『Cave de Mido(カーヴ・ド・ミドウ)』東御市・御堂の丘からワイン文化を発信

今回紹介する『Cave de Mido(カーヴ・ド・ミドウ)』は、長野県東御市(とうみし)にある「御堂(みどう)」地区でぶどう栽培をおこなっているワイナリーだ。

標高750〜850mの南向きの広大な斜面はかつて桑畑で、養蚕業の衰退後は大部分が耕作放棄地となっていたが、今では見渡す限りの美しいぶどう畑が広がっている。

Cave de Midoの代表取締役を務めるのは、東御市でワイナリー「Rue de Vin(リュードヴァン)」を営む小山英明さん。東御市で20年にわたってぶどうを育て、ワインを造ってきた人物である。

実は、Cave de Midoは、自社ブランドのワインを掲げるワイナリーではない。御堂地区に参入する生産者と地域で暮らす人々を支えるための「裏方」的な存在だ。小山さんはなぜ、Cave de Midoを新たに立ち上げたのだろうか。Cave de Midoの役割と、小山さんが抱いてきた20年越しの思いをひも解いていきたい。


『Cave de Mido設立までの道のり』

最初に見ていくのは、Cave de Midoの成り立ちだ。すでにRue de Vinを営んでいた小山さんがCave de Midoを立ち上げるまでの経緯を辿っていこう。

▶︎「ワイン通り」から始まる幸せな暮らし

「Rue de Vin(リュードヴァン)」とは、フランス語で「ワイン通り」を意味する。ぶどう畑に通じる一本の通りから、ワインと共に暮らす環境と文化が広がってほしいという願いを託したワイナリー名だ。

「ワイナリー経営をする上で、単に『ワインを造ることが自分の夢』だという場合、自分の代だけで終わってしまう可能性もあるでしょう。しかし私は、未来に続く取り組みをおこないたいと考えたのです」。

小山さんが目標としてきたのは、フランスやイタリアのように長く続くワイン文化だ。ワインが生産されている土地で暮らす人々は、日常の中にワインを取り入れて生きている。環境が整い、文化として脈々と続いてきた歴史があるからこそ成立する幸せである。

しかし、「よいワインができました」という事実だけでは、生産者側が満足するにとどまってしまう。つまり、ワイナリーを設立してワインを造るだけでは、地域の恵みを食べて飲んで生きていく「幸せな暮らし」を実現するのは難しいのだと小山さんは言う。

▶︎長年の思いを詰め込んだ存在として

御堂地区は、Rue de Vinが長年ぶどう畑をしてきた「十二平(じゅうにだいら)」地区の丘から、谷を挟んで西側の斜面に広がる。

2017年に造成が始まった御堂地区には、約27haという広大な圃場が誕生した。現在はRue de Vinの他にも、東御市の「ヴィラデストワイナリー」をはじめ、10数社が栽培に参入している。

そして、Rue de Vinの設立時から抱いてきた思いを、より大規模に実現したいと考えた小山さんは、地域の支援を受けてCave de Midoを設立した。

Rue de VinとCave de Midoの役割の違いは、はっきりしている。Rue de Vinが自らのワインを造るワイナリーであるのに対し、Cave de Midoは御堂の生産者を栽培から醸造・販売まで支える会社である。

また、御堂地区の歴史と新しいワイン文化を融合させる役目も担う。機材の貸し出しや委託醸造、販売施設「ワインテラス御堂」の運営も、Cave de Midoが担当しているのだ。

『小山さんとワインの歴史』

大のワイン好きだったことから、ワイン造りを志した小山さん。山梨県で酒造りを学んでいた頃、師と仰いだ人物のつてで、御堂の高台に一大ワイナリーを造るという大手企業の計画を知った。しかし当時、御堂の計画は順調には進まなかったと耳にしたそうだ。

小山さんはその後、長野県安曇野のワイナリーに勤務することになり、ソーヴィニヨン・ブランと出会った。造ったワインは高く評価されたが、安心は長く続きそうにはなかった。栽培農家の高齢化が進み、将来も引き続き高品質なぶどうが手に入るとは思えない状況だったのだ。

よいぶどうを安定的に供給できる体制を、早急に整えるべきだと小山さんは提案したが、残念ながら当時の職場では実現に至らなかった。

▶︎東御市でぶどう栽培をスタート

方向性の違いを感じて安曇野の会社を離れたが、「東御市で荒れ果てた土地を再生してワイナリーをやってくれる人を探している」という話を耳にして、2005年の夏に現地に足を運んだ小山さん。

