広島県三原市にある「no.505 Hiroshima Winery(ナンバー・ゴウ・マル・ゴ・ヒロシマ・ワイナリー)」は、県内初のナチュラルワイン専門ワイナリーとして誕生した。
2016年にぶどう栽培をスタートし、2018年には委託醸造でのワイン造りを開始。そして2024年、念願の自社醸造を始めたところだ。地域の個性を生かし、持続可能な社会への貢献も視野に入れながらぶどう栽培とワイン醸造をおこなっている。広島空港から車で15分ほどのところにあるワイナリーは、細長くデザイン性が高い建物が特徴的である。
ワイナリーの代表を務めるのは、尾藤(おとう)信吾さん。ファッション関係の演出家、イベントディレクター、プロデューサーとして幅広く活躍する人物だ。かつて出会ったナチュラルワインに感銘を受けたことをきっかけに、ワイン造りに取り組むことを決意。斬新で枠にとらわれない考え方にもとづいて、ぶどう栽培とワイン醸造に取り組んでいる。
今回は、代表の尾藤さんと、醸造責任者の新井俊秀さん、醸造スタッフの湯口真由美さんにお話を伺った。日本におけるワイン消費量を増やすことを優先課題として捉えているno.505 Hiroshima Wineryの、ぶどう栽培とワイン造りのこだわり、コンセプトに詳しく迫っていきたい。
『no.505 Hiroshima Winery 誕生までのストーリー』
ファッション業界で働いてきた尾藤さんがワイン造りを始めた理由のひとつに、仕事関係でワインを飲む機会が多かったが、心惹かれるワインになかなか出会えなかったことが挙げられる。過去にさまざまなワインを飲んできたが、高価なワインでもあまり美味しいと感じたことがなかったそうだ。だがある時、心から美味しいと思えるナチュラルワインに出会った。
「そのナチュラルワインを飲んで、初めてワインが美味しいと感じました。また、ワインができるまでのストーリー性にも大きな魅力を感じましたね。そこで、自分もナチュラルワインを造ってみたいと考えました」。
異業種からワイン造りに挑戦した尾藤さんが、広島県三原市でワイナリーを設立するまでの道のりを振り返ってみよう。
▶︎試験栽培をスタート
「ナチュラルワイン」には明確な定義はないが、化学薬品を使わずに育てたぶどうを、添加物や保存料を使わずに醸造する自然派ワインのことを指すのが一般的だ。
もともと、ぶどうそのものの味が感じられるような野生味を好む尾藤さんの味覚に、フレッシュでフルーティーな味わいが特徴のナチュラルワインがぴったりとマッチしたのだという。
ワインを造るのであれば、使用するぶどうももちろん自社で育てたい。そう考えた尾藤さんは、さっそくぶどう栽培に取り掛かった。広島県三原市で兼業農家を営んでいる実家の畑にぶどうの苗を植えて、試験栽培を始めたのだ。尾藤さんの迅速な行動力には驚かされる。
尾藤さんの実家は米と野菜の栽培を手がけていたが、ぶどう栽培は初めての取り組みだったそうだ。まず、以下の10種類のぶどうの苗を植え、土地に合う品種を探す目的で試験栽培をおこなった。
- ビジュノワール
- アルモノワール
- カベルネ・フラン
- カベルネ・ソーヴィニヨン
- マスカット・ベーリーA
- ヴィオニエ
- デラウェア
- 甲斐ブラン
- モンドブリエ
- ネオ・マスカット
「どの品種が土地に合うのか全く分からなかったため、とにかくいろいろな品種を植えたのです。日本の気候に合うといわれている品種や、自分では飲んだこともない品種も含めて植栽しました」。
日本でワインを造る以上、日本ならではの美味しさを表現したい。そのため、主に日本で品種交配された日本ならではの品種を中心に栽培し、ワイン造りへの取り組みをスタートさせたのだ。

▶︎ひと足先にワインショップをオープン
試験的にぶどうの苗を植えてから、尾藤さんはワイナリーではなく、まずワインショップをオープンさせた。東京都渋谷区神宮前にある「no.501」である。なぜワイナリーよりも先にワインショップを作ったのだろうか。
「ワイナリーの設立にはまとまった資金が必要ですし、農業は天候に左右されるため、スタート時は特に、経営が安定しない可能性も高いでしょう。そのような状況で、自社ワインの販路が確保できていないのは、ワイナリー経営をする上で致命的です。ビールや酎ハイ、サワーなどに比べると、ワインは日本国内での消費量が少ないのが現状です。そのため、まずは醸造に先駆けて販売拠点を作り、同時にワインに興味を持ってくれる消費者を増やしていくことにしたのです」。
植えたぶどうが収穫を迎えてワインになるまでには、最低でも3〜5年ほどかかる。ぶどうが成長するまでの間にワインショップを作ってナチュラルワインの販売を軌道に乗せておき、その上で自社ワインの販売をスタートさせるという計画だったのだ。
2016年12月にオープンした「no.501」は、「Neo 角打ち酒屋」と銘打ったワインショップ。購入したワインを飲むスペースが店内に設けられており、ナチュラルワインとフードメニューを気軽に楽しめる空間だ。これまでワインに親しんでこなかった人でもカジュアルに飲むことができ、ワインに対する敷居が低くなる仕組みを作った。

