長野県北佐久郡軽井沢町にある「軽井沢アンワイナリー」は、軽井沢町初のワイナリーだ。長野県小諸市でワインとシードル造りをしていた「アンワイナリー」を、2023年に軽井沢に移転した。
軽井沢アンワイナリーでぶどう栽培とワイン醸造を手がけるのは、代表取締役を務める松村清美さん夫妻だ。
小諸市糠地(ぬかじ)地区にある自社畑で栽培したぶどうを使ったワインは、冷涼な気候ならではのすっきりとした味わいが特徴である。2023年から栽培をスタートした軽井沢でのぶどうで、「100%軽井沢産」のワイン造りを目指している。
今回は、軽井沢アンワイナリー設立までの経緯と、栽培・醸造におけるこだわりについて、松村さんにお話を伺った。
ぶどう栽培が盛んな長野県だが、実は軽井沢はぶどうの栽培実績がなかった土地だという。軽井沢アンワイナリーの取り組みについて、詳しく見ていきたい。
『軽井沢アンワイナリーの設立まで』
まずは、軽井沢アンワイナリーがたどってきたこれまでの歩みを振り返りたい。軽井沢アンワイナリーは、夫婦でぶどう栽培とワイン醸造を手がけたいという松村さんの思いから始まった。
松村さん夫妻が軽井沢へ移住したのは、2001年のこと。長男が誕生したタイミングで、自然豊かな土地で子育てをしたいと考えたのだ。移住後にぶどう栽培とワイン醸造を始めたのは、「大好きなワインを自分で造ってみたい」という松村さんのご主人の言葉がきっかけだった。
「私も以前からワインを飲むことが好きでした。また、ものづくりや農業への関心もあったため、夫婦でワイン造りに挑戦してみることにしたのです」。

▶︎小諸市での栽培・醸造をスタート
ぶどう栽培に取り組むことを決めたものの、自社畑として使える土地を見つけるまでには約2年を要した。長野県内の各地を候補に入れて探す中で出会ったのが、小諸市の「糠地(ぬかじ)」地区の畑だ。浅間山の南麓に位置し、緩やかな傾斜が広がる美しい場所である。 自社畑にぶどうの植栽を開始したのは、2015年春のことだった。
また、隣接するりんご畑も引き継ぐことにした松村さん。後継者がいないために伐採される予定だったりんごの樹を借り受け、りんごでシードルを造ることにしたのだ。
松村さんが最初に設立したアンワイナリーは、小諸駅から徒歩5分ほどの街中に位置していた。雄大な浅間山の南斜面にあり、市の中央部を千曲川が流れる小諸市。江戸時代の主要街道のひとつが通り、宿場町として栄えた歴史を持つ。
「小諸城の城下町としての風情が残る小諸の街並みが非常に好きだったことも、ワイナリー設立の場所として小諸を選んだ理由のひとつです」。
その後、2023年にはワイナリーを軽井沢へ移転。軽井沢アンワイナリーとして再スタートを切ったが、小諸市糠地の自社畑では2026年現在も栽培を続けている。軽井沢アンワイナリーでの醸造に使用しているぶどうは、小諸の自社畑で育てたぶどうが中心だ。

▶︎「軽井沢ワインプロジェクト」をスタート
ワイナリーを移転した2023年には、軽井沢にも自社畑を作ってぶどうの試験栽培を開始した。毎年少しずつ区画を拡大し、栽培面積を広げている最中だ。
「本格的な収穫は数年先のことになりそうです。事業として軽井沢でのぶどう栽培に取り組んでいるのは私たちが初めてですので、新しい産地の未来につながる形にしていきたいと考えています」。
100%軽井沢産のワインを造るための取り組みを、「軽井沢ワインプロジェクト」と名付けた松村さん。栽培や醸造を手伝ってくれる会員と共に、新たな産地造りを目指している。
ぶどう栽培がおこなわれてきた土地ではないからこそ、軽井沢に新しい農業文化を根付かせていきたいというのが軽井沢アンワイナリーの願いなのだ。

