千葉県八街（やちまた）市にあるワイナリー「Sawa Wines（サワ ワインズ）」。代表の山本博幸さんは、両親から受け継いだ農地を生かすためにぶどう栽培をスタートし、ワイン造りの世界へと足を踏み入れた。
Sawa Winesの自社畑では、マスカット・ベーリーAやシャルドネ、甲州、ピノ・ノワールなどを栽培。当初は委託醸造でワインを造っていたが、2021年に八街市が「ワイン特区」に認定されたことを機に、念願の自社醸造所を設立した。
山本さんが目指すのは、「フレッシュ＆フルーティー」なスタイルのワイン。理想のワインを造るため、ぶどう栽培から醸造まで丁寧に取り組む。自社醸造を始めたことで、自身の世界観をより深く表現することが可能となった。
今回は、2023〜2024年のぶどう栽培とワイン醸造について、山本さんにお話を伺った。Sawa winesが歩んだ2年間の取り組みと、山本さんが込めた思いやリリースしたワインなどについて紹介したい。
『Sawa wines 2023〜2024年のぶどう栽培』
2023年と2024年の八街市の天候は、「よかった点と、難しかった点が半々」だったと振り返る山本さん。
まずは、天候の特徴やぶどう栽培をする上でおこなった工夫などをお話いただいた。品種ごとの育成状況についても聞くことができたので、あわせて見ていこう。
▶︎2023〜2024年の八街市の天候
2023〜2024年の八街市の天候においてよかった点は、ぶどうの生育を邪魔しない気温だったことだ。意外に感じるかもしれないが、実は八街市の夏の気温は、最も高い時でも33℃ほど。近年は、日本列島の北の方でも40℃近くまで気温が上昇したというニュースが珍しくない中、八街市は比較的過ごしやすい気候の土地なのだ。「地形的なものかもしれないですね」と山本さんは言う。
「温暖化の影響を感じることももちろんありますが、他のエリアと比較すると、暑さの面では恵まれた気候条件ですね。夏の日差しで実や葉が焼けることや、台風の直撃もなかったのでありがたかったです」。
だが、山本さんを悩ませた天候上の問題もある。「空梅雨」と「収穫時期の雨」だ。2023年、2024年共に梅雨の時期の降水量が少なかった八街市。ここ最近よく見られる傾向だ。一方、9〜10月の収穫時期になると雨が降り出す。
収穫時期の雨は病気の原因になりやすく、雨が降ると収穫などの作業スケジュールを組み直す必要もあるので非常にやっかいだ。できるだけ健全な状態で収穫するため、前倒しで収穫する予定にしていたSawa wines。しかし、雨が続くと予定が立てにくいため、人手の確保が難しくなってしまう。特に2024年は、秋雨の影響による病気の発生が目立った。
「収穫時期に雨が降ると、病気が一気に広がる傾向にあります。できるだけ早く収穫したいところですが、雨が降っていると作業を進めることが難しくなってしまい、2024年は想定していたより収量が落ち込みました」。
▶︎クラウドファンディングを実施
変化する天候に対応するため、Sawa Winesは2024年冬にクラウドファンディングを実施。雨除けを設置するための設備代を募ったのだ。希望金額には惜しくも届かなかったものの、本格的な雨対策への足がかりを得た。
「雨対策をしっかりとおこなうことで、よりクオリティが高いぶどうが収穫できるでしょう。雨除けの設置には資金と労力がかかるため、これまでは見送らざるを得ない状況でしたが、2024年の収量が減ったことが行動を起こすきっかけになりました」。
八街市は「八街市ワイン特区」として認定されているが、制度を利用するためには市内のぶどうのみをワイン原料に使用する必要があり、他地域から原料を仕入れることができない。地域には生食用ぶどうを生産している農家が数件あるが、ワイン原料として生産しているわけではないため、自社畑の収量を確保することはワイナリーの存続にかかわる問題なのだ。
今後も十分な収量を確保し八街市産のワインを造っていくために、Sawa Winesの取り組みは続いていく。
▶︎品種ごとの育成の様子
Sawa winesが栽培しているぶどうの生育の様子を紹介しよう。まずはピノ・ノワールについて伺った。
「まだ生育中のため商品化には至っていませんが、枝の伸び具合はなかなかのものです。今後どう成長してくれるか楽しみですね。ワインになるのはおそらく2〜3年先だと思います」。
ピノ・ノワールの栽培で最も意識しているのは、栽培管理を徹底して病気を出さないことと、樹を強く育てること。また、樹1本あたりの房数をひとつのみにするという取り組みをおこなっているところだ。
続いては、2024年に待望の単一品種のワインをリリースした甲州について。今後に期待が持てる品種だと感じているという。
「私が求めるクオリティにはまだ届いていないのですが、可能性を一番感じているのが甲州です。近い将来、千葉県独自の特徴を持つ甲州ワインをお届けできるでしょう」。