「きっと、かつて進行していた大きな計画が実現しなかった土地に違いないと期待を持って向かいました。しかし、実際に話を聞いてみたところ、荒れ果てた土地というのは、谷を挟んだ場所にある荒れ果てた元リンゴ団地だと言われ、がっかりしました」。

だが、すでに前職を辞めていた小山さんに、引き返す選択肢はなかった。2006年、十二平地区の荒れ地に入植し、Rue de Vinがスタートしたのだ。

▶︎ワインの素晴らしさを伝え続けた日々

ワイナリー建設計画の頓挫は、村に重い雰囲気を漂わせていた。小山さんが入植した当時、地元住民の間では「ワイン」と言う言葉を口にすることもためらう状態だったという。

そもそも御堂地区周辺は、江戸時代には徳川幕府の直轄地である「天領」として守られてきた歴史を持つ。また、上田城が築城される以前から豊かな文化があり、住民たちは自身のルーツに強い誇りを持っていた。

だからこそ、桑畑から切り替えたリンゴ団地が後継者不足で廃れ、大規模な圃場の造成も頓挫した現状に誰もが心を痛めていたのだ。

「土地の皆さんが抱く強い誇りを知っていたからこそ、まずは私自身が村の住人になり、十二平で素晴らしいワインを造って実績を作ろうと決めました」。

移住後の小山さんは、ぶどう栽培とワイン醸造に真摯に取り組んだ。そして、「いつか御堂地区でワイン造りができたら、雇用が生まれて美しい景観が戻り、都会から人が集う場所になる」と、地元の人たちに訴え続けたのだ。

▶︎御堂地区の造成が決定

小山さんの草の根運動が実を結んだのは、入植から10年が経過したころだった。当時、「JA信州うえだ」のトップを務めていたのが、村の出身者だったのである。農協としても、御堂の土地を荒れたままにしておいてはならないと考えていたようだ。

「手つかずになっている御堂の畑を再生するには、ワインしかないよな。そうだろう、小山くん」と言われた小山さんの答えは決まっていた。御堂地区なら、ワイン造りを事業として立派に成立させることができると伝えたのだ。

御堂地区の造成が自治体の事業として動き出し、小山さんが抱き続けた願いがようやく形になったのである。

『Cave de Midoが目指す姿』

念願が叶い、御堂地区のぶどう畑は無事に造成された。だが、小山さんが本当に目指している姿は、さらにその先にあった。

Cave de Midoが手本にしているのは、海外のワイン産地だ。ヨーロッパの「ワイン組合」の仕組みと思想を御堂の地で実現するための、取り組みと試行錯誤に迫る。

▶︎海外の「ワイン組合」を参考に

「日本のワイン産地では、どんなに小規模なワイナリーでも、自社で瓶詰めのための充填機やワインセラーなどを保有しています。しかしヨーロッパの産地では、それぞれのワイナリーが必ずしも醸造に必要な機器や設備を持っているわけではありません」。

ワイナリーが個別に機器や設備を持っていなくても、産地や事業者同士には「ワイン組合」という繋がりがある。大きな設備はみんなで共同して管理し、助け合う仕組みが導入されているという。

例えば、小山さんがかつてお世話になったことがあるシャブリのワイナリーは、醸造量が多いけれど自社では充填ラインを持っていなかった。瓶詰めの際には、「ボトリング・トラック」が巡回してくるため問題ない。荷台に瓶詰めラインを載せたトラックが工場に横付けされて瓶詰め作業をおこなうため、ワイナリーが高価な設備とメンテナンスを負担する必要がないそうだ。

各社が設備投資を背負うのは、産業として成立させるには負担が大きすぎる。そこで、産地全体で助け合うという仕組みが、当たり前に存在しているのだ。

▶︎ワイナリーを支える存在として

解決すべき課題は、醸造設備だけではない。日本でのぶどう栽培は手間がかかるが、機械化が追いついていないのだという。小山さんは早くから畑仕事の機械化に着目してきたため、Rue de Vinのぶどう栽培には様々な機材を採用している。

例えば、ぶどうの葉をカットする際には「リーフカッター」を使用。事業規模が大きくてもスムーズに作業を進めることができる。

効率化のためには、農薬散布の機械化も欠かせない。雨が多く湿度が高い日本でのぶどう栽培は、世界の産地に比べて防除の回数が多い。だが、農薬散布に使う「スピードスプレーヤー」は、大型になると非常に高価だ。栽培管理においても、全ての機器を自社で保有することは、小規模生産者には負担が大きすぎる。