『軽井沢アンワイナリーのぶどう栽培』
続いては、軽井沢アンワイナリーのぶどう栽培にスポットを当てよう。標高が高い軽井沢では、どのような点に工夫しながら栽培管理をおこなっているのだろうか。
冬の冷え込みが厳しい土地でもあるため、ぶどう栽培をする上では苦労も多いことだろう。だが松村さんは難しさの中にこそ、軽井沢ならではのテロワールの可能性を見出しているようだ。
▶︎寒さと向き合うぶどう栽培
軽井沢にある自社畑の標高は約1,100mで、夏でも涼しい「高冷地」だ。病害虫の発生が少なく、冷涼な気候を好む野菜や花卉にとっては理想的な環境だが、ぶどう栽培をする上では霜や冷害への配慮が必要となる。
「自社畑周辺の気候は、ワイン専用品種が育つには厳しい環境ですが、他にはない特徴的なテロワールが良質なぶどうを育むのではないかと思っています」。
土壌は火山灰土壌だが、軽井沢の黒ボク土は高冷地ならではの痩せた土地だ。「火山礫(かざんれき)」と呼ばれる小さな石が混ざっているため排水性が高く、醸造用のぶどう栽培に適している。
軽井沢では、冬の最も冷え込む時期にはマイナス15度ほどになることがある。また、雪が少なく乾燥しているのも特徴だ。雪が積もる地域では、樹を冷害から守るために雪にすっぽりと埋めて越冬することがある。しかし、軽井沢は雪が降らないため、冬越しのために樹に藁(わら)を巻いて寒さから守っている。雪の代わりに、土をかぶせる方法なども検討している。
高冷地気候の軽井沢だが、気候変動の影響もひしひしと感じているそうだ。松村さんが2001年に移住した頃には、冬にマイナス20度近くまで気温が下がることもあった。
実は、小諸市でぶどう栽培を始める時に、軽井沢も候補地に入っていた。しかし当時の軽井沢は現在よりもさらに気温が低く、果樹栽培がほとんどおこなわれていなかったため、選択肢からは外したという経緯があるそうだ。
「以前の軽井沢は夏でもエアコンなしで過ごせましたが、近年は必要になってきましたね。年間積算温度が上がってきた点にはメリットもあります。軽井沢で育てられる品種が増えてきたのです。寒さの厳しい土地ですが、ぶどう栽培の可能性が少しずつ広がってきています」。

▶︎自社栽培の様子
軽井沢アンワイナリーが自社畑で栽培している品種を紹介しよう。まず、小諸市の畑では白ワイン用品種のシャルドネと、赤ワイン用品種のピノ・ノワール、ムニエを栽培。フランス・シャンパーニュ地方で造られる発泡酒のシャンパーニュ醸造用として主に使用される3品種だ。
「ワイナリー立ち上げの時から、スパークリングワインの醸造をしたいと考えていました。そのため、スパークリングワインを造るのに最適な品種を選定しました。標高が高く、昼夜の気温の寒暖差が大きい小諸では、キレのある美しい酸を保ったぶどうが収穫できます」。
一方、軽井沢の畑で試験栽培しているのはシャルドネがメインだ。将来、白ワインやスパークリングワイン醸造に使うことを見込んでいる。
小諸と軽井沢の畑では、ぶどうの生育スピードが異なる。軽井沢は冬季の気温が小諸よりも5〜8℃ほど下回り、年間の積算温度にも差があるためだ。軽井沢の畑のぶどうの方が生育スピードが遅いことには、小諸は粘土質、軽井沢は火山灰土という土壌の違いが関係していると考えられる。
「小諸と軽井沢の両方でシャルドネを栽培していますが、きっと味わいが大きく異なるぶどうになるはずです。軽井沢のシャルドネがどのように育つのかを楽しみにしながら、丁寧な栽培管理を心がけていきたいと思っています」。
軽井沢の畑は日当たりもよく、風通しにも恵まれている。軽井沢アンワイナリーがぶどう栽培において大切にしているのは、できるだけ自然な環境で育てることだ。肥料や農薬は最低限に抑えて減農薬を徹底し、草生栽培も取り入れている。地表にあえて草を生やすことは、適度な湿度を保ち、豊かな土壌づくりにつながる。
自然の力を生かしながら、ぶどうが土地の個性を備えて育つことができるように見守るのが、軽井沢アンワイナリーのこだわりなのだ。

