新潟県胎内市にある「胎内高原ワイナリー」は、全国でも珍しい自治体直営のワイナリーだ。ワイナリーを運営するのは胎内市の農林水産課農産振興係。2007年に設立した市営ワイナリーとして、市内の圃場で栽培したぶどうを使ってワインを醸造している。胎内市はなぜ市営ワイナリーを設立したのだろうか。また、どのようなことを大切にして、栽培・醸造をおこなっているのだろうか。
今回は、胎内高原ワイナリーで醸造を担当する、胎内市役所 農林水産課農産振興係主任の坂上 俊(さかうえ すぐる)さんにお話を伺った。胎内高原ワイナリーがぶどう栽培とワイン造りを始めたきっかけとワイン造りにかける思い、今後の目標などについて聞くことができた。
さらに、果実味豊かで、コンクールでも数多くの入賞を果たしている胎内高原ワイナリーのワインの美味しさの秘密についても尋ねてみたので、詳しく紹介していこう。
『胎内高原ワイナリー 設立までの物語』
2005年9月、旧・中条市と旧・黒川村が合併し、のちに胎内高原ワイナリーを運営することになる胎内市が誕生した。ぶどう栽培とワイン造りを始めたきっかけは、旧・黒川村時代の施策だった。
「旧・黒川村では、農業と観光を繋げる事業に力を入れていました。村営のスキー場やホテル、地ビール工場などを運営して、村の職員が自らビールやハムの製造を担当していたのです。そのため、ぶどう栽培とワイン造りに挑戦することになったのも、自然な流れだったと感じています」。
▶︎圃場の造成と、ぶどう栽培に着手
地域一帯はもともと果樹栽培が少なかったため、ワイン用ぶどう栽培を手がける農家はいなかった。そこで、自分たちでぶどう栽培からおこなうことに決めて、地域ぐるみでの振興事業としてスタートしたのだ。
胎内高原ワイナリーの設立は2007年だが、設立に先駆けて、2003年頃からは圃場作りと植栽を開始。山を切り開いてぶどう畑を作るのはひと苦労だったという。
現在、胎内高原ワイナリーは市の予算で運営している。しかし、自治体は農地を持つことができないため、畑は胎内市が出資した第三セクターの農業法人が管理しているそうだ。ワイン醸造に使用しているぶどうは、市役所の職員と地元住民、新潟県内の大学生ボランティアたちが力を合わせて栽培している。
当初はぶどう以外に栗や桃も育ててみたが、特によく育ったのがぶどうだったことから、ぶどう栽培に舵をきったという胎内高原ワイナリーの歩みは、胎内市職員の努力によって今日まで受け継がれているのだ。

▶︎自分にいちばん合っている仕事
胎内高原ワイナリーで醸造を担当する坂上さんは、胎内市職員だ。胎内市の前身である黒川村の出身で、胎内高原ワイナリーでのワイン造りのキャリアは11年を超えた。ワイン造りをする前は、黒川村時代から10年ほど、村が運営する地ビール工場で醸造を担当していた坂上さん。ワイン醸造の担当者が定年退職することになり、ワイン醸造を引き継いだのだ。
「前任者の退職に合わせて異動して、ワイン造りに従事することになりました。私が醸造担当になった頃にコンクールで初めて受賞して、胎内高原ワイナリーの知名度がぐっと上がってきました。ちょうど、前任者が丁寧にワイン造りをしてきた結果が出たところだったのです。そのため、引き継ぐにあたっては、身が引き締まる思いでしたね」。
市の予算で運営している胎内高原ワイナリー。年度ごとの会計予算内でやりくりする必要があるのが、民間経営のワイナリーとは違うところだ。苦労も多いが毎日が楽しく、自分にいちばん合っている仕事だと話してくれた。

