『Agri Coeur』デラウェアの産地・山形で醸すナチュラルな味わい

蔵王連峰の裾野に広がる山形県上山市は、農業が盛んな地域だ。今回紹介するのは、上山にあるワイナリー「Agri Coeur(アグリクール)」。ソムリエ資格を持つ片寄広朗さんが代表を務めている。ワイナリー名は「農業(Agri)」と「心(Coeur)」という意味を持ち、農業と心をはぐくむ事業にしたいという思いを込めて名付けた。

フランスでワイン造りを学び、帰国後にはぶどう栽培・ワイン醸造に関わってきた片寄さん。山形県上山市でぶどう栽培とワイン醸造を始めたのはなぜだったのだろうか。2022年に上山市に移住して、2025年7月に念願の自社醸造所をオープンするまでの道のりについて、詳しくお話しいただいた。

ぶどう栽培やワイン醸造、おすすめ銘柄についても伺うことができたので、Agri Coeurのこだわりと魅力を余すところなく紹介していこう。

『Agri Coeur設立までの道のり』

フランスで醸造を学んだ片寄さんは、2003〜2009年までのフランス滞在中、ワイン造りをする上で最も大切なのは「ぶどうの品質」であると感じたという。もともと農業全般に興味を持っていたが、フランスでのぶどう栽培を通して農業の素晴らしさもより深く理解した。

「自然の中で過ごす時間を持つことは、本来あるべき人間の姿だと思います。自然と密接に関わる農業は、人々の命を支えるために重要な仕事です。物質的に恵まれた国であるはずなのに心の病が増加傾向にあるのは、人間の本能に則った生活ができていないためではないかと考えて、農業に携わりたいという気持ちがさらに強くなりました」。

片寄さんは、日本の食料自給率の低下にも危機感を覚えている。2025年度のカロリーベース食料自給率は38%だ。

「食べるものがなければ、人は生きていけません。現在の日本は自分たちに必要な食料をまかなえていない状況です。そのため、農業に従事して、この問題をなんとかしなければという気持ちもありますね」。

▶︎帰国からワイナリー設立まで

日本に帰国した片寄さんは、まず地元である大阪府に戻った。ワインショップに4年勤務した後、岡山県にあるぶどう園からワイナリーを立ち上げたいと声がかかり転職し、ぶどう栽培とワイン醸造を9年間担当した。栽培していたのは、ヨーロッパ系のワイン専用品種が中心だった。

「ヨーロッパ系品種の栽培をする中で、デラウェアやマスカット・ベーリーAのような日本の固有品種のワインを造ってみたいという気持ちが次第に強くなってきたのです。自分が理想とするワインを造るべく、ワイナリー設立を決意しました」。

日本ならではの品種で日本ワインを造るための土地として、片寄さんが選んだのは山形県だった。

「目指すワインを造るためには、デラウェアが最適だと考えました。そして、デラウェアでワインを造るのなら、デラウェアの産地である山形に行こうと思ったのです」。

デラウェアの生産量において日本一を誇る山形県。全国で約30%のシェアを占めている。だが、山形県に次いでデラウェアの生産量が多いのは、片寄さんの地元・大阪府だ。大阪での就農は検討しなかったのだろうか。

「大阪もデラウェアの産地なのですが、山形のデラウェアを使ったワインが私の理想に近い味わいになると考えたため、山形でのぶどう栽培とワイン醸造を志しました」。

▶︎山形でのワイナリー設立を決意

山形での就農を決めたものの、見知らぬ土地での畑探しは困難を極めた。地元の方との信頼関係を築けていない場合、使えそうな畑が見つかっても容易に借り受けることはできない。だが、行政の理解と協力があったおかげで、片寄さんはなんとか自社畑を確保することができた。

上山市には、農業経営の安定と地域活性化を目的とした「かみのやまワインの郷プロジェクト」という取り組みがある。ワイナリー設立や醸造用ぶどうを栽培する人向けのサポートを提供しているのだ。

