『Matthew’s Wine(マシューズワイン)』館山の食文化に寄り添うワインを醸す

今回紹介するのは、千葉県館山市にある『Matthew’s Wine(マシューズワイン)』。海の街である館山は、房総半島の太平洋に面する地域の「外房(そとぼう)」と、東京湾に面する「内房(うちぼう)」の両方を擁する。サーフィンやダイビングなどのマリン・アクティビティのメッカでありながら、少し内陸に入れば豊かな里山の風景が広がっている土地だ。

Matthew’s Wineの自社醸造所も海からほど近く、隣接している圃場からは、海まで徒歩10分ほど。そんな魅力あふれる館山の地でワイン造りをおこなっているのは、Matthew’s Wineの代表取締役を務める齋藤玄さんである。

海外生活が長く、さまざまな国と地域でワインの魅力に触れてきた齋藤さんが、館山でワイン造りをすることを決めたきっかけや理由とは何だったのか。Matthew’s Wineが生まれた背景と、造り手のこだわりを詳しく紹介していこう。

『Matthew’s Wineの設立まで』

まずは、Matthew’s Wine設立までの経緯と、齋藤さんがワイン造りを志したきっかけを振り返ってみたい。


大手飲料メーカーに勤務していた齋藤さん。数十年にわたる海外赴任生活を送り、赴任先でワイン造りに出会って魅了されたという。特に、オーストラリア・アデレード近郊のワイナリーでの経験が、齋藤さんの心にずっと残っていた。

▶︎海外生活で出会ったワイン造り

「海外に行く前からワインは好きでしたが、ワイナリーに赴任した経験を経て、ワイン造りへの興味がいっそう強くなりました。いつか自分でワインを造ってみたいと思うようになりましたね」。

その後、オーストラリアからは離れ、別の国で飲料会社の経営などに携わることになった。しかし、オーストラリアでワインに触れた経験は色褪せなかったという。

そこで、2019年に一念発起して日本に帰国し、ぶどう栽培とワイン造りのために行動を始めたのだ。帰国後はワインに関する勉強漬けの日々を送った。

「ワイナリーに関わる仕事をした経験はあったものの、栽培・醸造に関する専門知識はなかったので、長野県東御市の『千曲川ワインアカデミー』の5期生として学びました。また、同じく東御市にある『ヴィラデスト ガーデンファーム アンド ワイナリー』で経験を積んだり、勝沼や東京の知り合いのワイナリーで仕事をさせてもらったりしましたね。さらに、アデレードのワイナリーにいる知り合いに頼んで、オーストラリアでも仕込みを経験しました」。

ワインの勉強を始めて1年が経過した頃に、ぶどう栽培とワイン造りについて具体的に考え始めた齋藤さん。候補地として思いついたのは、千葉県館山市だった。館山には曽祖父が保有していた古い家があり、齋藤さんが住んでいる東京からも通える距離である。好条件が色々と重なったことに後押しされ、館山を拠点にスタートすることを決めたのだ。

▶︎館山の気候と、自社畑の特徴

Matthew’s Wineがぶどう栽培をおこなっている館山とは、どんな土壌・気候の土地なのだろうか。自社畑の特徴と周辺の気候を確認しておきたい。

「館山は海洋性気候で、1年を通して温暖な土地です。夏は比較的涼しく冬は温暖で、降水量は全国平均と同じ程度ですね」。

農産物としては花卉(かき)栽培が盛んな土地だ。砂地の畑も多いのが特徴で、水はけがよい土質はぶどう栽培に向いていると考えた。また、海が近いことから、潮の風味が感じられるワインが造れるのではという期待もあった。

最初にぶどうを植栽したのは0.5aほどの区画で、品種はアルバリーニョとトレッビアーノ、甲州だ。白ワイン用品種を合計100本ほど植え付けた。その後、近隣に新たに80aの土地が見つかり、ピノ・グリとシャルドネ、シュナン・ブランの栽培も開始した。いずれも風通しがよく、最高気温と最低気温の差である「日較差(にちかくさ)」が期待できる土地である。

Matthew’s Wineの自社畑で栽培しているのは白ワイン用品種がほとんどだが、唯一の赤ワイン用品種として、新しい畑には齋藤さんが個人的に愛するシラーを植えたそうだ。

