『Hinoe Winery』宇都宮で造る、里山と食卓をつなぐワイン

今回紹介する「Hinoe Winery(ヒノエワイナリー)」は、栃木県宇都宮市で初のワイナリーである。代表を務める吉村潔さんは宇都宮市出身。地元でワイン造りをするため、2009年に妻の慎子さんと共に就農した。そして2023年に、念願のワイナリーを完成させたのだ。

Hinoe Wineryがある宇都宮市新里町(にっさとまち)地区は、山々に囲まれたのどかな土地だ。宇都宮の風土を素直に表現したぶどうは、みずみずしくまろやかな味わいのワインになる。

ぶどう栽培の他、「原木椎茸」作りもおこなっている吉村さんには、里山で採れた食材と合うワインを造りたいという思いがある。里山とワインという組み合わせに魅力を見出しており、ワインを活用した新里町の活性化対策にも意欲的なのだ。

Hinoe Wineryのぶどう栽培やワイン醸造、今後の展望について詳しくお話いただいたので紹介していこう。

『Hinoe Winery これまでの道のり』

就農前は、IT業界の営業職として東京で働いていた吉村さん。2009年に退職して、故郷の宇都宮でワイン造りをしようと決意した。宇都宮で暮らす両親の支えになるなら、近くにいる方が都合がよいと考えたのだ。将来性のある仕事とは何かを検討した末に、就農することを決めたという。地元・宇都宮で農業をしながら楽しく過ごしたいという思いがあったそうだ。

だが、宇都宮での農地探しは想定していたよりも難しかった。まずは、Hinoe Wineryがぶどう栽培をスタートさせるまでのストーリーを振り返ってみよう。

▶︎未経験から農業の道へ

なぜワイン造りを始めようと思ったのかを尋ねると、「ワインを飲むのが好きだから」という、ストレートな答えが返ってきた。ヨーロッパのぶどう畑の景色に憧れて、宇都宮にもその風景を作りたいと思ったのが、ワイン造りの道に進むきっかけだったそうだ。

2009年に東京の会社を退職したものの、故郷に戻った吉村さんを悩ませたのは畑探しだった。もともとぶどうの産地ではない土地で「借地に樹を植える」ことは、予想以上にハードルが高いことだったのだ。

「いきなりぶどう栽培を始めることは難しいと判断して、まずは野菜と原木椎茸栽培から着手することにしました。地域の方に私たちの取り組みを知ってもらい、将来的にぶどう栽培を目指すという方向に舵を切ったのです」。

長い時間をかけて地元の方と信頼関係を築き、ようやくぶどう畑を借りることができたのは2015年になってからのことだった。

「取り組みをメディアに取り上げていただいたことなどがきっかけで、次第に、畑を使ってもよいという方から声をかけていただけるようになりました。徐々に畑を広げて、現在は1.5haでぶどうを栽培しています」。

▶︎ワインと原木椎茸の共通点

宇都宮では、さまざまな野菜・果物が栽培されている。しかし、生食用のぶどう農家は数件ある程度。ワイン原料用のぶどう栽培に至っては、実績が全くない土地だった。宇都宮で一番手のワイナリーだったため大変な道のりだったが、夢を諦めることなく気長にやってきたと話す吉村さん。

「2012年には東日本大震災の影響で原木椎茸が出荷停止になってしまったり、ぶどう畑がやっと借りられたと思ったら、ぶどうの苗不足でなかなか手に入らなかったりと、大変なことも多かったです。しかし、妻とふたりで前向きに、慌てず進んできました」。

就農時から続けている「原木椎茸」栽培は、山林から切り出した原木に菌を植え付けて寝かせ、椎茸の発生を待つ。現在も木こりとして活動している吉村さんは、自ら山に入って木を切るのだという。原木椎茸栽培とワイン造りに並行して取り組む中で気づいた、両者の共通点があるそうだ。

「原木椎茸作りでは、木の中の菌が今どのような状態だろうと想像しながら育てます。また、ワインを造る時には香りと味わいで酵母の状態を想像しながら管理します。目に見えない微生物の活動を想像するという点が神秘的で、どちらも面白いですよ」。