『軽井沢アンワイナリーのワイン醸造』
軽井沢アンワイナリーの醸造所は、70年間にわたって教会として地域の人たちに親しまれてきた建物を使用している。
軽井沢町大日向地区の文化財である「旧大日向教会・聖ヨゼフ保育園」は、2011年に役割を終えた。そして2023年10月に、軽井沢初のワイナリーとしてオープンしたのだ。歴史ある施設を引き継ぐことは、土地の記憶や歴史も未来につなぐことができる、素敵な取り組みである。
「実は、聖ヨゼフ保育園は、私の息子たちが通った思い出の場所なのです。ワイナリーとして活用できる施設を探していた時に『旧大日向教会・聖ヨゼフ保育園』と再会して、深い縁を感じました」。
20年以上前に軽井沢に移住してきた時に、温かく受け入れてくれた地域の人たちと、支え続けてくれている家族・友人たちに、恩返しをしたいという気持ちを持っていた松村さん一家。軽井沢でワイン造りをおこなうことは、地域貢献にもつながると考えた。
▶︎スパークリングワイン造りに最適な環境
ヨーロッパでは古くから、教会や修道院でのワイン造りがおこなわれてきた伝統がある。軽井沢アンワイナリーが教会だった建物を引き継いだことに、運命のようなものを感じているという松村さん。
教会だった建物は鉄筋コンクリート造で、1階部分をカーヴとして利用。室温が安定しているため、温度管理を最小限に抑えられる。醸造施設は、保育園だった建物の一部を改装し、素朴な造りの建物をできるだけ残しながら活用している。
野生酵母を使って発酵させる軽井沢アンワイナリーのワインは、自然の力だけでなく、建物が刻んできた歴史の力も借りながら造っているのかもしれない。
松村さんが軽井沢にワイナリーを移転するきっかけのひとつに、瓶内二次発酵でのスパークリングワイン醸造を実現したいという思いがあった。シャンパーニュスタイルのスパークリングワインを造ることが、ワイナリー設立当初からの願いだったという。
瓶内二次発酵の期間中は「ピュピトル」と呼ばれる台に瓶を倒立させておくため、大きなスペースが必要となる。小諸市のアンワイナリーではスペースの確保が難しかったため、軽井沢への移転を決めたのだ。
移転後の建物にはスペースに余裕があるため、瓶内二次発酵のスパークリングワインをゆっくり熟成させられるようになった。

▶︎「アンの泡」シリーズ
「アンの泡」シリーズは、軽井沢アンワイナリーがリリースしているスパークリングワインだ。2019年に小諸のワイナリーで造り始めたシリーズで、移転後も継続して造っている。
お客様からの人気も高く、醸造所を軽井沢に移した年に造った「アンの泡 Blanc de Noirs(ブラン・ド・ノワール) 2023」は、2026年の「サクラアワード」で最高位のダイヤモンド・トロフィーを含む4冠を達成した。
「夫婦でがんばって取り組んできたことを、高く評価していただきました。これまでたくさんの取り組みを続けてきて、本当によかったです。ずっと応援してくださっている皆さんが喜んでくださったのも嬉しかったですね」。
「アンの泡」のラベルデザインには、「キラキラとはつらつとした女性のために」という思いを込めた。もちろん、女性だけではなく男性も含む全ての方に、楽しんでほしいスパークリングワインだという。週末にほっとしたい時や仲間で集まる時、お祝いの席での乾杯などに最適だ。
「アンの泡 Blanc de Noirs(ブラン・ド・ノワール)」は、小諸市の自社畑で栽培したピノ・ノワールとムニエを使用。瓶内二次発酵ならではのきめが細かく優しい泡と、豊かなアロマが特徴だ。
「アンの泡 Blanc de Noirs(ブラン・ド・ノワール)」は果実感が豊かな味わいであることから、果物を使った料理との相性がよい。小諸は桃の産地でもあるため、地元産の桃に生ハムを添えて合わせる楽しみ方が松村さんのおすすめだ。また、いちじくや干し柿、チーズなど、果物に関わる食材とも相性抜群である。
また、「アンの泡」 シリーズには、シャルドネを使った「アンの泡 Blanc de Blancs(ブラン・ド・ブラン)」もある。辛口でミネラル感があり、爽やかな酸味が特徴だ。カルパッチョなどの魚介類や寿司と相性がよい。
「ウニやカツオのたたきと合わせた際にも、非常にマイルドな味わいでペアリングの素晴らしさを感じました」。

