入。刈り取った草は土壌作りに活用する。
ぶどうはすべて垣根で栽培し、樹の上部全体をおおうビニール製のレインカットを設置。「日本葡萄愛好会」の品種でぶどう栽培をスタートしたという経緯があるため、この団体が推奨している垣根で雨除けを使う栽培スタイルを採用したのだ。
西日本一帯は温暖湿潤な気候が特徴で、山陰エリアは特に雨が多い地域だ。そのため、雨を避けて病気リスクを下げる必要から、ビニール製のトンネル被覆を設置している。中四国や九州のぶどう農家やワイナリーでは多く導入されているスタイルである。
頭上をビニールがおおっているため、ビニールの下には空気がこもり、栽培面で苦労することもある。しかし、なにはともあれ、雨からぶどうを守ることが最優先だ。ぶどうに発生する病気の多くはカビの一種である。水分があると胞子が発芽して菌が広がってしまうため、雨に濡れたり湿度が高くなったりすることを徹底的に避ける必要がある。
日本の気候では、ちょうどぶどうの生育期に当たる時期に梅雨が来るため、病害虫の発生リスクが上昇する。さらに、ヴェレゾン期に当たる8〜9月になると今度は秋雨が降りはじめる。柔らかくなってきたぶどうが雨に当たると、割れたり軸のところから病気が出たりする可能性が高くなるのだ。
奥出雲葡萄園のぶどう栽培は、ワイナリー設立前に木次乳業が栽培をしていた頃から、低農薬で安全性が高い農業をコンセプトにしていたという歴史を持つ。また、そもそもヤマブドウ系品種自体が、日本の気候でも低農薬での栽培管理が可能だからという理由で導入した品種である。そのため、可能な限り農薬の使用量を減らして栽培していく方針には、ビニール製のトンネル被覆が欠かせないのだ。

『奥出雲葡萄園のワイン醸造』
奥出雲葡萄園では、創業当初から一貫して、食事に合うスタイルの辛口ワインを醸造してきた。かつては甘口ワインが主流だった時代もあるが、日本ワインの認知度が上がり醸造技術が向上するにしたがって、消費者のニーズも変化してきた。安部さんは、時代が変わってきたことを実感していると話す。
心地よい香りと味が魅力の奥出雲葡萄園のワインは、家庭料理と合わせて、家族や親しい人たちと過ごす団欒の時間に楽しみたい味わいだ。
醸造において気をつけているのは、「基本に忠実に、奇を衒(てら)わない」こと。奥出雲葡萄園がワイン造りにおいてこだわっているポイントと、安部さんおすすめの銘柄をいくつか紹介していこう。
▶︎健全果のみを使い、丁寧に醸す
「収穫したぶどうの状態がよくないと、よいワインはできません。よいぶどうとは、『しっかりと熟していること』と『健全果である』というふたつの条件を満たしたぶどうのことです。そのため、畑でしっかりと完熟させたぶどうを使い、選果も丁寧におこなうことを心がけています」。
よいワインを造るための取り組みは、醸造工程に入る前の、栽培段階からスタートしている。近年は雨期の変動や気候が安定しないことも多いが、栽培管理や選果にひと手間をかけることで、仕上がりが格段によくなるのだという。
また、搾汁から発酵完了するまでの温度管理も徹底している。さらに、各醸造工程を実施するタイミングにも気を配ることも重要だ。丁寧な作業で基本に忠実に造られたワインは、ぶどうのポテンシャルを十分に反映した美味しいワインに仕上がる。
飲み疲れせず、食事に合わせやすい味わいを目指して醸したワインのターゲットは、30代後半から50代だという。また、奥出雲葡萄園では、飲食店で提供してもらうことも視野に入れて醸造している。
「以前は、ワインを扱う飲食店といえば、フレンチレストランやイタリアンレストラン、洋食店のみでした。しかも、ワインリストに載っているのは海外のワインだけでしたね。しかし、今は日本ワインを扱う飲食店が増えて、日本ワインだけを提供する店もあるほどです。非常に嬉しく感じています」。
さまざまな銘柄をリリースしている奥出雲葡萄園。ワインボトルのエチケットデザインも、多くの人に好評だ。エチケットにも描かれているワイナリーのロゴマークは、ぶどうの樹を背景に2羽の鳥が向き合っているデザインを採用。自然と共存し、生態系を崩さない農業を象徴しているということなので、ボトルを手に取った際には注目してみたい。