『胎内高原ワイナリーのぶどう栽培』
新潟県の北東部にある胎内市は、東に飯豊連峰(いいでれんぽう)がそびえ、西には日本海が広がる。市内をゆるやかに流れるのは、市の名前の由来となった胎内川だ。
四季折々の豊かな自然を楽しめる胎内市は、年間を通じて自然の恩恵を大いに享受している。胎内高原ワイナリーはそんな胎内市で、テロワールを感じられる「風と大地と人がつくるワイン」を造っているのだ。
胎内高原ワイナリーのぶどう栽培の様子と、自社畑の特徴などを詳しく見ていこう。
▶︎自社畑の特徴
胎内高原ワイナリーの自社畑は、登山客に人気の高坪山(たかつぼやま)の中腹にある。標高は250mほどで、広さは約6ha。畑のほとんどが急な斜面にあり、最大傾度はなんと25度。晴れた日には畑から、胎内市内やはるか遠くに佐渡島(さどがしま)まで見渡すことができる。
「スキーができるくらいの急な斜面にぶどう畑があるため、作業はしにくいですね。しかし、景色が美しく、とても気持ちがよい場所です。インスタグラムで畑からの眺望を紹介しているので、チェックしていただきたいですね」。
海岸線近くの山肌に広がる畑は南南西向きで、朝夕の温度差が大きい。日当たりも水はけもよいのが特徴だ。栽培しているのは、赤ワイン用品種がツヴァイゲルト、メルロー、ピノ・ノワール。白ワイン用品種はシャルドネ、ソーヴィニヨン・ブランに、新しく植えたアルバリーニョも加わった。
「どの品種もよいぶどうを実らせてくれますが、特に評価が高いのは日本ワインコンクールで金賞を受賞したツヴァイゲルトです」。
栽培している品種は、栽培スタート当時の担当者が選んだものだ。本格的なワイン醸造を目指してスタートしたぶどう栽培のため、厳選したワイン専用品種のみを取り扱っている。米どころである新潟県は日本酒文化が強い土地柄のため、ワイナリー設立前に担当者が山梨などの産地に足を運んで、ぶどう栽培とワイン造りを学んだ。「やるならば本格的に」との思いで始めた事業だったのだ。
自社畑は全て垣根式栽培で、常に山からの吹き下ろしと海風が吹き抜ける。圃場を造成する際には山を切り開き、肥沃な表土は削ったそうだ。粘土質に花崗岩が混ざった土壌はやせているため、ぶどう栽培に向いている。胎内高原ワイナリーのぶどうは幹や枝が細く、一見すると、か弱い印象だ。だが、やせた土地で育つからこそぶどうの生命力が増して、ガツンとくる濃い果実を実らせる。
「元は国有林だった場所を切り開いて畑にしました。過酷な環境の中でなんとかよい子孫を残そうとがんばっていることが、よい結果につながっているのでしょう。冬は2m近く雪が積もるため畑に行くことができず、樹が雪の重みで折れるなどの苦労も多いですね。雪の中で春が訪れるのを待ってくれたぶどうの樹は、実りの時期になると、土地の個性を存分に吸収した凝縮感のある実をつけてくれます」。

▶︎ぶどう栽培におけるこだわり
胎内高原ワイナリーのぶどう栽培のこだわりは、畑のテロワールを存分に生かすこと。そのため、必要以上に手を加えないことを心がけている。基本はボルドー液のみを使い、化学的なものを使うのは最低限に抑えているそうだ。
栽培している品種の中で特に素晴らしいのは、やはりツヴァイゲルトだ。どんな天候の年でも病気が少なく、土地への適性が高い品種だという。
「典型的な日本海側の気候で、降水量も決して少なくはありません。また、最近は局地的な雨も多いですね。しかし、そんな中でも濃厚で健全なぶどうが収穫できるのは、畑そのものが持つポテンシャルが高いからだと自負しています」。
胎内高原ワイナリー自慢の自社畑で育つぶどうは、すでに多くが樹齢20年以上となった。土地やぶどうの様子を日々観察しながら、魅力を引き出すための「引き算の発想」を大切にして手入れをおこなっているという。
「常に吹いている風が湿気を飛ばしてくれるため、病害虫被害が少ないのがありがたいですね。化学農薬をほとんど使用しなくてもよいぶどうが育つので、他のワイナリーの方たちからうらやましがられることもありますよ」と、いたずらっぽく微笑む。
胎内高原ワイナリーはこれからも土地そのものを大切にして、胎内市ならではのテロワールを表現していくのだ。

