『Domaine Hisamatsu』ワイン好きの元エンジニアが、岐阜メルローの可能性を追求

今回紹介する「Domaine Hisamatsu(ドメーヌ・ヒサマツ)」は、岐阜県岐阜市にあるワイナリーだ。名古屋への通勤圏というアクセスのよさを持ちながら、豊かな自然や昔ながらの日本文化が息づく岐阜市の北端で、ぶどう栽培とワイン醸造に取り組んでいる。

代表を務めるのは、大手メーカーでエンジニアとして活躍した経歴を持つ久松吾郎さん。50歳になったタイミングでエンジニアとしてのキャリアに終止符を打ち、ワイン造りの世界に飛び込んだ。久松さんが求めていたのは、「本質的な生き方」をすることだ。

久松さんの半生を振り返ると共に、ワイナリーの歩みを紹介していこう。Domaine Hisamatsuの栽培・醸造における、久松さんの哲学についても深掘りしていくので、ぜひ最後までお読みいただきたい。

『Domaine Hisamatsuができるまで』

まずは、久松さんとワインの出会いと、Domaine Hisamatsu設立を振り返ってみよう。エンジニアとして安定したキャリアを築いていた久松さんが、大胆なキャリアチェンジを意識したきっかけとは、何だったのだろうか。

岐阜で生まれ育った久松さんは、地元の大学に進学して、工学部で機械工学を学んだ。卒業後はスポーツ用品メーカーに就職し、スキー板などの設計開発エンジニアとしてキャリアを積んできた。

しかし、国内のみならずグローバル市場も相手に、競争し続けなければならない状況の中に身を置き続けるうち、久松さんはある違和感を抱き始めたという。

絶えず変化するトレンドに振り回され、新商品が生まれては廃れていくという繰り返しの中で、次第に疲弊していった久松さん。次第に、「美しい自然風景の中で、バランスの取れた生活をしながら生産活動に携わりたい」という思いがどうしようもなく強くなるのを感じた。

▶︎人生の転機に大きな決断を

転機が訪れたのは、ちょうど50歳になった時だった。人生の節目でもある年に父親が亡くなったことをきっかけに、自分の生き方を見つめ直したのだ。

「私の健康寿命が後25年残っていると考えた時に、会社勤めのまま60歳を迎えるというのは非常にもったいないと感じてしまったのです」。

より面白く、本質的な生き方をしたいと考えた結果、久松さんは退社することを決意。そして、もともと興味を持っていたワイン造りを始めることにした。

▶︎ワインの世界へ導いてくれた恩人との出会い

ここで、久松さんが最初にワインに魅せられた際のエピソードに触れておこう。大学時代、大のスポーツ好きだった久松さんは、長良川の河川敷にあるゴルフ場によく足を運んでいた。そこで偶然知り合ったのが、あるイタリア料理店のオーナーシェフだったという。

「私は今でも、その方と親しくさせていただいていて、『マスター』と呼んでいます」と久松さんは微笑む。マスターと意気投合して店に頻繁に通うようになった久松さんは、ワインマニアのマスターの影響を受けて、ワインの奥深い世界に足を踏み入れた。

「会社員時代に海外出張している時などは、現地からマスターに連絡して、『どのワインを買ったらいいでしょうか?』と尋ねてアドバイスをもらっていましたね」と、振り返る。

そして、マスターに連れられて様々な飲食店の試飲会に参加した経験を経て、久松さんはさらに多くのワインに触れることになったのだ。

▶︎「ウスケボーイズ」の世界に魅せられて

久松さんがワインにより深く傾倒することになったのには、もうひとつの出会いが関係していた。現代日本ワインの父と言われる、メルシャン株式会社「シャトー・メルシャン 勝沼ワイナリー」の元工場長であった浅井昭吾氏(ペンネーム:麻井宇介氏)と、彼を慕う青年たちの挑戦を描いた物語「ウスケボーイズ」を読み、さらにワインへの思いをつのらせたのだ。

「ウスケボーイズ」登場人物のひとりである岡本英史氏が、山梨県北杜市で営むワイナリー「BEAU PAYSAGE(ボー・ペイサージュ)」で造った、2003年ヴィンテージのワインを飲んだ際には特に強い衝撃を受けたという。

