今回紹介する長崎県五島市の「五島ワイナリー」は、日本最西端に位置するワイナリーだ。五島ワイナリーがある福江島は、長崎県沖の東シナ海に浮かぶ五島列島にある。列島を形成しているのは大小合わせて140余りの島々で、5つある大きな有人島のうちのひとつが福江島だ。
2014年に創業した五島ワイナリーは、福江島にあるリゾート施設「五島コンカナ王国 ワイナリー&リゾート」内にある自社醸造所でワインを造っている。醸造に使用しているのは、島内にある自社圃場で栽培したぶどうと、契約農家が栽培したぶどうだ。
福江島で初めてのワイナリーとして、ぶどう栽培とワイン醸造に挑戦し、試行錯誤を続けてきた五島ワイナリー。2023年にはワインコンクールで入賞を果たしたが、今日までの道のりは決して平坦ではなかった。
代表を務める境目(さかいめ)権二さんに、五島ワイナリーのこれまでの歩みと、ぶどう栽培とワイン醸造における取り組みについてお話いただいた。また、ワイナリーが掲げる目標などについて伺うことができたので、詳しく紹介していこう。
『福江島でぶどう栽培とワイン醸造をスタート』
五島ワイナリーは、長崎・佐賀・福岡でホテルや結婚式場・葬祭場を展開する「メモリードグループ」のグループ会社として誕生したワイナリーだ。五島には40年前より農業法人をもち、当時五島牛肥育をおこなうなど幅広い分野で事業を展開してきた実績を持つ企業だ。
福江島でぶどう栽培を始めたのは、現会長の発案がきっかけだった。だが、境目さんたちにとって、果樹栽培を手がけるのは初めての経験だったので、戸惑うことも多かった。
「未経験の分野でしたので、スタート前には大きな不安がありました。しかし、とにかく挑戦あるのみということで、社員が一丸となって未知の領域に踏み出したのです」。
▶︎技術を学び、ぶどう畑を造成
新しいことに挑戦する上では指導者の存在が欠かせないが、当時は社内にぶどう栽培とワイン醸造の経験者がいなかった。そこで、日本の銘醸地のひとつである山梨県甲府市の勝沼エリアにあるワイナリーでの修行のため、スタッフを派遣した。1年間かけて、栽培から醸造までをひと通り学んだのだ。その後、より気候条件が近い宮崎県にあるワイナリーでも同じく研修を受け、ようやく福江島でのぶどう栽培を始めることになった。
まずは、耕作放棄地や雑木林の中からぶどう栽培に適していると考えられる土地を探して、圃場を造成するところからスタート。当時、福江島にはぶどう栽培をしている農家がいなかったため、試行錯誤しながらなんとかぶどう畑を作り上げた。
2005年に開墾を始めて、初めての植栽をおこなったのは2006年になってからだ。最初に植えた品種は、キャンベル・アーリーだった。
「手探りで始めたものの、ぶどう栽培が軌道に乗るまでには相当時間がかかりました。栽培する中で問題が持ち上がるたびに、『九州ワイナリーの会』メンバーの皆さんに相談して、あたたかくサポートしていただきました。たくさんの方々に支えていただいたおかげで、今の五島ワイナリーがあるのです」。

