『たてしなップルワイナリー』立科で造るエレガントなシードルとワイン

今回紹介するのは、長野県北佐久郡立科町にある「たてしなップルワイナリー」だ。りんご栽培が盛んな長野県の中でも、とりわけ美味しいりんごの産地とされている立科町で、40年近くりんご栽培をしてきた実績を持つ。

そんな立科町で栽培したりんごを、より多くの人に知ってもらうために、たてしなップルワイナリーは立科町初のワイナリーとしてシードル造りを開始した。委託醸造からスタートしたが、2019年には自社醸造をスタート。高品質な立科産のりんごを使ったシードルは、日本のシードルの知名度アップに貢献してきた。

また、たてしなップルワイナリーはワイン専用品種のぶどうの自社栽培にも挑戦し、ワインも自社醸造している。立科町のテロワールが育んだりんごとぶどうは、どのような味わいのシードルとワインになるのだろうか。

ワイナリー立ち上げまでの物語と、栽培と醸造におけるこだわりについて、取締役兼事業統括の市川大樹さんと、醸造責任者の井上雅夫さんにお話を伺った。詳しく紹介していこう。

『たてしなップルワイナリー設立の経緯』

シードルが日本国内でまだあまり知られていなかった頃から、特産品のりんごを使ったお酒造りに注目していた、たてしなップルワイナリー。

立科産のりんごに付加価値を与えたいという思いからシードル造りに挑戦してきたが、当初はシードル造りに精通した人がいなかったため、一筋縄ではいかないことも多かった。たてしなップルワイナリー設立までの道のりを振り返りたい。

▶︎委託醸造でシードル造りをスタート

今でこそ日本で認知され始めているシードルだが、たてしなップルワイナリーがシードル造りを始めた当時は、国内で存在を知っている人は稀だった。

「りんごでお酒を造るということに着目したのは、立科の美味しいりんごを年間を通じて味わっていただきたいという思いからでした。生の果実は収穫時期にしか食べられませんが、お酒にすれば一年中楽しめます」。

シードル造りに挑戦することにしたものの、りんごを使ったお酒を造る技術を持っている人は、なかなか見つかなかった。そこで、隣接する佐久市の日本酒蔵に協力をお願いすることになったという。委託醸造を始めたばかりの頃には、様々な失敗を経験した。

「瓶が破裂してしまったり、キャップから漏れてしまったりと、たくさんのトラブルがありました。発泡するため耐圧瓶を使う必要があることなども、初めはわかりませんでした。トライアンドエラーを繰り返す中で、少しずつ品質を高めてきたのです」。

たてしなップルワイナリーは、シードル文化を日本に根付かせた火付け役のような存在である。シードルの販売が徐々に軌道に乗ってきた頃、将来を見据えて、生産量を増やすことを検討し始めた。

醸造を委託していた酒蔵に相談すると、自社醸造することを提案されたという。迷いもあったが酒蔵からの後押しを受けて自社醸造を決意し、2019年にワイナリーを設立したのだ。

▶︎シードルとワインの自社醸造に着手

自社醸造を始めるタイミングで、醸造責任者として招かれたのが井上さんである。アメリカ・カルフォルニアのワイナリーで、約20年間ワイン醸造とワイナリー運営に従事した経歴を持つ人物だ。醸造責任者として手がけたワインは、世界ワインコンクールの赤ワイン部門で「グランプリ」を受賞。帰国後は複数のワイナリーで活躍してきた。

ワイン造りのプロフェッショナルである井上さんだが、シードルを造ったことはほとんどなかったという。

「実は、シードルはあまり飲んだこともなかったほどです。帰国してから他のワイナリーで働いていたときに、少しだけ手掛けたことはありましたが、ほぼ初めてという状態からのスタートでした」。

委託醸造先でつちかった技術も取り入れながら、2019年3月にシードルの自社醸造を開始。2019年10月にはファースト・ヴィンテージを出荷した。また、井上さんの醸造スキルを存分に発揮するため、ワイン造りにも着手した。

『たてしなップルワイナリーの果樹栽培』

立科のりんごは品質が高く、中でも立科町五輪久保(ごりんくぼ)は、「サンふじ」発祥の地として知られている。たてしなップルワイナリーは、五輪久保に隣接する地域の畑で古くからりんごを育ててきた。

