「マンズワイン勝沼ワイナリー」は、キッコーマングループのワインメーカー「マンズワイン」が山梨県甲州市勝沼町に構えるワイナリーだ。日本で採れたぶどうを使って本格的なワインを造ることを掲げ、日本中で親しまれるスパークリングワイン「酵母の泡」など、幅広いラインナップを世に送り出してきた。
マンズワインには、勝沼ワイナリーと小諸ワイナリーというふたつの醸造所がある。マンズワイン勝沼ワイナリーに求められる役割は、データを緻密に積み重ね、担当者が変わっても揺るがない味わいを届けることだ。
猛暑が当たり前になってきた近年、勝沼でのぶどう栽培はどのように変化しているのだろうか。また、醸造の現場では、どんなワインが生まれているのだろうか。
取締役・醸造技術部長で、マンズワイン勝沼ワイナリー醸造責任者を務める宇佐美孝さんに、ワイナリーの今とこれからについてお話いただいた。
『マンズワイン勝沼ワイナリーのぶどう栽培』
まずは、マンズワイン勝沼ワイナリーがおこなっているぶどう栽培の今について見ていきたい。
勝沼でのぶどう栽培を取り巻く状況は、変わり続けているという。マンズワイン勝沼ワイナリーが直面している課題と、乗り越えるための工夫を紹介しよう。
▶︎変化する環境の中での取り組み
マンズワイン勝沼ワイナリーでは自社原料と購入原料を使用しているが、2024〜2025年は購入原料に大きな変化があった。
宇佐美さんが原因として挙げるのは、収穫を控えた8月の降水量の少なさだ。降水量が減るとぶどうの水分量も減るため、果実に凝縮感が生まれる。とりわけ2025年は糖度が高い年になった。
しかし、糖度が上がったことを手放しで喜ぶことはできない。 猛烈な暑さの影響で、特に甲州の果皮が以前より厚くなったように感じられたのだ。果皮に厚みがあると、ワインに果皮由来の渋みが出やすくなる。また、酸化のしやすさも悩みの種だ。
「糖度の数値だけを見ればよい年でしたが、全体的な品質という観点では、難しさもあったというのが正直なところです」。
数値が示す「よい年」と造り手が感じる「よい年」は、必ずしも一致しない。宇佐美さんは大きな現場をまとめる立場として、極めてフラットな目線で現状を見つめているのだ。
また、気候変動の影響を受けて、栽培現場で切実な課題となっているのが「暑さ対策」である。特に日中の畑作業は危険が伴うため、熱中症への注意が欠かせない。

▶︎新品種の栽培もスタート
ワイナリーに隣接した自社圃場では、3回ほどに分けて収穫をおこなっている。収穫日には、多い時には20人ほどの参加者を社内から募って一気に作業を進めていく。
「収穫作業に慣れているメンバーも多いため、自分の判断で傷んだぶどうを選り分けて進めてくれて頼もしいですね」。
勝沼の圃場で栽培しているのは、甲州とマスカット・ベーリーAの2品種だ。日本固有の品種の栽培に注力する姿勢は変わらないが、新しい動きもある。ワイナリーの横を走る国道の向かい側に畑を購入し、「ソワノワール」という品種を植えたのだ。
ソワノワールとは、山梨県が開発した赤ワイン用ぶどうの交配品種である。試験栽培は始まったばかりだが、山梨生まれの新品種が持つポテンシャルに期待したい。

『若手の挑戦が生んだ「甲州 クリオ・エクストラクション」』
続いては、マンズワイン勝沼ワイナリーの新作ワインにスポットを当てていきたい。「甲州 クリオ・エクストラクション 2025」だ。
発売当初から話題を呼んだこのワインは、若手スタッフの発案から生まれた銘柄だという。
▶︎「甲州 クリオ・エクストラクション 2025」
マンズワイン勝沼ワイナリーには、研究開発を製品につなげるという文化が根付いている。新しい手法を見つけるために研究開発チームが試験醸造をおこない、その結果から候補を絞り込んで、有望なものを現場で試す。この取り組みは10年以上前から続いており、酵母や栄養源の試験など、新たな実験が途切れることはない。
また、企業としての方針とは別に、宇佐美さんが現場のスタッフに常日頃から伝えていることがある。「自分の造りたいものを好きに造ってみなさい」という言葉だ。
宇佐美さんの言葉を受けて、2025年は何人かが自ら手を挙げ、誕生したのが「甲州 クリオ・エクストラクション 2025」である。
「クリオ・エクストラクション」とは、収穫したぶどうを凍らせ、溶けてきたところを搾る製法のことだ。凍る過程で果皮の細胞壁が破壊されて成分が抽出されやすくなるため、香味に優れた果汁が得られる。手間と時間はかかるが、原料を贅沢に使うことで品種の個性を引き出せる造り方だ。
2025年の原料は笛吹市御坂町の甲州で、生産本数はわずか864本だった。企画したのは若手の女性スタッフで、「普段ワインを飲まない人に楽しんでほしい」という思いが出発点になっている。

