皆様、こんにちは。歴史ある老舗ワイナリーから新進気鋭のワイナリーまで、個性豊かな造り手が集まる山陰地方。鳥取県鳥取市にある「兎ッ兎(とっと)ワイナリー」にて栽培醸造を担う野口涼さんは、山陰の造り手たちが顔を合わせ、ワイン造りについて意見を交わし合う場として「山陰テロワールムーブメント」を企画・運営しています。
今回は「山陰テロワールムーブメント」発足の背景と、第3回「山陰テロワールムーブメント」の内容についてレポートします。
数回にわたり「山陰テロワールムーブメント」を開催する中で、山陰のワイン業界に確かな「変化」を感じていると力強く語った野口さん。
「近隣のワイナリー同士がリスペクトし合える関係になってきたことが一番大きな変化だと思います。地域の造り手へのリスペクトは、地域全体を盛り上げるという姿勢になり、地域の魅力を押し上げる原動力になると信じています」。
世代を超えた活発な意見交換を実現するために野口さんが工夫した点など、日本ワイン業界がさらに飛躍するためのヒント溢れるレポートです。ぜひ、最後までお読みください。
▶︎「山陰テロワールムーブメント」発足まで
兎ッ兎ワイナリーでは、2023年頃からぶどう栽培・育種家の梅垣誠氏を講師に招き、栽培技術向上を目的とした勉強会「梅垣塾」を開催していた。野口さんは、研修会の企画・担当をしながら、「地域を巻き込んでもっと大規模な学びの場を作りたい」という思いが湧き上がったという。
「研修会の参加者からも『ワイナリー同士がもっと腹を割って語り合える機会がほしい』という声が上がるようになり、より発展的に話し合う場を用意しなければと思い立ったのです」。
自身の希望と地域のワイナリーのニーズが重なったことを実感した野口さんは、2025年2月に「ワイン用ブドウ栽培の勉強を軸とした研修会」となる「山陰テロワールムーブメント」を開催した。
「以前『日本ブドウ・ワイン学会』に参加した際、私と同年代の方たちが熱心に議論し、刺激し合っている様子を見て感銘を受けました。これまでの販売会や試飲会では、世代に関わらず発言することが難しい雰囲気も感じていたため、『山陰テロワールムーブメント』は世代を超えて意見交換し、刺激し合える場づくりを目指しました」。

2026年2月に開催した「第3回 山陰テロワールムーブメント」では、山陰のみならず広島や京都からの参加もあり、合計25名が集まった。
鳥取からは「北条ワイン醸造所」と「TOTTORI星乃丘ワイナリー」「sugimoto vineyard」「田中ぶどう園」、島根からは「島根ワイナリー」「奥出雲葡萄園」「まちの葡萄園」、さらに広島の「広島三次ワイナリー」「山野峡大田ワイナリー」「諸田ワイナリー」、京都からは「梅垣ぶどう園」が参加した。
とりわけ、参加者は若い世代から経験豊富な世代までバランスよく集まったことに大きな意義があったと野口さんは振り返る。
▶︎「第3回 山陰テロワールムーブメント」①圃場見学

第3回「山陰テロワールムーブメント」は、兎ッ兎ワイナリーから車で30分ほど、鳥取県八頭町にある「田中ぶどう園」の見学からスタートした。
「田中ぶどう園の畑は、園主の田中さんと私が管理しています。防除などの全体管理は田中さん、私は枝の管理を担当しています。見学会では、ここ数年実施している仕立て方を振り返り、品種ごとの特性を解説しながら畑を歩きました」。
山陰で広く栽培される「小公子」や近年注目を集める「アルバリーニョ」のエリアは、足を止める時間が長かった。「この枝はどうなっているのか」「この傷は将来的にどう影響するのか」など、圃場を直接見ることで気づく質問が飛び交った。
自身が管理する畑を他の生産者に見られることに対し、「少しこそばゆい気持ちもありました」と野口さんははにかむ。現場を知る者ならではの質問に「なぜその管理方法を選んだか」という理由を説明することで、自身の学びの定着にも繋がったそうだ。
「山陰テロワールムーブメント」の参加者は、経験豊富なベテランから未経験者まで幅広い。そこで野口さんは、経験値に関わらず全ての参加者が公平に意見交換できることを意識し、事前に予備知識を提供するなどの工夫を施した。
「事前に『企業秘密は無理に公表しなくていいです』とお伝えしてはいたのですが、皆さん詳細に話してくださり、それぞれの管理方法に対する『理由』を共有できたことは深い学びになりましたね」。
▶︎「第3回 山陰テロワールムーブメント」②講演会
「第3回 山陰テロワールムーブメント」では、独立行政法人酒類総合研究所の小山和哉氏を招き、講演会が実施された。以前小山先生の講習に参加した野口さんは、日本のテロワール分析に関する先生の話に感銘を受け、山陰の生産者にも知ってもらいたいと小山先生に直接オファーしたのだ。
小山先生からは、栽培が醸造に与える影響、とりわけ「特徴香」についての講義がおこなわれた。酢酸菌の影響で発生する香りのサンプルを全員で嗅ぎ確認する時間もあり、感覚的に捉えていた内容を科学的知見から裏付けする学びとなった。