「『自分もワインを造ってみたい』と強く思うようになりましたね。自分の人生に残された時間をかけようと決意し、2018年にワイン造りのための合同会社を立ち上げたのです」。

会社立ち上げ後は、ぶどう栽培とワイン造りに取り組むための事前準備を進めた。岡山県新見市哲多町のワイナリー「domaine tetta(ドメーヌ・テッタ)」で2年間の研修を受けて、栽培・醸造を学んだのだ。また、岐阜の畑でもぶどう栽培を開始して、苦労の末に醸造免許も取得。収穫を迎えたぶどうを使って、2024年に念願の自社醸造を開始したところだ。

素敵な出会いのおかげでワイン造りの道へと進むことになった久松さんは、ほとばしる情熱を胸に、岐阜ワインの可能性を追求していく。

『Domaine Hisamatsuのぶどう栽培』

続いては、Domaine Hisamatsuのぶどう栽培を紹介しよう。ワイナリーがまだ少ない岐阜でのぶどう栽培には困難も多い。久松さんはどのようなこだわりを持ち、ぶどう栽培に取り組んでいるのだろうか。

栽培のこだわりや圃場の特徴など、ぶどう栽培に関して具体的に見ていきたい。

▶︎メルローで勝負する理由

Domaine Hisamatsuのぶどう栽培における最大の特徴は、栽培している品種がメルローのみである点だ。

「ぶどうは実をつけるまでに数年の歳月がかかります。岐阜という、ワイン用ぶどうの栽培実績が少ない場所で挑戦することを考えると、自分に残された時間では色々な品種を試す時間はないと考えました」。

収量や病気への強さなど、作りやすさだけで考えれば、マスカット・ベーリーAなどの国内品種を選ぶべきなのかもしれない。だが、どうしても欧州系ぶどうを作りたかったと話す久松さん。

メルローを選んだのは、domaine tettaでの研修経験が大きい。様々な品種の栽培経験を積む中で、日本の気候とメルローの相性のよさを実感したのだ。国税庁が発表しているデータなども参考に、日本の気候に適応しやすい品種だろうと結論付けた。

▶︎ふたつの自社畑でのぶどう栽培

Domaine Hisamatsuは、岐阜市内でふたつの自社畑を管理している。「長良小松町(ながらこまつちょう)」の畑と、「岩利(いわり)」の畑だ。いずれも長良川やその支流の扇状地にあって泥が堆積した土地であるが、それぞれの土壌は異なる個性を持つ。

「長良小松町」の圃場は久松さんの自宅すぐ近くにあり、広さ2aほど。もともと先祖が保有していた土地で、岐阜市内の住宅地にある。以前は久松さんの祖父が野菜を作っていたためか、土の状態がよく水はけも良好だ。

もう一方の「岩利」の畑は、長良小松町から車で15分ほどの場所にある9aの土地である。以前は田んぼだったため、水はけ改善のために山土を入れて大規模な土壌改良をおこなった。

岐阜は雨が多い土地で、土壌も肥沃なため、やせ地を好むぶどうにとっては栄養過多になりやすい。肥えた土地では樹勢が強くなりすぎる懸念があるため、常に「小さく育てる」ことを強く意識して栽培管理をしているそうだ。摘芯や副梢(ふくしょう)切りなどを丁寧におこなうことで、凝縮したよい房を作ることを心がけている。

▶︎「密植栽培」と丁寧な栽培管理

Domaine Hisamatsuの自社畑では、「密植栽培」に取り組んでいる。「岩利」の畑の場合、9aの土地に4,380本もの樹を植えているのだ。垣根の幅も、通常は2m間隔にするところを1.5mに狭めているため、高い密植率となっている。

密植をおこなう理由はふたつある。「隣同士の樹が競合することで育ちすぎないようにすること」と「収量を確保するため」である。明確なメリットが期待できる密植栽培だが、一方で密植には特有の難しさもある。作業通路が狭いため、畑に大型の機械を入れることができないのだ。

「防除の効率を格段に上げてくれる『スピードスプレーヤー』を入れることができません。そのため、防除作業はすべて手撒きしています。手間はかかりますが、丁寧に対応しています」。