『軽井沢アンワイナリーの多彩な取り組み』
軽井沢アンワイナリーは、小諸で培ってきたぶどう栽培と醸造の経験を生かしながら、軽井沢という新しい土地でワイン造りに挑んでいる。
ぶどう栽培とワイン醸造をする上で、軽井沢アンワイナリーがおこなっている様々な取り組みにも注目したい。会員組織に参加したメンバーと共にぶどうを育てるプロジェクトや、教会だった建物を生かした滞在体験など、栽培・醸造を軸にして「体験」「交流」を楽しめる施策をおこなっているのだ。
単にワインを造るだけではなく、栽培体験や地域との交流を通じて、軽井沢に新しい農業文化を根付かせていきたいと考えている軽井沢アンワイナリー。いくつかの取り組みを見ていこう。
▶︎栽培・醸造に参加できるプログラム
「軽井沢ワインプロジェクト」の一環として、2024年から開始したのが「ファーマーズ会員」だ。ぶどうの生育に応じた栽培作業を体験できる会員制度である。
軽井沢のぶどうはまだ若木であり、ワイン用ぶどうにおける全ての栽培工程を体験できるわけではない。そのため、小諸にある畑での作業体験も提供し、ぶどう栽培の魅力をしっかりと伝えている。
軽井沢在住者だけでなく、東京をはじめとした県外からの参加者も多く足を運ぶ。都会で日々忙しく働く人々にとって、自然や土に触れる時間は、心身のリフレッシュにつながっているのだ。
「ぶどう栽培を通じて、日常に農業を取り入れる魅力を伝えたいですね。参加者の中には、将来的にワインを造ってみたいと考えている方もいらっしゃいますよ」。
楽しく活動できて有意義なひとときを過ごせると評判の「ファーマーズ会員」の活動日は、水曜日と日曜日の月2日。休みの都合によって参加する曜日を選べるのが、嬉しいポイントだ。気になる方はぜひ、軽井沢アンワイナリーの公式サイトやSNSで最新情報をチェックしてみてほしい。

▶地球と自然に優しい農業を目指す
軽井沢アンワイナリーでは、栽培体験を中心とした「ファーマーズ会員」に加えて、2026年からは、より本格的にぶどう栽培をしたい人に向けた「グローワーク会員」プログラムの提供も開始した。自分のぶどうを育てるプログラムには、軽井沢でワインを造る仲間を増やしていきたいという松村さんの願いを込めた。
また、醸造体験を希望する人に向けた「ファーマーズプラス」プログラムもある。小諸の体験畑で収穫したぶどうを使い、10月から2月にかけて、醸造の要所を体験できる。
「暮らしの中に農業やワイン造りを取り入れることで、みなさんの生活がバラエティに富んだ豊かなものになるきっかけを作れたらと思っています」。
農業の衰退や農地の減少を憂い、食生活や地球環境の改善について常々思いを巡らせる中で、ワインを介した取り組みを通して人と自然の未来の可能性を探っていくことが、軽井沢アンワイナリーの取り組みの核となっているのかもしれない。

『まとめ』
軽井沢アンワイナリーでは今後、教会に併設されている建物を宿泊施設として活用する予定だ。かつて神父の住居や研修用として使われていた寄宿舎は、軽井沢の静かな環境でゆっくり過ごす滞在体験にうってつけである。
滞在中にはぶどう栽培を体験したり、ワインと共に食事を楽しんだり、教会の静かな空間で心身をリフレッシュしてもらう計画だという。仕事や日常生活から離れて心身をリフレッシュさせる「リトリート」体験の提供を目指している。
避暑地として知られる軽井沢ならではの美しい自然のなかで過ごすことは、都市部で暮らす人々にとって貴重な時間となるだろう。単なる観光ではなく、軽井沢の自然や農業に触れながら過ごす体験ができるのが大きな魅力だ。
「軽井沢の地でのサステナブルなワイン造りも目指しています。土壌の特性を生かし、栽培方法を工夫しながら、軽井沢という土地での持続可能なワイン造りに取り組んでいきます」。
軽井沢アンワイナリーでは、毎年10月に収穫祭「軽井沢ヴァンダンジュ」を開催している。軽井沢アンワイナリーの魅力を知るには一番のイベントだ。アイリッシュ音楽生演奏が流れる中、軽井沢アンワイナリーのワインと共に、地元のフードが楽しめる。
2026年10月にも、「軽井沢ヴァンダンジュ2026(収穫祭)ー紅葉の軽井沢町大日向で、音楽とワインと地元フードを楽む2日間ー」を開催予定のため、ぜひ足を伸ばしてみてはいかがだろうか。
軽井沢産ぶどうを軽井沢で醸し、「100%軽井沢ワイン」を造るという軽井沢アンワイナリーの挑戦はまだ始まったばかりだ。 軽井沢から生まれる新しいワインの未来をこれからも見守っていきたい。

基本情報
| 名称 | 軽井沢アンワイナリー |
| 所在地 | 〒389-0111 長野県北佐久郡軽井沢町大字長倉5670-1 |
| アクセス | https://maps.app.goo.gl/a753g8rwo4DEEvJ19 |
| HP | https://www.plusforest.com/ |