たてしなップルワイナリーの自社畑の特徴と、栽培管理についてお話を伺った。

▶︎立科の気候と畑の特徴

自社畑の標高は約700m、冷涼な気候で昼夜の寒暖差が激しい。また、雨量が少なく晴天率が高いため、日照時間が長いのが特徴だ。まさに果樹栽培にうってつけである。

たてしなップルワイナリーの自社畑の土壌は、りんごが好む粘土質だ。シードルに使用する品種は「ふじ」だが、生食用としては「千秋」や「シナノスイート」など、10種類近くの品種を栽培している。

「栽培しているりんごのうち、『ふじ』が全体の7~8割を占めています。立科は『ふじ』の産地として有名なので、地域のPRのために『ふじ100%』のシードルを造っています」。

昼夜の気温差が激しいことは、りんご栽培にポジティブな影響をもたらす。

「立科は朝晩には冷え込みますが、日中は気温がじゅうぶんに上昇します。果樹が太陽の光をしっかり浴びて養分を蓄え、朝晩に気温が下がって果樹が冷えると種を守ろうとするために、蜜がぎゅっと集まってくるのだと私たちは考えています」。

立科で育ったりんごを切ると、中心にたっぷり蜜が入っている。昼夜の寒暖差がりんごにとってストレスとなることが、立科で高品質なりんごができる秘訣なのだろう。

りんごが好む環境は、ぶどう栽培にも適している。たてしなップルワイナリーが自社畑で栽培しているぶどう品種は、メルローとソーヴィニヨン・ブランだ。2019年に植樹し、2022年に初収穫を迎えた。栽培する品種を選んだ基準を、井上さんに尋ねてみた。

「メルローは、粘土質土壌に最も適しているといわれている品種のため採用しました。一方、ソーヴィニヨン・ブランは粘土質土壌に特別向いているわけではありませんが、日本市場でのポテンシャルが期待できる品種で勝負したいと考えて選びました」。

果樹栽培に向いている立科だが、気温が上昇してきた春先に「遅霜(おそじも)」が発生すると厄介だ。近年は温暖化の影響もあり、3月頃から早々に気温が上がってくることも多いが、せっかく芽吹いた新芽が5月にやってくる遅霜によって被害を受けることがあるのだ。

遅霜が発生するかどうかは年ごとの気象条件によって異なるため、予測が難しい。2026年5月は冷え込みが強くなかったため、幸いにも大きな被害はなかったそうだ。

▶︎丁寧な栽培管理をおこなう

たてしなップルワイナリーには栽培専属の担当者がいるが、市川さんと井上さんも担当者と密にコミュニケーションをとりながら、栽培方法の周知や品質管理を進めている。栽培におけるこだわりを市川さんに伺った。

「私たちが大切にしているのは、『整理整頓』です。自社畑では自然農法ではないため、日々の草刈りや畑の健康チェックは欠かせません。我が子のように語りかけながら、畑を見てまわるのがこだわりですね」。

虫や鳥による被害が発生しないように、常に自社畑の見回りを徹底している。獣害は少ないが鳥害は非常に多いため、鳥が嫌う「防鳥糸」を畑に張り巡らせて対策しているそうだ。

▶︎りんご栽培とぶどう栽培の違い

たてしなップルワイナリーの栽培担当者は、もともとぶどう栽培の経験はあったが、りんご栽培は初めてだったため、就任当初は苦労していたそうだ。

「りんごとぶどうを栽培する際の大きな違いは『視野』です。自社畑のぶどうは垣根栽培をしているため、目の高さで作業をおこなっています。一方、りんごの樹はもっと高いので、視野をより広く持つ必要がありますね」。

りんごは枝が四方に伸びる性質を持つため、うまくまとめるのも大変な点だ。また、高いところに実ったりんごの手入れや収穫は、高所作業車を使わなくてはならない。1本の樹に対する作業量は、ぶどうよりりんごの方が圧倒的に多いという。

たてしなップルワイナリーが栽培しているりんごは複数品種あるため、収穫時期は品種ごとに異なる。早生品種の収穫は8月末にスタートするが、シードルで使用している「ふじ」の収穫時期はなんと11月末だ。

「自社畑のりんごは、樹に実った状態で熟成させているため、収穫時期が遅くなるのです。りんごは強い霜に2回当たると美味しくなると言われていることから、気温が下がった11月末に完熟した状態で一気に収穫します」。

だが、10年ほど前に比べると少しずつ気温が上昇しており、糖度が上がりにくくなってきたと市川さんは話す。

「以前は10月になると一気に気温が下がってきて、強い霜が2回必ず降りていました。最近は10月に入っても暖かい日が多く、11月でも日中の気温が高い日が増えたため、温暖化の影響を感じますね。気温が下がるのを待って、できる限り遅く収穫する必要が出てきました」。