▶︎「第3回 山陰テロワールムーブメント」③グループディスカッション
参加者から「ディスカッションの時間がもっと必要だ」という声が出るほど盛り上がったのが、講演会の後におこなわれたグループワークだ。
今回のグループワークのテーマは「各園の悩みを共有し、解決策を導き出す」というもの。各自がぶどう栽培・ワイン醸造で抱える悩みについてワークシートに書き出し、4つの班に分かれてグループで共有。グループごとに対策を話し合い、解決策を導き出した。
議論の中心となったのは「気候変動・温暖化対策」であった。
「水やりのタイミングや、草をあえて残すことで地温の上昇を抑える工夫、さらには思い切った品種選定の変更まで、それぞれの経験を共有し合いました。参加者たちは『自分の園ならどうするか』を考える上でのヒントを複数持ち帰ることができたと思います」。
中でも野口さんが興味深いと感じたことは、「やらなくなったこと」の共有だったという。房周りの葉を取り除く「除葉」は、かつては「着色向上を目的とした、ぶどう栽培での主な技術」とされていた。しかし最近は直射日光で果実が焼けるのを防ぐため「あえて葉を残す」ことを実践するワイナリーが増えていることが分かったという。
▶︎若手がリードする場を提供することの重要性
ディスカッションを実施する上で野口さんがこだわったのが「メンバーのグループ分け」だ。
「ディスカッションの進行役にはあえて若手を指名し、経験の浅い人と深い人をバランスよくグループに配置するよう工夫しました。若手が発言しやすい環境を整え、ベテランがサポートできる体制を意識したのです」。

ワイナリーという組織の中にいると、栽培・醸造の担当別での稼働が中心になりがちだ。そこで「山陰テロワールムーブメント」では、さまざまな立場の人たちが同じテーブルで活発に意見を交わすことを重視したという野口さん。
「新たな知識を得ることはもちろんですが、自分たちがやってきたことを言語化することで、自身の振り返りと知識定着に繋がると考えています。よいワインを造るためには、『様々な業務を担当する人たちが一緒に語り合う』場が必要です。今後はより踏み込んだテーマを設定して、参加者の発言をさらに引き出せる企画にしたいと思います」。
▶︎ワイナリー同士が「競争」から「リスペクト」し合う関係へ
第3回「山陰テロワールムーブメント」では、勉強会が終わった後に情報交換会を実施した。ピザ専門店に会場を移して、食事と共に各社のワインを酌み交わした。
数回にわたる「山陰テロワールムーブメント」開催を経て、野口さんは山陰のワイン業界に確かな「変化」を感じているという。
「ワイナリー同士がリスペクトし合える関係になってきたことが一番大きな変化だと感じています。悩みを打ち明け、互いに高め合う関係性が構築されはじめています」。
ワイナリー同士がお互いに敬意を払い協力し合う関係は、山陰全体の技術向上にも直結するだろう。各ワイナリーの品質が向上するだけでなく、産地として底上げされることは、消費者の信頼を勝ち取ることに直結する。
「『山陰テロワールムーブメント』の場で話し合われた手法が、成功か否かという答えは1年後にならないと分りません。だからこそ、継続開催することに意味があると考えています」。
成功体験だけでなく失敗も共有できる場であることが、「山陰テロワールムーブメント」の真の価値なのかもしれない。

▶︎まとめ
参加者全員に確かな手応えを残している「山陰テロワールムーブメント」。野口さんは継続していくことに重圧と責任を感じながらも、ワイナリーが少ない地域の造り手だからこそ、悩みを相談し合える場を作ることが必要だと繰り返す。
「自分たちのやり方が正解かどうかはまだ分かりません。しかし、地域の造り手へのリスペクトは、地域全体を盛り上げるという姿勢になり、地域の魅力を押し上げる原動力になると信じています」。
消費者に訴求していく上でも、地域の造り手同士の連携は欠かせない。
「自社を訪れてくれたお客様に、近隣ワイナリーの魅力も紹介し、足を運んでもらうきっかけを提供する関係性ができたら素敵ですね。各ワイナリーの姿勢が地域全体の魅力となり、最終的に『選ばれる産地』になることに繋がるはずです」。
今後も定期開催する「山陰テロワールムーブメント」は、山陰地域以外のワイナリーの参加も可能とのこと。興味がある方は、ぜひ最新情報をチェックしてほしい。
ワイナリー同士が「競争」する関係から「リスペクト」し合う関係に変化することで、地域全体が活性化し、日本ワイン産業が成長していく。
これからも「山陰テロワールムーブメント」の活動を応援していきたい。

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