『武龍ワイナリー』老舗の酒卸が醸す、茨城の風土を表現したワイン

茨城県常陸太田市には、古くから「ぶどうの里」として知られる地域がある。秋になると街道沿いにぶどうの直売所が立ち並び、旬の巨峰を求める人々で賑わうそうだ。

今回紹介するのは、そんな常陸太田市にある『武龍(ぶりゅう)ワイナリー』。代表を務める山口景司さんは、大正時代から続いてきた酒卸(酒類卸売)を家業とする人物である。酒販業を営んでいるからこその冷静な市場分析と、ひとりの農夫としてのひたむきな情熱を併せ持つ。

山口さんは、なぜぶどう栽培とワイン醸造を始めることにしたのだろうか。ワイナリー設立の背景にあった地域の課題や、見据えている「茨城ワイン」のビジョンにも迫りたい。

『武龍ワイナリーが生まれるまで』

まずは、武龍ワイナリーが誕生するまでを振り返ってみよう。ぶどう栽培が盛んな常陸太田市だが、ワインの生産を始めようと考えた生産者はこれまでほとんどいなかったそうだ。

山口さんが常陸太田市でワイナリー立ち上げを決心するまでのストーリーをお話いただいた。

▶︎時代が移り変わっていく中で

山口さんの家業は110年以上続く酒の卸問屋で、地域の老舗としてのれんを守ってきた。だが、時代の変化と共にコンビニエンスストアや大手スーパーが台頭して、地域経済を急速に飲み込んで行き、酒類卸売も大きな打撃を受けた。

大手商社の流通網が張り巡らされるようになった現代において、小さな卸問屋が生き残るのは容易なことではなかったのだ。

「誰かが作ったものを預かって流通させるのが卸問屋の仕事です。大手の商社が地方に進出してきたことで、物流に大きな変化が起きました。都心のものも簡単に地方でも手に入るようになったため、私たちはなんとか生き残る道を見出す必要があったのです」。

山口さんがたどり着いたのは、「地域の価値を再定義し、この土地ならではの価値を生み出すこと」だった。

▶︎茨城食材のプロデューサーとして活動

山口さんは家業のかたわらで、地域の食材をお酒に昇華させるプロデューサーとしての役割も長年担ってきた。地元の酒米で地酒を造るプロジェクトを立ち上げたり、地元産カボチャで焼酎を造ったりと、手掛けたイベントは数多い。農家とメーカーを繋ぎ、町おこしを牽引してきた。

酒販業と地域活動に打ち込む中で、山口さんの心には、次第にある思いが芽生えてきたそうだ。

「誰かをプロデュースするのではなく、自分自身の手でこの地の魅力を形にする『ものづくり』をしてみたいと考えるようになりました」。

そこで目をつけたのが、地域の特産品であるぶどうを使ってワインを造ることだった。常陸太田市には清酒の蔵元が3軒あり、日本酒と焼酎が醸されている。だが、ぶどう栽培が盛んな土地でありながら、本格的なワイン造りをおこなうワイナリーはこれまで存在しなかった。

自分が取り組んできた地域振興の活動とも親和性が高いワイン造りに興味を持ったことが、武龍ワイナリー設立に続く第一歩となったのである。

▶︎「ぶどうの里」の景観を守るため

常陸太田市には、生食用ぶどうを栽培している農家が50軒以上ある。しかし、巨峰を中心としたぶどうの90%以上は直売やぶどう狩りなどの観光で消費され、市場にはほとんど出回らない。そのため茨城県内でも、常陸太田市でぶどう栽培が盛んなことはあまり知られていないという。

「常陸太田市のぶどう農家は、全国の農業従事者と同様に高齢化の問題を抱えています。30年前には100軒以上あったぶどう農家は、後継者不足などで減り続けていますね。管理されなくなったぶどう畑は耕作放棄地となり、『ぶどうの里』としての景観の維持が難しくなってきたのです」。

地域のために、耕作放棄地をなんとか活用できないかと考えをめぐらせた山口さん。ぶどう畑として使われていた土地なのだから、栽培がうまくいくことは間違いない。それなら、使われなくなった土地にワイン専用品種を植えて育てればよいのではないかと思いついた。ワインを造ることができて景観維持にもつながり、「ぶどうの里」としてのアイデンティティを次世代に繋げられるかもしれない。

各地で地方創生への動きが盛んになってきた追い風の中で、ワイン製造免許の取得が比較的容易だったことも背中を押してくれた。長きにわたって地元での酒卸業を営んできた山口さんが「土地の個性(テロワール)」を直接的に表現できるワイン造りに携わるという選択は、必然だったといえるのではないだろうか。