▶︎自社畑の特徴と栽培している品種
五島ワイナリーのぶどう栽培には、気候や立地条件において、島ならではの困難が立ちはだかった。気候や自社畑の特徴、ぶどう栽培の様子を見ていこう。
自社畑があるのは、福江島のシンボルである標高350mの「鬼岳」のふもとだ。水はけがよいとされる火山灰土壌だが、降水量や霧の発生が多く、台風の進路によって大きな被害を受けることもある。また、すぐ目の前には海が広がる環境のため、強い海風による影響も大きい。
「近年は台風の時期が遅くなる傾向があるので、被害が出ない場合もあって助かっています。畑の標高は150〜170mで、日当たりがよいのが特徴です。防風林はあるのですが、風が強いですね」。
土壌の特性としては水はけには問題ないはずなのだが、畑を平坦に造成してしまったことで、当初は土壌の水分量が多くなりすぎてしまい苦労したそうだ。その後、排水パイプを設置する対策を実施したため、現在は水はけに関する問題は解決済みだという。
2025年現在、自社畑で栽培している品種は、キャンベルアーリーの他に、ナイアガラ、マスカット・ベーリーA、アルバリーニョだ。また、契約農家が手がけるメルローもワイン醸造に使用している。
福江島の土地に合う品種として境目さんが挙げてくれたのは、キャンベルアーリーとナイアガラ。反対に、マスカット・ベーリーAには難しさを感じているそうだ。
「温暖で雨が多い気候なので、着色不良などの点において赤ワイン用品種には苦労していますね。今後も福江島での栽培に適性がある品種の模索を続け、フランス原産の品種などの栽培にも挑戦する予定です」。

▶︎離島ならではの難しさ
島嶼部(とうしょぶ)での農業には、その他の地域とは異なる困難があるという。福江島でワイナリー事業を展開する上で障壁となったのは、高額な輸送コストだった。五島列島にある福江島は、長崎港から約100km西方に位置し、アクセスにはフェリーや高速船、航空機が必要となる。設立準備を進める中で、ぶどう棚などの資材を調達する際の輸送費が大きな負担となったのだ。
さらに、資材価格の高騰により、ひと昔前に比べて小規模ワイナリー事業への参入のハードルが高くなってきている。ワイナリーを設立してワインを造っていく場合には、行政や国からの補助金や支援が大きな力となるだろう。
スタート時の五島ワイナリーは、ぶどう栽培のみを自社畑でおこない、ワイン醸造は委託醸造をしていた。しかし、収穫したぶどうを島外に送り、醸造してボトルに入ったワインをまた島まで輸送すると、送料が高額になる。ワインの販売価格を上げるしかないことに、境目さんは頭を悩ませた。そして、さまざまな面から検討した結果、福江島で自社醸造することに踏み切ったのだ。
また、福江島でワインを造ること自体にも大きな意味があると境目さんは言う。
「実は、五島列島の歴史とワインには深い関わりがあります。ワインはキリスト教の儀式で使われますよね。五島列島は『長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産』として世界文化遺産に登録されていて、キリスト教が信仰されてきた歴史を持つのです」。
16世紀、イエズス会宣教師フランシスコ・ザビエルの来日をきっかけとして、日本各地にキリスト教が広まった。だが、16世紀末になると禁教政策と弾圧が始まったため、キリスト教徒たちは潜伏キリシタンとして密かに信仰を続けたのだ。その後、250年の時を経て禁教令が解除されると、密かに信仰していた信徒が、長崎と天草地方に次々と教会堂を建てた。五島列島には現在もいくつもの教会堂が残り、歴史を今に伝えている。
「キリスト教とゆかりの深い五島列島のワイナリーとして、五島列島の恵みと祈りを世界に届けるワイン造りをしていきたいと考えています」。

『五島ワイナリーのワイン醸造』
ここからは、五島ワイナリーのワイン造りにスポットを当てよう。長崎県は、九州その他のエリアと同様に焼酎を好む土地柄だ。離島の漁師たちにもお酒好きな人が多い。だが最近は九州各地のワイナリーがワイン醸造をしているおかげで、ワインの人気と認知度がアップしてきているそうだ。
「長崎県内でもワインを飲む文化が広がってきていると感じます。特に、女性の方を中心にワインを好む方が増えているようですね」。
五島ワイナリーは、ワイン醸造をする上でどんなことを大切にしているのだろうか。こだわりポイントや、福江島ならではのワイン造りに迫っていこう。
▶︎ニュージーランド出身の醸造担当者
現在、五島ワイナリーのワイン造りを技術面から支えている存在が、ニュージーランド人のワインメーカーだ。自社醸造を始めた翌年に、醸造メンバーとして加わった。
「彼はニュージーランド出身で、オーストラリアでワインの研究をしていました。2016年に福江島に移住し、五島ワイナリーのワイン造りに力を貸してくれています。福岡出身の日本人女性と結婚したのをきっかけに九州に移り住み、いつか日本でワイン造りをしたいという夢を抱いていたそうです」。
研究熱心な彼の姿勢を、境目さんも高く評価している。海外で培った専門知識と、福江島に根ざしたワインを造るのだという熱意が、五島ワイナリーのワインの味わいを支える重要な要素のひとつとなっているのだ。

