広島県三次(みよし)市にある『広島三次ワイナリー』は、地元で栽培が盛んなぶどうの6次産業化を目的として、1994年に設立されたワイナリーだ。2024年には創業30周年を迎えた。
観光ワイナリーだった広島三次ワイナリーの転機となったのは、ニュージーランドでぶどう栽培とワイン醸造に携わった経験を持つ太田直幸さんが、栽培醸造責任者として着任したことだった(現在は取締役ワイナリー長 兼 醸造長)。
現在に至るまで、種まで完熟したぶどうだけを使い、品種の個性が素直に表れたクリーンで、価格を超えるワインを一貫して追求してきた広島三次ワイナリー。フラッグシップ「TOMOÉ」シリーズをはじめ、幅広い層に愛されるラインナップが魅力だ。
記録的な猛暑や極端さを増す雨、過去に例を見ないスズメバチの襲来など、様々な困難に立ち向かいながら、栽培・醸造をおこなっている広島三次ワイナリー。今回は、2024〜2025年のぶどう栽培と、太田さんの醸造哲学などについてお話いただいた。詳しく紹介していこう。
『広島三次ワイナリー 2024〜2025年のぶどう栽培』
まずは、直近2年間の広島三次ワイナリーのぶどう栽培の様子を見ていきたい。
気候変動が叫ばれて久しい昨今、広島三次ワイナリーの自社畑にも変化の波が押し寄せている。太田さんが語るのは、数字として現れてきている気候の異変と、栽培管理の現場で奮闘する担当者たちの様子だ。
▶︎変わりゆく三次市の気候
「2024年の雨は、一度降り始めると長々と続く傾向でしたね。一方、2025年は記録的に短い梅雨でした。8月くらいまでは本当にカラカラで気温だけが高く、降水量は極端に少ないという状況でした」。
さらに、線状降水帯などの影響によって、短時間での集中豪雨などが年々増しているのは、気象庁のデータからも明らかだ。気温の上昇も顕著であり、30年前と比べると、平均気温は約3.5度高くなっているという。真夏日や猛暑日の日数も10年前とは比較にならないほど増えた。
気候変動はぶどうの生育に大きな影響を及ぼしているが、畑で働く人間にとっても昨今の夏は過酷だ。
「通常は2時間おきに休憩をはさみますが、暑さが厳しい日には30分おきに取っています。作業効率が悪くなってしまいますが、いたし方ありません」。
1日の勤務時間は8時間だが、休憩をたびたび挟むと、朝6時にスタートしても終業は15時頃になる。つまり、一日のうちでもっとも暑い13〜15時に稼働することになってしまうのだ。
夏場の圃場では、ぶどうの生育段階ごとに様々な作業が必要となる。暑さにあらがいながら、なんとか優先順位を付けて進めている状況だ。暑い日が続くと長時間続けて作業をすることが難しいため、畑の端から端まで漏れなく管理するのが難しくなることもある。
ワイナリー経営の立場から見ると、夏の栽培管理における人員配置をどのように決定するかという点も、大きな課題のひとつとなってきているのだ。
▶︎スズメバチの大量発生を乗り越えて
2025年、広島三次ワイナリーを苦しめた異変のひとつが、スズメバチの大量発生だった。
「被害が大きく、収量が大幅に減少してしまった畑もありました。契約農家さんからも、『今年はかなりスズメバチが多い』という声が上がっていましたね」。
熟したぶどうの甘い香りに誘われたスズメバチは、畑はもちろん、仕込みの際にも次から次へと飛んでくる。従業員を守るためにどうすべきかと考えた末に、太田さん自身がまさかの「スズメバチ撃退担当」に就任したそうだ。
「私は常にハエたたきを持って構えていて、仕込み中などにスタッフが『こっちに来ました』と声をかけてくれたら、すぐさま駆けつけて叩くのです。一日に70匹ほど退治したこともありました」。
2026年は、春のうちに女王蜂を狙った駆除用トラップを圃場のあちこちに仕掛けて、蜂が本格的に活動する前に対策を講じた。気候の変化がもたらす事象には、常に柔軟な姿勢で取り組むことが欠かせないのだ。