また、密植することで畑に空気がこもりやすくなるため、風通しの確保も重要になる。「岩利」は開けた土地にあるため風通しが良好だが、住宅地の中にある「長良小松町」の畑は風が抜けにくく、畑に湿気を溜めないための工夫が欠かせない。

主な対策は、こまめな剪定作業を実施することだ。久松さん曰く、「まるで盆栽のように」丁寧に枝を管理することで、株の間を風が抜けやすくしている。さらに、雨と湿度への対策としては、レインカットも導入している。

手作業メインの丁寧な栽培管理をおこなっている久松さんは、どこまでも優しいぶどう栽培を心がけており、害虫が出た際にも手で捕まえるそうだ。

「過去には、マメコガネが大発生して大変な苦労をしたこともあります。根気強く虫を取り続けた結果、最近は害虫被害が減ってきましたね。自然の中で無理なく栽培することを大切にしながら、ぶどうを作っています」。

自然と向き合いながらものづくりに励む久松さんの表情は、生き生きと輝いている。

▶︎「宿命的風土論を超えろ」

「雨が多い岐阜は、日照時間こそ長いものの、決してぶどう栽培の適地とは言えません。しかし『この土地でどうやってぶどうを上手に育てるか』を突き詰めることが面白いのです」。

静かだが力強い口調で話す久松さんは、麻井宇介氏の「宿命的風土論を超えろ」という言葉に強く感銘を受けたという。

「例えばフランスのボルドーも、元は湿地帯でぶどうの栽培適地ではありませんでした。しかし、人が手をかけて頑張れば、ぶどうは応えてくれます。造り手の工夫と努力次第で、ぶどうのポテンシャルを発揮させることができると考えています」。

岐阜メルローの個性は現時点では未知数だ。だが、温暖な気候のため芽吹きも収穫も早く、光合成が活発な段階で実が熟して収穫することができる。この特徴をどのようにワインに表わすことができるのか、時間をかけて答えを見つけていきたいと久松さんは話してくれた。

『Domaine Hisamatsuのワイン醸造』

次に、Domaine Hisamatsuのワイン造りについて見ていきたい。久松さんが目指すワイン像は、麻井宇介氏の言葉にある「しみじみうまいワイン」だ。そして、目指すスタイルを実現するためには「香りの強さ」と「味の複雑さ」のふたつが重要だと考えている。

目指すワインを表現するためにおこなっている努力と工夫、ワイン哲学に迫ろう。

▶︎「マセラシオン・カルボニック」を採用

ワインに複雑味を出すためのアイデアとして、久松さんは「マセラシオン・カルボニック」を取り入れた。主にボジョレー・ヌーヴォーを造る際に使われる手法で、ぶどうを二酸化炭素に漬けることで新たな香りを造りだすことができる。メルローを使った「マセラシオン・カルボニック」の挑戦は、新たな可能性を秘めているという。

また、ぶどうを梗(こう)ごと発酵させる「全房発酵(ぜんぼうはっこう)」も取り入れている。茎由来のタンニンなど、ぶどう果汁だけでは出せない様々な味や香りを生かしたいという思いからだ。

栽培だけでなくワイン醸造においても、岐阜のぶどうを最も輝かせるための探究の旅が続いていく。

▶︎2種類の岐阜メルローワイン

ファースト・ヴィンテージでは、ふたつの畑それぞれのぶどうで2種類のワインを造ったDomaine Hisamatsu。どちらもメルロー100%であるため、畑の特徴がダイレクトに表れている。

「『岩利』は男性的でガツンとくる香りで、『長良小松町』は女性的でかわいらしい香りですね。意図していない違いが結果として出ているため、面白さを感じています」。

ファースト・ヴィンテージの2銘柄は、2025年11月にリリースした。ワインのエチケットには、ふたつ並んだ羽が印象的な久松家の家紋を配した。上品な和のデザインだ。

「ぶどうの実を育てるのはぶどうの樹で、樹を育てるのは土地です。久松家の先祖から引き継いだ土地ですので、私自身は『付帯作業』をしているという程度の感覚なのです。代々続いてきたものと、これからの未来に繋いでいくものを表すために、エチケットには家紋をあしらいました」。