「館山でワインを造ろうと決めた時から、気候風土が生かせる白ワインをメインにしようと考えていました。温暖な土地なので、糖度が上がるのも酸が落ちるのも早いのです。また、新鮮な海産物や地元産の野菜とマッチするのは、やはり白ワインだと考えました」。

齋藤さんがイメージしたのは、ポルトガルのヴィーニョ・ヴェルデやフランスのミュスカデといったフレッシュな白ワインだという。海のニュアンスが感じられる「フレッシュ&フルーティ」なワインなら、海の街・館山の食文化にぴったりである。

『Matthew’s Wineのぶどう栽培』

Matthew’s Wineの自社畑は館山市の2か所にある。「日向(ひゅうが)圃場」と、耕作放棄地だった場所に作った「頼朝(よりとも)圃場」だ。ワイナリーは頼朝圃場に隣接している。

それぞれの畑の特徴と、ぶどう栽培の様子を見ていこう。

▶︎強い西風が吹く「日向圃場」

まずは、齋藤さんの父の名前にちなんで名付けられた「日向圃場」から紹介したい。実は、大正時代に日向圃場のすぐ隣がぶどう園だったことがわかっているそうだ。齋藤さんが幼い頃にも果樹が栽培されていたことを記憶しているため、果樹栽培に向いていると考えた。

「表土は黒ボク土まじりの火成岩で、水はけは良好です。館山は激しい海底隆起を繰り返してきた土地で、地中には堆積岩土壌が積み重なっています。その上に火山性の黒ボク土が重なっているのです」。

日向圃場はとにかく風が強い土地だ。そもそも館山は、地形の影響で西からの風が強い傾向がある。

「地元では、相模湾から館山に吹く西風を『大西(オオニシ)』と呼びます。特に冬場は立っていられないくらいの強風が吹きますね。冬場に育つミカンやレモンなどには、風による被害が出ることもあります」。

冬はぶどうの休眠期に当たるため、強風が生育に影響を及ぼすことはないが、枝が折れてしまう被害は避けられない。そのため、日向圃場では風が通り抜けるように垣根の向きを工夫している。しかし、風の影響で垣根がやや東側に傾いた状態になっているそうだ。

また、冬ほどではないものの、夏ももちろん風が強い。しかし、夏場に吹き付ける海風はメリットが大きく、湿気を吹き飛ばして気温を下げて害虫も吹き飛ばしてくれる。

「海の塩の影響で作物に水分ストレスがかかるため、糖度を上げる効果も期待できます。さまざまな面において、畑が海の近くにあるメリットを感じる圃場ですよ」。

▶︎源頼朝ゆかりの土地に造成した「頼朝圃場」

続いて、もうひとつの自社畑である「頼朝圃場」を見ていこう。源頼朝にゆかりのある土地だったことから名付けられた圃場で、もともと水田だった土地だ。

「房総半島は、戦に敗れた源頼朝が逃げのびてきた土地です。頼朝圃場がある場所の古い地名にも、頼朝の名前が使われていた記録が残っていました。どうやら頼朝への献上米を作る田んぼだったようですね」。

土壌は粘土質で、耕作放棄地になっていたため窒素分が非常に少なかった。そこで、ぶどうの定植前に大規模な土壌改良をおこなった。

▶︎必要最小限の介入を心がける

Matthew’s Wineがぶどう栽培をする上で最も大切にしているのは、健全で病気にならないぶどうを育てることだ。

「私自身はナチュラルワインも好んで飲みますが、Matthew’s Wineとしてぶどう栽培をする際には、ぶどうを病気にしないことをいちばんに考えています。圃場整備をしっかりとおこない、防除は適切なタイミングで必要最小限の薬剤のみを使用するのがこだわりですね」。

Matthew’s Wineの栽培スタイルを、「必要最小限の介入」という意味を持つ「ミニマル・インターベンション」と表現する齋藤さん。オーストラリアのアデレードで、現地の生産者が使っていた言葉だという。Matthew’s Wineでは、栽培だけでなく醸造においても「ミニマル・インターベンション」を貫いているそうだ。

▶︎「早摘み」で健全なぶどうを確保

館山の温暖な気候下でぶどうを栽培しているため、「早摘み」を心がけているMatthew’s Wine。温暖な地域で育つぶどうはスピーディに成熟するため、収穫を早めにおこなう必要があるのだ。