▶︎三次ならではのソーヴィニヨン・ブランとは
広島三次ワイナリーは、自社畑を拡張したタイミングで、ソーヴィニヨン・ブランとシャルドネを新たに植栽した。
「満足できる品質のぶどうができるまで、リリースはしません。大前提として、どこかの真似ではなく、『三次ならではのソーヴィニヨン・ブラン』を造らなければと思っています。ソーヴィニヨン・ブランのワインが有名な産地は世界中にいくつもありますが、三次市とは気候が大きく異なることから、そもそも似せようとは考えていません」。
太田さんが目指す「三次のソーヴィニヨン・ブラン」とは、どのような味わいなのだろうか。
「ソーヴィニヨン・ブランはアロマティックな品種ですから、香りがしっかりと華やかに広がるワインでなければいけません。西日本らしい豊かな温暖さをポジティブに捉えて、トロピカルなフレーバーを綺麗に表現したいですね。私が最も重視していて、かつ難しいと考えているのが、アロマティックな風味をボトルの中で持続させることです」。
出来上がったばかりのワインは驚くほど香りがよく美味しいが、本当に価値があるのは、流通して消費者の手元に届き、グラスに注がれた瞬間に美味しいかどうかだという。
「瓶詰めの瞬間のフレッシュなアロマを数年後もキープしているワインを目指しています。そのためには、時間が経つと香りが飛んでしまう理由がどこにあるのかを解き明かさなくてはなりません。日本の雨の影響なのか、あるいは熟成期の気温の高さに由来するものなのかなど、私自身もさらに深く勉強する必要があると感じています」。
十分なクオリティと熟成に耐えうる骨格を持った「納得のソーヴィニヨン・ブラン」ができるまでは、決してリリースはしないという姿勢には、造り手としての確固たるプライドが見える。

▶︎香りを持続させるための工夫
ワインに理想の香りを出し、かつ長持ちさせるために、栽培・醸造面で様々なアプローチをおこなっている広島三次ワイナリー。
ソーヴィニヨン・ブランの場合、個性を決定づけるのは主にふたつの香り成分だ。ひとつは柑橘やトロピカルフルーツのような華やかさをもたらす「チオール」、もうひとつはハーブや青草、時に切りたての草のようなニュアンスを与える「メトキシピラジン」である。
ふたつの成分をバランスよく引き出すため、太田さんが導き出したのが、収穫タイミングを2期に分けるという手法だった。
「前半に収穫したぶどうはフレッシュな清涼感を担い、後半のぶどうはリッチな果実味を担います。それぞれ別々に仕込んで最終的にブレンドすることで、複雑味があって、香りが長く持続するワインができるのではないかと考えています」。
目指す香りを引き出すためのもうひとつの手法が、ビニール屋根と暗渠(あんきょ)を組み合わせた水分コントロールである。ソーヴィニヨン・ブランの畑には全ての列にビニール屋根を設置しており、屋根を伝って降りた雨は地下に張り巡らせた暗渠に流れていく。畑の水分をしっかりと管理できる構造だ。
だが、想定通りにいかないこともある。例えば、畑には緩やかな傾斜があるため、全ての雨がそのまま暗渠に届くわけではない。
「今後は、畑の傾斜を生かしながら最適な水分バランスをコントロールする方法を見つけていきたいと考えています。真摯に取り組み続けることが、よい結果につながると信じています」。

▶︎新品種の栽培に取り組む
太田さんは「一般社団法人日本ワインブドウ栽培協会(JVA)」の理事を務めている。JVAは海外から新しく優秀な品種や、病気に強いクローンを日本に導入するために活動する組織だ。
広島三次ワイナリーの圃場の一角では、JVAが海外から正規輸入してきた品種の試験栽培をおこなっている。南フランス原産の「ピクプール・ブラン」や「ルーサンヌ」といった、日本ではまだ希少な品種も含まれているそうだ。
また、広島三次ワイナリーでは自社醸造用の新品種の導入にも積極的だ。最近新しく加わったのが、白ワイン用品種のプティ・マンサンである。
「酸が残りやすい品種特性を持っているため、単体で仕込むとよいワインになるでしょう。ブレンド用にも使えますし、様々な使い道があると考えて植えてみました」。
栽培しているぶどうが三次でどのような個性を持って育ち、どんなワインになるのか。仕上がりをしっかりと評価した上で次なる施策を検討していくのも、造り手として重要な仕事のひとつだ。産地としての未来も見据えながら、広島三次ワイナリーはこれからも新たな挑戦を続けていく。

