追跡!ワイナリー最新情報!『シャトー酒折ワイナリー』山梨でワインを造る意味を見つめ直す

山梨県甲府市酒折(さかおり)町にある「シャトー酒折ワイナリー」。輸入洋酒の専門商社「木下インターナショナル」のグループ企業として、1991年に設立されたワイナリーだ。

設立当初はヨーロッパ系品種によるワイン造りを目標に掲げていたが、取引のあったシャブリの生産者から、日本の固有品種である甲州の魅力について気付かされたことがきっかけで方針転換した。地元農協や契約農家のぶどうを主原料として、日本ならではのワインを造る道を選んだのだ。栽培家・池川仁さんとの出会いから生まれたトップ・キュヴェの「キュヴェ・イケガワ」は、新たな道を象徴するアイテムである。

シャトー酒折ワイナリーが醸造においてこだわっているのは、「醸造器具と設備を清潔にすること」「美味しいジュースをしぼること」「酵母を健全に生育させること」の3つである。一見当たり前のことをしっかりと徹底することでぶどうのフレッシュさを表現し、日常の食卓に並べられる価格で届ける。

今回は、専務取締役で醸造責任者を務める井島正義さんに、シャトー酒折ワイナリーにおける直近のぶどう栽培と気候の変化についてお話いただいた。また、井島さんが「これからの鍵」と語るマーケティング戦略についても伺ったので、余すところなく紹介していこう。

『シャトー酒折ワイナリーのぶどう栽培と、地域が抱える課題』

まずは、2025年のぶどう栽培を振り返ってみよう。シャトー酒折ワイナリーが使用している原料は、地元農協と契約農家から買い付けたぶどう、自社栽培のぶどうだ。

2025年は買い付けの総量が大きく増加したという。使用できる原料が増えるのはよいことに思えるが、実は産地全体が抱える変化の結果だという。詳しくみていきたい。

▶︎山梨県における甲州の生産体制

2025年にシャトー酒折ワイナリーが買い付けたぶどうは、前年より30〜40tほど多かった。

「できあがったワインをどうやって売っていくかという課題は常に抱えています。買いぶどうが増えた理由として考えられる要因は、主にふたつありますね」。

ひとつ目は、山梨のワイナリー全体でワインの売れ行きが落ちてきていることだ。資材の値上がりなどを背景に、価格を上げざるを得ないワイナリーが増えた。その結果、他社と契約していたぶどう農家から、行き場を失ったぶどうの引き取りについて相談が寄せられるケースが出てきたのだという。

「これまでは原料が足りないことの方が圧倒的に多かったのです。各農協さんや農家さんから、『ぶどうが余ってしまった』とご連絡をいただいたのは、近年なかった状況ですね」。

ふたつ目の理由は、栽培体制の変化にある。5年ほど前から山梨県とワイン酒造組合が音頭を取って甲州の苗木の植栽を進めてきた。当時植えられた苗が成木となり、収量が着実に増えてきているのだ。

つまり、畑ではぶどうが増え、ワイナリーでは販売が低迷してきた結果として、需給のバランスが崩れたのが2025年だったということになる。タンクに空きがないワイナリーは買い控えに動き、販売が順調かどうかで二極化が進んでいるのである。

変わりゆく状況の中、シャトー酒折ワイナリーは「買い付けは減らさない」というスタンスを貫いている。だからこそ、2026年からは販売に一層力を入れるべきなのだと井島さんは言う。

▶︎基本に忠実な栽培・醸造

シャトー酒折ワイナリーの自社畑での栽培について、自社畑の管理を一任している栽培家・池川仁さんのポリシーは一貫している。年ごとに特別なことをするのではなく、健全に育てるという基本を徹底し、忠実におこなうという姿勢だ。

甲州やマスカット・ベーリーAは昔から栽培してきた品種であり、気候変動に対しても特別なアプローチは取っていないという。

「最近つくづく思うのは、基本的なことをしっかりおこなえば、ワインがついてきてくれるということです。簡単に言えば『サニテーションをしっかりやっていれば、問題なくポジティブに育つワインになる』ということですね」。

サニテーションとは、醸造設備や器具を徹底的に清潔に保つ衛生管理のことだ。以前から井島さんが真っ先に挙げていたこだわりだが、直近でもサニテーションの効果を実感する出来事があったという。

「樽貯蔵中に目減りした際には、他の樽から充填することがあります。使用するワインの候補を決める際に候補として挙がったのは、2017年のシラーでした。当時は「果実味が少なく、まだポテンシャルが足りない」と判断して、リリースを見送りました。しかし、様子見のつもりで口に含んでみたところ、驚くほどしっかりと熟成していましたね」。

10年近く寝かせることによって成長し、ネガティブな要素がなくなっていたのは、徹底したサニテーションのおかげだ。醸造所を綺麗に保っておけば、ワインは問題なく育ってくれるのである。

栽培や醸造において特別なことはしないが、必要な対応を適切なタイミングでおこなうことの積み重ねが、10年後の美味しさを支えている。2017年に仕込んだシラーが、その事実を静かに示してみせたのだ。