▶︎甘口ワインの可能性を見出す
「甲州 クリオ・エクストラクション 2025」の醸造にあたって、宇佐美さんはサポート役に徹した。
「担当したスタッフから『どうやって造ったらよいでしょうか』と聞かれたので、大まかな造り方だけを伝えました。ある程度のヒントを与えたうえで、自分の力で進めてもらったのです」。
宇佐美さんが現場に行って指揮をしてしまうと、若手の育成にはならないと考えたため、仕込む時はあえて現場には足を運ばなかった。
「やはり本人が困らないと伸びないと思うのです。成長のために、『あえて困らせたかった』という気持ちもありますね」と、宇佐美さんは微笑む。自分で考えることを促す姿勢を貫き、失敗を許容するおおらかな気持ちで見守っていたという。ワインの仕上がりは、満足のいくものだった。
そもそもこの企画は、「甘口で造ったワインが売れるのかどうかを試験したい」という担当スタッフの問題意識から始まったものだった。流通させるのに十分な品質に仕上がったことから、開発会議で商品企画の担当者や社長も試飲した上で、「甲州 クリオ・エクストラクション 2025」の製品化が決定したのだ。

▶︎今後につながる成果
「甲州 クリオ・エクストラクション 2025」は、黄色い花の蜜やパイナップル、白桃といったフルーティーな香りが感じられる味わいだ。濃縮感のある甘さと爽やかな酸味が、バランスよく広がる。
発売後の反響は、予想を大きく上回るものだった。SNSで発表したところ若い層に届き、同時期に勝沼で開催されたイベントでも、来場者から「美味しい」という声が次々と寄せられた。初回のオーダーも好調で、またたく間に人気商品となったという。
「アルコール度数は8%と低めで、甘口ではありますが酸もしっかりある、スッキリした飲み口です。デザートワインとしても召し上がっていただけます」。
売れ行きは好調だが、宇佐美さんには少しだけ心残りもあるという。新しいスタッフが手がけたということで、会社としてもプロモーションをたくさんしてしまったのだ。
「企画当初に意図していた、甘口ワインが売れるのかどうかという消費者の嗜好の検証ができなくなってしまったのが痛かったですね。しかし、たくさんの方に手に取っていただけたのはよいことだと思っています」。
「クリオ・エクストラクション」は、2026年も同程度の本数を仕込む予定だという。

『新たな手法が実を結んだ2025年ヴィンテージ』
マンズワイン勝沼ワイナリーの、定番シリーズにおける最新の取り組みも紹介したい。
「酵母の泡」のような看板銘柄は造りを大きく変えることはしない一方で、「GI Yamanashi」シリーズでは毎年のように新しい挑戦を続けている。
例えば、マスカット・ベーリーAのロゼでは造り方そのものを見直し、甲州を使ったワインでは新しい酵母を試したのだ。詳しく見ていこう。
▶︎造り方を変えた「山梨 ロゼ 2025」
「山梨 ロゼ」は、山梨県産のマスカット・ベーリーAから造られる辛口のロゼワイン。「セニエ法」で抜き取った果汁を使って仕込まれている。セニエ法とは、赤ワインの仕込みの過程で果皮と短時間だけ接触させた果汁を抜き取る手法だ。
マンズワイン勝沼ワイナリーでは、以前は複数の仕込みタンクからセニエ法で抜き取った果汁を継ぎ足しながらロゼを造っていた。最初に出てきた少量の果汁に酵母を投入して発酵を開始させ、後から搾り出される果汁を徐々に発酵中のタンクに加えていくことで、ひとつのワインを完成させていたのだ。
「以前のやり方でも、ワインとして完成させることはもちろんできます。しかし、どこか味わいに物足りなさを感じていたため、アプローチを大きく変えてみたのです。セニエの果汁をこまめに足していく方法ではなく、果汁を一定量集めてから一度に発酵させる方法に変えたことで、発酵の数値管理が格段に容易になりました」。
新しく採用した手法は「ジュース・スタビュレーション」と呼ばれるそうだ。通常、搾った果汁はすぐに澱引き(清澄化)し、きれいになった果汁を発酵させるのが一般的な工程だ。一方、ジュース・スタビュレーションは、あえて澱引きをせずに、果汁を澱とともに一定期間置いておくため、ボディに厚みが生まれる効果もある。
「今回は、澱とともに1週間から10日ほど置いておきました。その後に清澄化をして、酵母で発酵させています。酵母の種類を変えたことも影響しているかもしれませんが、思っていた以上に香りの強いワインが生まれました」。