▶︎白ワインのフラッグシップ「シャルドネ」
白のフラッグシップであるシャルドネを使用したワインには、「シャルドネ」「シャルドネ アンウッディッド」「シャルドネ樽発酵」「シャルドネスパークリング」の4種類がある。
特に人気があるのは、ステンレスタンク発酵の後に樽熟成した「シャルドネ」だ。完熟したシャルドネのみを使った熟成感のある辛口白ワインで、樽由来の香りを楽しめる。使用しているのは古樽が中心で、柔らかい樽香が心地よい。
醸造過程では、アルコール発酵後に乳酸菌の力でリンゴ酸を乳酸に変化させる「マロラクティック発酵」を採用し、まろやかさを出している。奥出雲葡萄園のシャルドネは、ナッツの香りがあると言われる自慢のぶどう。ふんわりと柔らかい口当たりに仕上げてあるのが特徴だ。
「白ワインとしてはやや高めの温度でサーブしていただくことで、香りと味わいがより引き立ちます。クリーム系の料理に合うので、クリームパスタやシチューと合わせてみてください。また、ホタテなどの魚介系の旨みとも合うのでおすすめですよ」。

▶︎赤ワインのフラッグシップ「小公子」
赤ワインのフラッグシップは、ヤマブドウ系品種である小公子を使ったワインだ。「小公子」「小公子 アンウッディッド」「小公子スパークリング」の3種類を造っている。
「小公子は、ヤマブドウ由来による強い酸味が特徴ですね。色付きと糖度が十分に上がった状態で収穫しています。小公子は病気に強いので、健全に育って完熟させることができます。アジアの薬草を思わせるような香りとスパイス感がありますよ」。
日本ワインの品質が全体的に向上し、ヨーロッパ系品種以外を使ったワインも美味しいという認識が広まってきたため、小公子をフラッグシップとした奥出雲葡萄園。
酸味は強いがタンニンは控えめな小公子のワインは、1年間熟成させた後にリリースしている。しかし、安部さんのおすすめは、5〜10年ほど瓶熟成させてから味わうこと。熟成が進むことで、より美味しさが出てくる長期熟成タイプのワインなのだ。
「長期熟成に耐えられる点からも、小公子のポテンシャルの高さを実感しています。中華料理などのアジア料理に合わせてみてください。また、香りにやや土っぽさがあるため、ゴボウやジビエなどの食材にも合うでしょう」。

『まとめ』
「ぜひワイナリーに遊びに来て欲しい」と話す安部さん。島根県の観光名所である「出雲大社」から奥出雲葡萄園までは、車で20分程度の距離だ。島根観光を楽しんだ後に、奥出雲葡萄園の美味しいワインで乾いた喉を潤したい。
奥出雲葡萄園は、1999年に新しい醸造施設に移転。すぐ目の前にぶどう畑が広がる素晴らしい光景だ。奥出雲葡萄園があるのは、自然豊かな谷あいに7haもの広大なエリアを占める交流体験型の施設「食の杜」の一角である。「食の杜」は、地域のシンボル的な存在として地元住民に広く親しまれているという。
敷地内には、ワイナリー以外にも「庭カフェ」やベーカリー、豆腐工房があり、こだわりの素材で作った多彩なメニューを楽しめる。庭カフェで提供しているのは、木次乳業の牛乳を使ったソフトクリームや、チーズをふんだんに使ったピザなど。
また、地元猟師が捕まえたイノシシの肉を使ったカレーなど、地元の食材が味わえる料理が目白押しだ。売店では地域のこだわりの食材や食品は美味しく、パッケージのデザイン性にも優れている。
「奥出雲葡萄園は、お客様とワイナリーだけでなく、お客様同志のコミュニケーションを育くんで、たくさんの人に集まっていただける場を提供しています。ぜひワイナリーに足を運んで、出雲の空気を感じてみてください」。

基本情報
| 名称 | 奥出雲葡萄園 |
| 所在地 | 〒699-1322 島根県雲南市木次町寺領2237-1 |
| アクセス | 【電車】JR木次線木次駅からタクシーで10分 【飛行機】出雲縁結び空港からタクシーで約30分 【車】松江自動車道三刀屋木次ICから約15分 国道54号線より飯石広域農道に入り約5分 |
| HP | https://okuizumo.com/ |