『no.505 Hiroshima Wineryのぶどう栽培』
続いては、no.505 Hiroshima Wineryのぶどう栽培に話題を移そう。2025年現在、no.505 Hiroshima Wineryでは、自社栽培のぶどうと買いぶどうの両方を使ってワインを造っている。
自社畑で栽培しているのは、いずれも生食用品種だ。日本中で広く栽培されている品種から珍しい品種まで、さまざまなぶどうを使っているのがno.505 Hiroshima Wineryのワインの特徴である。
生食用ぶどうを育てることになった経緯と、ぶどうの特徴について見ていこう。また、広島県三原市の気候や土壌の特徴も合わせて紹介していきたい。
▶︎広島県三原市の気候と土壌
no.505 Hiroshima Wineryがぶどう栽培をおこなっているのは、尾藤さんの実家の畑ではなく、新たに管理を始めた1haほどの広さの農地だ。廃業したぶどう農園を引き継いだため、もともとぶどうが栽培されていた土地だった。
三原市は温暖な瀬戸内海式気候に属するが、自社畑がある山間部は昼夜の寒暖差が大きい。また、冬の寒さが厳しく、内陸性気候に近いという特徴がある。周辺は果樹や野菜などを育てる農家が多いため、一見するとぶどう栽培に適しているようにも思えるが、苦労もあると醸造責任者の新井さんは言う。
「no.505 Hiroshima Wineryの畑は標高400mほどに位置します。引き継いだ畑で以前から栽培されていたぶどうは垣根仕立てなので、雨が多い年には雨対策が大変ですね」。
温暖湿潤な西日本でのぶどう栽培では、地面から離れたところにフルーツゾーンを設定できる棚栽培が中心だ。垣根栽培ではより慎重な雨対策が求められるため、ビニール製の雨除けを設置するなど細心の注意を払う必要がある。
畑はかつて、石だらけの山をダイナマイトで壊してから土を入れ、畑として造成した土地だ。ぶどう栽培に必要な成分のうち、カリウムなどが不足しているため、必要に応じて手を加えている。
「ナチュラルな栽培を目指して、草生栽培をおこなっています。生食用ぶどうの栽培がおこなわれていた土地とはいえ、ワイン原料用ぶどうの栽培実績はなかったため、試行錯誤の連続でした」。
2023年に広島に来た新井さんは、岡山県でワイン造りに携わっていた経験を持つ。隣接している県ではあるが、今までに経験したことがない事象も数多くあり、病害虫や獣害対策に日々奮闘している。

▶︎生食用品種を醸造用として栽培
ここで、no.505 Hiroshima Wineryが自社畑で栽培している品種についてふれておこう。
赤ワイン用品種は以下の通り。
- 安芸クイーン
- 天秀(てんしゅう)
- 藤稔(ふじみのり)
- 高妻(たかつま)
- クイーンニーナ
- ピオーネ
- ブラックビート
白ワイン用品種は以下の通り。
- シャインマスカット
- デラウェア
デラウェアは新たに植えたが、それ以外はいずれも樹齢30年以上だ。ワイン用としては珍しい品種も多く、興味深い。栽培しているぶどうにはどんな特徴があるのか、新井さんに伺った。
「小粒でよい実ができますが、生食用品種の場合、ワイン専用品種と同じように厳しく育てすぎるのはよくないですね。もちろん、栄養を与えすぎると粒が大きくなってしまうので、バランスよく育てる点に苦労しています」。
例えば、土地に合っている品種のひとつだという「高妻」について詳しく見ていこう。生食用品種の中でも、とりわけ粒が大きいのが特徴で、ワインにしたときの味わいのバランスが素晴らしい。ぶどうそのものの味わいがしっかりと表現でき、香りにも個性がある点に面白味を感じるそうだ。
高妻は粒が大きいため、独特の収穫方法を採用している。なんと、房ごとではなく粒単位で収穫するのだという。
「大粒のぶどうなので、収穫に適した時期を見極めつつ、粒がつぶれないように工夫した結果、熟した粒から順に収穫していくスタイルになりました。2024年の収穫は、8月末から11月までかけて実施しましたね。独特な方法ですが、品質管理を徹底して健全なぶどうを育てたことで、ぶどうの味わいが強いワインができました」。
収穫タイミングは、果実の糖度を表す単位である「BRIX(ブリックス)」の値や天候を確認しながら判断する。寒暖差があり、水はけのよい花崗岩地質の土地で健やかに育ったぶどうは、自然の恵みそのままの味を表現したワインになるのだ。