『武龍ワイナリーのぶどう栽培』

山口さんがぶどう栽培を始めたのは、2016年のこと。初めての農業経験だったが、好調なスタートを切ることができた背景には、たゆまぬ努力と地域の人々との絆の存在があった。

ここからは、武龍ワイナリーのぶどう栽培について深堀りしていこう。

▶︎ワイン専用品種の栽培をスタート

ぶどうの試験栽培を始めたのは、映画『ウスケボーイズ』等が話題となり、ワイナリーが次々と誕生して全国的にワイン用ぶどうの苗木が不足していた時期だったため、苗木が手に入らないという声が多かったそうだ。

だが、茨城県内でのワイン産業の振興発展を目的に設立された「いばらきワイン産業連絡協議会」に、山口さんはもともと卸問屋として参加していたため、幸いにも協議会のメンバーから苗木を譲り受けることができた。

「初めての植栽から2年が経過した頃には、驚くほど立派なぶどうを収穫することができました。茨城でワイン用ぶどうを育てるのは難しいのではと言われることもありましたが、たまたま上手くいきました」と、山口さんはいたずらっぽく笑う。

その後も試験栽培を重ねて、2021年までは収量の安定化に成功。県内の老舗ワイナリー「麦と葡萄 牛久醸造場」に原料供給できるまでになった。そして2022年には、ついに自社醸造所を立ち上げた。2026年現在、1.3haの畑で年間約5tの収穫を上げるまでになっている。

▶︎常陸太田市のテロワールを生かす

武龍ワイナリーの畑は関東平野の北端にある。土壌は関東平野特有の黒ボク土と粘土質で、30〜40年にわたる果樹栽培の歴史が土壌のポテンシャルを証明している。

「茨城はりんご栽培の南限であり、みかんや茶葉栽培においては北限です。北と南の品種が混ざり合って共存できる貴重な立地だと言えるでしょう」。

山口さんがぶどうを栽培しているのは、生食用ぶどうが植えられていた畑だ。もともとあった棚を活用しつつ、区画によっては垣根栽培も導入している。

「棚と雨除けの施設をそのまま使わせてもらっているため、雨の日でも作業がしやすくて体への負担も少ないですね。雨よけがあると雨でも問題なく作業ができるので、天候に合わせて作業する区画を選べるのは強みです」。

武龍ワイナリーの自社畑は、海からわずか10kmの場所にある。丘の上を吹き抜ける海風は、水はけを助けて湿気を飛ばしてくれるありがたい存在だ。

「歴史をひも解けば、この土地は時代の権力者たちに愛されてきました。佐竹氏の居城があり、その後は水戸光圀公が隠居所に選んだ場所です。歴史上の人物が『穏やかで過ごしやすい気候』だということを示していると言えるでしょう。気候風土がぶどう栽培を助けてくれているのを強く感じます」。

山口さんの言葉から感じられるのは、常陸太田市への限りないリスペクトと愛だ。

▶︎基本に忠実な対応を心がける

武龍ワイナリーが栽培管理において最も大切にしているのは、奇をてらわず基本に忠実に対応することだ。

「有機栽培に固執しすぎても、病気を防ぐことができなくなるでしょう。健全なぶどうを作るためには、適切な防除が欠かせません。綺麗で美味しいと思ってもらえるぶどうを育てるために、農業の基本に沿って対応しています。近隣には生食用ぶどうを極めた『ぶどう栽培のレジェンド』たちが大勢いるのでありがたいですね」。

地域の生産者たちは、新規就農した山口さんを温かく受け入れてくれたそうだ。病気が発生した際にも瞬時に問題を切り分けて、適切な処置方法を伝授してくれる頼もしい存在だ。

「最初から『ワイン専用品種を栽培したいので教えてください』と言って飛び込んだのがよかったのかもしれません。耕作放棄地を徐々に再生していく様子を見るうちに、仲間として認めて下さったようです」。

近隣農家が栽培した生食用ぶどうを買い取ってワインに加工するという、共生する仕組みも構築できた。「地域に助けられてきた恩をビジネスで返す」という持続可能なサイクルが出来上がっているのだ。