「担当者の方がとても熱心に協力してくださいました。一緒に畑を探してくれたり、畑の持ち主の方との交渉をサポートしてくれたりしたので、とても助かりました。苦労は多かったものの、ひとりではなかったので頑張ることができました」。

『Agri Coeurのぶどう栽培』

Agri Coeurが自社畑でぶどう栽培を始めたのは2022年のこと。しかし、新たに植樹したわけではなく、借り受けた畑にすでに植栽されていたぶどうの成木をそのまま引き継いで育てている。そのため、開墾作業はほとんど必要なかったそうだ。

「耕作放棄地を活用できることは、新しく農業を始める人にとっては大きなメリットです。土地を開墾して支柱を建てるところから始める場合、莫大な費用がかかるでしょう」。

ちょうど、3人の子供にお金がかかる時期だったという片寄さんにとって、大切に育てられてきた樹を引き継ぐことができたのは幸いだった。

また、持続可能な農業を実施する上では、新しいものだけではなく、今ある資源を活用するべきという考え方を持っている片寄さん。耕作放棄地を活用していくことは、環境破壊を軽減し、持続性の高い農業を実現することだといえるだろう。

▶︎畑と気候の特徴

Agri Coeurの自社畑では、引き継いだ状態のままのぶどう棚を活用している。土地の気候に適応しているからこそ、これまで長く採用され続けてきた管理方法だ。

「自社畑の土壌は窒素が多いのが特徴です。以前の管理方法の名残の可能性もありますが、元々の特性かもしれません。圃場は軽い斜面になっていて、土が硬すぎないため管理がしやすいと感じています」。

東北地方は降雪量が多いイメージがあるが、上山市は県内では降雪量が少ない地域だという。雪が少ない年も珍しくはなく、2026年はあまり降らなかった。だが、雪が多い年には注意が必要だ。

「畑のぶどう棚に雪が積もるとつぶれてしまうリスクが高まるため、冬の間は雪下ろしが欠かせません。私は雪になじみがない地方の出身で、棚仕立ての管理も初めはとても大変でしたね。雪下ろしをする際には、雪深い畑の中を歩くのがとても難しいのです」。

畑の周りは除雪車が入らない場所なので、積雪時は畑まで行くのもひと苦労だ。そこで、冬になる前には棚に支柱をたくさん入れるように工夫した。対策は功を奏していて、災害級の大雪でなければ畑に行く必要はなくなったそうだ。

▶︎山形特産のデラウェアを栽培

自社畑で栽培している品種は、デラウェアとマスカット・ベーリーA。もともと植えられていたデラウェアと、2022年以降に片寄さんが植えたマスカット・ベーリーAだ。

「栽培している品種の割合は、99%がデラウェアです。受け継いだデラウェアは樹齢20~30年を超えるものもありますが、元気に育っていますよ」。

日本各地で栽培されているデラウェアだが、山形のデラウェアならではの特徴はあるのだろうか。

「糖度が同じであれば、生で食べた場合にはそれほど大きな違いは感じられません。しかし、ワインにすることで、複雑味や力強さなどの表情が鮮明にあらわれてきます。私自身は、北国のデラウェアに魅力を感じます。山形のデラウェアを使ったワインは、独特の深みがありますね」。

▶︎薬剤の使用は必要最低限に

ぶどうの栽培管理をする上で心がけているのは、最小限の農薬でぶどうを育てることだ。自社畑には露地栽培とビニールハウスの両方があり、管理方法が異なる。

「ビニールハウスの畑は完全無農薬で育てていますが、露地栽培の畑は雨などによる病害を防ぐため農薬を使っています。しかし、使用量は一般的に使う農薬の20%程度です」。

露地栽培の畑で無農薬栽培を実施すると、どうしてもカビなどの病気におかされてしまう。最低限の収量を確保するため、必要最低限の農薬を使用して健全なぶどうを育てているのだ。

また、フランスで習得した栽培方法も活用している。「収量制限」と「ぶどうの樹の根を切る」という手法を取り入れているのだ。根を切るのは、ぶどうの味わいに深みを出すために、地中深くまで根を伸ばすことを目的とした施策だという。