『胎内高原ワイナリーのワイン造り』
続いては、胎内高原ワイナリーのワイン醸造にスポットを当てていこう。栽培と同じように、できるだけ自然に造ることを目指しているという。
「テロワールを大事にして、私たちのぶどう畑で育ったぶどうだからこそ表現できるワインを造っています。深い果実味を堪能できるワインが理想ですね。シンプルな醸造を基本としています」。
▶︎胎内高原ワイナリーだけの味わいを表現
ワイン造りをする上で坂上さんが気をつけているのは、胎内高原ワイナリーの畑のよさをワインに表現すること。
「亜硫酸の使用も最低限にして、ぶどうそのものの味わいを残すことを重視しています。ナチュラルが正解だと思っているわけではないのですが、胎内高原ワイナリーだけの味わいを表現することは常に意識しています」。
とてもシンプルで丁寧に造ることを心がけているという胎内高原ワイナリーのワイン。醸造中にワインに負荷がかからないよう、醸造工程でも高低差を利用するなどの心配りも欠かさない。細かい点に気を付けることが、ぶどうのポテンシャルを表現することに直結するのだ。
また、酸化対策には手を抜かず、サニテーションもしっかりとおこなう。ある程度ナチュラルなのは許容範囲であり、こだわりすぎもよくないと思っているそうだが、管理が行き届いてこそ素材の味を十分に引き出すことができるというのはスタッフ全員の共通認識だ。
以前はビール醸造を担当していた坂上さん。ビールとワインの醸造における違いや共通点について尋ねてみた。
「ビールや日本酒は人間の手で造り上げるお酒ですが、ワインはぶどうの品質に左右されやすいお酒です。醸造機器の管理や洗浄をなどを徹底する必要がある部分や、発酵が進む過程は同じ感じがするので、以前の経験をワイン造りに生かせていると感じます」。

▶︎コンクール受賞銘柄「ツヴァイゲルト 2019」
ここで、胎内高原ワイナリーが手がけるワインの中から、おすすめの2銘柄を紹介したい。まずは、「日本ワインコンクール 2024」で銀賞を受賞した「ツヴァイゲルト 2019」。ヨーロッパではあまり熟成させずに楽しむことが多いツヴァイゲルトだが、胎内高原ワイナリーのツヴァイゲルトは色付きがよくタンニンもしっかりとあるため、熟成させることでより魅力が引き立つ。
ツヴァイゲルトは区画ごとに仕込みをおこなっているが、どの年のどの区画もよい出来なので、どれから使おうかという贅沢な悩みがあるほどだ。
「先日、2012年のツヴァイゲルトを出して飲んでみたところ、非常に美味しくて感動しました。味わいのバランスよく熟成が進んでいましたね。ベリー系やいろいろなハーブの香りなどが感じられるのがツヴァイゲルトの魅力です」。
複雑味があって果実感たっぷりの「ツヴァイゲルト 2019」は、親しい人との楽しい集まりで開けるのがおすすめだ。キリリとした酸もある引き締まった味わいは幅広い料理に合わせられるが、特に「ぶり大根」など醤油で甘辛く煮た魚料理に合わせてみたい。

▶︎微発泡タイプの「ヴァンペティアン」
続いて紹介するのは、微発泡タイプの「ヴァンペティアン」。白とロゼがあるが、ここではシャルドネとソーヴィニオンブラン主体の白をピックアップしよう。
瓶内二次発酵させた微発泡ワインで、無濾過なので瓶の底にはうまみ成分である澱(おり)が沈殿している。フレッシュで飲みやすく、リリースするとすぐに売り切れになってしまう「ヴァンペティアン」は、夏の暑い日によく冷やして、バーベキューやキャンプなどに楽しんでほしい1本だ。
胎内高原ワイナリーのワインは、シンプルなデザインのエチケットも魅力のひとつ。手書き文字の魅力を生かしており、デザイン性が高いエチケットのワインボトルは、インテリアとして楽むこともできる。
「いわゆる『役所っぽさ』を払拭しようと考えて導入したエチケットです。意外性が表現できているのではないでしょうか」。