「早生品種は8月から収穫を開始します。早摘みする理由はいくつかありますが、酸が残った状態のぶどうを仕込みたいという思いが強いですね。また、熟しすぎると玉割れなどが起きて病気にかかりやすくなるため、収穫時期を前倒しにして健全なまま収穫しているのです」。

齋藤さんが好むのは、ぶどう本来の酸と豊かな香りが感じられる白ワインだ。早摘みしたぶどうを使うことで、ぶどうのよさを素直に引き出すことを目指す。

早摘みには他にもメリットがある。館山は台風の影響を受けやすい土地のため、台風が来る前に収穫することは収量の確保につながるのだ。

「台風が直撃すると甚大な被害を受けるため、地元の農家たちは栽培している作物を早めに収穫しています。品種選定と収穫時期の調整のおかげで、台風の被害を避けることができていますよ」。

▶︎館山に合う品種を見極める

館山でのぶどう栽培を数年間経験した齋藤さんは、館山の土地との相性が徐々に見えてきたと話す。手応えを感じているのは、ピノ・グリとシュナン・ブランだ。

特に相性がよいのはピノ・グリで、房の付き方がよいため、今後さらに期待が持てる。もう少し収量が上がったら単独でオレンジワインにしたいと考えているそうだ。

「品種選定だけでなく、栽培方法においても試行錯誤の連続です。現在は垣根栽培でコルドンとギヨーを採用していますが、最終的には管理が楽な短梢剪定のタブルに移行するつもりです」。

館山にはワイン用のぶどうを育てている農家が他にいないため、土地に合う品種や栽培方法は、齋藤さんが自分で見つけ出すしかない。Matthew’s Wineの模索はこれからも続いていく。

『Matthew’s Wineのワイン醸造』

続いてのテーマは、ワイン造りについて。Matthew’s Wineのワインはフレッシュ&フルーティな早飲みタイプだ。手を加えすぎず、ぶどう本来の風味を引き出すことを考えて取り組んでいる。

2023年にはアルバリーニョと甲州が初収穫を迎え、委託醸造でファースト・ヴィンテージを醸造。「Verde Branco(ヴェルデ・ブランコ)」という銘柄の白ワインで、早摘みのアルバリーニョと甲州を使ってフレッシュに仕上げた。

▶︎自社醸造所でのワイン造りをスタート

続く2024年には、自社醸造所が完成したMatthew’s Wine。2025年春には、2024年に収穫して冷凍しておいたぶどうを使ってワインを仕込んだそうだ。

「妻や家族、友人に手伝ってもらって、念願の自社醸造を開始しました。やるべきことが多すぎて追いつかないほどですが、毎日が楽しいですね」。

2024年のぶどうを使って仕込んだのは、ピノ・グリとシュナン・ブラン、シャルドネの混醸ワインだ。ピノ・グリの熟度が非常に高いため、委託醸造で造った白ワインとは異なるスタイルのものにした。

「澱(おり)引きをおこなわず、澱ごと醸す『シュール・リー』製法で、酵母の旨味をしっかりと溶け込ませました。味見をしたときに感じた澱の味が美味しく、とてもよいワインになる予感がしましたね。旨味とフレッシュさが両立した味わいになるでしょう」。

選果を徹底したため、きれいな果汁がとれたことが成功の秘訣だと嬉しそうに話してくれた齋藤さん。家族や知り合いと共に丁寧に選果を実施し、質の高いぶどうからクリーンな果汁を搾汁した。自社醸造所で初めて仕込んだワインの仕上がりが楽しみだ。

▶︎館山と南オーストラリアのぶどうを使う

Matthew’s Wineのセカンドレンジ・シリーズを検討している齋藤さん。自社栽培した品種と、海外から取り寄せたぶどう果汁の混醸ワインを造る予定だ。齋藤さんの思い出の地である南オーストラリアから、シラーとシャルドネを取り寄せようと考えているという。

2025年2月に現地を視察し、知り合いを通じて、地域や畑を指定した品質のよいぶどうを購入することを決めた。使用するのは、オーストラリアの銘醸地であるバロッサ・バレーのぶどうなど。南オーストラリアに縁が深い齋藤さんならではの取り組みだ。