▶︎柔軟な対応で、環境変化に適応

ぶどう栽培の現場において、温暖化がもたらす問題が語られることがより増えてきた。対応策としては、新しい品種の導入や品種構成の見直しが語られることが多いだろう。

だが、シャトー酒折ワイナリーでは、栽培品種を変更するなどについての検討はあまりしていないという。栽培管理自体も大きく変えているわけではないが、作業の時期だけは少しずつ早まっている。シャトー酒折ワイナリーの取り組みには、井島さんと池川さんが共有する、ぶどうという植物への根本的な信頼があるという。

「ぶどうは環境適応能力が非常に高い植物です。乾燥した地域でも、日本のように湿度が高い地域でも生きながらえる能力を持っています。海外のデータベースでは、ぶどうは数万種も登録されているのです。果樹でこれほど品種が多いということは、ぶどうが長い歴史の中で環境に応じて自らを変える力を備えてきたということです」。

氷河期と温暖な時期が交互に訪れる中で、ぶどうは生き延びてきた。つまり、昨今の環境の変化に過剰反応しているのは、ぶどうではなく人間なのだ。

「人間が温暖化に過剰に反応するのは、経済活動に問題が起きることを懸念しているからです。そのため私としては、ぶどうそのものではなく、経済活動の方を変えればよいと思っているのです」。

井島さんが提案するのは、ワインのスタイルを気候変動に合わせて変化させていくことだ。品種を植え替えると3年ほどの無収入期間が生じ、結局は経済活動に影響が及ぶだろう。今あるものを生かすための工夫を重ねればよいという考え方だ。

実際、酵母メーカーからは温暖化による「酸の低下」対策として、リンゴ酸を出しやすい酵母が開発されており、シャトー酒折ワイナリーでも2025年から試験的に使用している。醸造の側から酒質を組み立て直すためのアプローチのひとつだ。

さらに、井島さんは「テロワール」という言葉についても触れた。

「『テロワール』というのは素晴らしい概念ですが、既成の考え方に囚われすぎるのはよくないと思っています。テロワールとは、そこに生きる人の考え方やものづくりの姿勢、思想も反映されるものなのではないでしょうか」。

土地と気候だけがテロワールなのではなく、栽培・醸造における判断を下す人間の思想もまた、ワインを形づくる。広い視野で物事を見ていれば、環境に合わせて酵母を替えることも「テロワールのひとつ」として理解してもらえるはずなのだ。

『日本ワイン文化の土台を作るために』

今変えていく必要があるのはワイン造りではなく販売スタイルであり、重要視すべきはマーケティングだと井島さんは話す。

ここからは、日本ワインが直面する市場の現実と、シャトー酒折ワイナリーの試行錯誤を追っていきたい。

▶︎価格帯別のシリーズと今後の主戦場

シャトー酒折ワイナリーのワインは、原料ぶどうの種類によってシリーズを分けている。

まず、1,000円台の「Rシリーズ」は、県内の農協や地域の農家から購入したぶどうを使うスタンダードシリーズだ。特色ある気候を持つ各地域のぶどうをブレンドし、バランスのとれた味わいに仕上げている。

「Vシリーズ」は、県内で栽培された醸造用ぶどうに特化した契約栽培畑のぶどうだけを使う、ワンランク上のシリーズだ。

さらに、栽培家・池川さんの特別なぶどうを使ったトップ・キュヴェ「Cシリーズ」と、自社畑と特定の契約農家のぶどうを使い、優れたヴィンテージだけをリリースするフラッグシップ「SEシリーズ」が加わる。シーンに合わせて選べる幅広いラインナップだ。

CシリーズやSEシリーズといったフラッグシップブランドについて、井島さんは特段の心配をしていないと話す。日本ワインを好む層は強いこだわりを求めてワインを購入するため、ニーズと価格が一致しているからだ。井島さんが課題を感じているのは、手頃な価格帯のアイテムである。

「今後、生産量が増えるであろうRシリーズやVシリーズを、どのように販売していくかが重要になるでしょう。若い方はあまりお酒を飲まないと言われますが、実際に飲んでいる方は確実にいるわけです。どの層をターゲットとして狙うべきなのかを考えるのは、山梨県全体が向き合うべきことだと思っています」。

▶︎日本ワインの文化を伝えるアプローチ

「ワインを飲む場面をさらに増やしていく必要がある」と話す井島さん。市場では現在も、海外原料を使った濃縮還元のワインが大半を占めている。また、大手通販サイトの販売ランキングでも、上位に並ぶのは低価格帯のワインが多い。国内の多くの消費者にとって、ワインはまだ「選択肢を楽しむお酒」ではないのだろう。

「日本ワインは、海外原料を使用した濃縮還元ワインの倍以上の価格です。そのため、消費者にどのようにアプローチしていくかをしっかりと考えていかなければなりません」。

井島さんが頭を悩ませ続けているのは、なぜ低価格帯のワインが選ばれ続けるのかという点だ。大手メーカーが手がける海外原料の無添加ワインはタイプが細分化され、ランキング上位に並び続けている。