果樹栽培に適した地であっても、気候変動の影響を大きく受けている今、りんごやぶどうの品質を維持するためにはさまざまな工夫が欠かせないのだ。

『たてしなップルワイナリーの醸造』

たてしなップルワイナリーでは、どのようなシードルとワインを目指しているのだろうか。井上さんは、「『また飲みたい』と思っていただけるようなお酒を造りたいですね」と言う。

続いては、たてしなップルワイナリーのシードルとワイン醸造について詳しく見ていこう。おすすめ銘柄もあわせて紹介していきたい。

▶︎シードル醸造とワイン醸造

シードルとワインの造り方にはどんな違いがあるのだろうか。井上さんは、造り方の基本は変わらないと話す。

「酵母のはたらきによってアルコールが発生するという原則は同じです。しかし、発酵スピードや熟成の仕方が違うので、最適なタイミングを見極める力が求められます」。

発酵時間は、基本的にワインよりシードルの方が短い。りんごの果汁の方が、ぶどうより糖度が低いためだ。

「醸造方法自体は変わりませんが、りんごとぶどうの違いはもちろん、品種ごとにそれぞれの特性があるため、理解したうえで適宜正しい処理をしていきます」。

りんごとぶどうは収穫時期が異なることから、たてしなップルワイナリーでは、シードルとワインの醸造期間が重なることは少ない。

「ワインの醸造開始は9月初旬からですが、シードル造りはりんごの収穫が終わってからスタートします。収穫が12月中旬に終了するため、仕込みは年を越してから始めることが多いですね。ワインの仕込みがひと段落するとシードルの仕込みが始まるという流れです」。

▶︎シードルとワイン醸造を両立する難しさ

たてしなップルワイナリーの自社畑では、栽培する上では生食用と醸造用を区別していない。収穫後、生食用として出荷するか醸造用にするかという選別作業をおこなうため、作業後にようやくシードルの仕込みに取り掛かることができる。

「収穫から醸造までのスケジュールは事前に立てていますが、農業は予定通りにいかないものです。収穫がずれるとタンクの空きがなくなってしまうなどのトラブルが出てきますので、臨機応変な対応が必要ですね」。

ワインだけでなくシードル造りにも重点をおいているからこそ、一般的なワイナリーよりも醸造期間が長いたてしなップルワイナリー。「また飲みたいと思われるワインを目指して、二刀流でがんばっています」と、井上さんは笑顔で話してくれた。

▶︎シードル醸造におけるこだわり

たてしなップルワイナリーのシードルは、深みのある味わいが特徴だ。秘訣はいくつかあると市川さんは言う。

「まずなによりも、立科のりんごは糖度が高く、非常に美味しいことです。他の産地のりんごではなかなか再現できない部分ではないでしょうか。もうひとつは、シードルに酸化防止剤を入れていないことですね」。

さらに、たてしなップルワイナリーでは、「アンセストラル方式(メトード・アンセストラル)」を使ってシードルを造っている。スパークリングワインの造り方として最もメジャーな「瓶内二次発酵方式」では、まずベースとなるワインをタンクで造り、酵母と糖分を加えて瓶内で二次発酵するが、アンセストラル方式では一次発酵途中に瓶詰めをして、瓶の中で発酵の続きをおこなって発泡させるのだ。

「瓶詰めをしてから、半年くらいかけて瓶内発酵と熟成をおこないます。瓶内二次発酵方式とは違い、原料の糖分を使って瓶内発酵が進むため、加糖する必要がありません。アンセストラル方式を採用していることも、深みのある味わいが出る理由のひとつだと考えています」。

立科のりんごの味わいをそのまま届けるために採用したアンセストラル方式は、委託醸造していたときから使用している製法である。また、瓶の保管方法にもポイントがある。

「瓶詰め後は低温保管しています。シードル醸造に使用しているのは、実はシードル専用のものではなく、シャンパーニュを造るときに使う酵母です。シャンパーニュ酵母は低温でじっくり発酵させることで、果汁本来の旨味を引き出す特性を持っています」。

醸造後の瓶詰めは2日かけておこなうので、わずかではあるがボトルごとに個体差が出てくるそうだ。ちょっとした味わいの変化を味わえるのも、嗜好品であるお酒のよさだろう。

まるで立科のりんごをそのまま食べているかのようなシードルを造るのが、たてしなップルワイナリーのこだわりである。りんごを知り尽くしているからこそできるシードル造りなのだ。