▶︎さまざまな品種を栽培

武龍ワイナリーの自社畑では、土地に合う品種を見極めている最中だ。栽培する品種は、あえて「マーケットでの売りやすさ」から逆算して選んでいる。

「カベルネ・ソーヴィニヨン、メルロー、ピノ・ノワール、シャルドネなど、それぞれ10〜20aずつ植栽しています。世界的に有名な品種を植えて様子を見ているところで、白ワイン用品種が上手く育っていますね。シャルドネやソーヴィニヨン・ブランは糖度もしっかり上がり病気も少ないため、特に手応えを感じています」。

赤ワイン用品種については、タナやプティ・ヴェルドなど、色付きのよい品種の導入も積極的に進めている。武龍ワイナリーの強みとなる品種が少しずつ判明していくのが、非常に楽しみだ。

『武龍ワイナリーのワイン醸造』

武龍ワイナリーが目標にしているのは、「茨城の産物に合うワイン」だ。農産物出荷額が全国第3位という「食材大国」である茨城には、さまざまな食の恵みがそろう。そのため、武龍ワイナリーでは、幅広いジャンルの「地のもの」とペアリングできる製品展開を目指しているのだ。

酒卸としてのキャリアを持つからこそ、ワイン造りにおいても独自の視点を持って取り組んでいる山口さん。嗜好品としてのロマンを大切にしながらも、ビジネスとして持続可能な施策をおこなっている。

▶︎ヴァラエタルワインスタイルで品種個性を追求

「ワイン醸造においても、栽培と同じく基本に忠実な対応を心がけています。クリーンなワイン造りをすることで、品種ごとの特徴をそのまま引き出したいですね」。

武龍ワイナリーが「品種個性」にこだわる理由も、茨城食材とのペアリングにある。バリエーション豊かな茨城食材とのペアリングを考える際には、品種個性が明確に表現できていることが重要だという。

「品種ごとの味わいや香りがはっきりしていれば、さまざまな食材とペアリングする場合のアイデアが浮かびやすくなります。以前メーカーズディナーを実施した際にも、品種個性を引き出した味わいのワインを造ることの重要性を実感しました」。

乾杯からメインの肉料理まで、すべてのメニューに寄り添う味わいのワインを提案したいと考えている武龍ワイナリーは、茨城食材とのペアリングをこれからも追求していく。

▶︎主にふたつのシリーズを展開

武龍ワイナリーがリリースしている銘柄のラインナップは、主にふたつのシリーズに分かれている。

自社圃場のぶどうのみを使用したフラッグシップ『瑞龍(ずいりゅう)』シリーズと、地域の農家から買い取ったぶどうの『いばらきワイン』シリーズだ。

いばらきワインシリーズが生まれた経緯は、醸造初年の2022年に遡る。支えてくれた感謝と醸造所オープンの挨拶を兼ねて、地域のぶどう農家すべてに声をかけて回っていた時のことだ。

「売り物にならないぶどうを買い取らせてほしいとお声掛けしたら、予想を遥かに超える10tものぶどうが集まりました」。

本当に驚きましたね、と笑顔を見せる山口さん。2t程度は集まるだろうと予想していたが、遥かに上回る量に、嬉しい悲鳴をあげたと振り返る。

「想定以上のぶどうが手に入ることがわかったため、『自社ぶどう』と『買いぶどう』でふたつのシリーズを展開することにしたのです。より幅広い層のお客様に楽しんでいただけるように、それぞれのシリーズは流通を完全に切り分けています」。

「瑞龍」シリーズは限られた経路のみで販売する一方で、「いばらきワイン」シリーズは地元のスーパーや道の駅に展開。茨城産ワインを求める消費者にしっかりと届けるための戦略なのだ。

▶︎『いばらきワイン』シリーズ

地元農家との共作である「いばらきワイン」シリーズは、気取らない食材を使った日々の食事とともに楽しみたい。

例えば、マスカット・ベーリーAを使った「いばらきワイン ロゼ」は、茨城を代表する冬の名物料理「あんこう鍋」との相性が抜群だ。茨城県の名を冠したワインにふさわしく、茨城食材とのペアリングをしっかりと楽しめる。

「あんこうは濃厚で磯の香りが強いため、白ワインだと風味が負けてしまうことがあります。その点、冷やしたロゼはあんこうの旨味を引き立ててくれて、磯の香りと優しく溶け合いますよ。ぜひお試しいただきたいペアリングです」。