『広島三次ワイナリー 太田流のワイン醸造』
広島三次ワイナリーで醸造の総指揮を取る太田さんの醸造スタイルは、ロジカルで合理的だ。
直近の醸造について尋ねると、「新たに何かを始めたということはありません。これまでどおり、丁寧な造りを徹底しているだけです」と話してくれた。ワインに対する情熱と揺るぎない哲学を紹介しよう。
▶︎緻密に計算し尽くすスタイル
太田さんのワイン造りは、全工程においてあらかじめ完璧に設計されている。
「緻密に計算をして、狙った通りのスタイルのワインを造り上げます。全てのアイテムにおいて、事前に決めた明確なゴールがあるのです。私の頭の中には、ぶどう栽培の段階から始まり、醸造場に運んでからボトルに詰めるまでの一連の工程に、『物語』のような設計図が存在しています」。
「自分が手がけたワインだ」という意志をボトルに宿らせるため、使う酵母と発酵期間、発酵後の処理、瓶詰めまでの時間、樽の熟成期間などの全てを設計して仕上げていく。
太田さんの言う「設計図」とは、どれほど具体的なものなのか。設計のプロセスを具体的にお話いただいた。
「仕込みのシーズンが始まる前に、まず畑ごとの収量を過去の膨大なデータから予測します。そして、畑や区画、品種ごとに、全てのぶどうをどの銘柄に使用するのかまで決めておくのです」。
発酵段階でも、ロットごとに複数容器に分ける場合などの管理方法も決めておく。白ワイン醸造では複数の酵母を使うことが多く、それぞれのブレンド比率ごとに容器を分けて発酵させて、最終的にひとつのアイテムとしてブレンドしていくのだ。

▶︎徹底した管理で高品質なワインを造る
太田さんのこだわりは、醸造場内での作業スピードにまで及ぶ。特に赤ワイン用品種の品質を左右する選果は、分刻みで素早く進めていく必要があるという。
「プレミアムなぶどうの場合の選果スピードは、3分で10kgから20kgです。もう少しカジュアルなアイテム用であれば、3分で50kgくらいですね。選果作業を進めるスピードは、一緒に作業をするスタッフに具体的に指示しています。現場に3分タイマーを置いて、タイムテーブルを管理しているのです」。
3分間の作業量が明確になれば、1時間あたり、ひいては1日あたりで処理できるぶどうの量も自ずと決まる。それぞれの作業時間を明確にすることで、想定したゴールに無駄なく到達しやすくなる。
「どれだけ完璧に設計していても、イレギュラーなことはもちろん起こります。しかし、そんな時は、慌てずに仕切り直せばよいのです」。
現場の状況を俯瞰して、冷静で包容力のあるマネジメント体制が、広島三次ワイナリーのぶどう栽培とワイン造りを作り上げている。太田さんのリーダーとしての確かな手腕が、広島三次ワイナリーの高品質なワインの根底にあるのだ。

▶︎日本ワインの入口になる「新・三次ワイン」
広島三次ワイナリーには、フラッグシップ・ブランドとは別に、太田さんが特別な思いを込めたシリーズが存在する。白ワインの「燦來(きら)」、赤ワインの「緋(あけ)」と「榴(りゅう)」で構成される、「新・三次ワイン」だ。
「新・三次ワイン」のコンセプトは、食事の邪魔をしないこと。特に赤ワインの「緋」と「榴」2銘柄には、食事に合わせるための徹底したこだわりがつまっている。
「白ワインと比較すると、赤ワインは食材を選んでしまうお酒だと思うのです。しかし、最初から最後まで白ワインでは味気ないですよね。そこで、和洋を問わずどんな料理にも寄り添うために、ボディや甘みにこだわって造ったのが『緋』と『榴』です」。
「緋」と「榴」は軽快な味わいが特徴だ。一方、やや甘口の「榴」は渋みが苦手な方にもおすすめで、和食の旨味や甘辛い味付けの料理に最適である。
銘柄名をそのまま「印影」にしたエチケットは、日本ワインのアイデンティティを感じさせる。海外の人にも手に取ってもらえることを意識した、和の雰囲気あふれるデザインだ。

▶︎「日本のワインの入口」として
「新・三次ワイン」の3銘柄は、いずれも税抜1,600円という手に取りやすい価格だ。太田さんの緻密な戦略と、日本ワインの未来への願いが込められているという。
「日本ワインをまだ飲んだことがない方や若い方にも、興味を持って手に取っていただける価格設定にしました。もちろん、美味しくなければお客様は二度と買ってくれませんので、一切の妥協なく品質にこだわった造りです」。
太田さんは「新・三次ワイン」を、「日本ワインの入口」にしてほしいと話す。「新・三次ワイン」に感動したお客様は、続けて「TOMOÉ(トモエ)」や「VILLAQUA(ヴィラクア)」などを手に取ってくれるだろう。さらに、他の産地の日本ワインにも興味を持つかもしれない。
もちろん、「新・三次ワイン」は初心者だけでなく、普段から日本ワインを飲み慣れた愛好家もデイリーワインとして楽しめるシリーズだ。興味を持った方は、ぜひ試してみてほしい。