「『南オーストラリア』と『南房総』から連想して、『サザン・グレイス(南の恵み)』という名前がよいのではと考えているところです。エチケットは地元で活動している画家の方の絵を使わせていただく予定なので、リリースを楽しみにしてください」。

サザン・グレイスは、館山や周辺の「道の駅」などで販売できればと考えているそうだ。南房総は『日本でいちばん道の駅が多い場所』なのだという。道の駅にワインが並べば、多くの観光客の目にとまることになるだろう。

「館山産ぶどう100%を使った白ワインは、ソムリエさんがいるような飲食店や施設に置いてもらうことを考えています。一方、オーストラリア産ぶどうを使ったワインは手に取りやすい価格で販売しようと思っているので、ぜひたくさんの人に飲んでいただきたいですね」。

『これからのMatthew’s Wine』

最後に紹介するのは、Matthew’s Wineの未来について。今はまだ栽培と醸造だけで手一杯だと話す齋藤さんだが、将来的に実現したいと考えている構想はすでにたくさんある。

館山でワインを造るワイナリーとして、Matthew’s Wineはどんな未来に向かって歩んでいくのだろうか。これからのMatthew’s Wineについてお話いただいた。

▶︎館山の観光客を増やしたい

「ぜひ館山に足を運んでいただき、館山の地でワインを飲んで欲しいと考えています。私が館山を選んだ理由のひとつが、首都圏からのお客様に来ていただきやすい点です。アクセスしやすい観光地であるというメリットを、しっかりと生かしていきたいですね」。

館山には、質のよい地元の海産物が味わえる飲食店や、ワインが楽しめる宿泊施設が多い。齋藤さんが目指すのは、ただワインを飲んでもらうことではなく、館山に来てくれる人を増やすことなのだ。

館山でワインを楽しんでもらう方法のひとつとして検討しているのが「ワインの量り売り」だ。醸造所の中に用意した販売スペースに量り売りコーナーを設けたいと考えている。

「館山には、サーフィンやゴルフを楽しむ首都圏からの観光客が多いのです。年に何度も館山に滞在する人に、館山産ワインのリピーターになっていただきたいですね。ワインの量り売りはオーストラリアなどでも見られる販売形式です。館山ワインをよりいっそう楽しんでいただけると思いますよ」。

観光とワインで館山全体を盛り上げたいという思いを胸に、齋藤さんはMatthew’s Wineのこれからを作り上げていく。

▶︎Matthew’s Wine 今後の展望

醸造において計画中なのが、一般的な醸造シーズン以外にもタンクを有効活用することだ。南半球にあるオーストラリアで育ったぶどうが、収穫後に日本に届くのは5〜6月頃。一方、日本で栽培したぶどうを使って醸造するのは8月以降になる。時期が重ならないため、うまくいけば醸造設備を効率よく稼働できるだろう。

「将来的には、春はオーストラリアのぶどう、秋は館山のぶどうで醸造することを視野に入れています。その他、ぶどうのワインを造っていない期間に、館山の果実を使った果実酒を醸造するという構想もありますよ」。

ワイン原料として考えているのは、館山名物の「びわ」など。傷がついて生食用としては販売できない果物を原料として使用できれば、農家のロスも少なくなり一石二鳥だ。

「まだアイデアのみの段階ですが」と控えめに微笑むが、優れた行動力でこれまでの道のりを歩んできた齋藤さんなら、近いうちにさまざまな構想を実現させていくことだろう。

『まとめ』

館山のテロワールを生かして、ワイン造りで館山の活性化にも取り組むMatthew’s Wine。地産地消型のワイナリーとして、館山に息づく食文化や生活にマッチしたアイテム作りにこだわっている。

「私の試みに賛同してくれる人が必ずいるはずだと信じて、館山でワインを造っています。素晴らしいロケーションにあるワイナリーですので、館山観光やドライブの行き先のひとつとしてMatthew’s Wineを選んでいただけたら、これ以上嬉しいことはありません」。

数ある館山のアクティビティに「館山ワイン」という新しい選択肢を加えたMatthew’s Wineの今後から、ますます目が離せない。

基本情報

名称Matthew’s Wine
所在地〒294-0057
千葉県館山市川名774番
HPhttps://matthewswine.net/
お問い合わせhttps://matthewswine.net/contact/

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