▶︎「シードルフェルミエ」

たてしなップルワイナリーのラインナップの中から、おすすめのシードルとワインをご紹介いただいた。まず、「シードルフェルミエ」の味わいについて、井上さんに伺った。

「シードルというと、青りんごのような爽やかさを想像される方が多いと思いますが、『シードルフェルミエ』はアップルパイのように芳醇な味わいが特徴です。熟したりんごを口に入れたような感覚で、豊かな気持ちになっていただけると思いますよ」。

味わいに深みがあるシードルのため、食中酒としても合わせやすい。冷蔵庫で冷やせば乾杯の一杯としてすっきり飲めて、温度が上がっても食中酒としてそのまま楽しめる。豊潤な風味が料理の味わいを引き立たせ、乾杯からデザートまで楽しめるシードルなのだ。

立科の風土が反映された味わいの「シードルフェルミエ」に特に合うのは、濃い味付けの料理だという。

「ソース系の料理や、カレーにもよく合います。ボディ感があるシードルに負けない濃い味つけの料理に合わせていただくと、さらに楽しめますよ」。

▶︎「蓼Ryouメルロ」

続いて紹介するのは、「蓼Ryouメルロ」。なめらかな口当たりが特徴の赤ワインだ。

「メルローを使った熟成タイプの赤ワインです。ラズベリーのような果実味もありつつ、程よいタンニンも感じられます。瓶詰めした時に比べるとかなり深みが出てきて、飲みごたえのある仕上がりになりました」。

エレガントな余韻が特徴だと井上さんが太鼓判を押す「蓼Ryouメルロ」。シードルとワインはオンラインショップでも購入できるので、気になる方はぜひ公式サイトをチェックしてみてほしい。

『まとめ』

たてしなップルワイナリーは、県内県外問わずたくさんのイベントに参加している。立科をもっと知ってもらい、足を運んで欲しいという思いからだ。

「立科はりんごの他にも美味しい食べ物がたくさんあり、自然が美しい風光明媚な町です。ぜひ多くの方に足を運んでいただきたいですね。私たちが造ったお酒を飲んで、また何度でも飲みたいと思ってもらえたら何よりも嬉しいです」。

市川さんは、たてしなップルワイナリーとしての取り組みが、農業人口を少しでも増やすきっかけになればと話す。

「農業離れが深刻化してきているため、私と同じくらいの比較的若い世代の人にもワイン造りや農業の道に興味を持って欲しいと考えています。たてしなップルワイナリーのシードルやワインが、農業に触れるきっかけになってくれたら素晴らしいですね」。

たてしなップルワイナリーが参加するイベントについては、SNSで最新情報をチェックできる。たてしなップルワイナリーの主力製品であるシードルを、イベントやワイナリーに足を運んで気軽に飲んでほしいという井上さんと市川さん。

「ビールよりもおしゃれに、そしてワインよりもカジュアルに飲めるのがシードルのよいところだと思います。フルートグラスに入れると黄金色のシードルがキラキラと輝いて美しいですよ。大切な人と乾杯したい時に飲むお酒として選んでいただけたら光栄です」。

エレガントなお酒を目指し、立科の高品質なりんごとぶどうをお客様にそのまま届けるべく、日々努力を重ね続けているたてしなップルワイナリー。シードルになじみがなくても、たてしなップルワイナリーのシードルに興味を持った人も多いのではないだろうか。ぜひ一度手に取って味わい、立科の風土を感じてみてほしい。

基本情報

名称たてしなップルワイナリー
所在地〒384-2308 
長野県北佐久郡立科町大字牛鹿1616-1
アクセス上信越自動車道 東部湯の丸ICより車で20分
中部横断道 佐久南ICより車で約40分
しなの鉄道「田中駅」よりタクシーで15分
HPhttps://tateshinapple.jp/

関連記事

  1. 『WINE FARM TOCHIO』雪国で育ったみずみずしいぶどうをワインにする

  2. 『111VINEYARD』塩尻のぶどう栽培の伝統を引き継ぎ、身近な人に愛されるワインを造る

  3. 『KUSAKA VINEYARDS』基本に忠実なぶどう栽培で、栃木ワインを支える存在に

  4. 能登半島に照りつける太陽の光がおいしいワインを生む、『HEIDEE WINERY(ハイディワイナリー)』

  5. 『安心院小さなワイン工房』安心院のぶどう栽培を守り、農家とのつながりを大切にするワイナリー

  6. 『船越ワイナリー』農業の町「多古町」で、人々に寄り添うワインを造る