『no.505 Hiroshima Wineryのワイン醸造』
no.505 Hiroshima Wineryで醸造スタッフとして働く湯口さんは、以前は東京のワインショップ「no.501」で販売を担当していた。仕事を通してワインに魅了され、ワイナリーで働くために広島への異動を希望したそうだ。
「ワインが好きになりすぎて、人生が変わりました。1年かけてものを作るというのは初めての経験なので、全てがとても新鮮です。思うようにいかないことも多いですが、手塩にかけて育てたぶどうがワインとして商品になった時の達成感は大きいですね」。
no.505 Hiroshima Wineryが目指すのは、ぶどうの果実味が存分に感じられる、誰にでも飲みやすいワインだ。より多くの人に美味しいワインを飲んでもらいたいという願いを込めてワイン造りをおこなっている。
ぶどうのフレッシュさを引き出すために取り組んでいることと、醸造におけるこだわり、ワインに対する思いについてお話いただいた。
▶︎ワインに親しむきっかけを作りたい
日本酒やビールとは違い、ワインは水を使わず果汁のみで造る。ぶどうそのものの美味しさが味わえるワインを、もっと多くの人に味わってほしいと考えて、no.505 Hiroshima Wineryでは、ワインに苦手意識を持っている人でも気軽に飲めるワイン造りを目指している。
「お酒を飲み始める20代のはじめに飲んだワインが口に合わなければ、ワインを飲まなくなるでしょう。そういう人は少なくないはずです。若者のお酒離れが進む中で私たちが取り組むべきなのは、フレッシュで飲みやすいワインを造ることだと思っています。お酒に慣れていない若者でもジュースのように美味しく飲めるワインを提供して、ワインに親しむきっかけを作りたいですね」。
ワインをひと口飲んだら難しい感想やうんちくを言わなければと思うと、気軽に飲めませんよね、と苦笑する尾藤さん。
「好きなように飲むのが一番です。邪道だと思われるかもしれませんが、暑い夏には氷を入れて飲むなど、自由でカジュアルにワインを飲んでもらうことが、今こそ必要なのです」。
まずは、日本でワインを飲む人を増やす。そして、飲み手の歩みに寄り添って、少しずつワインの味わいも進化させていけばよいと考えているno.505 Hiroshima Winery。若い人が楽しみやすい味わいのワイン造りに励み、日本ワイン業界の発展を後押ししたいと考えているのだ。

▶︎ぶどうを生かしたワイン醸造
2024年に自社醸造所での初醸造をおこなったno.505 Hiroshima Winery。2023年までは、いくつかのワイナリーに委託醸造をしていた。
ナチュラルなワイン造りを目指すno.505 Hiroshima Wineryでは、どのようなワイン造りをしているのだろうか。
「すべて天然酵母で醸造しています。ぶどうの果汁以外何も使わないことをベースにし、ぶどうのフルーティーさが強く感じられるワイン造りにこだわっています。酸化防止剤も不使用で、体に溶け込むようなワインですよ」。
フレッシュさを残したワインを造るために必要なのは、やはりぶどうそのものが健全であること。美味しいワインになるかどうかは全てぶどうの品質にかかっていると、新井さんと湯口さんは話してくれた。

『no.505 Hiroshima Winery おすすめのワイン』
続いては、リリース済みの銘柄の中から、おすすめのワインを見ていこう。no.505 Hiroshima Wineryのワインは、どれもネーミングが個性的。ワインボトルにくっきりと目立つ銘柄名のシールが貼られ、非常に印象に残る。
ここではふたつの銘柄について、名前の由来と味わいの特徴、楽しみたいシーンなどを紹介していきたい。
▶︎「青い軽トラ」
「青い軽トラ」という銘柄は、収穫したぶどうを運ぶ軽トラックの色が青かったことが名前の由来。ぶどうを栽培したのは、社会福祉支援施設の利用者たちだ。
メインとして使用している品種はマスカット・ベーリーAで、その他に、自社畑で栽培した藤稔、高妻、クイーンニーナ、安芸クイーン、ピオーネも使用している。味わいについて、新井さんから紹介いただいた。
「マスカット・ベーリーA特有のチャーミングさに、生食用ぶどうが加わったことで、果実味を存分に生かした華やかな香りが出ました。アルコール度数は10%と低めなので、カジュアルに楽しんでください」。
「青い軽トラ」のペアリングについて尋ねると、尾藤さんのおすすめはなんと「おでん」。人が集まるシーンで気軽に飲んで欲しいと話してくれた。