『Hinoe Wineryのぶどう栽培』

Hinoe Wineryの畑は、標高200mほど。ワイナリーから車で5分ほどの距離に点在している。畑は緩やかな斜面で、周囲には田んぼが広がる。

実は、宇都宮市は雷の通り道となっており、「雷都(らいと)」という呼び名がある。春から夏にかけて激しい雷雨が頻繁に発生するのだ。ひと昔前までは雷が過ぎ去った後は気温が下がって涼しくなっていたそうだが、現在はあまり下がらず、夏には熱帯夜になることも多い。

宇都宮らしいぶどうを育てることを心がけているというHinoe Wineryの、自社畑の様子を深堀りしていこう。

▶︎Hinoe Wineryの畑と気候

山々に囲まれた地形の宇都宮市は、寒暖差が激しい内陸性気候だ。厳しい暑さは10月頃まで続くため、収穫作業も汗をかきながらおこなう。

「雷の通り道なので、夏は夕方になると毎日のように雷が鳴ります。最近は雷雨の後も気温が下がらないので蒸し暑いですね」。

雷だけでなく、生育期の雨も多いため、栽培管理においては傘かけが欠かせない。

「ぶどうには雨が大敵なので、雨対策は念入りにおこなっています。畑は全て垣根栽培で、ビニール製の雨除けを設置しています。さらに、それぞれの房にも個別に傘かけして、二重の対策をしているのです」。

Hinoe Wineryで栽培している品種は以下の通りだ。

  • メルロー
  • シャルドネ
  • ピノ・ノワール
  • カベルネ・ソーヴィニヨン
  • ヤマ・ソーヴィニヨン

雨に弱いヴィティス・ヴィニフェラ種に雨対策が欠かせない中、ヤマブドウ系交配品種は栽培しやすさが際立つ。そのため、ヴィティス・ヴィニフェラ種にそこまでこだわる必要はないかもしれないと思うようになったそうだ。

「この土地の気候で自然に育ちやすいぶどうの方が、宇都宮らしさを表現できるのかもしれません。今後はヨーロッパ系品種にこだわりすぎず、ヤマブドウ系交配品種も増やしていこうと考えています」。

▶︎ぶどうにあらわれる宇都宮らしさ

宇都宮で育つメルローなどの赤ワイン用品種は、色合いが明るいのが特徴だ。

「メルローというと、しっかりとした色付きとタンニンが強い味わいをイメージされると思いますが、宇都宮で育てるととても軽やかな色合いになりますね。宇都宮のメルローの特徴を『面白い』と言ってもらえることも多いですよ。宇都宮らしさを楽しんでもらえるのは大事なことだと思っています」。

Hinoe Wineryでは、健康なぶどうを育てるために、適正な分量の農薬を使用している。無理をして無農薬にこだわることはないそうだ。

「無理して薬を使わずにぶどうを育てるより、病気にならないようにぶどうを育てるほうがワインを造る上でよいことだと考えています」。

自社畑は、もともとサツマイモや植木用の植物が植えられていた場所を使用している。植木用の植物は出荷時に根ごと引き抜くため、土が痩せていてぶどう栽培に最適な環境なのだ。

耕作放棄地となっていた荒れ地を開墾・整備してぶどうを育てているHinoe Winery。自社畑では除草剤を一切使わず、あえて雑草をそのままにする「草生栽培」を採用している。

「夏場は1日中、妻とふたりで草刈りばかりしてる感じですね。振り返ったらまた生えているような気がするほどです」と、吉村さんは苦笑する。

草生栽培は植物の根や刈った草が土壌を豊かにし、夏場の強い日差しから土を守る効果も期待できる。薬の力と自然の力をバランスよく使い、病気になりにくい健全なぶどうを育てているのだ。

『Hinoe Wineryのワイン醸造』

続いては、Hinoe Wineryのワイン造りにフォーカスしたい。自社の醸造施設が2023年に完成し、自社醸造をスタートさせたところだ。

柔らかな色付きが特徴の宇都宮のぶどうは、どんなワインに生まれ変わるのか。Hinoe Wineryがワイン造りにおいてこだわっている点と、ワインの特徴について見ていこう。おすすめワインとのペアリングも紹介いただいたので、あわせて紹介する。