▶︎「柑橘の香りがする甲州ワイン」を目指して
マンズワイン勝沼ワイナリーの若手スタッフのあいだで、長く語られてきたテーマがある。「柑橘の香りがする甲州ワインを造りたい」というものだ。
これまで、酵母を変えたり造り方を変えたりという試行錯誤を続けてきたが、思うような結果は出なかった。そこで、宇佐美さんが打ち出した次なる一手は「醸造ではなくぶどうそのものからアプローチする」というものだった。
「やはりワインはぶどうが重要であることを、改めて理解できたことがよかったです」。
マンズワイン勝沼ワイナリーの新たな甲州ワインは、新しいシリーズとして展開していく。若手スタッフの声が、栽培の現場まで巻き込んで見事に形になった1本である。
▶︎マンズワイン勝沼ワイナリーの役割
自然派をはじめ、強い個性をまとったワインが人気を集めてきているが、マンズワイン勝沼ワイナリーが目指す姿は異なる。マンズワイン勝沼ワイナリーの持つ明確な「役割」を、日々強く意識していると宇佐美さんは言う。
「私たちは、これからも変わらず醸造学的な欠陥がないワインを造っていきます。うちのワインは強烈な個性やフィロソフィーを表立って出さなくてもよいのです。主役は食事で、ワインは脇役です。食事に合うワインや、どのようなシーンで飲んでも美味しいワインを造りたいですね」。
完璧な脇役であるためには、いつ誰が開けても期待どおりの味でなければならない。そのためには品質が安定していることが欠かせず、欠陥がないことが大前提になる。マンズワイン勝沼ワイナリーの規模を考えれば、個性を打ち出すよりも、安定にこそ価値があるという判断だ。
「好きなワインは皆さんそれぞれにあると思います。多くの造り手が個性の強いものを打ち出していくのであれば、私たちは逆に出していかない方が生き残っていけるのかもしれません」。
数多くのワイナリーがひしめく日本ワインの世界で、あえて「引き算」を選ぶという考え方は、「主張しないものを造る」というマンズワイン勝沼ワイナリーの哲学そのものだ。

『まとめ』
若手の挑戦を積極的に後押しし、若手に自由な裁量を与えて醸造工程の多くを任せる背景には、宇佐美さんの信念と会社への思いがある。
「醸造責任者として2018年から造ってワインを造ってきましたが、ひとりでやっていると方向性が固まってきてしまう懸念があるため、今私がやるべき仕事は、次世代に引き継ぐことなのです。挑戦する中では失敗することもあると思いますが、失敗の原因をじっくり考えることで、本当の意味での成長を遂げることができるでしょう」。
マンズワイン勝沼ワイナリーには蓄積された技術と詳細なマニュアルがあるため、確認しながら正しい手順を踏めば、それなりのものが造れてしまうのも事実だ。しかし宇佐美さんは、あえてそこを一度壊してほしいと話す。一から自分で考え抜いて造る力を、次の世代に身につけてほしいのだ。
もちろん、失敗が許されない場合もある。例えば、看板商品である「酵母の泡」には、これまでどおりしっかりと目を光らせているという。守るべきものは守り、託せるところは託すというメリハリが、マンズワイン勝沼ワイナリーの現場を支えているのだ。
新たな挑戦を続け、多彩な美味しさで飲み手を楽しませてくれるマンズワイン勝沼ワイナリーのワインを、ぜひ様々な料理と共に味わってみたい。

基本情報
| 名称 | マンズワイン勝沼ワイナリー |
| 所在地 | 〒409-1306 山梨県甲州市勝沼町山400 |
| アクセス | https://maps.app.goo.gl/dyip6jp33nsBK9xJ8 |
| HP | https://mannswines.com/winery/katsunuma/ |