▶︎「おとうさん」
気になるネーミングのワインがたくさんある中で、ひときわ目を引くのが「おとうさん」と「おかあさん」。今回は、赤ワインの「おとうさん」にスポットを当てよう。
使用しているぶどうは、自社畑で栽培したブラックビート、藤稔、ピオーネだ。透き通ったスミレ色が美しく、軽めのタンニンで飲みやすい味わいに仕上がっている。
「酸と甘さのバランスがよく、栓を開けた瞬間にスパイシーで野性味のある香りが広がります。やんちゃなお父さんというイメージですね」。
複数品種を混醸しているが、野性味あふれた香りは藤稔に由来するのではないかと考えている尾藤さん。藤稔は生食用としても流通量が極端に少ない品種だが、味には高いポテンシャルを感じている。
「藤稔は、生食用として栽培すると非常に大粒でピンポン玉くらいの大きさになる品種です。しかし、房から実が取れやすく扱いが難しいため、なかなか流通しないレアな存在ですね」。
珍しい品種を使ったオリジナリティあふれるワインに興味がある人は、ぜひ試してほしい1本だ。

『no.505 Hiroshima Wineryのこれから』
最後に、no.505 Hiroshima Wineryの今後について触れておきたい。日本ワインの国内市場の拡大に貢献する一方で、今後は海外進出も視野に入れているという。
尾藤さん自身がこれまでファッション業界でつちかってきた経験と手腕を生かして、国外における日本のナチュラルワインの可能性を探っていくのだ。
▶︎海外での反響も見込んだネーミング
no.505 Hiroshima Wineryのワインが独創的なネーミングを採用しているのは、海外市場で興味を持ってもらいやすくするためでもあると尾藤さんは話す。
「ワインボトルに書いた文字が、日本的なイメージを膨らませるのに役立ちます。ひらがなや漢字を使うことは、外国の方たちがno.505 Hiroshima Wineryのワインに興味を持って、手に取るきっかけのひとつになるでしょう」。
no.505 Hiroshima Wineryのワインボトルは、ワイン名の文字だけがボトルに直接書かれたシンプルなデザインだが、シンプルさが非常にユニークな印象を与える。ワインの名前には、産地の広島にちなんだ広島弁を使ったネーミングもあるので、ぜひ公式サイトや公式SNSで、込められた意味と思いを確認してみて欲しい。

▶︎ナチュラルワインのイベントに出店
2024年11月、no.505 Hiroshima Wineryはニューヨークとトロントで開催されたナチュラルワインの祭典「RAW WINE」に出店。日本のワイナリーとしては唯一の参加だったそうだ。海外ではどのような反応だったのだろうか。
「想像以上によい反響をいただきました。多めにワインを持って行ったのですが、売れ行きがよく、足りなくなるほどでした。特に、シャインマスカットのアロマティックな香りが人気でしたね」。
日本ならではの品種を使ったワインが特徴のno.505 Hiroshima Wineryのナチュラルワインのラインナップは、海外の人にとっては今まで出会ったことがない味わいだったに違いない。
「はじめて聞く品種名などを熱心にメモを取る方もいらっしゃいましたね。興味を持って色々と質問いただきましたし、日本語が書いてあるワインボトルのデザインも好評でした」。
ぶどう本来の味を生かしたフレッシュなno.505 Hiroshima Wineryのナチュラルワインが、日本以外でも愛されるようになる日はそう遠くないのかもしれない。

『まとめ』
ワインを飲む人を増やしたいという思いから、飲みやすい味わいのワイン造りに力を入れているno.505 Hiroshima Winery。生食用品種を使うという方向性やボトルデザインの魅せ方など、斬新で固定概念にとらわれない独自性がno.505 Hiroshima Wineryの強みだ。
ワイナリーでは、ワインを広めるために定期的にイベントを開催している。イベントの最新情報はInstagramやFacebookでチェックできるので、気になる人はぜひチェックしてみてほしい。東京都渋谷区神宮前にある「no.501」でも、もちろんno.505 Hiroshima Wineryのワインを楽しむことが可能だ。
今までなんとなく手を伸ばしにくかったワインというお酒を、少しでも身近に感じてもらおうというno.505 Hiroshima Wineryの取り組みに共感したら、ワイナリーと角打ち酒屋「no.501」に足を運んでみてはいかがだろうか。

基本情報
名称 | no.505 Hiroshima Winery |
所在地 | 〒729-1211 広島県三原市大和町大草75-28 スマイルラボ内 |
アクセス | https://maps.app.goo.gl/vm2pq6rZEbqgj7Jz9 |
HP | https://www.no505hiroshimawinery.com/ |