「味より価格で選ばれているのか、それとも買いやすいからなのかもしれません。どうして安価なワインばかりが売れているのかについては、はっきりとした理由が掴めていないため、理解しなくてはならないと思っています」。

ワインと対照的なのが、日本酒市場だ。清酒のランキングでは、こだわりを持って造られた酒が上位に並ぶ。同じ醸造酒でありながら、清酒には「こだわり」が求められ、ワインには求められていないという非対称さこそが、日本ワインの難しい立ち位置を物語っている。

現在の日本ワインは、少数の熱狂的なファンによって支えられている。熱量に応えるようにワイナリーの数は増えたが、購買層が広がらなければ需要は先細りになってしまうだろう。だからこそ、何らかの突破口が必要なのだ。

『シャトー酒折ワイナリーの新たな施策』

課題を冷静に見つめる一方、シャトー酒折ワイナリーはすでに具体的な一手を打ち始めている。

キーワードは、ワインのハードルを下げることと、人が集まる場をつくることだ。シャトー酒折ワイナリーの新たな戦略を紹介しよう。

▶︎「甲州セミスイート」という提案

甲州ワインの生産量が増えたことを受けて、井島さんが力を入れたいと語るのが「甲州セミスイート」だ。これまでは辛口の「甲州ドライ」を主力に置いてきたが、アルコール度数10%ほどのやや甘口タイプを、あらためてPRしていく。

「ワイン好きな方は、少し甘いワインを敬遠される場合があるかもしれません。しかし、味のバランスを整えることで、甲州を甘口で造る意味を理解いただけるのではないでしょうか。例えばチョコレートは、渋みと甘みの味覚の相性が非常によいでしょう。甲州は渋みがある品種なので、チョコレートと同じように『甘いけれど後味は苦みですっきりする』造りとの相性がよいのです。『甲州セミスイート』は、スルスルと飲み続けられますよ」。

桃のコンポートのように、甘みがありながらも後味はすっきりとした「甲州セミスイート」はやや甘口だが、酸味もあり飲み疲れしない。醤油やみりんを使った料理と好相性で、日本人の好みに合う一本だ。

▶︎ワインを飲むハードルを下げる

「甲州セミスイート」に合わせる料理のおすすめとして井島さんが挙げてくれたのは、「いなり寿司」だ。ワインといなり寿司は、酒販の専門家たちが実際に試してたどり着いた至極の組み合わせなのだという。

「このペアリングが生まれたのは、千葉県に拠点を構える酒販店『いまでや』さんに招かれて参加した試飲企画でのことでした。スタッフの方々と共に様々な組み合わせを試す中で発見したのです。『ワインに少し甘みがあると、いなり寿司がとてもよく合いますね』と盛り上がりました。スーパーで購入したお手頃ないなり寿司と合わせても、十分美味しいですよ」。

身近な惣菜とペアリングできるという気軽さこそ、井島さんが目指す方向を象徴している。

「ワイン文化を広げるためには、ワインを飲むことへのハードルを下げていかなくてはなりません。氷や炭酸で割って飲むこともできて、気軽に自由に楽しめるということをアピールしていきたいですね」。

ぶどうが持つナチュラルな魅力を、他のお酒との差別化として打ち出しながらも、飲み方はあくまで自由でよいと伝えていく。ワインは情報量の多いお酒だが、難しく身構える必要はないのだ。

『まとめ』

日本におけるワイン消費者のニーズやマーケットの問題など、日本ワインの生産者として立ち向かうべき課題は多いが、山梨という産地の可能性には明るい希望を持っていると井島さんは話す。

「全国的に温暖化が問題になっていますが、山梨に関して言えば、むしろワイン造りにとってさらに恵まれている地域になってきたと実感していますね。特に、天候や降水量に関しては、よい変化が見られます。梅雨時の降水量が減っており、ぶどうが病気になりにくい環境になりつつあるのです」。

温暖でぶどう栽培がしやすい山梨では、果実味の強いワインが自然に生まれる。山梨だからこそ生み出せる個性を改めて見つめ直し、最大限に生かしていくべきなのだ。「基本に忠実であること」を貫いてきたワイナリーの姿勢は、ワインの届け方を考える場面でも変わらない。まっすぐに現実を見て、やるべきことをやるだけなのだ。

シャトー酒折ワイナリーでは、畑仕事のボランティアを募集するなど、ワインを知ってもらうための取り組みも開始している。SNS等で募集した参加者たちと共に、ぶどうの傘かけ作業などをおこなうイベントも開催した。今後はワインツーリズムをさらに盛り上げていきたいという。

また、コロナ禍以降は開催できていなかったメーカーズディナーについても、再開の目途が立ちつつあるという。

「2026年に入って、メーカーズディナー実施のお声掛けをいただく機会が増えてきています。いろいろな場所で、皆様にお目にかかれたら嬉しいです」。

基本情報

名称シャトー酒折ワイナリー
所在地〒400-0804
山梨県甲府市酒折町1338番地203
アクセスhttps://www.sakaoriwine.com/winery/#access
HPhttps://www.sakaoriwine.com/

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