▶︎念願のワイナリーが完成

2022年ヴィンテージまでは委託醸造でワイン造りをしていたHinoe Winery。ぶどう栽培を始めた当初からの夢だった自社醸造施設は、2023年に完成した。

「50歳になるまでにはワイナリーを作ろうと妻と話していたのです。実際には46歳で着工できたので、ほっとしましたね」。

ワイナリーを設立したのは、各業界が新型コロナウイルス感染拡大による打撃を受けていた時のこと。新型コロナウイルスの影響で椎茸が売れなくなって困っていた時期に、事業再生補助金を受けられることを知った。そこで、事業を立て直すべく、ワイナリー設立を決意したのだ。

Hinoe Wineryはピンチをチャンスに変え、新たなスタートを切った。ワイナリーを作る場所にはあまりこだわりがなかったが、毎日作業する場所なので見晴らしがよいところを選んだそうだ。

自社醸造を開始して、よりこだわったワインを造れるようになったため、全てのワインを無濾過・無清澄で醸造している。

「自然な造りを取り入れた事で、ワイナリーがある里山の荒々しさと旨味が残せたのではないかと思っています。ぜひ味わっていただきたいですね」。

▶︎おすすめワインの紹介

Hinoe Wineryのラインナップから、おすすめワインを挙げていただいた。まずは、「Hinoe merlot(ヒノエ メルロー)」だ。一番長く栽培しているメルローは、やはり思い入れがある品種だという。

「明るい色味と軽やかな味わいで、赤ワインですがロゼに近い印象です。他の産地の濃いメルローと比べられてしまうことがありますが、宇都宮で育ったぶどうで造ったワインなので、全く別物だと思って飲んでいただけたら嬉しいですね。華やかな花のような香りがする優しいワインです。軽めの味わいなので、冷やして飲んでも美味しいですよ」。

口当たりが軽く飲みやすい「Hinoe merlot」は、デイリーワインとして楽しみたい。一番合わせてほしい料理はキノコのマリネだ。赤ワインというと肉料理に合わせるのが定番だが、「Hinoe merlot」は、酢を使った料理に合わせるとお互いのよさを引き立て合う。

料理上手な妻の慎子さんは薬膳に関する資格を保有しており、薬膳の考え方にある「身土不二(しんどふじ)」のように、土地の食べ物に合わせて味わって欲しいと考えているそうだ。栃木の食材に合わせて味わってみたい。

また、「Hinoe chardonnay(ヒノエ シャルドネ)」も自慢の銘柄だ。ほどよい酸味が特徴で、柔らかいイメージに仕上がった。

「宇都宮で育ったシャルドネの味わいをそのまま出すために、ステンレスタンクで造っています。バナナや柑橘系の香りが特徴で、栃木産マスのマリネやチーズによく合うワインです」。

▶︎里山と食卓をつなぐワイン

Hinoe Wineryのワインには「里山と食卓をつなぐ」というテーマあるため、ワイナリーのロゴには木の年輪をデザインした。

「ワイン造りを始めた頃から、ぶどう畑がある新里町の里山の風景を食卓に届けたいという思いがあります。妻のアイディアで、原木椎茸に使う木の断面をロゴデザインに採用して、私たちの思いを表現しました」。

ロゴの年輪は、よく見ると小さな文字で描かれている。デザイナーからの提案で、自分たちのこれまでの歩みを英字で表記したのだ。1年に1つずつ増える年輪にちなんで、就農した2009年からこれまでの出来事を記している。

だが実は、当初のエチケットデザインには、税務署からの指導が入ったという経緯がある。食品表示基準の法令に準拠するため、一部修正が必要だったのだ。

「年輪としてデザインした文字の表記に『2018年にメルローとシャルドネを植えた』といった内容があったのですが、エチケットとしてワインボトルに添付する場合には、ワインに使われているぶどう以外の品種や収穫年の記載はできないということでした」。