▶︎『瑞龍(ずいりゅう)』シリーズ

自社畑で栽培したぶどうのみを使用した「瑞龍」シリーズは、品種ごとに仕込んでいる。生産量は各500本程度と少数で、県内の飲食店やホテル、ワイナリー直売限定だ。

シリーズ名の「瑞龍」は、ワイナリーがあるエリアの地名と、近くにある徳川家ゆかりの「瑞龍山」に由来する。「瑞穂の国に宿る美しい龍」というイメージで名付けた。

こだわりの瑞龍シリーズの中から、2銘柄を紹介しよう。まず、武龍ワイナリーで最も勢いのあるのが、「瑞龍 ソービニヨンブラン」だ。柑橘系の爽やかさとハーブの香りが際立つ。

続いて「瑞龍 ピノノワール」は、2023年に水戸で開催された「G7内務大臣会合」で供された銘柄で、武龍ワイナリーを代表する1本である。

「ピノ・ノワールは管理が大変なため、一度は栽培をやめようと思っていました。しかし、G7内務大臣会合で提供した際に、フランスの議員団から『美味しいピノ・ノワールだった」と絶賛していただいたと聞き、やめるにやめられなくなってしまったという経緯があります」と、山口さんは苦笑する。

「瑞龍 ピノ・ノワール」は、茨城の食に寄り添う、淡く優しい風味が持ち味の赤ワインだ。特に、茨城の「マガモ料理」とのペアリングは絶品である。

「茨城でピノ・ノワールを造っているワイナリーはほとんどないため、今後も頑張って造り続けていきたいですね。茨城ならではの味わいを表現できたら嬉しいです」。

▶︎トップキュヴェ「紫艶(しえん)」

単一品種の銘柄がラインナップの大部分を占める武龍ワイナリーだが、トップキュヴェの「紫艶(しえん)」はカベルネ・ソーヴィニヨンとメルローのブレンドワインだ。

「カベルネ・ソーヴィニヨンの豊かな香りと、ボルドーブレンドならではのコクや深みが特徴です。根底には茨城らしい優しさがありつつ、ブレンドで力強さと香りの相乗効果が生まれました。ブレンドの面白さと可能性を再確認させてくれた、思い入れの深い銘柄です」。

「紫艶」というネーミングは、昔からずっと心にあたためていた響きだったという。

「ワインを造るなら、絶対にこの名前を使いたいと決めていて、妻にも『いい名前だね』と言ってもらえました。調べてみたところ、商標登録もされておらず、誰も使っていない名前だったので運命だと思いましたね」。

エチケットのデザインにも、「紫艶」の名にふさわしく上質で艶やかなこだわりが詰め込まれているので注目いただきたい。

「『紫艶』にペアリングしたい食材は、茨城が誇る上質なブランド肉ですね。常陸牛や茨城の銘柄豚と合わせてみてください。上質な脂の甘みと、ワインの深みが完璧にマッチします」。

「紫艶」はすでに、県内の名だたるガストロノミーやレストランで採用されている実績を持つ。皿の上の料理をどう輝かせるかという視点にこだわって造った点が評価されているのだろう。

『まとめ』

常陸太田市を含む茨城県北地域には、龍にまつわる伝説が多く残っている。龍は単なる空想の産物ではなく、地域のアイデンティティそのものだという。龍の物語が息づく地域を、新しい物語で元気にしたいと考えている山口さん。「武龍ワイナリー」という名前にも、その想いが込められているそうだ。

長く続くビジネスモデルとしてのワイナリー経営を考えており、茨城ワインのこれからを支えていきたいという言葉には、次世代への責任も感じられる。

「私の代でワイナリーを完成させようとは思っていません。テロワールを表現するには、数十年以上の時間が必要でしょう。私が今やるべきことは、常陸太田市にワイン文化を根付かせるための基礎を造ることです。県内全域で愛されて消費される、地産地消のモデルを確立していきたいですね」。

まずは地元の人たちに、胸を張って「これが茨城の味だ」と言ってもらえるワインを造り、その次のステージとしては全国展開を目指す。常陸太田市から新しい伝説の龍を舞い上がらせたいと話す山口さんの眼差しは、100年後のぶどう畑の景色を見据えているかのようだ。

武龍ワイナリーが提示するのは、歴史ある酒卸が農業の最前線に飛び込んだことで見えてきた、新しい地方創生の形である。茨城県を訪れる際には、ぜひ武龍ワイナリーにも足を運び、造り手の思いが込められたワインを味わってみてはいかがだろうか。

基本情報

名称武龍ワイナリー
所在地〒313-0003
茨城県常陸太田市瑞竜町1351-2
アクセスhttps://maps.app.goo.gl/CXjfxxgY6iCfJfPf7
HPhttps://buryuwinery.com/

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