「ヨーロッパなどの産地では、組合や農業機器の専門業者が、機材が必要となる作業を代行してくれます。日本でも同じような仕組みが導入できれば、ワイナリーが個別に機材を揃える必要がなくなるのです」。

小山さんが立ち上げたCave de Midoは、御堂における「ワイン組合の代わり」としての役割を担っている。「機械化」や「作業の代行」を通じて、生産者のサポートに徹している存在なのだ。

『Cave de Midoの取り組み』

ここからは、Cave de Midoの事業内容を紹介していこう。理念を実現する難しさと、地道な作業の積み重ねることの大切さについても聞くことができた。

Cave de Midoの取り組みと、存在意義を深掘りしていきたい。

▶︎「誰かがやらなければならない仕事」を引き受ける

ぶどう畑には、畑の段差を支える斜面である「法面(のりめん)」があることが多い。実はこの法面が、栽培管理の現場を苦しめる隠れた難所となっている。除草をしばらく放置すると畑を覆い尽くすほどの藪になるが、斜面ゆえに除草作業は困難を極めるためだ。

草が伸びっぱなしのままで放置するわけにはいかないが、畑が忙しくなれば、栽培を始めて間もない生産者はとても手が回らないだろう。そこで、Cave de Midoの出番となる。

「誰かがやらなければならない仕事ですし、放っておいては地域の畑全体に影響が出てしまうため、Cave de Midoが法面の除草作業をまとめて請け負っています」。

効率的に作業できるように、ラジコン操作の草刈り機を導入。機械に任せることで、多くの生産者をサポートする体制を整えた。小山さんは、Rue de Vinが最初に入植した40区画の段々畑が、かつてどれほど荒れ果てていたかを身をもって知っている。だからこそ、農地をきれいに保つ力になりたいと考えているのだ。

▶︎多面的なサポートを提供

御堂地区で活動する生産者の多くが、「日本ワイン農業研究所株式会社」が運営するワイン人材育成講座「千曲川ワインアカデミー」の卒業後に参入してきたメンバーだ。

Cave de Midoでは、千曲川ワインアカデミーの卒業生たちに対して、あらゆるサポートをおこなっている。除草作業や機材の貸し出しだけでなく、技術面でのアドバイスなどを通して、プロの生産者としての成長を支えているのである。

一方で、各生産者に寄り添う難しさも実感している。

「皆さんそれぞれに、やりたいぶどう造りやワイン造りがあります。こだわりがあるからこそ、全体で同じ作業を同じように進めていくのは難しいと感じています。農薬をどの程度まくか、何をまくかという判断ひとつでも、考え方が異なりますから」。

産地として足並みを揃えると共に、個々の生産者のこだわりに寄り添い、求めるワイン造りを叶えたいと話す小山さん。Cave de Midoは、両立の難しい課題にあえて正面から向き合い、地域のために取り組み続けていく。

▶︎未来の構想も着々と

リーフカットや農薬散布の代行など、Cave de Midoが担うことを想定している範囲は広い。だが、実現するには綿密な準備が必要だ。

「専属スタッフの雇用や、農薬散布に最適なタイミングの決定など、検討すべき項目はたくさんあります。しかし、御堂地区が今後ひとつの産地としてやっていく場合、Cave de Midoのような存在は必ず必要になるでしょう」。

さらに小山さんは、Cave de Midoよりも標高が低い尾根伝いの土地の活用も思い描いている。新たなワイナリーはもちろん、ノンアルコール飲料や、ワインの残渣を使う加工施設という展開もあり得ると話す。

「上のエリアで出た副産物を下のエリアの工場に持って行き、さらに下のエリアで加工して、最終的にほとんど捨てるものがなくなる世界を造りたいですね。実現に向けて、具体的な進め方を今まさに話し合っている最中です」。

『「ワインテラス御堂」の魅力とイベント』

御堂のぶどう畑の一角にあるのが、東御市が整備した販売施設「ワインテラス御堂」だ。ワインテラス御堂の指定管理者は、Cave de Midoが務めている。

ワインテラス御堂の管理者に選ばれたきっかけや、地域を代表する施設を運営する覚悟などを紹介したい。

▶︎「ワインテラス御堂」とは

御堂の丘の上に立つ「ワインテラス御堂」は、美しい眺望が自慢だ。御堂地区で造られたワインや地元の特産品を楽しめる魅力的な拠点となっている。この施設の運営を引き受けるにあたり、並々ならぬ覚悟を持って臨んだと小山さんは話す。