『胎内高原ワイナリーのこれから』
最後に、胎内高原ワイナリーの魅力と強み、今後予定している取り組みについてお話いただいた。これからどのようなぶどう栽培とワイン造りをおこなっていくのだろうか。
また、市営ワイナリーとして、胎内市民が自慢できる存在になりたいという胎内高原ワイナリーの、ワイン造りにかける思いも紹介しておきたい。
▶︎新たな取り組みも続々
ぶどう栽培においては、数年前に植え始めたアルバニーニョに期待している。近い将来、胎内高原ワイナリーの自社畑でどのようなアルバリーニョが育つのか楽しみだ。すでに収穫できた少量のアルバリーニョは、今後安定した収量が確保できた時に向け、試験醸造に使用した。
「ひと樽分だけの少量ですが、試験醸造したアルバリーニョがあります。試しに古樽に入れてみたので、今後どのように味わいが変化していくのかを追跡して、本格的な醸造に備えたいと考えています」。
また、その他に楽しみな品種に、ソーヴィニヨン・ブランがある。高品質なぶどうが育っているため、追加での植栽も予定しているところだ。直近では、樽熟成したソーヴィニヨン・ブランをリリースするとのことなので心待ちにしたい。
胎内高原ワイナリーのワインの知名度がアップしてくるにつれて、最近は県内外の自治体からの視察依頼も増えてきた。現地を訪れた関係者を畑に案内すると、一様に「素晴らしい景観だ」と感動してもらえる。そんなポジティブな反応を、自信と誇りにして日々の仕事を頑張っているという。
「『市役所がやっているワイナリーなんて』と思うかもしれませんが、私たちはぶどう栽培とワイン造りに本気で取り組んでいます。ぜひ、胎内高原ワイナリーの造り手がワインに込めた思いを感じていただけたら嬉しいですね」。

▶︎目指すのは、市民に愛されるワイナリー
胎内高原ワイナリーの最大の強みは、なんといっても「畑」。良質なぶどうを育む自社畑は、ワイナリーはもちろん胎内市にとってもかけがえのない財産だ。
農業と観光をつなぐことから始まった胎内高原ワイナリーの挑戦は、ワインを通じて胎内市の活性化に大きく貢献している。胎内市の特産品作りのため、県内外の人に胎内市を知ってもらうために、市の職員が取り組むぶどう栽培とワイン造りに一才の妥協はない。
坂上さんには、市外のより多くの人に胎内市と胎内高原ワイナリーを知ってもらいたいという思いがある。同時に、胎内市民にも今まで以上に胎内高原ワイナリーのワインを楽しんで欲しいと考えている。目指すのは、市民に愛されるワイナリーだ。
「都市部の素敵な店舗で胎内高原ワイナリーのワインを販売することも、市民にとっては自慢できることだと思うので、これからも継続していきます。その上で、市民にもっと親しまれる存在になれるよう、さまざまな施策を検討していきたいですね」。
日本酒のイメージが強い新潟ではあるが、ワインを市民の生活にもっと浸透させて、胎内市の自慢になるべく、これからも胎内高原ワイナリーは一丸となって取り組んでいく。

『まとめ』
胎内高原ワイナリーのワインは、日本ワインを販売している大手Webサイトや地元のリゾートホテルで購入が可能である。また、東京都港区麻布台にある「麻布台ヒルズ」にあるワインショップ、「intertWine K×M(インタートワイン ケーエム)」でも取り扱っている。「intertWine K×M」は、ワインに関する資格・称号で最高峰とされる「マスター・オブ・ワイン(MW)」を日本在住の日本人として初めて取得した大橋健一氏が経営しているワインショップ。大橋氏は、胎内高原ワイナリーにもしばしば足を運ぶそうだ。
さらに、毎年5月に山形県上山市にある「かみのやま温泉」で開催される大型ワインイベント「山形ワインバル」には、胎内高原ワイナリーも出店。坂上さんも、イベント会場でお客様と直接話すのを楽しみにしていると話してくれた。
「ワインボトルのエチケットに『胎内市役所農林水産課』と記載しているのを見て、本当に市営のワイナリーなんだと改めて驚かれる方もいらっしゃいますよ。ぜひ一度、胎内高原ワイナリーのワインを飲んで、胎内市のテロワールを感じてみてください」。

基本情報
| 名称 | 胎内高原ワイナリー |
| 所在地 | 〒959-2824 新潟県胎内市宮久1454 |
| アクセス | https://maps.app.goo.gl/Z6HbFMmSuTzBtjHi6 |
| HP | https://www.city.tainai.niigata.jp/sangyo/nogyo/tainaikogenwinery/ |