▶︎五島列島独自の酵母を使用
自社醸造をスタートさせて以来、手探りでワイン造りを続けてきた五島ワイナリー。勝沼や宮崎で学んだことを生かし、試行錯誤を繰り返してきた。
五島ワイナリーが造るワインは辛口で、すっきりとして酸味のある味わいが特徴だ。酸味が残るように収穫タイミングも工夫している。
また、五島ワイナリー独自の個性を作り出しているのが、島独自の酵母の存在だ。五島列島は椿の栽培が盛んで、「椿の島」として知られている。五島列島を象徴する花である椿から採取したのが「つばき酵母」なのだ。
「椿から作った『つばき酵母』を、ワイン造りに使用しています。『つばき酵母』を使うことで、酸味を壊さず、クリーンでピュアな果実風味が生まれます。五島ワイナリーならではの独特の風味が表現できる酵母ですよ」。
つばき酵母は、五島ワイナリーだけではなく、五島列島のパンや焼酎といったあらゆる発酵食品に使用されている。

『五島ワイナリー おすすめワインの紹介』
五島ワイナリーでは、スティルの赤、白、ロゼワインの他、スパークリングワインも醸造。「どの銘柄も自信作です」と境目さんは頬をゆるめる。
醸造スタッフが丁寧にテイスティングし、心を込めて造り上げるワインには、福江島ですくすくと育ったぶどうの味が素直に表現されている。
「2024年ヴィンテージも、自信を持っておすすめできるワインができました」。
五島ワイナリーの公式ショッピングサイトからも購入できるワインをいくつか紹介いただいたので、早速見ていこう。
▶︎「スパークリングワイン キャンベル・アーリー 2024」
「スパークリングワイン キャンベル・アーリー 2024」は、「サクラアワード2025」でゴールド賞を受賞。2024年に引き続き、2年連続での受賞だ。淡いロゼカラーが特徴的なセミドライタイプで、イチゴやチェリーといったフレッシュな果実の香りが感じられる。心地よい泡が、華やかな気分を盛り上げてくれるに違いない。
「お祝いの席で飲んでいただきたい1本です。また、同じくキャンベル・アーリーを使用したスティルタイプのロゼワインもおすすめですよ」。
自社醸造10年目を迎えた2024年、五島ワイナリーはエチケットデザインを一新した。酵母として使用している椿の花をデザインしたスパークリングワインのエチケットには、中央の丸くくり抜かれた部分を除くと、奥に五島列島が見える仕掛けがある。地域をPRする役わいも担う素敵なエチケットにも、ぜひ注目してみてほしい。

▶︎「ナイアガラ 2024」
続いて紹介するのは、白ワインの「ナイアガラ 2024」。ライム、グレープフルーツのような爽やかな香りとフレッシュな味わいで、クリーム系の料理と相性がよい。
また、福江島では漁業が盛んで海産物の加工品も豊富。そのため、新鮮な魚を使った郷土料理や練り物が美味しいのだ。中でも、キビナゴの刺身や、地元でよく食べられるサバやアジを練り物に加工したかまぼこは「ナイアガラ 2024」との相性が抜群だという。
「鯖寿司とのペアリングもおすすめですよ。ナイアガラの豊かな香りと鯖寿司の酸味が絶妙に引き立て合うのです。お互いのよさを高めて、食事が一層楽しいものになるでしょう」。
「ナイアガラ 2024」のエチケットデザインは、教会をイメージしたものだ。また、20粒のぶどうの実は五島列島にある教会の数とベルを模している。エチケットに込められたさまざまな思いに思いを馳せながら味わいたい。