また、マスカット・ベーリーAも生育がよく、順調に育っている。Sawa winesの自社畑では、マスカット・ベーリーAを垣根栽培と棚栽培の両方で栽培している。いずれも調子がよく、色付きも申し分ない。しかし、イタリアワインに欠かせない赤ワイン用品種のサンジョヴェーゼにはトラブルがあり、満足のいく状態まではあと少しかかりそうだ。
「2023年8月に雹（ひょう）が降った際に、サンジョヴェーゼの区画に直撃したため、葉がぼろぼろになってしまいました。その後は、秋が近づいても色付きが進まない状況で非常に残念でした」。
雹の被害が大きかったため、2023年のサンジョヴェーゼは収穫タイミングまで色付きがまばらなままだった。幸いなことに糖度は十分上がったため、赤ワイン用品種ではあるが、あえて白ワインとして仕込んだという。Sawa winesのサンジョヴェーゼは、2023年がファースト・ヴィンテージだった。
▶︎スピードと丁寧さのバランスを模索
ぶどうの栽培管理をしていると、やるべき作業が次から次へと押し寄せる。剪定や防除をはじめ、圃場の管理には「ここまでやれば十分」という基準は存在しない。そのため、いかに丁寧さとスピードのバランスをとるかが重要になってくる。特に小規模ワイナリーでは、スタッフひとりが担う業務が多くなってしまうこともあるため、いかに作業スピードを上げるかがポイントとなる。
「本来は草を刈るべきタイミングなのに、他の作業に時間を取られてできないといったことはざらにあります。そんな中でも草刈りがおろそかにならないよう、縦方向のみ対応するなどして乗り切っています。効率的に動くことが大切ですね」。
草生栽培をおこなっているSawa winesでは、定期的な草刈りが不可欠だ。効率化を図ることは、草刈りにかける時間を押さえつつ、ぶどう栽培に注力するための折衷案である。
小規模ワイナリーだからこその苦労に立ち向かいながら、山本さんはこれからも「千葉県産ワイン」の可能性を追求していく。
『Sawa wines 2023〜2024年のワイン醸造』
続いては、2023〜2024年のワイン醸造にスポットを当てる。Sawa winesではどのようなワインが誕生したのだろうか。
甲州やシャルドネを使った白ワイン、マスカット・ベーリーAの赤ワインなどを取り上げて、それぞれの味わいと醸造の裏側、山本さんのこだわりについても紹介したい。
▶︎甲州のファースト・ヴィンテージが誕生
まずは、念願だったという甲州のワイン「甲州 2024」について。ファースト・ヴィンテージの仕上がりには、手応えを感じているそうだ。収量が限られていたので少量ではあったが丁寧に仕込んだ。
「ファースト・ヴィンテージの甲州にふさわしい仕上がりになりました。『甲州 2024』はクラウドファンディングのリターンにも使用しています」。
無濾過で瓶詰めした「甲州 2024」の色合いは、無濾過ならではの優しい濁りがある美しいイエローだ。甲州らしさがありつつ、旨みも感じられる味わいだという。
「甲州 2024」は、前菜系の料理全般によく合う。サラダ系やカルパッチョだけでなく、もちろん和食との相性も抜群だ。出汁で炊いた野菜類や、おでんなど素材の味を生かしたメニューにもマッチするだろう。
「甲州 2024」のエチケットデザインは、鳥をモチーフにした他のワインと同様、イラストレーターの片桐ケイコさんに依頼したもの。片桐さんのイラストが描かれたエチケットはお客様からも好評だ。ボトルはシックな色合いを選び、高級感を意識した。今後Sawa winesの定番銘柄になるであろう甲州ワインの、2025年以降のヴィンテージも引き続き楽しみにしたい。
▶︎自信作の白ワイン「シャルドネ 2024」
白ワインからはもう1本、「シャルドネ 2024」を紹介しよう。
「ワイナリーに足を運んでいただいたお客様から、『白ワインがほしい』と言われることが多いため、白ワインには今後力を入れていきたいと考えています。甲州とシャルドネのワインをよりたくさんご提供できるよう頑張りたいですね。『千葉でシャルドネのワインができるのか』と驚かれることもありますよ。美味しいとコメントをくださるお客様もいらっしゃるので、励みになります」。
千葉県内のある寿司屋で、Sawa winesのシャルドネが提供されていたという話をお客様から聞いたという山本さんは、「よくぞうちのワインを見つけてくださった！という気持ちですね。非常にありがたいです」と、嬉しそうに微笑む。
シャルドネの自家醸造を始めてから3シーズンが経過し、味わいやクオリティは年々向上している。「シャルドネ 2024」で、は酸味や豊かな風味をしっかりと引き出してシャルドネ本来のよさを表現。造り手が自信を持って提供するワインに仕上がった。
▶︎マスカット・ベーリーAのワイン