「御堂の地で土地と人に真剣に向き合って、20年経ちました。だからこそ、この施設を単なる売店や飲食店で終わらせてはいけないという強い責任を感じています。村の歴史と人々の想い、村に何を還元できるのかを真摯に考え抜いて運営することが、私たちの役目です」。

自社の醸造施設や店舗をまだ持たない御堂地区の新規生産者にとって、ワインテラス御堂は自作のワインを披露してお客様へ直接届けるための貴重な発表の場でもある。まさに「地域の希望の光」と呼べる存在なのだ。

▶︎様々なイベントで魅力をアピール

Cave de Midoはワインテラス御堂でワインファンや地域住民、都市部の交流人口を増やすためのイベントを次々と展開している。2026年6月21日に開催したのは、電動アシスト自転車を活用したツアー、「eバイクサイクリングイベント」だった。

「電動アシスト自転車20台を集めて、『ワイナリー巡り』をするイベントを実施しました。初回はヴィラデストワイナリーを見学させていただき、ワインテラス御堂に戻ってランチとワインを楽しむという内容でした」。

地元住民だけでなく都心部からの参加者も集まり、第2回開催を強く望む声も寄せられた。

さらに、季節ごとのイベントも定期的に実施。夏にはマルシェを併設したバーベキュー、秋には「マリアージュイベント」を開催予定だ。将来的にはフランス・ボルドーのメドック地区でおこなわれている「メドックマラソン」のようなマラソン大会を主催したいという。

ワインテラス御堂でのイベントの最新情報は、ワインテラス御堂の公式Instagramと、Cave de Midoの公式サイト、SNSでチェックしてほしい。

▶︎持続可能な産業として

小山さんが情熱を傾け、地域の未来のために走り続ける根底には「自分自身の人生に対する揺るぎない美学」と「次世代への強い責任感」がある。

次世代がワインを造り、地域の恵みを食べ、飲みながら幸せに暮らしている姿

かつて御堂にはリンゴ団地があったが、よいリンゴを栽培する技術だけでは産業として定着せず廃れてしまった。ぶどう栽培とワイン醸造が同じ道を辿ることのないように、次世代がワインを造り、地元の食と共に美味しく飲んで、幸せに生きている姿を見たいと考えている。

日本ではワイン造りが盛んになってきているが、ブームは必ず去るものだと冷静な小山さん。Cave de Midoの使命のひとつが、ブームが去った後に「産地としてどうあるべきか」を真剣に考えることだ。

「ぶどう畑とワインが当たり前に存続する未来のために必要なのは、手に取りやすい価格帯のワインを造ることです。資材の価格高騰によってあらゆるものの価格が上がっていますが、大量生産の効果が出たらワインの販売価格を下げていきます」。

フランスのシャブリのように、地元で採れたワインが日常の食卓で気軽に消費される世界が理想だという。ソーヴィニヨン・ブランやピノ・ノワールも、将来的には2,000円台後半での販売を目指す。

手に取りやすい価格で高品質なワインを提供し、地域の誇りとなる持続可能な産業に育てていくことが、Cave de Midoの挑戦なのだ。

『まとめ』

地域を支える「縁の下の力持ち」として進化を続けるCave de Midoだが、単なるサポートにとどまらず、気候変動や天候不順のリスクに対応するための製品開発にも乗り出している。

ワインの大量生産に踏み切るということは、ひとつのぶどう品種を大量に扱うということでもある。天候不順に見舞われやすい日本では、栽培品種が少ないことがデメリットになる可能性も高い。

そこで、リスクに備えるための取り組みとして、地元産のリンゴを使用した蒸留酒の醸造を決めた。フランスの「カルバドス」にあたるものを、Cave de Midoで製造するのだ。蒸留酒はワインよりも保管スペースが少なくて済み、長期保存もできる。ワインが不作の年には仕込んでおいた蒸留酒を販売することが可能となるだろう。現在はパイロットプラントでの蒸留段階だが、小山さんは仕上がりに自信を見せる。

販売の第一弾として構想しているのは、蒸留酒とリンゴジュースをセットにした商品だ。単体でもジュース割りにしても美味しいという、リンゴの蒸留酒のリリースが待ち遠しい。

小山さんの夢を具現化していく場所である御堂地区の取り組みが気になったら、ぶどう畑を望むワインテラス御堂を訪ねて、御堂の地で始まっている挑戦をぜひ自らの目で確かめてみてはいかがだろうか。

基本情報

名称Cave de Mido
所在地〒389-0506 
長野県東御市祢津405

株式会社リュードヴァン 内
アクセスhttps://maps.app.goo.gl/eKd8rHHvNLe2BEHU9
HPhttps://cavedemido.storeinfo.jp/

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