▶︎あえて使用品種を伏せる理由
「新・三次ワイン」には、面白い特徴がある。公式サイトに使用品種を記載していないのだ。「頭で考えてから飲む」のを避けるための取り組みだという。
「先入観を持つことがないよう、あえて品種を記載していません。ワインを勉強している方ほど、品種を聞いてワインの点数を決めてしまう傾向があると考えているからです」。
例えば、最初にひと口飲んで『30点』だと思っても、ピノ・ノワールだと知った途端に80点の評価に変わってしまうことがある。自分が感じた風味ではなく『ピノ・ノワールを飲んでいる』ことに点数をつけてしまうことがあるのだ。
そこで、品種に関する知識に惑わされず「美味しい」「料理に合う」など、初心者のように率直な感覚を楽しんでもらうための工夫をした。あえて品種名を記載しないと決めたのは、太田さん自身が持つワイン観によるものだという。
「ワインとは、極めてパーソナルな体験をもたらすものです。私が感じている香りや味は、隣の人が感じているものとは異なるでしょう。同じものを飲んで話題にしているはずなのに、それぞれの感じ方は絶対に違うのです。互いの感性は一生わかり合うことはないのですが、私はそれでよいと思っています。大切なのは、品種や受賞歴、評判といった情報ではなく、自分がどう感じたかです。まずは自分の感覚で味わってほしいですね。ワインは五感を刺激してくれる飲み物ですから」。
「キラキラして綺麗」「可愛い色のボトルだ」など、ワインボトルを手に取った瞬間から、「自分だけのワイン体験」は始まっているのだと、太田さんは微笑む。

▶︎TOMOÉシリーズの実力
フラッグシップの「TOMOÉ」シリーズにも、嬉しい手応えを感じているという太田さん。赤ワインでは、「TOMOÉ 小公子マスカット・ベーリーA」の人気が目覚ましい。
また、東京で開催したメーカーズディナーでは、白ワインの「TOMOÉ セミヨン バレルセレクション」が高い評価を得た。
「『今まで何種類も飲んだ白ワインの中で、これが一番好きです』『以前から飲んでいます』という声をたくさんいただきました。非常に嬉しかったですね」。
広島三次ワイナリーのラインナップの中で鉄板の人気を誇る「TOMOÉ シャルドネ クリスプ」をおさえて、「セミヨン」が注目された理由はなんだったのだろうか。
「セミヨンには、蜜蝋のようなコクや、とろりとオイリーなニュアンスがあります。フレッシュでフルーティーな特徴を持つ白ワインとは一味違った雰囲気が、印象に残ったのかもしれませんね」。

『まとめ』
太田さんは、広島三次ワイナリーでの自らの役割を「指揮官」と表現する。プロジェクトが回るように管理して、必要な情報を必要な人へ共有していく。また、各自が自分の役割を意識するように促す。
「私は特別な人間ではありませんし、自分にしかできないことがあるとも思っていません。だからこそ、一つひとつの作業を丁寧にやれば、メンバー全員が同じレベルの仕事をできるはずなのです。指揮を執る人間として、自分のやり方をしっかりと共有してもらうことを意識しています」。
太田さんが現場で徹底しているのは、「決してうろたえないこと」だ。突発的なトラブルなどがあっても、「絶対になんとかなる」というポジティブな気持ちを持ち続ければ、メンバーにも伝わってワイナリー全体の士気を高めていくことができる。
また、消費者と直接話す機会を得るべく、レストランとのコラボレーションやイベントに出向くという太田さん。
「造り手のところまで実際に足を運ぶことができるのが、日本ワインの強みのひとつだと思うのです。その点を、私自身もより自覚して活動しなければと考えるようになりました」。
2026年も、仕込みが始まるまでの期間にメーカーズディナーの予定がいくつも入っているという。最新情報は公式SNSで随時発信しているので、チェックしてみてはいかがだろうか。
広島三次ワイナリーのワインを手にした時には、自分の五感で味わってほしいという造り手の願いを思い出しながら、香りと味わいを素直に感じてみたい。

基本情報
| 名称 | 広島三次ワイナリー |
| 所在地 | 〒728-0023 広島県三次市東酒屋町10445番地の3 |
| アクセス | https://www.miyoshi-winery.co.jp/access.php |
| HP | https://www.miyoshi-winery.co.jp/ |