指摘を受けた箇所はドット表示にし、年輪のデザインはそのまま残すことにした。Hinoe Wineryのワインボトルを手に取った際には、こだわりのエチケットを確認してみたい。

『Hinoe Winery 今後の展望と目標』

最後に、Hinoe Wineryの今後の取り組みや、目指す未来について紹介していこう。

ワイン造りだけでなく、里山の保全活動にも積極的なHinoe Winery。これからも、地域の魅力をもっと引き出すために活動していきたいと考えているそうだ。

▶︎新里町をさらに魅力あふれる場所へ

今後の目標は、まず設備投資などをしてワイナリーとしてのクオリティをあげていくことだ。さらに、自社の利益を追求するだけでなく、新里町の未来についても考えている。

「山間部にある新里町を、魅力ある楽しい場所にしたいですね。実現するためには、まず私たちがワイナリーを成功させることが近道だと思います。『Hinoe Wineryのようになりたい』と思ってもらえる存在になることが目標です。ワイナリーにお客様が集まるようになれば、周囲に他の飲食店などもできるでしょう」。

新里町に魅力を感じた人たちと協力して地元を盛り上げ、新里町が活気づくことを強く願うHinoe Winery。取り組みの一環として、干し椎茸を使った加工品も製造している。ワインだけでなく、ワインに合うおつまみを作ることで、里山と食卓をつないでいく考えだ。

「椎茸をワインと合わせておしゃれに食べていただけるように、椎茸メインのパテを造りました。バゲットに乗せたり、パスタとあえたりして食べるのがおすすめです」。

時代の変遷とともに干し椎茸の需要が減ってきており、使い方が分からないという人もいるそうだ。そこで、干し椎茸が身近な食べ物だということを知ってほしいと、ワインと合わせて食べられる加工品を提案。パテは全部で3種類あるので、公式オンラインショップでチェックしてみてほしい。

▶︎毎月ワイン会を開催

Hinoe Wineryは、宇都宮市内のレストランで月に1回ワイン会を実施している。ワイナリーが山に囲まれた場所にあるため、街中のレストランでおこなうワイン会は、地元の人にワインを知ってもらいたいと考えて始めた施策だ。

吉村さん夫妻が自ら足を運ぶワイン会では、お客様の生の声を聞けるため、毎回とても豊かな時間を過ごしているという。

「宇都宮にあるフランス料理店『RESTAURANT chihiro』が監修した『DELICATESSEN chihiro』というデリカショップで、2025年3月から毎月1回ワイン会をおこなっています。『DELICATESSEN chihiro』では、ワイン会以外の日もHinoe Wineryのワインを飲むことができるので、ぜひ足を運んで、お気に入りの銘柄を見つけてください」。

リリース済みのワインは、公式サイトや酒販店のオンラインショップ、地元の酒販店でも販売しており、公式サイト内で取扱先をチェックできる。また、最新イベント情報などは公式SNSで発信しているので確認したい。

『まとめ』

Hinoe Wineryのワインは、食事と一緒に味わってほしいと話してくれた吉村さん。

「私自身、ワインを飲むときにはどんな食べ物と合わせるか、どんなシチュエーションで飲むかを考えます。特別な日の食卓はもちろん、毎日の食事にも寄り添えるようなワイン造りができたらよいなと思っています」。

気軽に楽しんでもらうため、なるべく手に取りやすい価格に設定しているというHinoe Wineryのワイン。まず気になるワインを1本選び、どんな料理を合わせようかと悩む時間もまるごと楽しみたい。

宇都宮市初のワイナリーとして地域を盛り上げ、里山と食卓を繋ぐ存在になることを目指すHinoe Wineryの奮闘は、これからも続いていく。今後の活躍と新里町の発展を、引き続き楽しみにしたい。

基本情報

名称Hinoe Winery
所在地〒321-2118
栃木県宇都宮市新里町丙1195-1
アクセス宇都宮ICより車で5分 宇都宮駅より車で30分
HPhttps://www.hinoewinery.com/

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