ワイナリー設立当初から力を入れているマスカット・ベーリーAの、ロゼワインと赤ワインについてもお話いただいた。
まずは、「マスカットベーリーA ロゼ 2023」について。透明感と深みが共存した、豊かなルビーピンクの色合いが美しいロゼワインである。
「日本ではあまりメジャーではないロゼワインですが、もっと多くの方に知っていただきたいと思っています。ロゼワインを普及させることを、私自身の課題のひとつとして取り組みたいですね」。
「マスカットベーリーA ロゼ 2023」は、トロピカルなニュアンスが特徴的だ。マスカット・ベーリーAのフルーティーな風味と、酵母由来のトロピカル感が絶妙に混ざり合い、ジューシーなフルーツを思わせる味わいに仕上がった。しっかりと冷やしてから楽しみたい。
「『マスカットベーリーA ロゼ 2023』は、和食にも洋食にも合うと思います。パスタやピザにも合う辛口仕立てで、焼き魚や煮魚などの家庭料理にもぴったりですね。ぜひ自由に楽しんでみてください」。
続いて紹介するのは、赤ワインの「マスカットベーリーA 2023」だ。2023年ヴィンテージならではの特徴は、使用する酵母菌を変更した点である。
「2022年までは、マスカット・ベーリーAによいという酵母菌を使っていましたが、個人的にはもっと他のものを試してみたいと考えていました。そこで2023年は、思い切って酵母を変えてみたのです。ヨーロッパ系品種の発酵に使われる、より『赤ワインらしいニュアンス』が出る酵母に変えたところ、とてもよい味わいに仕上がりました」。
酵母の変更に手応えを感じたため、今後のヴィンテージも2023年と同様の酵母で醸造していく予定だ。
▶︎醸造における新たな取り組み
もっと多くの白ワインをリリースして欲しいという顧客からの声に応えるため、2023年から新たな白ワインを造っているSawa wines。マスカット・ベーリーAとシャルドネを使った白ワイン「ブラン」だ。
「収穫時期を前倒しにして、フレッシュな味に仕上げました。なるべく手を掛けない方法でワインにすることで、お求めやすい価格に設定しています。最新ヴィンテージは2024年の『ブラン 2024』です」。
「ブラン」は、軽い飲み心地と華やかな香りが魅力で、ワイン初心者にもぴったり。さらに、シャルドネとマスカット・ベーリーAという異色のブレンドを採用している点は、ワイン好きの方にとっても好奇心を刺激されるのではないだろうか。今後のブレンド品種は年によって変わる可能性があり、毎年違った印象になることも。「今年はどんな味わいになったのか」と、新しくリリースされるのが楽しみになるに違いない。
もうひとつ、Sawa winesが近年力を入れているのが、スパークリングワインの製造だ。先ほど紹介した「ブラン」と、対になる赤ワイン「ルージュ」という銘柄に炭酸を充填し、スパークリングワインとして展開している。
「炭酸充填設備を自社保有しています。圧を強めに炭酸をかけたので、泡持ちのよさを楽しんでいただきたいですね。今後も継続してスパークリングワインに力を入れていこうと考えています」。
スパークリングワインの王冠に貼った未開封シールには、エチケットと統一感のあるイラストを採用。可愛らしい見た目は、親しい友人に会いに行く際の手土産などにも最適だ。「ブラン」と「ルージュ」両方を用意すれば、大切な人たちと食事を楽しむシーンで活躍するだろう。
『まとめ』
2023年、2024年とも収穫期の雨に悩まされたものの、甲州の白ワインや新たな銘柄、スパークリングの製造など、次々と新しいことに取り組んだSawa wines。千葉県産ワインのクオリティを上げて地域を盛り上げるため、山本さんの試行錯誤は続く。
「ようやく『千葉のワイン』として認知されてきたという実感があります。房総への旅行途中に立ち寄ってくださるお客様もいらっしゃいますよ。これからは、どのようにクオリティを上げていくか取り組む時期だと考えているので、さらに高品質なぶどうを栽培していきたいです」。
千葉では、県内にあるワイナリーが協力し、千葉のワインを盛り上げていくための動きが活性化している。数年後には、八街市内に新しいワイナリーができる予定もあるそうだ。
栽培においても醸造においても、まだまだ課題は尽きないと山本さんは話すが、ファンを着実に増やしつつ、千葉でのワイン造りの可能性を提示し続けるSawa winesの未来を、共に見守っていきたい。千葉のワインに興味を持った方は、都心からも程近い立地が魅力のSawa winesに足を運んでみてはいかがだろうか。
基本情報
| 名称 | Sawa Wines |
| 所在地 | 〒289-1135 千葉県八街市小谷流887-1 |
| アクセス | JR総武本線 八街駅より車で15分 タクシー、循環バス有り |
| HP | https://www.sawawines.com/ |