岐阜で育ったメルローのワインは、どのような料理とのペアリングがおすすめなのだろうか。

「岐阜は『味噌文化圏』のため、甘味噌系の味の料理が多いのですが、メルローとの相性は悪くないですね。味噌味の郷土料理と合わせて楽しんでいただけたら嬉しいです」。

『Domaine Hisamatsuの未来』

最後のテーマは、Domaine Hisamatsuの未来について。岐阜メルローの品質向上や安定した栽培などの目標を達成するために、どんな信念を持って未来に進もうとしているのだろうか。

また、畑と醸造所が岐阜市内にあり、造っている場所と消費者の距離も近いという強みを生かして、Domaine Hisamatsuは「地産地消」を実現したいと考えているそうだ。詳しくお話いただいた。

▶︎小さなサプライチェーンで実現する「地産地消」

地産地消を目指す久松さんの思いの背景には、会社員時代の経験が影響している。

「会社勤めをしていた時に、長いサプライチェーンに違和感を持っていました。コストを下げるという目的を達成するために、製品を消費者のもとに届けるまでにわざわざ遠回りすることもよくありましたね。そのため、ワインのような農作物が小さなサプライチェーンで成立する世界があってもよいのではないかと考えているのです」。

自分ひとりで原料を作って醸造し、地元で販売・消費するという小規模な経営スタイルが久松さんの理想だ。地元の人に当たり前のように受け入れてもらえる存在になりたいと考えている。

「小さな世界で回せば、無駄な輸送もなく環境負荷もかかりません。環境と経済が両立して達成できるようなビジネスにしていきたいです」。

▶︎好奇心を満たしながら、死ぬまでワインを造りたい

Domaine Hisamatsuの今後の展望について、さらに尋ねてみた。

「規模を拡大することは追いかけず私ひとりで、免許を維持できる規模でワインを造り続けていきたいですね。地元の皆さんに当たり前のように飲んでもらえる、『しみじみとうまい』ワインを造っていくのが希望です」。

地元の人たちにとって「身近なワイナリー」であることはもちろん、品質も上を目指して追い求めたいと久松さんは考えている。「マスター」のようなワインマニアにも評価してもらえるレベルのワインを目指さなくてはならないと考えているからだ。

「幅広い層の方にDomaine Hisamatsuのワインを選んでもらうためという理由もありますが、品質にこだわるのは、純粋に私自身の好奇心を満たすことでもあるのです。試行錯誤を楽しみながら、死ぬまでワイン造りを続けていきたいですね」。

当面は全房発酵のマセラシオン・カルボニックを追求し、岐阜のぶどうとのマッチングを試していくという。久松さんが続けていくあくなき挑戦が、いつか造り手自身も心から納得できる品質のワインに導いてくれるに違いない。

『まとめ』

久松さんが理想とする「バランスの取れた生産」と「地産地消」を実現するために生まれたワイナリー、Domaine Hisamatsu。ぶどう栽培とワイン醸造の根底にあるのは、ワインへの純粋な好奇心と、地元・岐阜への深い思いだ。

「宿命的風土論を超えろ」という言葉を胸に岐阜のテロワールと向き合い、メルローのポテンシャルを探究し続ける久松さん。試行錯誤の先に生まれる「しみじみうまいワイン」は、きっと地域に愛される存在になっていくことだろう。

なお、Domaine Hisamatsuでは、収穫時期などにボランティアを募集している。ワイナリーの最新情報は公式SNSで発信しているため、気になる方は投稿をチェックしてみてほしい。美しい岐阜でのぶどう収穫体験は、きっと忘れられない思い出になるはずだ。

Domaine Hisamatsuのファースト・ヴィンテージである「岩利五丁目 Merlot 2024」と「長良小松町 Merlot 2024」は、2025年11月に待望のリリースを迎えた。長良川の恵みを受けた土地で、新たなワインの歴史が静かに始まっている。

基本情報

名称Domaine Hisamatsu
所在地〒502-0817 
岐阜市長良福光1600-9(醸造所)
アクセスJR岐阜駅から車で15分 
岐阜バスで22分(最寄りのバス停/長良天神)
HPhttps://www.domainehisamatsu.com/

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