「土壌は層によって微生物や栄養素が違うため、根を下に伸ばすことで複雑味がある果実が実ります。日本では地表に沿って真横に根を伸ばすことが多いのですが、表面の根を切ることで、地中深くに伸ばすことができるのです」。

ただし、根を切るという対応をしているのは、片寄さんが新しく植えた樹のみだ。樹齢が高いデラウェアの根を急に切ってしまうと、収量が激減してしまうことがある。

「若木のうちから、厳しい環境に慣らしていくことが大切です。根が地中深くに伸びれば伸びるほど、味わい深いワインになりますよ」。

『Agri Coeurのワイン造り』

ソムリエとして活躍していた片寄さんは、これまで数多くのワインを飲んできた経験を持つ。自分好みのワインはもちろん、仕事関連では様々な価格帯のワインを扱ってきた。業界内での評価が高いものから無名のワインまで、幅広いラインナップだ。多くの種類のワインを飲んだことが、片寄さん自身が味の基準を明確にするために大変役立ったと振り返る。

「たくさんのワインを飲む中で、自分なりの『ボーダーライン』ができました。ワイン造りをするときは、自分の基準をクリアした品質のものを造ることを目指しています。直感で判断しているので、言葉で言いあらわすのは難しいですね」。

一般的にはマイナスととらえられる要素も、ぶどうの個性として受け入れてワイン造りをしているAgri Coeur。ぶどうや土地の個性を感じて欲しいというワイン造りについて、深掘りしていこう。

▶︎ナチュラルワインとの出会い

片寄さんが目指すのは、シンプルに美味しく、体に染み渡る味わいのワイン。抵抗感がなく、やさしくナチュラルなワインを造ることを心がけている。Agri Coeurのワインを飲んだお客様からも、「飲みやすい」「やさしい」という感想をいただくことが多いそうだ。

「私がワイン業界に入った頃に流通していたのは海外のワインばかりで、日本ワインという言葉もまだない時代でした。当時はボルドーワインを中心に飲みましたが、正直に言うとあまり私の好みではありませんでした」。

ワイン業界で働く以上、主流とされている味を理解しなければと思っていたものの、ひとりでボトルを1本飲み切ることはできなかった。だがある時、美味しいと感じるワインに出会って、気が付いたらボトルが空っぽになっているという経験をした。何百種類も飲んできた中で、心から美味しいと感じたワインとの衝撃的な出会いだった。

その後、フランス滞在中にもいろいろなワインを飲む中で、美味しいと感じるワインが再び現れたそうだ。以前、日本で飲んで美味しいと感じたワインと同じ造り手が手がけた、ナチュラルワインとの再会だった。

▶︎自分が飲みたいワインを造る

体が自然に欲するようなナチュラルワインを飲んだ経験が、片寄さんのワイン造りに大きな影響を与えることになった。

「体に染み込むようなワインの条件のひとつは、低アルコールであることだと思います。私が感銘を受けたナチュラルワインのアルコール度数は12度程度でした。私自身も軽めのワインが好きなので、添加物を極力使わず、低アルコールの柔らかいワインを目指して造っています」。

また、ワイン造りをする上でのこだわりは、果皮などからの成分を抽出するためにおこなう「ピジャージュ」を必要以上におこなわず、酸化防止剤である亜硫酸もほとんど使用していないこと。添加物を使うこと自体否定しないが、自分が飲みたいと思うワインを提供することを考えるうちに、今の考え方に行きついたという。

▶︎「2024 La joie de vivre Brut Nature」

Agri Coeurがリリースしている中から、デラウェアを使った2銘柄を紹介しよう。まずは、スパークリングワイン「2024 La joie de vivre Brut Nature」だ。

「デゴルジュマン(澱抜き)をおこなった、濁りがないタイプのスパークリングワインです。ガス圧は、本格的なシャンパーニュと同レベルの6気圧に仕上げました。『La joie de vivre』とは、フランス語で『生きる歓び』という意味です」。

ワインを飲んだ時に、生き生きとはじける泡に歓びを感じてほしいという思いを込めて名付けた。スパークリングワインとは、一般的に炭酸ガスが3気圧以上のワインを指すため、「2024 La joie de vivre Brut Nature」のガス圧の強さが分かるだろう。