『五島ワイナリーが造るワインの楽しみ方』
福江島にある「五島コンカナ王国」内でワインを醸造している五島ワイナリー。施設名の「コンカナ」とは、地元の言葉で「来てください」を意味する「来んかな」に由来している。名前のとおり、訪れる人を温かく迎えてくれる場所だ。
敷地内にはロッジ風の客室が点在しており、離島ならではのゆったりとした時間を楽しむことができる。五島福江空港から車で5分ほどの距離にあり、アクセスがよいのも嬉しいポイントだ。
▶︎五島コンカナ王国で過ごす
五島コンカナ王国は、敷地内に温泉施設も併設している。ワインと温泉という贅沢な組み合わせを堪能できるのも、五島コンカナ王国の魅力のひとつだ。
都会の喧騒から離れ、自然豊かな離島で心身をリフレッシュしたい方にぴったり。海や山などの自然に身をまかせて、のんびりとした時間を過ごしたい人におすすめだ。さらに、夜になると満天の星空が広がる福江島では、島内にある天文台での天体観測も可能だという。
施設内のレストランでは、五島ワイナリーのワインと共に、五島牛を使ったメニューを楽しむことができる。ゆったりとした時間を過ごせる五島コンカナ王国で、ワインを片手にリゾートステイを満喫してみてはいかがだろうか。

▶︎イベントの開催や出店にも積極的
五島コンカナ王国では、季節ごとにさまざまなイベントを楽しむことができる。特に冬には、さまざまなイベントを開催。収穫祭や、特別なディナーが用意されるクリスマス、年末年始など、催しものが目白押しだ。収穫祭は島内外からたくさんの人々が集まって新酒を楽しむ一大イベントということなので、開催のタイミングで福江島に足を伸ばしてみるのもよいだろう。
また、2024年秋には、初の「オクトーバー・フェスティバル」を開催。福江島で酒造りをしている3つの酒造会社が集まるイベントは、たくさんの人でにぎわった。クラフトジンと焼酎、ワインメーカーが共同で開催する「オクトーバー・フェスティバル」は、2025年以降も継続していく予定だという。
さらに、2025年3月には、福岡県福岡市にあるJR博多駅前で開催された「HAKATAワインフェスタ」に出店。九州のワイナリーが一堂に会するイベントで、五島ワイナリーのワインも多くの人に知ってもらうよい機会となった。
五島ワイナリーのワインが楽しめるイベントの最新情報は、公式Instagramからチェックすることができる。五島市のイベントなどにも参加予定ということなので、ぜひ確認して、福江島に足を運んだり、五島ワイナリーのワインを飲んだりするきっかけにして欲しい。

『まとめ』
ワイナリー設立から10年という節目を迎えた2024年。五島ワイナリーは新たなステージに進んでいくところだ。
「レストラン併設の醸造施設を新設する計画を進めています。ワイン造りを見学しながら食事を楽しんでいただけるような空間を作りたいですね。プロジェクトが問題なく進めば、2027年頃には完成する見込みです。五島列島の自然と観光スポット、食をワインで繋げて、多くの方に楽しんでいただけるワイナリーにしていきたいと考えています」。
五島ワイナリーのぶどう栽培とワイン醸造には、ぶどうを育んだ五島列島への感謝と祈り、訪れる方への祝福の思いが込められている。ワインを通じて五島列島をPRするという使命を胸に、新しい展開を次々と見せていく五島ワイナリーの今後に、これからも注目していこう。

基本情報
名称 | 五島ワイナリー |
所在地 | 〒853-0013 長崎県五島市上大津町2413 |
アクセス | https://conkana.jp/bus/ |
HP | https://conkana.jp/winery/ |