エチケットには、「2024 La joie de vivre Brut Nature」の味わいからデザイナーがイメージした、ギリシャ神話に登場する「パン」という半獣の神様が描かれている。

「デザインは、山形県在住のアーティスト市川ともかさんに依頼しました。実際にワインを飲んで、頭に浮かんだ風景をデザインするという魅力的なスタイルの方です」。

「2024 La joie de vivre Brut Nature」の軽やかな味わいと共に、素敵なエチケットも楽しみたい。

▶︎「2024 Déla Logique ~ Sans egrappage et en Amphore ~」

続いて紹介するのは、オレンジワインの「2024 Déla Logique ~ Sans egrappage et en Amphore ~」。2022年のファースト・ヴィンテージから造っている銘柄で、淡いオレンジ色が印象的だ。

「若干の渋みと旨みが感じられるワインです。独特の香りがあり、複雑味に富んだ味わいに仕上がりました」。

白ワインはぶどうの果汁だけを発酵させるが、オレンジワインは果皮や茎ごと発酵させるのが特徴だ。自然が育んだ果実をまるごと味わえるのが、オレンジワインの魅力である。

「オレンジワインを造っている理由は、美味しいからというのはもちろん、1年かけて育ってくれた自然の恵みを余すことなく使いたいからです」。

私たちに恵みを与えてくれる自然に、誠実な姿勢で向き合う片寄さん。年ごとのぶどうの個性をより深く味わえる「2024 Déla Logique~ Sans egrappage et en Amphore ~」を飲みながら、自分が過ごしてきた1年を振り返ってみるのもよいかもしれない。

▶︎こだわりが詰まったぶどうジュース「Bisou delaware」

Agri Coeurでは、低農薬のぶどうを使ったジュース「Bisou delaware」を造っている。「ワインに使いたいぐらい」だという、高品質なぶどうを使用しているそうだ。

「最もよい品質のデラウェアだけを使ったジュースです。生食用のぶどうは、果実を大きくして種無しにするために『ジベレリン』というホルモン剤を使って処理をおこないます。しかし、『Bisou delaware』に使っているぶどうはジベレリン処理をしていません。肥大化していない分、濃い味わいになっているため、ぶどう本来の風味が楽しめるジュースです」。

片寄さんがぶどうジュースを造っている理由は、ぶどうの美味しさをすべての人に楽しんで欲しいからだ。アルコールが苦手でワインが飲めない方や、お子様からお年寄りまですべての方にも喜んでもらいたいと考えている。

「Bisou delaware」の2025年ヴィンテージは完売してしまったが、2026年ヴィンテージは早ければ2026年9月頃には販売できるそうだ。オンラインショップからも購入できるので、ぜひチェックしてほしい。

『まとめ』

Agri Coeurのワインはシチュエーションを選ばず、様々なシーンで飲んでほしいと話してくれた片寄さん。美味しいと感じたり、物足りないと思ったりした気づきにも、素直に向き合いながら味わうことを提案してくれた。ワインと向き合うことは、自分を知るきっかけにもなると考えているそうだ。

片寄さんは、今後もできるだけナチュラルでやさしいワイン造りを継続していくつもりだ。ぶどう栽培とワイン醸造が安定稼働できるようになったら、生食用の果樹や野菜など、農業全般を手がけたいという夢もある。

「持続可能な農業にするためにも、就農希望者を雇用できる規模まで成長したいと思っています。小さなお子様からお年寄りまで口にできる安全で美味しい農作物を作って、人々の命を支えるのが夢です」。

ワインにとどまらず、地域の色と農業の未来についても考えているAgri Coeurは、これからどのような進化を遂げていくのだろうか。今後の取り組みにも、引き続き注目していきたい。

基本情報

名称Agri Coeur
所在地〒999-3223
山形県上山市三上字屋敷浦476番地1
アクセスhttps://maps.app.goo.gl/FDGf7zzwpwjCswGP9
HPhttps://www.agri-coeur.jp/

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